第4話 こっくりさんの話 その1

 そこは、とても冷たい場所だった。

 真っ暗で、冷たい場所。

 ミキは、その場所に全裸で寝そべっていた。

「ここは、アタシが封印されていた……」

 そう思ったが違った。

 封印されていた空間によく似ているが、呪術的な力は感じない。

 ミキは体を起こし、周囲の様子を見る。

 一滴の水が落ちてきて、鼻先を濡らした。

 少しづつ暗闇に目が慣れてきて見えるようになったそこは、どこかの民家の浴室のようだった。

 照明は消えていて暗く、古い水の嫌な臭いがする。

 浴槽には微かに水が張ってあるが、よどんで、黒く濁っていた。

「出して……ここから出して」

 弱々しい、イマの声が聞こえた。

「イマ? イマなの?」

 ミキは全身の、周囲の様子を見るが、イマの姿は見つからない。しかし、隠れる場所などない。

 だけど、確かに声はすぐ近くから聞こえた。

「こんなのヤだよ。助けてよ」

「イマ、アタシが、助けるから」

 ミキは大声で叫んだ。


 ミキは飛び起きた。

 微かに音を立て冷気を吐きだす冷房。

 ここは、イマの自室だった。

 ミキは床で寝ていたのだった。

 ミキの横、布団の上、タオルケットをかぶり、うずくまるように大きな体を小さくしていた。

「イマ、寒い? 冷房切るね」

 ミキはイマの枕元に置いてあったエアコンのコントローラーを取ろうとして手を伸ばすが、掴むことなく、すり抜ける。

「そっか。アタシ、死んだんだった」

 ミキは手を見つめた。

 勉強机の上の時計は、午前二時十五分を指す。丑三つ時だ。

「ねえ、イマ。さっきアタシの見た夢は、あなたの記憶だと思う。アナタ、なにがあったの? アタシにできること、なにかある?」

 ミキは静かに問いかけたが、イマは目を覚まさなかった。


 翌朝。

 イマは服装を迷ったが、結局いつもの、長袖のティーシャツと、長ズボンを選んだ。

 前に通っていた学校は制服があったけど、今日から通う学校は六年生までは私服でいいそうだ。

 六年生までは、とはどういうことかというと、新しい学校は小学校と中学校が一つの学校になっているので、九年生まであるのだという。

 そして、中学校に相当する部分、七年生から九年生までは制服がある。

 つまり、六年生のイマは九カ月だけ私服で通うことになる。

「もう少し可愛い服着ればいいのに。アナタ、顔もスタイルもいいんだから」

 ミキは着替えるイマを見ながらいった。

「ううん。これがいいんです」

 イマがそっけなく返したので、ミキはそれ以上はなにもいわなかった。

 リビングでテレビを見ながら朝食をとる。

 テレビのニュース。

 なんとかという芸能人が、自殺したらしい。最近友人が亡くなって、後追い自殺のようだ。

 そんな内容を伝えていた。

 イマは特に芸能界に興味がないので、軽く聞き流していた。


 お母さんと、それからミキと一緒にやってきた新しい学校は、和風なお城のようなデザインだった。

 私服で、ランドセルを背負ったヒト。

 制服で、リュックサックやスクールバックを持ったヒト。

 みんな同じ校門をくぐっていく。

「道、覚えられそう?」

 お母さんが尋ねた。

 この町に引っ越すために、お父さんは仕事を変えた。

 それで、お母さんもパートに出ないといけないから、こうして毎日送ってもらうことはできなくなるらしい。

「うん。大丈夫」

 私鉄を使わなければ通えない学校。地下鉄を使わなければ通えない塾。

 東京にいたとき、どちらもイマは一年生から一人で通えていた。

 だから、徒歩十五分の通学は短く感じるくらいだ。

「まあ、しばらくはアタシもいるしね」

 ミキがそういったので、イマはお母さんに気づかれないようにうなずいた。


 職員室で担任の先生に会った。

 女の先生だったから、ちょっとほっとした。

「辛いことがあれば、いつでもいってね。私でも、保健室のチエミ先生でも」

 担任の先生が視線をむけた先に、イマも視線をむける。そこには、白衣を着た女性の先生がいた。あのヒトが、チエミ先生らしい。

 そちらも、女性の先生だ。色々と話しやすそうだ。

 目が合うと、チエミ先生は笑みを浮かべたので、イマは軽く会釈した。

「あのヒト……もしかして」

 ミキは小さくつぶやく。イマにはその意味が分からなかった。

 チャイムが鳴った。

「じゃあ、いきましょいうか」

 担任の先生が立ち上がり、イマはうなずく。

 三木橋先生が、小さく手を振ってくれた。

 イマも、小さく振り返した。


『6年〇組』

 ではなく、

『6年生』

 とだけ書かれた教室。

 一学年一クラスだということだ。

 先生に続いて教室に入る。

 六年生の中に、昨日会った少女、セリカがいた。

 イマと目が合うとセリカは笑みを浮かべたので、イマも笑い返す。

 先生が、黒板に『今野 今』と書く。教室中がざわめく。まあ、予想していたから、イマはそれほど不快感はなかった。

「今日から今日クラスに加わることになった今野イマさん。さ、挨拶して」

 イマは小さく深呼吸した。

「東京から引っ越してきました。今野イマです。趣味は、ゲームをすることです。よろしくお願いします」

 教室中、拍手が響いた。

「今野さんの席は、そこね」

 先生が指差したのは、最後列の席だった。

 背の高いイマは、いつも最後列の席を割り当てられるが、不満はない。

 イマは指定された席に座る。

 隣の席は、短髪の、ちょっとボーイッシュな感じの女の子だった。

「私、明日原カコ。よろしくね」

 女の子――カコはそういった。

「うん、よろしくね」

 カコはニコニコと笑顔を浮かべながら、イマを見る。

「あの、私の顔、なにか付いてる?」

 イマは尋ねた。

「ううん。でも、私がカコで、そのお隣がイマちゃんっていうのが、おもしろいなって思って」

 いわれてみれば、確かに“イマ”の横が“カコ”だ。

「そのうちミライちゃんが引っ越してくるかもしれないね」

 カコはそういって笑った。

 イマは気が付いた。

「それって『いきものの森』だよね。カコちゃんもやってるの?」

『いきものの森』それは、イマが好きなPCゲームだ。

 動物になって、童話の世界のような森で暮らす。

 服を集めて着飾ったり、家のインテリアにこだわってみたり、のんびりとした自由気ままな生活が送れるというのが魅力のゲームだ。

「うん、やってるよ。イマちゃんも」

 カコは嬉しそうにいった。

「うん。放課後、遊びにいくよ。ID教えて」

 カコはそう返す。

 遊びにいくというのは、イマが現実のカコの家にいくということではない。『いきものの森』はオンラインで相手の森へ遊びにいける機能がある。

「うん、いいよ」

 カコは遊びにいくのに必要になるIDをメモ帳に書くと、イマに渡した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る