大どんでん返し
三山 響子
大どんでん返し
「メアド教えて?」
たったこれだけの7文字の言葉を発することが、どんなに難解な試験を解くよりも難しいなんて思ってもいなかった。
高校生活最後のホームルームが終わった後、クラスメイトたちはすぐには教室を出ず、卒業アルバムの最後のページにメッセージを書き合ったり互いに写真を撮ったりしながら思い思いの時間を過ごしている。
数少ない友人からメッセージを書いてもらった卒業アルバムを早々と鞄にしまいながら、僕は心の中で激しくため息をついた。
(高校生のうちに絶対彼女を作るぞ!)
暗黒の中学時代を過ごした僕は、高校デビューすべく入学式の日に張り切って煌びやかな目標を立てたけど、結局シャイな性格も地味な見た目も変えられず、目標は一度も達成できぬままジェンガのようにガラガラと崩れ落ちていった。
彼女を作れなかったどころか、考えてみたら同級生の女の子とメールアドレスを交換する機会すら一度もなかった。
同性の同級生たちは皆、女子生徒とのメールのやり取りを密かに楽しみ、いつの間にかカップルになって青春を謳歌しているのに、僕の携帯のアドレス帳に登録されている異性は母親、妹、英会話の先生のナンシーのたった3人しかいない(ナンシーにいたっては、僕の英語力を考慮することなく難解な英語の長文を容赦なく送りつけてくるので受信拒否にしたいくらいだ)。
たまに女子生徒と掃除当番が一緒になって話したり、駐輪場で二人きりになったりした時に、ふと思い立ってメールアドレスを聞こうとした事もあったけど、その途端極度に緊張してしまい、中途半端に開いた口からは空っぽの空気が出るだけだった。
そもそも学校内での携帯電話の使用は禁止されているし(教師がいない場所では皆こっそり使っているが)、そんなに男女がわいわい仲良く交流しているクラスでもないのに、皆一体どうやって異性とメールアドレスを交換し、恋愛関係にまで発展しているのだろう?
僕にとっては永遠に解くことのできない学校の七不思議の一つだ。
まあ、その学校生活も今日でおしまいだから、もう解く必要もないのだけど。
「マック寄って帰ろうか?」
クラスメイトで部活も同じ涼太がいつものように声をかけてきた。
高校生活最後の日だというのに、その口調からは皆と別れる寂しさや名残惜しさは1ミリも感じない。
涼太も僕と同じく、クラスの格差ピラミッドの下段でひっそりと学校生活を送ってきた人間だから、別れを惜しむ熱気がこもる教室に長居するよりも、早々とこの場から退散して気の知れた友人とホッと一息つきたいという気持ちの方が勝っているのかもしれない。
「おう、行こう」
僕は返事をして鞄の留め具を掛けた。
目標は達成できなかったけど、少ないながらも気を許せる友人ができたし、部活もまあまあ楽しかったし、悪くない学校生活だった。
目標は大学生活に持ち越しだ。
「あ!井上君、もう帰るの?」
先を歩く涼太の背中を追って教室を出ようとした時、背後から高くて明るい声で名前を呼ばれて胃がでんぐり返った。
振り返ると、今まで一度も会話を交わした事のないクラスのピラミッドのてっぺんにいる華やかな女子生徒が近寄ってきていて、僕の胃は更にでんぐり返った。
「あ、うん」
「最後だから写真撮ろうよ」
僕の返事も待たずに彼女は手に持っていたピンク色の携帯電話をパカっと開くと、一気に距離を縮めてシャッターを押した。
あまりにも突然のシチュエーションに心が追いつかず、シャッターが押された時の僕の目線はじゃらりと揺れた彼女の携帯にぶら下がっているプーさんにいってしまった。
彼女から発せられるふんわりとした香水の甘い香りが鼻腔をくすぐり、胸が奇妙にざわつく。なんなんだ、この桃色の空間は。
「ありがとう。私達ほとんど話した事なかったよね。せめて写真だけでもと思って」
「あ、うん、そうだね」
携帯を閉じて僕より10センチ低い位置からはにかむ元気な瞳の彼女は、はちきれそうなほど可愛らしかった。
次の瞬間、恐ろしく素晴らしいアイディアが頭の中を貫いた。
これはきっと神様がくれたチャンスだ。
こんなにビッグなご褒美をこんなにも最後の最後までとっておくなんて、なんてじれったい事をしてくれる意地悪な神様なんだろう。
「あの、今撮った写真を送ってほしいから、携帯のメアド交換しない?」
期待に胸を弾ませ、前のめりになりながら発した僕の素晴らしい提案は、無邪気な笑顔の彼女の口から発せられた一言で、崖っぷちから一気に谷底まで転がり落ちていった。
「え、写真なら赤外線で送ればよくない?」
fin.
***
初投稿作品です。スマホ世代の方々にはオチが通じないかもしれません…(昔の携帯電話は赤外線でデータの送受信ができたのです)
駄文を失礼いたしました。
大どんでん返し 三山 響子 @ykmy
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