第3話 百年後の奇跡の話 その3

「コンさんと、サナさんは、いつもこんなことをしているんですか?」

 幽霊少女が消えると、イマは尋ねた。

「これが、私たちが神様に与えられたお役目だから」

 サナが、いった。

「二人は、天使ですか?」

 昔、呼んだ絵本。フランダースの犬。死者をあの世へ連れていくのは、天使の役割だった。

「ううん。私は神獣の化け狐。それで、コンは幽霊だ」

 サナがいった。

「私、イマ。今野イマ。前の学校では、コンコンとか、コンとか、呼ばれてました。諸学六年生の、十一歳です」

 イマがいう。

「大学生かと思ってた。私と同じ名前やね」

 コンがいった。

 サナは迷うように視線を少し動かした後、イマを見る。

「なあ、イマ。やっぱりお前、キツネの匂いがする」

「そうなの? 自分ではよくわからないかな?」

 イマは首を傾げる。

「キツネの匂いってどういうこと?」

 セリカが尋ねるが、サナはそれにこたえず考え込む。

「イマじゃないな。イマじゃなくて……それだ」

 サナが指差したのは、イマのショルダーバッグだった。

「そのストラップ、ちょっと見せてくれないか?」

「うん、いいよ」

 イマはカバンからストラップを外し、サナにわたす。

「これ、どうしたんだ?」

「昔から持ってるんだけど、どこでもらったものか思い出せないの」

 イマの声を聴きながら、サナはストラップの匂いを嗅ぐ。

「この中に誰かいる……お前は、誰だ?」

 独りごとのようにサナはつぶやく。

「なあ、イマ。このストラップ、中に誰か閉じ込められている。封印されている。出してもいいか? 多分、悪いものではないと思う」

 イマは、はっきりとうなずく。

「うん。お願い。助けてあげて」

 サナはストラップを握りしめると、そこに息を吹き込んだ。

 その瞬間、サナの手の中――ストラップからまばゆい光の球が放たれる。

 球はサナの指をすり抜け、店内をグルリグルリと飛び回ったあと、床に着地、そしてヒトの形へと変わる。

 光がおさまると、そこにいたのは一人の女の子だった。

 小学校低学年くらいに見える体格。おかっぱ頭で、セーラー服を着ていた。

 女の子はあたりを見回すと、大きくのびをする。

 そして、こういった。

「お腹すいたわ。なにかつくって。話はそれからでいいでしょ」


「えっと、こんなんでいいかな?」

 コンはとりあえず、ありあわせのものでそうめんチャンプルーをつくり、女の子に出した。

 女の子はそれをとてつもない勢いで、あっという間にチャンプルーを完食した。さらには麺の一本も残っていなかった。

「ごちそうさま。おいしかったわ」

 女の子はポケットからハンカチを取り出すと、口の周りを拭いた。

「はじめまして。アタシ、矢賀ミキ。トヨウケビメ様にお仕えする神獣のキツネよ」

 女の子――ミキは周囲を見渡す。

「トヨウケビメ様って?」

 セリカは小声でサナに尋ねた。

「ウカノミタマノカミ様以外にも、稲荷伸として信仰され、キツネの神獣を使ってらっしる神様はいらっしゃるんだ。トヨウケビメ様もその一柱だ」

 サナは小さな声で解説した。

 ミキは確かめるように手足を動かす。

「大体予想はしてたけど、アタシは死んでしまったようね。体が亡くなって、魂だけになっているわ」

「死んでしまって、そのあと封印されたってこと?」

 イマが訊いた。

「ええ。そうよ」

 ミキはそういったあと、イマの顔をまじまじと見詰めると、急に嬉しそうな表情になった。

「あら、あなたあのときのおチビちゃんじゃない。ずいぶん大きくなったわね。今日は何年何月何日なの?」

 イマは戸惑いながら、今日の日付を答えた。ミキは数回うなずく。

「と、いうことは、アタシは九年ほど封印されてたわけね」

 ミキはうなずいた。

「あの、さっき随分大きくなった、っていってたけど、私のこと知ってるの?」

 イマが尋ねる。

「あら、覚えてない? あんなことがあったのに……。まあいいわ。アナタが生きていてくれただけで、アタシは嬉しいわ。アナタ名前は?」

「イマです。今野イマ」

「アタシは死んだから、ヨモツクニへ逝くことになるのだけど、その前に少しだけ、イマ、あなたを見ておきたいの。冥途の土産ってやつね。だからイマ。少しだけあなたについていっていい?」

 ミキは尋ねた。


 お店を出て、家への道を歩く。

 セリカは途中まで一緒だったが、分けれ道で方向が変わるらしい。

「ごめんね。家まで送っていってあげられたらいいんだけど、私、これから用事があって……」

 別れ際、セリカは申し訳そうにいった。

 家を出る前、スマートフォンに家の場所を記憶させたので、地図アプリを見ながらなら帰れるだろう。

「ううん。大丈夫」

 イマはそういった。

「うん。学校、同じクラスになると思うから、よろしくね」

「今日はありがとう。これからもよろしくね」

 こうして、セリカと別れた。

 イマとミキ、二人で若桜の町中を歩く。

「ずいぶん田舎ね。まあ、いいところじゃない。前は東京に住んでたでしょ。どうして引っ越したの?」

 ミキの問いに、イマは小さくうなずく。

「まあ、ね」

 ミキはそんなイマの表情を不思議そうに見ていた。

 少し歩いたところで、イマは尋ねる。

「ミキちゃんは、封印されてたって、どんな感じだったの?」

「そうね……真っ暗なところでずっと眠っていた感じかしら。ときどき目を覚まして、でも何も変わっていなくて、また眠る。それを繰り返す感じね」

「小っちゃいのに、閉じ込められてたなんて……」

 イマがいった途端、ミキは足を止める。

「イマ、ちょっとしゃがんで、私と目を合わせなさい」

 イマは怪訝そうな表情を浮かべながらも、いわれた通りミキの前にしゃがみ、目線を合わせる。

「イテっ!」

 その瞬間、ミキはデコピンをした。イマは確かにその痛みを感じた。

「ミキちゃん、幽霊さんじゃなかったの? なんで触れるの?」

 少し赤くなったデコを抑えながら、イマは抗議する。

「確かにアタシは幽霊よ。でも、イマには触れられるみたいね。生きている神獣は幽霊に触れられるのだけど、死んだ神獣が生きているヒトに触れることもできるのね。正直アタシも驚いているわ」

 ミキは「驚いている」とあまり驚いていなささそうな口調でいった。

「まあ、それはさておき、アタシ、封印された時点で十七よ。生きてたら二十五歳。アンタよりずっと年上なの」

 ミキが早口でいうと、イマはデコを抑えたまま首を傾げる。

「封印の影響で、そんな見た目になったんですか?」

 ミキの容姿はどこからどう見ても、小学校低学年からせいぜい四年生くらいまでにしか見えない。

「アンタ、アタシのことバカにしてるの? アタシ、死んだときにこの見た目なの。伸びなかったの。いつか伸びると思っていたのに伸びなかったの」

 後半、ミキは涙目になっていた。

「え、うん、えっと、ごめん」

「ごめんなさいでしょ? アタシの方が年上なの。アタシ、これでも体育会系だから先輩後輩にはうるさいのよ」

「えっと……ごめんなさい。ミキ先輩」

「わかればいいの」

 イマとミキは並んで、家へとむかった。

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