第3話

「いやあ、まさかこんな寂れた村を訪れる人がいるなんてね」


 田村と名乗った警察官は照れ笑いを浮かべながらペットボトルのお茶を僕たちに配ってくれた。


「警官が居眠りしてたなんてSNSなんかに書き込まないでくれよ。いろいろ煩いんだ、今」

「心配せんでもええですよ。だいたいここ圏外ですやん」


 英志の軽口で場が一気に和んだ。


「しかしここに配属になって三年になるけど、初めてだよ……外から人が来るなんてね。あ、道に迷ったんなら引き返すしかないよ。この村、通り抜けられないから」

「いえ、あの……僕たち、この村に用があって来たんですよ。ここ、石神村ですよね?」


 今度こそ、田村さんは怪訝な表情を浮かべた。

「たしかにここは石神村だけど……こんな村に用事? 君たちが……?」


 僕がかいつまんで事情を話すと、田村さんは唸りながら腕を組んだ。


「君が石神の、ねぇ……確かに石神の家はこの村の名家だったみたいだし、屋敷もあるけど……あそこ、誰か住んでたかなぁ?」

「はい、大叔父は半年前に亡くなったということですからそれまでは……たぶん」

「そうなのか。まぁ、俺もこの村の人間とはまったく接点ないからなぁ。実際、村の人間とは話したことすらないし」

「はぁ?」


 と妙な声を上げたのは英志だった。


「せやかて、この村の駐在さんなんやろ? そんなんで務まるんですか?」


「それがな」と苦笑を浮かべる田村さんによると、この駐在所は現状、ほとんど機能していないらしい。村の中心部にはまだ十世帯ほど人が住んでいるらしいが、高齢者ばかりでほとんど人の出入りもなく、当然警察が介入するようなトラブルも発生しようがないのだそうだ。そのため警察官も常駐はせず、所轄の巡査が三日に一回、交代で来ることになっているらしい。


「それも来年で終わりだけどね。もうここに駐在は置かないことになったんだ」

「それって……いいのですか?」


 槇山さんが心配そうな表情を浮かべる。


「人的金銭的コストもバカにならないんだよ。それに、この村の老人たちも俺たちなんて必要としていないし……もちろん、何か連絡があれば駆けつける体制を維持しておくのは前提だけどさ」


 田村さんは苦笑混じりにペットボトルのお茶を呷った。


「あの老人たちもこの村も、何年後かにはこのまま眠るように死んでいくんだろうさ……」


 顔に似合わぬ妙に詩的な言葉に、なんだか胸の奥がざわめいた。身寄りのいない僕にとって、この村が消えてしまうということは自分のルーツを辿る手段が失われてしまうということだ。

 それで僕自身がどうなるというわけでもないはずなのだが、なんだか自分という存在があやふやになっていくような不安を覚えた。



 村の簡単な略図を書いてくれた田村さんにお礼を述べて、僕たちは先へと進んだ。ほどなく中心部と思しき地域に入ると、ようやく生活の形跡が見られる家がチラホラと見られるようになったが、その数は決して多くない。


「十世帯ほど、って言ってたっけ? すごいね、ほとんど空き家じゃん。英志、アンタ引っ越してきてあげなよ。都会じゃ買えないおっきい家が選り取り見取りだよ」

「勘弁してぇな。こんなコンビニもないとこでどうやって暮らすねん」


 松井さんと英志の掛け合いを聞いて、ふと気づいた。この村には商店というものがまったく見当たらないのだ。田村さんの地図を見直してみたが、やはりそれらしい書き込みは見当たらなかった。

 こんなところに出店しても採算なんて取れないだろうし、老人が数人、生きていくだけなら庭に小さな菜園でもあれば容易に自給自足できるのかもしれない。

 それにしても、人の姿を見かけない。買い物に出る店の一つもないのだから当然といえば当然なのかもしれないが、ただの一人の姿もないというのは少し不自然に思える。それでいて、車の中からでも感じるのはじっとりとまとわりつくような視線だ。外部からの侵入者として警戒されているのかもしれないが、さすがにいい気分はしない。この異様な雰囲気には他の三人も気づいているらしく、気がつけば誰もが口を閉ざし、外の風景を眺めるフリをしながら周囲の状況を窺うようになっていた。


 小さな村だと思っていたが、家の数はともかく面積はそこそこあったようだ。交番を出発してからかなりゆっくりと走ってはいたものの、それでも一番奥まで二十分もかかったのは驚きだ。英志も「なんや、狐に摘まれたみたいやなぁ」と変な顔をしている。

 ともあれ、半日以上をかけて僕らはようやく目的地にたどり着いたのだ。坂を上り切った先の、少し小高くなった敷地に築かれた一際大きな日本家屋こそが大叔父が暮らしていたという石神家の屋敷だった。

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