第9話 緑の楽園に銀の嵐が吹き荒れる
その【ダンジョン】は、誰にも知られずにひっそりと存在していた。
狼通りと呼ばれる廃墟の街の大通りを抜けた先。
そこには、植物に呑み込まれた石造りの建造物がある。
そこは魔獣が巣にする廃墟の近くにあり、魔獣が一時の間だけ訪れる場所。
三年前の天災…………【文明の落日】と呼ばれたあの日に出現した謎の建造物の一つ。それが、この石造りの建物だ。
一見して幻想的に見える光景。
朝日が昇る時、光を浴びて植物が緑色に輝いて、石造りの建物を装飾する。
夜は星々の輝きと月光を浴びて、光る苔が石造りの建物を一層、幻想的に映す。
植物群に呑み込まれたその建物は、まるで古代の遺跡のように、廃墟の街の出現した。世界が崩壊する以前ならば、周囲の現代的な建物との差異に、とても違和感を覚えただろう。
しかし、三年の時を経て植物に呑まれて廃墟と化したこの街に、その遺跡はとても―――――――――――この街に、どうしようもなく似合っていた。
まるで違和感を感じさせずに…………。
その遺跡の中には、まるで最初からそこに
上部に森を模した彫刻のレリーフが装飾された、異物な門。
この世界にとっての異物である、この石造りの建物の中にあって、更に異物とされる門。
それは…………この遺跡にとても似合っていたが、同時に。
まるで汚れも傷も一つとして無く、時が止まったかのように佇むその〝門〟は。
この遺跡の中で、あるいはこの世界にとって、最大の違和感の塊であり、異物であった。
◆◆◆
その〝門〟は、【ダンジョン】と呼ばれた。
門の向こう側は、この世界とは全く異なる異界であり、この世界とは違った法則で支配されている。
だが、例え過酷な環境であったとしても【ダンジョン】は来るものを拒まず、その全てを受け入れる。
しかし、【ダンジョン】は来るものという異物を排除する。
つまりはこういう事だ。
別に来るのは構わないが、そうした場合、我らはお前らを排除する。
とある学者は、この【ダンジョン】の性質を、まるで試練のようだと言った。
確かに、【ダンジョン】は求める者にとっては数多の財宝を内包した世界だ。
そこには人智を超越した宝がある。
それを求めるものは、惹きつけて離さない。
財宝には番人が付き物だ。
【ダンジョン】は財宝を求めるものを、歓迎する。
彼らが守る財宝を求めるものに用意した番人を越えたもののみ、【ダンジョン】はその財宝を与える。
………まるで、試練を越えたものへの褒美だとでも言うように。
◆◆◆
門を越えた向こう側には、果てしない緑が広がっていた。
大自然が支配する世界、恵を実らせる広大な森林。
それが、この石造りの建物の中にある門を越えた【ダンジョン】だ。
あらゆる生き物にとっては緑の楽園であったそこは、今では――――――――
ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………
――――――銀の嵐が吹き荒れる、死の森だった。
森の中心で、一頭の獣が佇んでいた。
しかし、その半身は銀の嵐に包まれている。
銀灰色の毛皮に包まれた、その獣の容姿は、狼か狐に似ていた。
その獣は、人のように直立し、どこかを見つめている。
その瞳は、まるで黄昏の如く、
獣の視線の方向には、この異界の出口が存在した。
獣は一言、呟いた。
『守る』
銀の嵐が吹き荒れる森の中。
獣の咆哮が轟いた――――――――――。
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