第7話 魚は 1.食べる 2.飼う 3.見る どれがお好き?

「あっあそこだね」


 電車に乗ってやってきたが、休日ということもあってかなり賑わっていた。


「はやく入ろ?」

「そうだね」


 なし崩し的に手を握られている。電車に揺られているときからずっと。そろそろあっつくなってるんだけど、離す気配がない。俺の手汗を感じるがいいわ!はっは!


「はやく」

「はい」





「蛍って水族館って結構来る? 今更だけど」

「小学校の行事で行ったきりかな」」

「あー、行きがちだよね」

「香織も行った?」

「いったいった。何見たとかは覚えてないけど、行った覚えはある」

「小学生のことって結構忘れてるよね」

「蛍は中学の私のこと忘れているけどね」

「その話はもうすんだんじゃないの!?」


 案内板を見ながらどこに向かうか話す。いくつかのイベントの時間は決められているので、それに合わせて時間を考えなくてはならない。


「って、イルカショーとペンギン触れ合い体験の時間思いっきり被ってるね……」


 香織の言葉で改めて確認すると、開始時刻から終了時刻まで一致していた。


「人気分散しそうだな……もしかして、経営陣の頭悪い?」

「分散させてもう一回来てもらおうとしてるのかもね。入館料2回分払うことになるし」

「まじか、めちゃくちゃ頭いいじゃん」

「蛍の意見ころころ変わりすぎでしょ」

「それはともかく、どっちにするか」

「蛍はどっちがいい?」

「香織の好きな方でいいよ」

「蛍はどっちがいい?」

「NPCになったのか」

「蛍はどっちがいい?」

「どっちも見たい」

「私も。じゃあ、蛍が勝ったらイルカ、私が勝ったらペンギンね。じゃん、けん」

「「ぽん」」


 俺がパー、香織がチョキ。


「じゃあ、今回はペンギンね。イルカは次回」

「ああ」

「ま、まだ時間あるから今決めなくてもよかったんだけど」

「ちょっと?」

「まぁまぁ、じゃ、回ろ?」





「香織って好きな魚っているの?」

「食べるなら秋刀魚、飼うならベタ、見るならチンアナゴ」

「おお……今は見るのが好きなやつだけでよかったかな」


 ベタってなに?


「チンアナゴってどういうやつだっけ」

「見たことない? ほら、地面から生えてるミミズみたいな」

「あー、思い出してきたけど、ミミズみたいっていわれると見る気なくすな……」

「形だけだから。顔はかわいいよ」

「いつから好きなの?」

「え、ほら。小学生の男子ってそういうの好きじゃん」

「え、好きじゃんって言われても、答えづらいんだけど」

「で、結局どんな奴なんだって思って調べてみたら魚で、画像見てかわいいな、いつか実際に見たいなって」

「ここにもいるかな?」

「聞いてみる? ほら、あそこのお姉さんスタッフでしょ」

「うん、いいんだけどね?」

「すいませーん」




 場所を教えてもらい、チンアナゴを見に来ていた。

 大きな水槽ではなく、小さな水槽で他の種類の魚とは一緒に入っていなかった。

 そしてそれを見てるお客さんもいなかった。近くのクラゲが入った大きな水槽の前では結構立ち止まって見てるのに。


「揺れててかわいい……撮ってくれない?」

「いいけど」


 スマホを渡されるのでカメラアプリを開き、構える。


「あ、なんだっけ。あの加工アプリ。YUKIだっけ、そっちの方がいい?」

「あー、邪魔だから普通のカメラで」

「……了解」


 邪魔って……


「はい、ダブルピース」

「口に出さなくていいから」

「……」

「……」


 パシャッ


「はい、撮れた」

「いや、合図して? いきなり撮らないで?」

「ポーズとってたじゃん」

「でも、あるでしょ? もう一回」

「……」

「……」


 ふむ。


「ちんあなごー」


パシャッ


「よし」

「よしじゃないわ!」

「え、ほら、かわいくとれたよ」

「え、ほんと? かわいい……? じゃなくて、いや、いいよ? 面白かったし。でも、長い。五文字は長い。どの文字で撮られるかわからないから」

「言い終わったらじゃない? はい、ちーず、も言い終わった後でしょ?」

「確かに、じゃあ、もう一回」

「了解」

「……」

「……」

「ちんあなごー」


 パシャッ


「どう?」

「こんな感じ」

「うん、ありがとう」

「いえいえ」

「蛍も撮る?」

「俺そんなチンアナゴガチ勢じゃないから」

「私もガチ勢ではないわ! 何か撮りたいものないの?」

「……クラゲを背景に真顔の写真を撮りたい」

「蛍って変だよね」

「唐突な罵倒辞めてくれる? 傷つくよ?」

「じゃあ、最後に二人で撮らせて? すいませーん」


 返事も待たずに近くのスタッフの人に頼みに行って、すぐに連れて戻ってきた。


「いいって」


 水槽を挟むように二人で並ぶ。

 ちらりと隣に立つ香織を見て、かなり、か・な・り、恥ずかしいけれどダブルピースをした。白目は剥いていません。

 スタッフの方が香織から手渡されたスマホをこちらに構えた。


「……」

「「……?」」


「……ちんあなごー」

「「ぶっ」」


 二人でふきだしてしまった。聞かれていたらしい。

 でも、見せられた写真にはとてもいい笑顔が映っていた。

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