第5話

 屋敷に入ってみて驚いたのは、古い割にしっかりと手入れされている痕跡があったことだ。一つ一つがやたらと広い部屋だけではなく、風呂やトイレまでが意外と綺麗な状態なのは驚いた。ガスはプロパンだが電気や水道は通っているし、半年分の埃さえ洗い流せばそのまますぐに生活ができそうだ。


「でも、どこか違和感がありますね」


 ラーメン屋の厨房ぐらいはあるキッチンを見渡しながら、槇山さんが首を傾げる。


「違和感?」

「はい、なんと言えばいいのか……綺麗なのは綺麗なんですが、モデルハウスというか映画のセットみたいな、どこか無機質な感じがしませんか? まるで、もっと長い間使われていなかったような印象があります」


 どうなんだろう? 僕にはよく分からなかった。屋敷そのものが古いものであることは確かだし、その間、何人もの主がここで暮らしていたことは確かだ。それでいて状態が良いままなのは、大叔父が几帳面で綺麗好きな性格の人間だったから、なのではないだろうか。


「……かもしれませんね」


 槇山さんは頷いたものの、ちょっと納得できていない様子だった。


「それにしてもこの家、生活用品以外は何にもないよね……遺産の整理って何をすれば良いんだろう? やっぱり蔵の中かなぁ?」

「かもしれません。あ、明るいうちにちょっと行ってみたい場所があるんですけどいいですか?」


 槇山さんの言わんとしていることはすぐに分かった。この村で彼女が行きたいところといえば一つしかない。


「隣の神社だね」

「はい。さっきのお爺さんによれば石神さんの家系と何か関係があるようでしたので……何かの参考になるかもしれません」



 一旦屋敷を離れ、僕たちは四人で神社へと向かった。

 屋敷のすぐ隣から鬱蒼と木々の生い茂る裏の山へと続く石段の手前には石造りの鳥居が立っていたが、扁額は掲げられておらず、神社の名前は分からない。それに、見上げても社殿らしきものがまったく見えないところを見ると、神社といってもさほど大きくはないようだ。

 登り始めた石段はかなり擦り減っており、隙間から雑草も伸びてきていないところを見ると頻繁に使われているのだろう。年寄りにこの石段の昇り降りはかなり辛いと思うのだが、田舎の人は足腰も丈夫なのかもしれない。

 石段を昇り切った先には、今度は木製の鳥居が立っていてその向こうに小さな社があった。境内も小綺麗に掃き清められていて、規模はともかく今でも住人の崇敬を集めていることは確かだろう。


「ホンマに『お宮さん』って感じやな。神社に付き物の賽銭箱とかガランガランっちゅう鈴もないし、お守りも売っとらへん」

「まあ、当たり前だけどね。それより、ここで才人くんと『アマビト』の関係がわかるってお爺さん言ってたよね……恵理ちゃん、分かる?」

「はい、多分……」


 見れば、槇山さんは格子戸の隙間から小さな社の中を覗き込んでいた。心なしか、その横顔が強張っているように見える。


「どうしたの?」

「……見てもらえば、分かると思います」


 歯切れの悪い物言いに顔を見合わせてから、僕らは槇山さんが離れた格子戸に顔を近づけて中を覗きこんだ。


「……僕?」


 中にいたのは僕だった……と、言いたいぐらい、薄暗い空間に佇むその木像の顔は僕によく似ていた。もちろん、ギリシャ彫刻のように写実的なものではないのだが、荒削りながら顔立ちとか特徴が僕そのもののといってもいいほど一致しているのだ。


「……これがアマビトってこと? まるっきり才人くんじゃん……」


 松井さんも絶句している。


「いつのものかははっきりしませんが、恐らく作られてから数百年は経っているものと思われます」

「そない古いもんがこんだけ才人と似とるんか……自分の家系、どんだけ血ぃ濃いねん」

「知らねぇよ」


 松井さんの言う通り、これが『よごす』とやらをこの村に降したというアマビトの姿なのだろう。


「アマビトとは『天人』あるいは『海部人』なのかもしれませんね……残念ながらその衣装からはどこから来たのかを特定することはできませんが、異邦人であることは確かなようです」


 アマビトの像は右手に杖を持ち、何かを捧げ持つかのように左手を突き出しているがその手には何も載っていない。長い年月の間に失われてしまったのか、それとも最初から何も載っていなかったのだろうか。

 だが神社にあったのはそれだけで、それ以上の詳しいことは一切分からなかった。ただご先祖さまらしいアマビトと僕の顔が酷似しているという気持ちの悪い事実が明らかになっただけだ。


「アレかなぁ? 才人に子供ができたらやっぱりそっくりなんかなぁ?」

「さあ、普通はそこまで似ないと思うんだけどね……隔世遺伝じゃないの?」

「せやなぁ……」


 前を行く英志と松井さんの会話を聞くともなしに聞きながら、僕はこの村を訪れて以来、胸の中で次第に大きく膨れ上がっていく得体のしれないザワつきについて考えていた。僕とそっくりな『アマビト』『よごす』『ずぐ』それに『よごすの心臓』……聞いたことがあるはずのない、それでもなぜか聞き覚えのあるような気がする言葉たち。どうやらこの村と僕の血筋にはまだ知らなければならないことが色々とあるようだ。もしかしたらそれが、僕が引き継ぐべき『遺産』の正体なのかもしれない。

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