第6話 手負いの獣ほど怖いものは無いが、飢えた獣はそれほどでもない
――――――――――魔獣とは、いわば人に近しくなった異能の獣である。
眼前の光景を見て、ふと思い出した言葉だ。
脳裏に仮面を張り付けたような無表情を浮かべる、叔父の姿が浮かび上がった。
眼前の光景、狼のような魔獣の群れ。四ツ目、二尾、双頭、刃翼………多種多様な特徴を持った魔獣の群れは、もはや獣の海とも呼べる規模だった。
彼らの目に宿る赤い輝きは、煌々としていて……自らの飢えを癒す獲物を探している。
彼らの内の一匹が、こちらに気づいて一言吠えた。
その一匹に呼応するように、他の魔獣もこちらに気づき、歓喜の咆哮を上げた。
ぼんやりとした表情で、俺は己に迫りくる魔獣の群れを見つめた。
彼らは気づいていない。いや、今後一切、彼らが気づく筈も無い。
彼らが獲物と見定めた、飢えを癒す餌と認識した、この俺もまた――――――
「………ははっ」
――――――――………一人の、飢える獣なのだと。
◆◆◆
外で喧噪が聞こえる中、俺達はテントの中で互いの顔を見つめていた。
「………で?俺は何をすればいい?」
「おや?三つ目の原因を聞かなくてもいいのかい?」
意外だとでも言うように、目の前の女性――――――灯歌は目を僅かに見開かせた。
俺はガシガシと頭を掻いて、気になる三つ目の原因を聞きたい苛立ちを誤魔化す。
「分別をわきまえるくらいには、俺も状況を理解できる。それに、お前よりかは俺の方が自由に動けるしな」
「………ふふふ、やっぱりレンレンは最高だ。わざわざ話さなくても、私がなにをして欲しいか理解してくれる!」
「…………はぁ。一応、言っておくが、俺に連携は期待するなよ?ここの連中は足手纏いだ」
灯歌が大げさに何度も頷く。
「もちろん!そこは理解しているよ?レンレンか私と共に戦うことができるような人材は、【朝日之宮】にはいないからね。だから、レンレンには単独での遊撃をお願いするよ!」
灯歌の頼みを聞いた俺は、どう動くかを簡単に頭の中で、シミュレートする。
「………後ろから、というより斜めの方向から魔獣共を搔き乱せば良いんだな?」
「そうそう!やっぱりレンレンは――――――むぐっ」
灯歌の口を物理的に片手で黙らせる。
「それはもういい。じゃあ、俺はもう行く」
灯歌の口から手を離し、踵を返してテントの入り口まで歩き出す。
「――――ぷはぁ!あまり味方は巻き込まないようにしてくれよー!」
背中から聞こえた声に片手を挙げて返事をした俺は、テントの中から飛び出した。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
足元の影を伸ばして、かつての自然公園を囲う灰色の壁を越えて跳躍する。
壁の上に着地してすぐ、また足元の影を瓦礫の山まで伸ばし、また跳躍した。
これを何度も繰り返すことで、距離と時間を短縮することができる。
本音を言えば走るのがめんどくさいだけだが………まあ、こっちの方が効率的だし、良いだろう。
【朝日之宮】からほど近い、廃ビルの五階くらいまで跳躍した俺は、戦況がどうなっているのか、魔獣に見つからないように隠れて見下ろす。
「………うわぁ、ここまでくると気持ち悪いな」
顔をしかめさせ、俺は廃ビルの五階の窓から、その光景を再び視界に収めた。
―――――――――――――眼下の光景、それはまさしく海だった。
隙間なく埋められた魔獣の群れ。その動きは、波のうねりに似た動きに見えた。
やはり、多すぎる生き物の動きというものは、人も虫も魔獣も変わらず、嫌悪感を抱かせるのだろう。
俺は眼下の光景を見て、それをはっきりと理解した。
魔獣の群れが目指す方向まで視界を移動させると、火球やら氷刃やら竜巻やらが舞っている所がある。
そこを注視してみると、統一された動きをする武装集団が、十数匹の魔獣の群れと戦っていた。
【朝日之宮】の迎撃部隊なのだろう。
彼らの背後には、【朝日之宮】までの一本道が存在する。
彼らが応戦しているのは、報告の通り魔獣共の先遣の群れだろう。
今は先遣の群れに対し、有利に戦況を進められているようだが………このままでは、いずれ本体の群れと激突する。
そうなった場合、そう遅くない内に、彼らは本体の魔獣の群れに飲み込まれるだろう。
援軍はまだ到着していないのか………。
「いや、単純に俺が早すぎたのか」
それなら、彼らの援軍が到着した瞬間に動き出すとしよう。
―――――――――ドクン
影が一人でに蠢いた。
―――――――――ドクン
早く、早く、早く来い。
―――――――――ドクン
ああ、涎が零れそうだ。
「はぁぁぁぁぁぁ………」
苦しい筈なのに、その時の俺の顔は、どうしようもなく、笑みの形に歪んでいた。
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