落ちる朝日と狼少女

プロローグ

 夜――――――闇が支配する中、煌々と月光が地上を照らしている。


 人ならざる魔獣によって廃墟と化した都市のとある地域で、無数の墓標が立っていた。


 生きているだろう者を探すのが難しいほど、その地は赤い血の海が滴っている。


 数えるのも面倒な死体の数々を目の前した唯一の生き残りの青年は、殺戮を成した異様な格好の男から目を離せずにいる。


 傍らに仲間だった死体が転がっていようとも、悲しみに暮れる暇さえ無いと、その瓦礫の上で腰かける男を怯えた表情で見つめている。


 仲間の返り血で赤く濡れた黒コートを羽織った、仮面の男性。異様だと思わせるのは、その仮面だ。

 ウサギの耳が装飾され、髑髏どくろのペイントが描かれたガスマスク。

 一見してコミカルと言える笑えるデザインだが、青年にとっては笑えない。目の前の存在は自分と同じ人間ではなく、死神という名の魔獣だと信じたい。


 それほどまでに、目の前のガスマスクの男は化け物だった。




 怖い。怖い。怖い。



 一刻も早くこの場から逃げ出したい。あの化け物の魔の手から逃れたい。


 なんでこうなったのだろう。なんで、自分はこの場にいるのだろう。


 そんな考えが青年の頭を過った。


(………そうだ。元はと言えば、こいつが俺達の縄張りを荒らしたからじゃないか。俺達は何も悪いことはしていないじゃないか!!!)


 これまで、仲間内では雑用扱いで魔獣とこのチームのリーダーに怯えて暮らすのが、青年の日常だった。

 溜まりに溜まった鬱憤がはじけ飛ぶように、青年の中で感情が爆発した。


「………お、お前が。お前がぶち壊した。お前がこいつらをぶっ殺してくれたお蔭で、俺はこれから化け物に怯えて暮らさなきゃならなくなっちまった!!」


 あるいは、緊張感に堪えられなくなって、恐怖心に突き動かされて。


「俺が何をしたっていうんだ!ただこいつらの雑用をして、安全に暮らしていただけじゃねえか!俺は戦えないから!!俺は弱いから!!」


 決壊したダムの水が流れるように、青年の口から不満が吐き出される。


 それは、青年にとって良い選択だったのだろうか。目の前の仲間を殺戮した存在に不満をぶつけることが、最良の選択だったのだろうか。


 その答えは――――――明白だった。


 「うるせえよ」


 意外にも高めの中性的な声だった。仮面のせいでいささかくぐもった声だったけれども。


 しかし、それが……………青年が最後に耳にした言葉だった。


 闇を塗り固めたような〝手〟が、ガスマスクの男の足元から伸びて。


 はいとも簡単に青年の首を刈り取った。


 青年の身体から離れた首が最後に浮かべた表情は、さきほどと変わらず、恐怖に歪んだ顔だった。


 これで、瓦礫に腰かけるガスマスクの男以外に、生きている人間はいなくなった。


 闇を塗り固めたような異形の〝手〟は男の足元の影に帰っていく。

 ガスマスクの男に、眼前の夥しい死体の数々に感情を揺り動かされることなどなく。

 むしろ、なんの感情も浮かばなかった。


「てめえらが俺に喧嘩を売った。それで、てめえらは俺に負けた………そんだけのことだろうが」


 くぐもった声で、ガスマスクの男がボソリと呟く。


 ギラギラとした殺意と食欲が込められた視線を感じて、ガスマスクの男は瓦礫から立ち上がる。


 その手に赤黒い長杖を掲げて、一言、苛ついた声で男は呟いた。


「皆殺しにしてやるよ、畜生共」


 それから、新たな墓標が突き立てられるまで、数分もかからなかった。




 

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