第4話
車を降りて、まるで時代劇に出てきそうな古い門を押し開けると目の前に広がるのはそこだけで住宅の二、三軒は建てられそうな庭園だった。きちんと手入れされていればかなり見栄えがしそうだが、そこかしこから雑草が顔を出している荒れた現状ではかなりうらぶれた感じになってしまうのは仕方がないところだろう。
足元に敷かれた石畳の上を歩きながらその先にある母屋を目指していると、左手に漆喰が剥がれ落ちてあちこちから土壁が覗いている蔵が鎮座しているのが見えた。あの中にも『遺産』とやらが眠っているのだろうか。中になにがどのぐらい入っているのかは分からないが、状態によっては仕分けにもかなりの労力を費やす必要があるかもしれない。
「なーんか、スケールが違うねー。ホントのお金持ちの家、って感じ。お手伝いさんとか出てきそう」
「そうかぁ? 『ごめんくださーい』言うたかて、出てくるのは妖怪じみた爺さん婆さんか、そうやなかったら妖怪そのものみたいな気がするけどな」
槇山さんと肩を並べて歩く後ろで、相変わらず英志と松井さんが好き勝手な感想を述べている。そして、槇山さんは目をキラキラさせながらその辺りの灯篭や蔵の方に熱い視線を向けていた。彼女にとってはこういう古いものに満ちた家が宝の山に見えるのかもしれない。
弁護士から引き継いだ鍵を使って玄関の引き戸を開けると、半年分の湿気と埃っぽさを存分に蓄えた空気がムワッと押し寄せてきた。多少は覚悟していたとはいえ、これはひどい。
「ホンマ大丈夫か? こんな家に入って病気にならん?」
「しばらく開けっ放しにしとけば大丈夫じゃないかな。あぁ、勝手口の鍵もあるんだった。そっちも開けておけば対流ができるからちょっとマシになるかも」
そんなことを言いながら裏手に回りかけた時だった。
「もし……」
いきなり声をかけられた。驚いて振り返ると、そこに立っていたのは腰の曲がったかなり年配の男性だった。実に、この村にやってきて初めて目にする住人の姿だ。
「はい、あの……あ、怪しいものではないんです。僕は……」
「はぁ、分かっとります。石神の家のお方ですわな? すぐに分かりましたわ……あんた様もアマビトさまのお顔してらっしゃるでな」
僕は槇山さんと顔を見合わせた。
「アマビトさま?」
「へぇ、石神の家はアマビトさまの血を引いておるでな……後でお宮さん参ってもろうたらわかりますよって」
お宮さん、というのは田村さんの地図にも描かれていた、この家のさらに奥にあるという神社のことだろう。行けばわかるということは、そこに僕の先祖にあたるという「アマビトさま」というのが祀られているということなのだろうか?
「あの……そのアマビトさまというのは、この村で信仰されている神さま、なんでしょうか?」
さっそく食いついた槇山さんの問いに、老人は首を振る。
「アマビトさまはの、神通力で天から『よごす』をこの村に降ろして、飢えとった儂らに『ずぐ』をもたらしてくれた恩人だわぁな。やからワシら石神の家には決して足を向けて寝やせんでなぁ」
『よごす』? 『ずぐ』? 方言なのだろうか、意味のわからない言葉に困惑する僕の顔を見上げながら、老人は顔をニチャッと笑みを浮かべながら頷く。
「この村に『よごす』の心の臓が帰ってきたんじゃなぁ。これで儂らもまだまだ長生きできるじゃろうて……ほんだら、あんたらのことは村長に話しとくでなぁ」
一方的にそう言い残して、老人は去っていった。今のはいったい、何だったのか……呆然とその小さな背中を見送ってから、僕たちは互いに顔を見合わせる。
「なんや、えらい独特の方言やったなぁ。あっちこっちの言葉をつなぎ合わせたみたいな」
「うん、それに『アマビト』とか『よごす』とか『ずぐ』って何のことなんだか。それに心臓がどうとか……才人くん、心当たりある?」
「いや……」
僕は首を振ったが、なんとなく聞き覚えがあるような気がして、胸の中がざわついている。少なくとも受け取った手紙には書かれていなかったことは確かなのだが、いつ、どこで耳にしたのは、記憶を探ってみても思い出せなかった。まぁ、ただの気のせいなのかもしれないけど。
「まあ、ええわ。とりあえず今日の寝床は確保せなあかんねんからとりあえず中に入ろうや。掃除もせなあかんし、ぼーっとしとったらすぐ陽ぃ落ちてまうで」
「あら、英志にしては珍しく建設的なご意見」
「は? 俺はいつだって建設的やろうが」
「うそだー、すぐ悪ノリして場の雰囲気ぶち壊しちゃうクセにー」
松井さんにケラケラと笑われて英志はわざとらしく口をへの字に結ぶ。
「……行こうか、槇山さん。夫婦漫才に付き合ってたら本当に日が暮れちゃう」
「……そうですね」
「ちょっと! 何が夫婦漫才よ! こらー、才人ー!」
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