第5話 人生万事塞翁が馬、これって一つの真理では?

「さて、既に承知のことだろうが、一応再確認しておこう。作業中の人はそのままで良いから耳に入れといてくれ」


 灯歌の一言に、その場の(俺以外の)全員が頷いた。

 相変わらず、灯歌もここの連中も統率力に優れている。


 誰も、俺がこの場にいる事に何の疑問を抱いていない。灯歌が援軍だと言ったら、そうなのだろうと無意識に納得しているのだろう。


 俺は彼ら彼女らを、まるで軍人のようだと思った。


 灯歌が全員を見回して、「よし」と小さく頷き、続きを話し始めた。


「現在、ここ【朝日之宮】は窮地に陥っている。それは狼通りと、周辺に生息する魔獣の活発化が原因の一つとなっている。だが、魔獣については周期的に活発化しているから、多分、発情期か何かだろう。問題は次の二つの原因だ」


 二つ?ということは、原因は三つあるということか。魔獣に関しては、その時期になった時、灯歌か【朝日之宮】に常駐する戦闘員が解決する筈だが・・・。


 取り合えず、続きを聞こう。


「二つ目の内、一つは君たちも承知の通り・・・狼通りの周辺の潜伏する犯罪クラン【鉄火の牙】によるものだ」


 ギリッ、誰かが歯を強く嚙み締める音がした。目だけで見渡せば、いずれも険しい表情を浮かべている。




――――――犯罪クラン。


 混沌した世の中になった現在、【ギフト】の力を悪用する無法者たちの総称だ。

 殆どが裏社会出身、またはグレーゾーンに足を突っ込んだチンピラで構成されている。


 彼らは総じて他者から何かを搾取する人種であり、ある意味、魔獣よりも忌み嫌われ、恐れられている。



 中でも【鉄火の牙】と言えば、その筋ではそこそこ名の通った犯罪クランだ。

 噂では大規模犯罪クラン【釼龍会けんりゅうかい】の傘下組織クランの一つだと言われているが・・・・。


 魔獣共に便乗して、このコミュニティを奪おうって算段か?

 それにしては軽率すぎるな。今ここには、梶灯歌がいるんだ。

 やつらも全滅するような覚悟は持ち合わせていないだろうし。


 何が目的なんだ?それとも、三つ目の原因にやつらが動く理由があるのか・・・・?




 

――――――はっ。思考の渦に飲まれる前に、頭を振って思考を止める。

 何にしても、まずは全てを聞いてからだ。


 俺は、灯歌の話に再び集中した。


「はっきり言って、あの無法者共が動き出した理由は分からない。活発した魔獣に便乗して、ここを襲撃する腹積もりなのか・・・【鉄火の牙】については、リーダー格の雨霧あまぎりに要警戒することにする。だが、諜報員の調査結果によっては、【鉄火の牙】を念頭に入れておくように」


 梶の【鉄火の牙】を潰すという発言に、この場の数人がざわついた。


 その中の一人の女性が右手を挙げて、発言する。


「連中を潰すんですか?いくら梶さんがいるとは言っても、こちらの戦力では心許ないですよ?だったら――――――」


「あくまでも、諜報員の調査結果次第だ。それに、今注目すべきは三つ目の原因だろう?」


 女性の言葉を切って、灯歌が女性を諫めるように言う。

 灯歌から少し冷たい目線を向けられた女性は口を噤み、「失礼しました・・・」と頭を下げて、それ以上は発言せずに話を聞く姿勢に切り替えた。


「他に質問は無いね?それでは話を続けよう・・・・それで、三つ目の原因は―――――」


「会議中、失礼します!!」


 テントの入り口の垂れ幕から、転がり込む勢いで、必死な様相の男性が入って来た。


 灯歌は素早く思考を切り替えて、その表情を冷徹なものに変える。


「報告を」


 灯歌の短い一言に男性は「はっ!!」と頷いて、口を開いた。


「南正門南東より、魔獣の群れを確認。狼通りの魔獣共の襲撃です!!」


「状況は?」


「現在、早乙女を筆頭に駐在の第一部隊の1~3小隊が正門前にて先遣の群れに応戦中!!直に本体の群れと衝突すると思われます!!」


 ふぅ・・・と一呼吸して、灯歌をこの場の全員の顔を一人一人見渡した。


「報告は聞いたな?諸君、戦争の時間だ。熊川率いる第二部隊は第一部隊の援護に向かえ。相良、君は第四部隊に連絡して非戦闘員の避難指示及び護衛に回れ。他の部隊は全て、残りの門の防衛だ!あくまでも人民保護を優先しろ!!行け!!」


「「「「はっ!!!!」」」」


 灯歌の淀みない指示を受けて、俺以外のこの場の全員がこのテントから出ていった。


 力強い返事は、どこか頼もしさを感じさせる。


 ・・・・俺はさぞ、沈んだ表情をしていることだろう。

 実際、自分の目が死んだ魚のようになってると思う。



 先ほどのような冷たい表情の指揮官はどこかへ行き、どこかウキウキした表情で灯歌が俺の顔を覗き込んでいた。



「さて、という訳だ。レンレンにも手伝ってもらうよ?」



「ああ・・・・・憂鬱だぁ」



楽しそうな灯歌とは対照的に、俺は心底めんどうだと、天井を仰いだ。






 

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