第5話 デートはすでに始まっている

 起きると針は8時半を指していた。昨日は眠れないかと思っていたが、思いのほかすぐに睡魔が襲ってきた。落ち着ける匂いだったとか……きもくない? でも周りに誰もいないからよし。


 朝はパン、パンパ… あれ、食パン切らしてたっけ。忘れてた。どうするか…

 コンビニにいこう。

 大手コンビニチェーン077まるなな。この半月マンションの前にある。

 平日の昼食はここで買っている。いつもお世話になってます!

 着替えるのも面倒だし、いっか。


「あっ、蛍。 それパジャマ?」

「なんでいるの!?」


 玄関の扉を開くと、香織が立っていた。


「いや、遅れたら悪いでしょ」

「いくら何でも速すぎる! まだ4時間は前だぞ!」


 まだ冬ではないとはいえ、長時間外にいるのは冷える。しかも、脚が出ているし。


「私のことは置いといて、どうしたの?」

「朝食にパンを食べようと思ってたら切らしてたんだ。コンビニに行こうと思って」

「そっか。……私が作ろうか?」

「遠慮する!」


 エレベーターのボタンを押し、待っていると香織がついてきていた。


「コンビニに用か?」

「蛍が行くなら行こうかと思って。何かあったかい飲み物でも買おうかな」

「寒いんじゃねえか!」

「ちょっと冷えただけだって。気にしなくていいよ。1時まで待ってるから」

「どこで?」

「扉の前。DV彼氏に追い出されたふりして」

「やめてください」


 マンションを出て、コンビニに入る。ここまで近くに来たのならマンションの中に入って欲しい。もしくは俺がコンビニに住むか。


「いらっしゃいま、せ?」


 自動ドアが開くと同時、店員さんの声に迎えられる。

 やっぱりいいよね、ちゃんといらっしゃいませって言ってくれるの。しゃっせーとか適当にするのはなし。いや、可愛い女の子ならあり。


「なに食べるの?」

「何かパンを…」


 コンビニとか種類があって決めるのに困るよね。本日のおすすめとか作って欲しい。迷わずそれ選ぶから。


「これは? いちごサンドホイップWダブリューWダブリューWダブリュー

「なにそのネットで使われそうな名前」


 香織の手元を見れば、ほぼクリームで形作られたものが握られていた。


「なにそれ!?」

「えっと、『好評だったいちごサンドホイップWダブリューWダブリューをさらにパワーアップ! クリームの量がさらに増量! 4分の3を占めるクリームを心からお楽しみください。』だって」

「限度があるだろ!」


 本当にほぼクリームだ。いちごが小さく見える。


「あっ、本日のおすすめ、598円だって」

「あったんだ! おすすめ!」


 いや、流石にこれは……朝から重い……内容としても金額としても。


「期間限定だって。まあ、こんだけ尖ってたらそうだよね〜」

「……」

「さすがに売れなくてすぐ消えるかもね」

「買います」

「え? いや、これ」

「買います」


 そういった謳い文句に弱い人間なのです。

 香織から受け取り、レジへ持っていく。


「もう……でもちょうどいっか」


 ため息をつきながら、香織は暖かい飲み物と肉まんを買っていた。

 部屋に戻ってきた。隣には香織もいる。

 外で待とうとするし、隣に戻ろうともしないので仕方なくだ。


「じゃあ、いただきます」


 一口食べれば、口内はクリーム、クリーム、クリーム………


「あの、大丈夫?」


 隣で肉まんを齧っている香織が尋ねてくる。


「……大丈夫」


 強がる。大丈夫、大丈夫だって。いちごが運悪く口に入らなかっただけだって。

 もう一口。


「…」


 いちご! おい、頑張れって! 負けるな、いちご!!


「……無理して食べることないでしょ。交換する? 私甘いもの普通に大丈夫だし」

「いや」

「あのね、一口ごとに目から光を失ってく人の隣で肉まん食べるのも辛いから」

「すまん」

「いいよ、はい」


 互いの手の上のものを交換する。


「美味しい… 美味しいよぉ…」


 泣いてしまいそうだ。これほど肉まんにありがたみを感じたことはない。ありがとうございます、ありがとうございます、神様、香織様。


「男子には、きついかも?」


 香織は、一口目こそ驚いていたが、普通にその後も食べている。

 スイーツ男子の諸君、君たち強いよ。俺は勝てなかったよ。


「普通に美味しいけど、寝起きじゃきついのもわかる。ってか、あんまり甘いの得意じゃないの?」

「そんなことないと思うけど…」

「ケーキとか食べれるの?」

「普通に食べれる」


 頻繁に食べるものではないと思うけど。


「そっか、じゃあ、誕生日に作ってあげる」

「ケーキを? 作るの?」

「頑張ってみるけど、流石にプロレベルは期待しないでよ?」

「しないけど、作れる時点ですごいだろ」


 俺にはケーキを作るという発想がなかった。

 

「蛍の誕生日っていつ?」

「12月24日」

「うわ、クリスマスじゃん」


 そう。誕生日はクリスマス。つまり、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが一緒にされていた民の1人。


「じゃあ、ケーキ2つ食べなきゃね」

「勘弁してください」


 即座に頭を下げる。

 やめてください、思い出させないでください。まだクリームが中にいるんです。

 香織は笑いながら最後の一口を口の中に入れた。


「んー、美味しかった! でも、ちょっとクリームが多すぎではあるよね」

「交換してくれてありがとう」

「私も気にはなってたし。でも、甘いもの食べたらもっと食べたくなってきちゃった」


 はい?

 香織さんや、どうしたのかね。もうボケてしまったのかい?


「この後ケーキバイキングとか、行く?」

「……」

「冗談だから、そのレイプ目やめて」

「そういうこといわない」


 すごいね、もう思考回路が全然違うね。

 空腹の時に少しだけ食べると余計お腹が空くみたいなこと? しゅごい……


「そういえば、ようやく店員さんがこれをレジに持ってった時に微妙な顔をしていた理由がわかった。あの人は経験者だったんだ」

「いや」


 香織が不思議そうな顔で首を傾けていた。


「ふつうに、パジャマと気合い入った服の組み合わせが疑問だっただけでしょ」

「……」


 忘れてました。てへり。

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