第2話 春はあけぼの、ようよう赤く散りゆく獣は

 廃墟と化した街。

 かつては蒸し暑くなるほどの人が歩いていた、書店やレストラン、カフェが立ち並ぶ大通りは、見る影もなく。


 土埃に煤けたガラスの破片やら、砕けた看板やら、コンクリートの外壁などの瓦礫やらが転がっていて。


 その瓦礫の間を、馬ほどの体長の狼が―――――大狼の魔獣の群れが歩いている。


 三年という月日で、もはやどんな店だったのか、どんな看板だったのかも分からないくらいに壊れた瓦礫の山々は、過去と現在の違いを感じさせる。


 季節は冬――――から春に移り行く頃。3月の空気はピリリと痛むくらいには肌寒く、温かそうな毛皮に包まれた魔獣でも良いから、その身体に飛びつきたい衝動を抑える。


 大狼の魔獣は、その四つある目を除けば、見た目は至って普通の狼だ。


 まあ、魔獣という化物なのだから、普通の狼である筈がないのだが。


 群れの数は、目視できる範囲では5匹。だが、他にも隠れ潜んでいるやつがいるかもしれない。


 あの日から三年…………今でも人が住んでいた都心は、魔獣共の住処となっている。現在でも、戦えない人々は数多く存在する。


 その為、ここのような魔獣の蔓延る場所に一人でいる事など自殺行為でしかない。

 

 普通なら――――そう、例えばゾンビ映画などを参考にすればいいか――――慎重に行動する場面、それもひっそりと音を立てずに逃げる場面だ。

 それが、今現在のおける戦えない人々の………一般人の常識だ。



 …………



 通学路を歩くように、あるいは近くのコンビニまで散歩するように。

 俺は至って自然体で、魔獣の群れを目指して歩いていった。


 風に吹かれて、コートが揺れる。


 全体的に暗めの、シックな服装。この場に不釣り合いな服装だと自覚しているが、生憎、変えるつもりはない。世界が崩壊してからも、俺の服装はこれがデフォルトだ。


 最初から気づいていたのだろう。群れの中でも一際大きな魔獣が、油断の無い視線を俺に向けている。その目は、俺の身体を捉えて離さない。

 他の魔獣も既に臨戦態勢。今にも飛びだしそうな姿勢でこちらに目を向けて睨み、唸っている。


 これ見よがしに、俺に近しい魔獣の一頭が、足元に転がる俺の上半身はあろう大きさの瓦礫を踏み砕く。

 その時に俺を見る目に、どこか俺を嘲るような感情が込められているように、俺はその魔獣の目を見て、そう感じた。



 ……………後ろで、何匹か動く気配がした。



 気づけば、俺は後ろのやつも含めて計8体もの狼の魔獣に囲まれていた。


 それでも俺は自然体で、その心は落ち着き払っていた。



 手ぶらで丸腰の俺に対し、片や、生まれた時から岩でも引き裂けそうな鋭い爪と、人間なんて簡単に噛み千切れる牙という〝武器〟を備えている。



 飢えた獣の如く、牙を剥き出しにして涎を垂らし、四つの目を爛々と輝かせて、数匹を除いた全ての魔獣が俺に向けて、同時に飛び掛かった。


 数匹が動かない理由は、例え運よくけれたとしても、残った数匹がその瞬間を狙って俺を殺すという寸法なのだろう。


 なるほど、


 「獣畜生にしては頭が良いな」


 素直に俺は感心して、


 「だが、詰めが甘い」


 血飛沫が舞う。紫の混じった赤黒い血が。


 俺を囲んでいた魔獣の全てが、闇を塗り固めたような杭に貫かれていた。


 魔獣の内、何体かは瓦礫ごと、あるいはコンクリートの壁ごと貫かれている。


 その杭は、他ならぬ狼の魔獣たちの影から伸びていた。


 即死しなかった魔獣の何匹かが吐血する。瓦礫が転がる道路の一部が、一瞬で紫の混じった赤黒い血に染まる。


 魔獣の一頭が驚愕したように四つの目を見開いて――――――あ、一つこぼれた――――――間もなく絶命した。


 杭を伝って流れた血が、道路に紫の混じった赤黒い血の海の景色を作り上げる。



 「悪いね。実は丸腰じゃなかったんだよ。俺の〝武器〟は――――――影だ」



 ぐるりと周囲を見回し、魔獣の全てが死んでいるのかどうか、目だけで確認する。それでも、完全な確証は得られないので、彼らの身体を貫いている影の杭の感触で、完全に死んでいることを確認する。


 俺は、少しばからり顰めた顔で、たった今殺した魔獣共の死体を見据える。


 殺し合いというのは、あまり良い気分じゃないが・・・・綺麗な状態で殺すのは結構、骨が折れるものだ。


 ……………しっかし暫くの間、魔獣と戦っていなかったからな。死体を綺麗な状態で残せるかどうか不安だったから、少し緊張した。


 ふぅと一度ため息をついて、片手で流れていない汗を拭う動作をして、俺は影の中に8匹の魔獣をその身体を貫いている杭ごと収納する。



 これが俺の【ギフト】、自由自在に影を操る力。

 たぶん、物語だとありふれた能力なんだろうけど。未だに俺以外に影を操る【ギフト】持ちに会ったことも見たことも無い。


 それでも俺は、自分が特別な人間だなんて思えなかった。


 だって、いくら強い【ギフト】を持っていようとも、死ぬときはあっけなく死ぬものなのだから。





 コートの懐から地図を取り出し、それを広げる。



「ここから近くのコミュニティは・・・っと。【朝日之宮か】・・・久々に米にありつけるかな?」



 内に期待を込めて、目的地に向けて俺は歩き出した。


 既に、魔獣のことは忘れて、俺の頭の中はどんな飯にありつけるのかという事だけでいっぱいだった。





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2020/11/24 加筆修正

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