第8話 魔獣に第二の恐怖を刻み込め
今回は少し長いです。
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【朝日之宮】の迎撃部隊に新たな援軍が到着した時、俺は廃ビルを飛び出した。
間もなく、援軍を加えた迎撃部隊による魔獣の殲滅が始まるだろうからだ。
……その前に、少しでも多く魔獣を貪るために。
俺は零れそうな涎に注意して、早く食わせろと逸る影を抑えて、なるべく遠くの後方を目指して建物の間を跳躍し続けた。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
――――――――――――そして、6話の冒頭に至る。
眼前で
―――――――
―――――――影は………黒い波濤となって、眼前の魔獣を呑み込んだ。
身体が震える。抑えきれない快楽を、必死に堰き止めようと身体を掻き抱く。
しかし…………無理だ。
「ふっ…………ふは」
一度、我慢を止めたら、それはもう、止められない。
「ふっはっはっはっはっはっは!!あーーーはっはっはっはっはっはっは!!ふふふふふ、ふ、ふははははは…………!!?」
魔獣を呑み込んだ影を通して、その奔流は流れ込んでくる。
味の無い、濃厚な何かが、俺の身体の中に流れ込んでくる。
それは、俺にどうしようも無いほどの快楽と共に…………増加し続ける、自らの強化を促した。
俺は戦場を駆け回った。笑い声を上げながら、黒い波濤に呑み込まれても生きていた魔獣を見つけ次第、強化された身体能力に任せて殴り殺した。
殺した魔獣は黒い波濤となった影に放り込み、蠢く影は死体となったそれを咀嚼する。
悲鳴が聞こえた。断末魔が聞こえた。憤怒が聞こえた。悲哀が聞こえた。
……だからどうした?
これは戦いではない、単なる食事だ。
ここは戦場ではない、単なる食卓だ。
魔獣は俺に
魔獣は影に
魔獣を屠り、喰らう度に流れ込む濃厚な何かは、十分に影の飢餓を潤した。
魔獣を屠り、喰らう度に流れ込み、俺を強化させる快楽は、十分に俺を狂わせた。
自らの考えが傲慢になるほどに、喰った魔獣は俺と影を
満たされれば満たされる程、俺と影は欲張りになる。
もっと美味そうな
走り回るのも面倒だ。
だから俺は広がった黒い波濤の影を集め、束ね、喰らった魔獣に似たオオカミの如く姿へと、影を変異させた。
それは三対の赤黒い瞳を宿し、刃の如く爪を持った二尾の怪物となった。
怪物に跨り、俺は余った影で生成した鎌のような大剣を携えて。
美味そうな匂いを辿って、再び魔獣の群れの只中に飛び込んだ。
◆◆◆
魔獣はひたすら恐怖していた。発情期によって生まれた大量の子供達。
それらを養う為には、それ相応の食料が必要だ。
そして、あの扉の向こう側には、魔獣が求める食料が溢れていた。
毎回、この時期は魔獣は扉を越えた異界へと、食料を求めて入り込む。
人が【ダンジョン】と呼ぶ異界へと。
扉の向こう側は緑の宝庫だ。狼に似た魔獣たちにとって、その異界は住み心地の良い環境だった。
しかし、異界の中には彼らですら恐れる存在がいる。
彼らが〝主〟と呼ぶ存在だ。〝主〟は絶えず異界の中を徘徊している。
異界にとっての異物を見つけた〝主〟は、その異物を排除しようと狂暴になる。
魔獣にはそれが理解できた為、異界を自らの住居とせず、この半ば緑に呑み込まれた瓦礫と廃墟の街を縄張りとして住んでいるのだ。
魔獣は異界に入り込もうとも、ただ食料を分けてもらうだけ。
異界は侵さず、食料のみを採って帰る。
それが、魔獣たちの日常であり…………彼らにとっての平穏だった。
――――――――――それも、あれが現れてからは変わった。
突如として、異界を訪れた存在。
彼らが恐れる異界の〝主〟でさえ容易く
銀のように美しく、されど灰の如く散りそうな怪物。
光を浴びて銀色に輝く毛皮。
灰色の嵐を纏う身体。
黄昏の如く緋色の瞳。
――――――獣の巨人。
そう形容するしかない姿をしたそれは、魔獣には何もしなかった。
だが、緋色の瞳に一瞥された時、確かに魔獣は聞いていた。
『消えろ』
圧倒的な殺意、圧力すら伴った気配。
魔獣はそれに恐怖した。一刻も早くあれから逃げなければ!?
そう、人間の住まう地を強襲するという、無謀な決意をさせるほどには。
飢餓に狂った我が子の腹を満たすためならば。
数多の同胞が倒れるだろうが、幾分かマシだ。
そう、魔獣は本能に従って行動を開始した。
やがて群れは大規模なものとなり、巨大な魔獣の海を生み出した。
これなら人間の住まう地を奪うことも難しくない。
いや、むしろ人間の群れを喰らう事によって、我が子の飢えを・・・・我が身の飢えを癒してくれるだろう。
飢餓に狂った本能で、恐怖に震えた本能で。
魔獣は人間の地を強襲した。
すなわち…………【朝日之宮】を。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
何だ、何だ、何だ!?
あれは一体、何なんだ!!
緑の溢れる異界の〝主〟の似姿をした、恐らく人間と思しき存在。
それは
命を刈り取る形状をした異様な武器を振り回し、同胞の命を刈り取っている。
見るも悍ましい、我らと似た姿をした怪物は、同胞を弄ぶように暴れまわっている。
異様な武器が振るわれる。同胞の身体が二つに分かれ、血潮を上げて絶命した。
怪物が爪を振るう。同胞の身体が細切れに裂かれる。
ああ、なぜ、なぜ、なぜ。
群れの長を務める、少しばかり頭の良い魔獣は涙した。
飢餓に狂える我が子を救いたかった。
家族を守りたかった。
だが…………恐怖に負け、自ら同胞を率いて逃げた。
魔獣は涙をこぼす、そして瞳に怒りを宿す。
同時に、あの怪物達への恐怖を抱く。
様々な感情に濁った瞳は、大半が飢餓に狂っている。
そして――――――――――――――――――――魔獣は考えることを止めた。
苦しみからの解放を。
飢える苦しみに癒しを。
乾く喉に潤いを。
魔獣は怪物に………鏡峰蓮司という人間の喉笛を噛み千切ろうと、強襲する。
本能に身を任せた攻撃は、あっさりと
振るわれた異様な武器によって、逆に喉を裂かれて。
もう一方の怪物によって、その身は
生きたまま咀嚼され、喰らわれているというのに、なぜだか痛みは無かった。
魔獣の胸中にあったのは、やっと終われるという、安堵の感情だけだった。
【朝日之宮】を強襲した大規模な魔獣の群れは、鏡峰蓮司による遊撃によって、およそ四割を壊滅。
同じく前線で魔獣を迎撃する【朝日之宮】の部隊によって、三割近くの討伐に成功。
残りの魔獣は散り散りとなり、【朝日之宮】から脅威は立ち去った。
今回は、人間側の勝利に終わったのである。
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