第二話

「クソ! なんなんだ!」


 野太い男の声だが焦りを感じされる叫が、人気のない住宅地に響く。叫び声を上げた男とは別の男たちが無駄に大きな動きで周囲を見回す。


「こっちこそ、朝からなんなの」


 静まり返る住宅地に苛立ち混じった少女の声が響き渡る。

 透き通る声が慌てふためく男たちの不安感を一瞬で、見事に吹き飛ばした。男たちは徐々に冷静さを取り戻して始める。

 全身統一されたダークカラーのスーツを着た男たちはどう見ても、街で見かけるチンピラではなく、人の道を踏み外した。

 ――プロフェッショナル。

 それなりに修羅場を掻い潜ったそんな彼らですら、動揺してしまうほどのことを目の前に居る少女はした。


「ば、バケモノ」

 

 地面に倒れ込んでいた男の一人が、どうにか身を起こしながら少女に言葉の意味を投げかける。鼻を押さえるが、相当な衝撃を受けたために、手で押さえた程度では止血することができないでいた、流れでる血が地面に赤い模様を作り出していた。

 見上げるように少女を憎悪と恐怖が入り混じるた濁った瞳で睨みつけた。

 そう、あれは……。

 ターゲットである金髪の少女とその隣を歩いていた黒髪の少女が、一台目の車の横を通り過ぎ、二台目の車に差し掛かったときだった。

 二台目の車の助手席で自分が待機していたときだった。防弾仕様の特注のドアから、勢いよく手が突き抜けてきたのだ。そのあとすぐに、左手が同じようにドアを突き抜けてきて子どもがおもちゃを壊すようにいとも容易く、ドアを引っ剥がすと。

 自分の首根っこを掴まえ、ドアを剥がすよりも簡単に車から引きずり出されると、そのまま顔面を車のトランク部分に躊躇なく押し付けるように叩きつけられたのだ。

 自分の身に起きた出来事から、という言葉が放たれたのは自然なことだったのだ。


「お、オマエは、なんなんだ」


 冷静を取り戻してた男たちは、一斉に黒髪の少女を取り囲みながら問いかけた。

 問いかけられた黒髪の少女は、セミロングの頭を無造作に掻きむしりながら、気怠そうに。 


月読つきよみめい、学生よ、と言いたいけど。いまは、ボディーガードって、アンタたちの方が、ナニ者なの」

「名乗るワケないだろう。その制服の校章からお前も、逢魔時学園おうまがときがくえんの生徒だな」


 よく理解出来ないが、学園の名前が分かったからと勝ち誇られても、月読命にとってはどうでもよかった。

 それどころか、逆にこの男たちが可哀相な人たちに思えてきた。


「お前の名前も分かったし、学園も特定できた。その意味、分かるよなぁ」


 さっきまで、動揺していたのが嘘のように下卑た表情に変化し、勝ち誇ったように顔を歪ませていた。


「下っ端って大変よねぇ」


 少女こと月読命が呟くと。

 蜃気楼のような黒い霧が身体に纏わり始めると。

 どこからともなく、声が聞こえてきた。それは、非常な辛苦の中で号泣し、救いを求める声でありながら、非常に悲惨でむごたらしい拷問を受けているときに発する苦痛。地獄に落ちた亡者が、責め苦に堪えられずに大声で泣きわめく声。

 ――阿鼻叫喚。

 少女の姿は、夜の食国ヨルノオスクニを支配する者。

 ――悪しき神。

 神話に登場する邪神を彷彿とさせるほどに、恐ろしいオーラを放っていた。

 月読命が戦闘を開始しの合図に、一歩前に足を出したときだった。


『でんわだよぉー、でんわだよぉー。はやくでないと、なまづめはいちゃうぞぉー』


 と、恐ろしいオーラを放っている少女の後ろポケットから完全に場違いなアニメ声で、場違いでない物騒な内容の着信音声が。


「もしもし」

月読つきよみさん、殺さないでください。その強面の人たちの所属している組織の情報収集したいそうですから>


 少し気の弱そうな男の子の声、でも、一音、一音、聞き取りやすく。でも、淡々とした事務的は話しかたをする通話相手だった。


「了解。愛莉鈴ありす隠世かくりよの外で小動物のようにうろうろしてるから先に学校に連れて行って」

<分かりました。あと、ナニか? ご要望ありますか? >

「遅刻するって伝えておいて」

<……、……。アレですよ、遅刻するといっても、重役出勤はダメですよ>

「…………、…………」

<あ――>


 取り出し通話していたスマートフォンの電源を強制終了させた。


 男たちは動けなかった。

 少女を取り囲んだまではよかった。少女から目には視えないが異様な雰囲気が漂い出し、少女が前進するために一歩足を踏み出したときに電話がかかってきた。少女は躊躇ためらうことなく、かかってきた電話に出て会話を始めた。

 襲うことが出来たはずなのに、出来なかった。

 どこからともなく、声が聞こえてきたときから、四肢を目に視えない得体のしれないモノたちに掴まれていたからだ。


 ――ぱちん!

 

 月読命と名乗った少女が、一柏いちはく柏手かしわでをうつ、と。

 動けなく呪縛されていた男たちが一斉に、身体が動け自由になる。


「大人しく、こ……」


 話すことを止めた。

 男たちは動けるようになると、すぐさま拳銃を取り出し筒状の物体を手慣れた手つきで銃口の先端に取り付け始めた。


「発砲音、気にしなくていいよ。いま、この世界に居るのは、私とアナタたちだけだから」


 取り囲んだ男たちの視線の中心に居る少女の口から意味不明と受け取れてしまう内容の話がされた。

 突発的に一人の男が口にした。



 とてもフレンドリーな微笑みを尋ねてきた男に少女はしながら。


隠世かくりよって知ってる?」


 尋ねた男は言葉が出ないために、ジェスチャーでゆっくりと首を横に振った。


「簡単に説明すると。いつもアナタたちが居る世界の裏側にある世界に居るの」


 やはり少女が話している内容は男たちには、理解できなかった。

 少女は少し困った顔をすると男の首根っこを強引に掴み簡単に引きずり出した、かわいらしい指を頬に当てながら考え込むと。

 ある一言が頭のなかに浮かんだ。


「異能者」


 その名称を聞くと、男たちの顔を色が青ざめさせた。

 ――異能者。

 常人が持たない能力を持った人物たちの総称。

 信じ難い話だが裏社会でも、都市伝説というモノは存在する。よく例えにされるのが、伝説のヒットマンが居るなどである。

 そんな都市伝説の一つに、異能者と呼ばれる存在が居ると噂されていた。

 人の姿をしたバケモノ。


「…………、…………」


 月読命の言葉の意味に納得できた。

 男たちは取り付けようとしていた物を取り外し、銃口を少女に向ける。


「う~ん、引く気がないってことか」


 男たちの気概は理解できる仕事がら失敗は死を意味している、だからこそ引くに引けない悲しい立ち場。

 それは月読命に向けられている銃口が証明していた、精一杯の虚勢を張っていることを。

 一点に集中している銃口の照準が定まっていなかった。

 男たちは後悔していた。

 いま、自分たちの前に立っている黒髪の少女が、この世界で最も危険な生物だということに。

 異能者いう存在が都市伝説のなかの物語であってほしかった。

 それが目の前に観ろと言わんばかりに、女神のように降臨している黒髪の少女。

 そう。

 あのときからすでに違和感があった。

 拉致するはずのターゲットである人物が近付いてきたと思ったら、忽然と姿を消していたのだ。次の瞬間に後部座席の特殊加工されたドアを素手で突き破ってきて、それを力任せに引っ剥がし、大柄な成人男性を首根っこ掴んで引きずり出し、その勢いで男の顔面を車のトランクに叩きつけるようなことを平然とできる少女が、尋常な存在なわけがない。

 男たちの銃口の照準が安定し、ピタリと狙いが定まった。


「あっ、ちょっと待って。場所移動するから、このまま撃ったら同士討ちになちゃう可能性があるから。生け捕りにしろって言われてるから」


 黒髪の少女が諭すように自分たちに言うと。悠然と散歩する足取りで、進みだした。

 セミロングの髪を風に靡かせながら歩く少女。身長は同年代の女子よりも少し高い程度なのだが、背筋を伸ばし正中線を常に意識した日本古武道の独特歩行から実際の身長よりも高く見える。体つきはスレンダーだが、歩く姿を見ていると哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属特有の威圧感がありながも顔つきは大和撫子と思わせてしまうほど、おっとりとしていた。

 が。

 いまは、撫子ナデシコの花言葉のを外して、が花言葉になっていた。

 取り囲んでいた男たちの一部が自動ドアのように左右に開くとコンビニへ気軽に入っていくみたく、その間をすり抜け出た。

 すると。

 クルッと踵を返し身体の正面を男たちに晒すと。大げさに両手を広げ、サーカスの花形である道化師ピエロが観客にする飄々とした一礼をした。

 黒髪の少女が顔を上げたときだった。

 一丁の銃口から火花を散らしながら亜音速で弾丸が飛び出し、黒髪の少女の身体に突撃していく。最初の一丁の銃声に続くように複数の破裂音がメロディーを奏で始めると、いつしか、カチ、カチ、というホールドオープンした拳銃の虚しい引き金の機械音だけがする。


「9mm、弾頭だんとうに特殊加工なし。さらに術式なし、と。完全に対一般人用みたいね」


 グチャと変形し潰れた弾丸を拾い、物色する黒髪の少女。

 銃弾は少女の身体を貫くことが出来なかった。その前に、透明な視えない壁に全ての銃弾が当たり地面に落ちていくだけだった。


「ぅ、うわぁー!」


 一人の男が恐怖のあまり発狂しながら空になったマガジンを抜いて再装填し、物色している少女に銃口を向けた――瞬間!

 男は膝から崩れ落ちた。

 黒髪の少女は的確に男のあごに拳をヒットさせ、頭のなかに収納されている脳みそを左右にシェイキングさせた。

 次々と男たちの顎を左肘、右回し蹴り、右裏拳、左後ろ回し蹴り、左フックと、器用に打ち抜いてく。

 全ての男たちの脳みそを揺らし、脳震盪のうしんとうを起こさせて地面に倒れ込ませた。


「こんなもんかな」


 仕事した感を出したかったのだろう、少女は汗一つ、かいていない額を袖で拭った。

 そして。

 物騒な着信音声がするスマートフォンを後ろポケットから取り出すと。強制終了させたスマホの電源を入れて再度起動させた。画面に暗証番号を入力すると連絡先からある名前を選択し、タッチする。

 鼓膜を振動させるコール音が数回すると。


「おつかれさまです。回収、お願いします」

<――>

「はい、はい。ちゃんと生きたまま捉えてますよ」

<――――>

「え! 遅刻させないために三十分で来させる」

<――――――>

「お昼休み、ぐらいに学校に着きたいなぁ~」

<――――――――! >

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