第7話 魔獣は恐怖ゆえに、人は守るものの為に

 廃ビルの五階、その窓の傍で隠れていた俺は、遂に援軍が到着した事をこの目で確認した。


 普段の俺ならば、別に早いとも遅いとも感じなかっただろう。

 だが、気持ちが逸っている今の俺には、やっと来たかという心境しか感じられなかった。


 援軍が到着したのと、魔獣の群れの本体が激突したのは………ほぼ同時だった。


 後方からの遠距離攻撃が、前衛の魔獣共を消し飛ばす。


 火球や氷槍、光弾や岩塊。


 いくつもの【ギフト】の攻撃が雨あられのように魔獣の群れに降り注ぐ最中さなかで。


 俺は既に、廃ビルから飛び出していた。





・・・

・・・・・

・・・・・・・





――――――――――視点は変わって、【朝日之宮】魔獣迎撃部隊。


 まだ鏡峰蓮司が廃ビルに到着したばかりの頃、彼らは先遣の魔獣の群れと戦っていた。



「それぞれ、魔獣と一対一の状況にならないよう立ち回ってください!!数はあちらの方が多い、ですが援軍が到着するまでは前線を維持するように戦って下さい!消極的とは言いません、いま、ここで!!魔獣を迎撃しましょう!!」


「「「「おお!!」」」」


 戦場の一部で、魔獣共の咆哮に負けないくらいの大声が上がった。

 

 味方を鼓舞し、的確な指示を送っているのは、高校生になるかならないかくらいの少年。


 彼よりも年上と思われる人達に囲まれながらも、携えたボウガンで正確に魔獣の眉間を穿ち、撃破している。

 少年は、むしろ彼ら以上に戦士であった。



 少年の名は早乙女天音さおとめ あまね


 【朝日之宮】に駐在する戦闘員の中でも優秀な人材であり、この場における迎撃部隊の指揮官である。



「負傷した方は後方まで下がって回復を、回復した方は前線に参加して魔獣の迎撃に当たって下さい!前衛の戦闘員はヒット&アウェイを、中衛の戦闘員は前衛のサポートを、後衛は後続の魔獣の迎撃を!!防衛を得意とする戦闘員は衛生兵と後衛の護衛をお願いします!!」



 早乙女の指示の通りに、彼らは動き出す。


 魔獣と一対一にならないよう立ち回り、前衛は常に互いをサポートするよう戦っている。


 後衛と前衛のどちらもこなせて、視野の広い戦闘員は前衛のサポートに回り、前衛がピンチに陥らないよう戦場を駆け回っている。


 徐々に、しかし確実に魔獣の数は減っている。だが、彼らが戦っているのは魔獣の群れのごく一部。


 つまりは、先遣の群れに過ぎなかった。


 本体の群れから後続として来る群れによって、すぐに先遣の群れは補充される。

 戦えども、戦えども、敵の数は減らない一方だ。


 しかし、その後続を後衛の遠距離攻撃によって迎撃しているため、なんとか戦線は保たれている。


 彼らの疲労はピークに達しようとしている。いや、既にピークは越えていた。


 常に声を上げて互いを鼓舞し、精神力のみで戦っているような状況だ。


 回復の【ギフト】持ちがいるため、重傷には至っていないが………回復の【ギフト】も万能ではない。

 傷は治せても、失った血までは戻せないし、同様に体力も癒せない。


 それでも彼らが戦い続けるのは、彼らの誰よりも戦場を駆け回り、誰よりも魔獣を撃破する、彼らよりも幼い少年の姿があったがため。



 「僕達の背には、守るべき人が、家族がいる!!彼らは魔獣と戦えないような人が殆どだ。だからこそ、家族を魔獣に奪わせないために、僕達は戦う!直に援軍が到着する!みんな!あと少しだ!」



 その手に携えたボウガンは、魔獣の攻撃を防ぐために傷だらけになっている。

 少年の身体は回復していようとも、その身に纏う衣服の状態で、如何に魔獣より致命傷を受けたのかが伺える。


 もし、以前のような世の中だったら、彼らの弟か子供と同じくらいの年齢だ。


 そんな彼が、誰よりも声を上げて戦っているのに、なぜ自分の膝を折れようか?




 …………否。

 …………否!

 …………断じて、否だ!!




 彼らの心根は同じだった。



 だからこそ、少年に負けないくらいの声を張り上げる。



「おお!」


「そうだ!俺達には守るべき人がいる!」


「帰って子供達とご飯を食べるために!」


「あの子をこの胸に抱くために!」


「戦え!戦え!戦えぇ!」



「「「「うおおおおおお!!!」」」」



 彼らの気迫に、魔獣がたじろいだように後退った。

 一瞬だが、魔獣の目の輝きが揺らいだような気もした。


 魔獣は事実、目の前の人間に恐怖していた。


 数は自分達の方が上、更に彼らは瀕死の状態であってもおかしくない。


 なのに、自分達は目の前の人間に押されている。


 そうした事実が、魔獣に二の足を踏ませた。






 しかし、彼らにも同様に、それ以上に抗えない恐怖があった。


 彼らが縄張りとしている巣を出なければならなかった、その理由が。




 魔獣の脳裏に、焼き付けられた恐怖が蘇る。




 銀のように美しく、されど灰の如く散りそうな、あの怪物の姿を。


 巨大で、強大で、苛烈なまでのオーラを身に纏う、あの姿を。



 黄昏の如く、くらい、くらい、緋色のあの瞳に一瞥された、あの時を再び思い出した時には。



 魔獣の群れは、眼前の人間に向かって、その爪と牙を立てて襲い掛かっていた。



 例え…………その死が確定していようとも。



 





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