第3話 突撃! お隣さんの夕ご飯

「ちょっとはごはん作るの楽になるでしょ」

「ここで食べるんだな……」

「臨機応変ってやつ? いいから、ほら、テスト勉強しないと」


 押し切られた気もするけど仕方ない。対面に座る。


「?」


 坂月さんが首を傾けて不思議そうな顔をしていた。


「まぁ、いいけど」


 坂月さんは立ち上がり、横に腰を下ろした。

 …なんで?


「えっと?」

「なに? よくわからないけどこっちがよかったんでしょ?」

「何が? なんで隣に座るの?」

「……? 勉強教えてくれるんじゃないの?」


 勉強教える=隣に座るなの!? ……先生目指そうかな。


「ねぇ、やらないの?」

「やります」


 思考が変な方向に行ってるので、目の前の問題に集中する。煩悩退散!



***



「ねぇ、蛍? きこえてるー?」


 肩を揺らされているのに気付いた。


「ごめん、今気づいた」

「いいよー。わからないところ勝手に見させてもらったし。で、そろそろごはんじゃない?」


 壁にかけられた時計を見れば、後10分ほどで7時になる。


「座っててね。2人でやっても無駄だから」

「俺がやるからそっちこそ座っててくれ」

「早い者勝ち~」


 スッと立ち上がると、キッチンの方へ急いで行ってしまった。

 手伝おうと思ったが、キッチンは狭いので、ありがたく待たせてもらう。


「あっ、そういえば蛍ってごはん、あー、白米食べる人?」

「たまに? 毎日は食べない」

「よかったー、私もおんなじ感じ。ご飯炊いてなかったから、食べるなら急がなきゃだった」


 タッパーの中身を温めている坂月さん。

 坂月さんの広げられた教科書などを片付けながら、その背中に、疑問を投げかける。


「いつから名前で呼んでたっけ?」

「んー、さっきから。他人行儀だし。お皿はー……ここか。借りるよー?」


 教えるまでもなく、お皿を出して盛り付けていた。

 ……もしかして、ストーカー?

 なんてことはないだろうけど。


「蛍も名前で呼んでね。もしくはあだ名」

「別に今までと同じでも」


 盛り付けたお皿を受け取るくらいなら邪魔にならないか。


「ダメって言ってるのー! ほら、私の名前」


 手に渡されながら、そんなことを言われる。そして、お皿を離さない。熱いんですけどー?


「香織、ね。かーおーりー。はい、言ってみて」

「香織」

「名前忘れてるのはよくないよー? しっかり覚えて。むしろ、苗字の方はいいから」

「わかったって」


 香織は、隣に座る。


「テレビつけていい?」

「どうぞ」

「ありがとー」


 チャンネルをころころ変えると、毎週見ていたクイズ番組で止まる。


「蛍はこれ見てる?」

「基本的には」

「へー、一緒だ」


 香織は箸を持ちながら手を合わせ、こちらを見上げてくる。


「食べないの?」

「……いただきます」

「はい、召し上がれ。私もいただきます」


 目の前に並ぶ料理は、肉じゃがにロールキャベツなど、明らかに1人用じゃない。

 これが余り物の量?


「気がついた?」


 俺の思考を読んだかのような言葉に、思わず体が跳ねる。

 まさか…


「そう……新しい料理サイト見て作ったら全部3人前だったっ!」

「……」

「部活で気合入れすぎで疲れてたからミスっちゃったー。…ん、え? なに、その顔?」


 ひどく安堵した顔をしていたのだろうか。

 いや、そんなことあるぅ?


「再びのストーカー疑惑」

「やめてって、ないから。それに、ストーカーからもう手遅れでしょ。家に入れてる時点で」

「確かに」

「だから…料理に髪の毛とか血とか入れてないよ」

「……」

「爪も唾液も」

「……」

「あっ、釘の入ったおはぎもないよ!」

「詳しすぎて冗談に聞こえない…」

「なんでよ。女なら常識でしょ」


 そんなのか常識なのは怖すぎませんかね。

 でも食べてみると、普通に、かなり美味しい。

 いつも食べてたものの100倍美味しい。


「おいしい?」

「香織って料理上手なんだな」

「もー、ちゃんとおいしいって言って!」

「……おいしいです」

「よかった」


 そして、目線はテレビの方へ。


「秋に桜ってコスモスじゃなかった? ほら、10番の」

「たしかそうだったような……?」


 すぐに答えが出る。あっていたらしい。


「花の名前なら多少はわかるかも…? 他のだと全然わかんないけど。あっ、4番タンポポじゃない?」


 少しして後に正解と表示された。


「花が好きなのか?」

「まー、嫌いじゃないけど。ほら、小さい時に図鑑とかみるからさ。男子は見ないの?」

「たしか家にあったような? 虫とか車とか」

「そっかー、男の子だとそう言うのが多いのか。ってことは、蛍って虫触れるの?」

「子供の頃は触れたけど、今は触りたくない」

「わかる。なんでちっちゃい時触れたのに、どんどん無理になるんだろうね?」

「小さい時は虫取りとかしたなー」

「蛍は取られる側じゃない?」

「そのいじり方懐かしい」

「あー、経験済みだったか~……」

「え、どうした」


 いきなり香織が黙った。


「いや、ちょっと頭の中を『経験済み童貞』って単語が」

「きっとそんな単語存在しないので頭の中にしまったままにしていてください」

「そうだね。えっと虫取りの話だっけ」

「定番のカブトムシとかな」

「虫取り網とか持って? ちょー可愛いじゃん。写真とかないの?」

「ないよ。一人暮らしに持ってこないだろ」

「えー、蛍の昔の写真みたーい」


 腕を組みもたれかかってくる。

 穏やかな時間が流れる…


「ねぇ、さっきからなに? カップルみたいな雰囲気じゃない?」

「押し掛け女房です。末長くよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ……じゃなくて! 違うよね!? 付き合ってないよね!?」

「ほら〜、胃袋から掴めって言うし」

「すごいぐいぐいくるな!」

「だって、名前も覚えてなかったみたいだし〜?」

「いや、確かに悪かったけど…」

「もう4年も一緒なのにな〜」

「だから、悪かった…ん?」


 え?


「4年?」

「そうだけど?」

「いや、だって、え?」


 4年って…中学から同じ?


「半年って言ってなかった?」

「うそ」

「なんでこっちに?」

「いや、蛍もでしょ」


 俺の通っていた中学から今通っている雪梅すすうめ高校は、同じ県内であるものの、距離はかなり離れている。


「俺は実家から離れているからって」

「私も一緒」


 雪梅高校は、公立だが、例外として両親が同じ県内に住んでいれば高校生の一人暮らしを認めている。


「それで、4年も同じクラスなのに覚えてないのはどう言うことかなぁ?」

「クラスまで同じなのか!?」

「まぁ、仕方ない部分もなくはない。私高校デビューだし」

「高校デビュー?」

「そ。中学まで全然染めてなかったし」


 長い金髪をくるくる触っている。これが黒髪だったと。


「なんか、いたかも? 長い髪の女子」

「ま、休み時間とか本読んで過ごしてて目立ってなかったし、許してあげよう」


 そう言って、こちらの肩に顔を乗せてきた。

 それで、この状況の説明は?

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