第6話 勝負服。

「先に言っておくけど、デートは一時からでいいからね? 私ここで待ってるし」

「ここで?」

「うん。あっ、お昼も作ってあげる」

「あ、ありがとう……?」


 この状況を俺の脳は処理できない。


「んー」


 ああ、またベッドに……


「それで、どうかしたのか?」

「なにが~?」

「なんでもう待ってたのかってこと」

「別に待ってなかったけどね」

「え、そうなの?」

「うん。コンビニにごはん買いに行こうと思って。……一緒だね?」

「ああ、だから食べてたのか」

「うん」

「じゃあ、いったん帰ったら?」

「え、なんで?」


 なんでとな。


「まだ時間あるし」

「いいよ、ここで待ってるし」

「いや、いいよじゃなくてね? ここ俺の家だから」

「私の部屋みたいなものでしょ?」

「ガキ大将?」

「歌ってあげようか?」

「帰ってください。お願いします」

「はいはい。仕方ない。じゃあ、ちゃんと用意してね。もしドタキャンなんてしたら……」

「したら……?」


 にこっと笑って家から出て行った。

 笑顔はもともと威嚇っていうもんね。うんうん。こわい。


「すこしはやめに用意した方がいいか……」


 まあ、予定もないしそれはいいんだけど。

 デート……何着てけばいいんだ? いつもの隆史と遊ぶ時の服でいいか。


***




「ねえ、なにそれ……?」

「何が?」

「その服!」

「え、面白くない?」

「面白くないし、服に面白さ求めないで!」

「結構隆史にはウケたんだけど」

「これが……? ちょっとおかしいんだね」

「それに異論はない」


 すまん隆史。


「っていうか、それなに?」

「これ? 丸Tシャツ。普通丸Tって呼ぶけど」

「普通呼ばないと思うよ? というか、普通の人はそんな着ないとおもうよ?」

「だろうね」


 この丸Tは……どこで貰ったんだっけ。

 たしか、たまたま道で酔いつぶれていたおじさんの愚痴を聞いてあげたら、自分の店が潰れるからといってくれたはず。

 白地に大きく黒丸が一つプリントされているだけのTシャツだ。サイズが何故かぴったりだったので使い続けている。ちなみに小さい子には結構人気。


「……入る」

「え、帰る?」

「はやく鍵開けて」

「はい……」


 仕方なく鍵を開けると俺より先に香織が家に入っていった。

 いや、もうすこし躊躇とかさ、ないのかな。年頃の娘さんでしょう?


「……」


 香織がタンスを(勝手に)開けて、その前で何か考えていた。


「ねえ」

「どうしたの? 普通の服もあるでしょ?」

「変な服と半々くらいだけどね」

「まぁ、ほら、安いと買っちゃうよね」

「安くても買わなくていい!」


 ぽいぽいと俺のTシャツをベッドの上に投げ始めた。


「ちょっと?」

「ベッドの上にあるものは着ないで」

「駄目?」

「駄目!」

「……ありのままの姿を受け入れて」

「なら襲うよ?」

「ごめんなさい」


 一瞬で脱がそうとしてきたんだけど。


「というか、これもその丸T?とおなじところのでしょ」

「あー、そう。四角T」

「なんでこんなの作るかなぁ」


 ちなみにポイントは四角が傾いているところ。

 23.4度傾いていると言っていた。地球が傾いてるから合わせたとか。


「よし。この中から選んで」

「う~ん。正直全部妹が買ったやつだからどれがいいのかわからない」

「よかったね、妹さんいて」

「どういう意味?」

「妹さんいなかったら蛍殺して私も死んでたかも」

「え、そんなレベルの話?」


 心中心中~!


「じゃあ、これでいいや。あと、この後服買いに行くから」

「え、うん」


 有無を言わせない、といった表情をして香織が部屋を出て行った。

 放置されたTシャツたち。帰ってきたらたたんであげるからね、南無三。


「しかたないか」


 丸Tを脱ぎ、どれにしようかな、っと。


「どれにしようかな、っと。じゃあ、これで」

「蛍!」

「え?」


 もしかして聞かれてた? ごめんなさい、悪気はなかったんです。

 ちょっと俺の力じゃ足りなくて、神様?天に力借りてただけなんです。


「もしかして、デートでテンション上がったりしてる?」

「え、うん。したことないし」

「そっかぁ……」


 香織の表情が和らいだ。あらかわいい。


「それなら……まあ、丸Tでも……やっぱり駄目だわ。早く来てね」


 丸Tが何したって言うのか。それでも香織がそういうならしかたない。

 一つ服を選び、さっさと来て部屋を出た。



***



「それでやってきたわけだけど。何見てる?」

「いや、見て。金粉Tだって」

「ネタ服見ない!」


 首をグイっとやられて前を向かされる。


「さあ、私たちのデートを始めましょう」

「もう始まってたけどね」


 手を引っ張られ、店の中を見て回る。

 いままで服にこだわったことがなかったので何やらいろいろ言われてもよくわからない。学校も制服だし。


「これは?」

「いいと思う」



「うーん、微妙かぁ……こっちは?」

「いいと思うよ?」



「こっちの方がいいかも」

「イイトオモウヨ」



 着せ替え地獄を何とか生き延び、そのまま買った服を着て店を出た。


「ようやく水族館いける……」

「あっ、今日って水族館行くんだ?」

「うん。いろいろ遠回りしたけどね」

「えー、ちょー楽しみなんですけどー? テンション……今ってなんていうの? テンアゲ?」

「やるなら、最後までやり切りなさいよ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る