第4話 お姉さん系黒ギャル(後編)

「とはいえ、」


 何を買えば良いものか――僕は再び悩むことになってしまった。自動販売機に来たのだから、わざわざそこで天然水やお茶を買うのはナンセンスだ。いや、お茶や水が好きな人も居るから一概に否定するつもりはない。しかしながら、僕が買うのはジュース。ジュースが飲みたいから自動販売機までこの暑い中わざわざやって来たのだから、ジュースを買わなければ何も始まりやしない。ではジュースのラインナップはどうなっているのか。

 カルピス。乳酸菌も入っていて、甘くて、爽やかな感じ。より爽やかさを求めたいならば、カルピスソーダにしたって良い。僕はどこぞの誰かとは違って、炭酸は嫌いじゃないからね。そういえば昔のカルピスって飲んでいると白い何かが口の中に残るなんてことがあったけれど、今は色々改善されているんだったかな? 嫌いではないけれど、カルピスと言えばあの白い奴だよね――決して卑猥な意味ではなく――という、まるで合い言葉のような何かが僕の世代にはあったものだ。

 では、コーラはどうだろうか。コーラも甘いが、炭酸があるから何処かさっぱりした感じがする。コーラはメーカーによって炭酸のきつさが違うような気もするけれど、多分それはきっと気のせいなのだろうな。いや、ちゃんと調べたら実は誤差レベルで違っていました、なんてことがあるかもしれないけれど、今の僕にそれを調べようという興味はあまり持っていない。であるならば、その話題に関してはスルーするべきだろうな。そういや、友達がコーラが嫌いだとか言っていたっけ。コーラというより炭酸全般が嫌いだとか。何でも幼稚園の頃に親にコーラを飲まされてシュワシュワするあの感覚を嫌っている様子を面白がっていたとか。……それ、今なら立派な虐待として成立しそうだよな。

 同様に、エナジードリンクはどうだろうか。エナジードリンク、栄養剤とは何が違うんだろうかなんて思ったけれど、確か成分の違いが一番のポイントだったような気がする。何の成分かは覚えていないけれど、その成分を入れてしまうと医薬品扱いになって自動販売機で売れないとかどうとか……。でもリポビタンDとか自動販売機でたまに見かけるよな。まあ、エナジードリンクはまあまあお高いので、学生の財布には優しくない。飲むなら次の日が試験とか課題の提出日とかで徹夜するときぐらいだな。良い子の皆は決してエナジードリンクで徹夜して作業なんてしないように。……えーと、これ誰の思考?


「……長考するのが好きなんだねえ」


 と、そこで。

 黒ギャルが僕に声をかけてきた。ずっと考え込んでいるから助け船でも出してやろうという考えなのだろうか。ボクシングで良くあるタオルを投げ込んだような、そんな感覚。

 ……あれ、それだと僕、相当不味い状態に追い込まれているのでは?


「無難なのにしちゃえよ、少年っ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて黒ギャルは百三十円を自動販売機に投入する。そして有無も言わさず、何処かのボタンを適当に押した。おい、飲むのは僕なんだぞ。って、あれ? 今、お金何処から出したんだ? 財布なんて持っているようには見えなかったけれど……。


「普通にカルピスでも良いんじゃねえの?」


 ガコン、という音を立てて自動販売機からジュースが出てくる。そしてそれを取り出して一瞥すると、それを僕の額にくっつけた。冷えたジュースの感覚が、ダイレクトに全身に伝わってくる。とても冷たい。ちょっと……というかかなりビックリしてしまう。冷たいというより寒い部類に入らないか、これ?


「あ、ありがとうございます。……お、奢りですか? 僕、お金払いますよ……」


 ジュースを受け取ると、やっぱりそれはカルピスだった。しかもロング缶。帰るまでには飲み切れそうにないけれど、買ってしまったものはもうしょうがない。交換することだって出来ないんだし。


「良いんだよ、ここで会ったのも何かの縁ってね。遠慮なく受け取り給え。それじゃ」


 いつの間にか、自動販売機の横に止めてあった自転車に乗り込むと、右手をブンブン振って何処かへ走り去ってしまった。


「……何だか、台風みたいな……」


 或いは、かまいたち。

 いいや、その際どっちでも良い。いずれにせよ、随分と落ち着きのない女性だったことは確かだ。


「……取り敢えず、儲け……ってことで良いのか?」


 一本分とは言え、儲けは儲け。奢りは奢り。いつかちゃんとお礼をしなければならないな――と名前も知らない黒ギャルに思いを馳せながら、僕は家へと帰宅するのだった。

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