【短編】世界の終わりに、君に逢いに

かんた

世界の終わりに、君に逢いに

 もうすぐ世界は終わるらしい。

 どこかの国の偉い人がそんなことを言っているのを聞いた。

 だが生憎、興味がなかったので良くは聞いていなかった。

 だから、何故世界が終わるのかなんて事は詳しくは知らない。

 とりあえずは、世界が終わる前に、あの子に逢いに行きたい。

 居場所は知らない。

 何をしてるのか、残りの人生をどう過ごそうとしているのかも知らない、愛しの人に逢いに行きたい。

 きっと、あの子は俺と最後に逢うのなんて嫌だろうけど、それでも俺は逢いたいから、逢いに行く。

 叶うのならば、彼女の傍で世界が終わるのを感じたい。……彼女はそんな事思ってもいないだろうけれど。



 まず、高校生の頃に送られてきた年賀状で彼女の実家を確認し、向かうことにした。

 高校を卒業してから連絡を取ってもいないし、取れなくなってしまっているから実家にいるのかも分からないけれど。

 とりあえず、地元から離れた大学に進学していたせいで地元に帰るところから始めなければいけないから、車に乗って地元へと走らせ始めた。


 道中の車内で、君との出会いを思い出す、高校に入学して、教室でドキドキしている時に横に座ったのが君だった。

 あの時は、初めて見る顔ばかりで緊張している中、君の綺麗な顔を見て本当に心臓が壊れるんじゃないかと思えるほどに暴れていたのを覚えている。

 とはいえ、すぐに話しかけることも出来ずに夏休みを迎えてしまって、自分に対して落胆していた。

 そんな夏休みに、部活ばかりで気分転換をしたいと思い駅の近くを歩いている時に、偶然にも君を見かけて、ついテンションが上がってそこで初めて話したね。

 君も丁度予定が終わったところで帰ろうとしていたけれど、もう少し君と一緒に居たいと思って、僕は気が付いたら遊びに行こうと誘っていた。

 正直、何て言ったのか、君が何て返事したのかも緊張しすぎていて覚えていないけれど、その後に二人で行ったカラオケは、それまでの短い人生の中で一番楽しかった。

 その日は、カラオケを出たらすぐに解散になってしまったけれど、連絡先を交換出来て、舞い上がりそうになっていた。



 ……あれから何時間ほど車を走らせているだろうか。

 いつもならば、定期的に休憩を挟んでいるからおよそどれほどの時間が経ったのか分かるのだが、今回に関しては一度も休憩をすることなく、車を走らせ続けているのでどれほど時間が経ったのかは分からない。

 けれど、もうすぐ地元のある県へと到着する。

 そう思うと、また君とのことを思い出してきてしまった。


 連絡先を交換してから、もちろん俺はその時点で君を好きになっていたから、何度も何度も連絡を取り合った。

 時には寝るまで通話をし続けたことも、何度もあった。

 だから、もしかしたら君も俺のことを好きでいてくれるのかもしれないと思ったりもした。

 ……結局、その時には勇気が出なくて君に告白するなんて出来はしなかったけれど、それでも君と連絡を取り合って、たまに遊ぶことがあった日には一日中上機嫌で過ごせるほどに浮かれていた。

 ……浮かれすぎて、夏休み明けに課題を終わらせるのを忘れていて怒られたのは少し焦ったけれど。

 それでも、結果として君とたくさん話せて、遊びにも行けてとてもいい夏休みだったのは間違いない。

 夏休みが終わってからは、それまではただのクラスメートでしかなかったのが、教室で会うと微笑んでくれる程度には仲良くなれて、また浮かれあがっていたよ。


 そして、文化祭、体育祭といったイベントでさらに仲良くなっていって、もうすぐ冬になりそうな時期、二人で帰路についていた時に俺は気が付いたら君への気持ちを伝えていたね。

 ……いずれは告白はしたいとは思っていたけれど、もっと何か、タイミングがあったんじゃないか、と今でも思う。

 あの時は、自分でも気が付いた時には抑えきれなくなっていたんだ、言った直後からすぐ後悔していたのを覚えているよ。

 いや、後悔というのもおかしいな、君はそんな俺の気持ちを受け入れてくれたのだから。

 正直、俺は何か取り柄のある男でもないし、君みたいな子と両想いだったなんて信じられなくて、しばらく君が何て言ったのか分からなかった、直前に、予定外に告白したこともあって、頭が混乱していたのもあるんだろうけどね。

 それでも、何度も聞き返しているうちに君も俺のことを好きだと言ってくれて、それまでのどんな時よりも幸せだった。

 それからは、いろんなところに行ったね。

 俺は浮かれていて、君は呆れることもあっただろうけれど、それでも本当にいつもいつも楽しかった。

 どこに行っても、君と一緒に居られる、それだけで天にも昇る心地だった。



 気が付くと、辺りは真っ暗になっていた。

 流石にその頃にはもう地元には戻ってきていたが、この時間から君に逢いに行くのは、どうなのだろうか。

 いや、そもそもの話で、君は今この辺りに居ないのかもしれないというのに。

 ……そこまで考えて、ひとまず俺は近くのコンビニの駐車場へと車を停めた。

 これまでずっと車を運転してきていて、流石に疲れが溜まってきていたし、空腹を訴えてきてもいたからだ。


 しかし、何やら様子がおかしい、コンビニの電気が付いていない上に、よく見ると自動ドアとなっているはずの部分にガラスが無くなっているではないか。

 何かあったのか、と心配になり、車を降りたところで気が付いた。


 もうすぐ世界が終わるって言うのに、コンビニなんて開いているところがある訳もないか。

 俺みたいに、最期ぐらい、一緒に過ごしたい人の所へ行くだろうから。

 わざわざ、バイトなんてしに来ないし、最期なんだからもう何も気にすることなく暴れてもどうでもいい訳だ。

 その光景を見てようやく今の状況を把握出来た。

 なんだかんだ言って、俺はまだ世界が終わるなんて認識出来ていなかったんだと気付かされた。

 実際、もうずっと君のことしか考えていないのだから、実感何てしようもなかったのかもしれないけれど。

 そう思うと、俺は割れた自動ドアからコンビニの中へ入り、まだ残っていたおにぎりやサンドイッチをいくつか掴んでコンビニから出ようとして、立ち止まった。

 もうヒトも居ない訳だし、そのまま出て行ってもいいかな、とは思ったが、どうせ自分で金を持っていたところで使い道もすぐ無くなるだろう、ということをふと思い、レジまで戻ると財布から千円札を二枚取り出し、そのまま置いてからコンビニを出た。

 そして車に乗り込むと、コンビニから持ってきた食べ物を食べて、一度休憩をしようと目を閉じるのだった。




 ……今でも覚えている、あの時の君の顔を、君の涙を。

 君と俺の最後の時のことを、今でも昨日のことのように夢に見る。

 ……何故、あの時俺は君に当たってしまったのだろうか。

 受験の不安、将来の不安、家族との不和、ありきたりなことを言えばそうなるだろうか、今となってはもうそんなことはどうでもいいのかもしれないけれど、あれから君のことを忘れたことなんて、ただの一度もない。

 いや、君に一目会った時から、君のことを考えなかった瞬間なんて全く無かった。

 自分で君のことを傷つけておきながら、俺は君の涙をとても綺麗だと見惚れていた。

 けれど、そのすぐ後にそんなことを思っている自分に嫌気がさして、自分がとんでもなく汚いものに思えてきて、気が付いた時には君の元から走って逃げだしていた。

 こんな自分では、君のすぐ傍にいることなんて許されないと思えてきてしまって。

 その頃には、学校も自由登校期間に入っていて、逃げるように学校へは行かずにただ家の中でずっと、机に向かい続けた。

 卒業式も、なんだか行きたくなくなって、体調が悪いふりをして君から逃げてしまった。

 ……そこまでして、結局受験は第一志望の大学には落ちてしまい、第二志望で受けていた、地元からは遠く離れた大学に行くことになってしまったけれど。


 ……何度も、君から連絡が来ていた。

 メールでも、電話でも、本当に数えきれないほどに何度も。

 せめて、その時出ていれば、こんな気持ちをずっと抱えながら生きていなくても良かったのかもしれないけれど、その時の俺は、その連絡を面倒くさく感じてしまって電話番号を変えることにしてしまった。


 ……本当に愚かなことをしたと思う。

 その結果、少ししてからようやく後悔の念が湧き上がってきて、君に連絡を取ろうとしたけれど、その頃には君に連絡を取る方法は自分自身で全て捨て去ってしまっていて、後に俺に残ったのは、何でこんなことをしてしまったのかという後悔と、狂おしいほどに君のことを想うこの気持ちだけだった。

 今になってみれば、これが愛なのかは分からない。

 君に恋はしているのだろう、それこそ、ずっと。

 しかし、愛なのか、と問われればそうだとは言い切れないほどにこの気持ちは汚れてしまっていて、ただの執着なのだと言われてしまえば否定は出来ないような気もする。

 ……君に逢えば、この気持ちが何なのか分かるのだろうか。




 コンコンコン

 気が付くと眠っていたようで、車のガラスをたたく音に俺は起こされた。

 目を開き、音のする方へと目を向けるとそこにいたのは高校時代の友人だった。

 既に地元に入っているのだから、知り合いと会うこともあるのか、と思いつつ車のドアを開けた。


「久しぶり。こんなところで、こんな時に会うなんて、変な偶然もあったものだね」


 目の前の彼女はそう言って、俺を見ていた。

 俺も彼女の言葉に反応しつつ、思い出した。

 あの子と、目の前の彼女は仲が良かったはずだ、もっと言えば、あの子と何とか仲良くなるために、目の前の彼女と良く話すようになり、それがきっかけで俺とも仲が良くなったのを、今になって思い出してきた。

 そのことを思い出してしまったからには、あの子のことを聞かないでいることなんて、俺には出来なかった。

 ただでさえ、手がかりなんて何も無い状況で逢いに行こうとしているのだ、少しでも手がかりとなる可能性があるのならば、それに賭けでもしないと間に合わなくなってしまう。

 そう思い、俺は目の前の彼女にあの子のことを聞いた。


「……あの子なら、思い出の場所を回るって行ってしまったよ。詳しくどこに行くのかは教えてくれなかったけどね」


 ……結局、君がどこに行ったのかは分からなかったが、俺は目の前の彼女に感謝を告げてまた車を走らせ始めた。

 彼女は、何やら寂しそうな顔をしていたが、俺は気付かずに彼女とおそらく最期となるだろうに別れをまともにすることもなく、離れていくのだった。


 ……君はどこにいるのだろうか。

 思い出の場所、君にとって何が思い出の場所としているのかは分からないが、願わくば、俺の思う思い出の場所にいてくれれば、俺は……。



 それから、俺はガソリンの少なくなってきている車を、一縷の望みに賭けて君との思い出の場所を回った。

 君と初めて話した駅前のカラオケ、水族館や動物園、公園など君と二人で出かけた場所、学校帰りに何度も寄ったファミレスや、喫茶店など、思いつく限りの場所へと何度も車を走らせた。

 ……車のガソリンと思いつく場所が無くなったのは、ほとんど同時だった。

 ガソリンは、道中何度も補給しようとしたけれど、どのガソリンスタンドも閉まっていて断念せざるを得ず、いつガソリンが切れるのかと焦りながら車に乗っていたが、ついに車は動かなくなってしまった。


 君と離れてから吸い始めたタバコを一本咥えて、やはり、逢うことは出来ないのだろうかと頭を抱えて小さくなった。

 しかし、一つだけ、一か所だけまだ行っていない場所があることを思い出した。

 君と出会い、最も長い時間をそこで過ごし、そして別れた場所。


 これから、俺と君の高校へ向かう。

 もし、そこに君が居ないのならば、もう無理だ、俺には君がどこにいるのかなんて分からない。

 けれど、そこに居てくれるのならば、出来ることなら最期の時を君と過ごしたい。

 君にとってはそれが良いことなのかは分からないけれど、俺は、君と、一緒に居たい。

 勝手な望みだ、自分勝手で、愚かな俺の。



 ……暑いな。

 もう夏は終わっているはずなのに。

 ……いつもよりも太陽が大きく見える。

 そんな、炎天下の中、俺は休むことなく高校へと向けて歩いていた。

 車も動かない状態で、使えるのは自分自身の脚だけ。

 それも、もう既に疲れが足に来ていて震えそうなのを感じている。

 それでも、俺は歩いた。



 二時間ほど歩いただろうか、ようやく、数年前まで毎日のように見ていた高校の門が見えて来た。

 どうやら門は開いているようで、俺はそのまま中まで入って行った。


 ……懐かしいな、ここは一年生の時の教室か。

 俺の席はここで、隣には君が座っていた。

 ……分かってる、今はもう君はここにはいないことは、分かってる。

 それでも、もしかしたら今、この瞬間に君が現れるかもしれないと期待を抱いて、ここまで来てしまっただけなんだ。




 その後、少し校舎内を歩いて、もう君は居ないんだな、とようやく認識して俺は帰ることにした。

 ……いや、もう帰る場所なんて無くなるんだからどうでもいいのかもしれないけれど、これ以上ここに居ても何も無いのだから、せめて落ち着ける場所に行きたかったんだ。

 そう思って校門を出たところで、俺は固まってしまった。


 道路を挟んで向こう側に、驚いた顔をした君がいた。

 髪も伸びて、服装も大人びた恰好、化粧もしていたが、それでも俺にはすぐに分かった、分かってしまった。

 きっと、俺も君の目にはかなり変わっているように見えるのだろうけれど、その驚いた顔はきっと、君も俺のことが分かっていると、そう感じた。

 次の瞬間には、俺は君へと向けて歩き出した。

 一刻も早く、君の傍へ行きたいけれど、既に疲労が溜まったこの脚では、大した速さも出せずに何とかゆっくりと歩くことで精いっぱいだった。

 君は、そんな俺を見て、急かすことも逃げることも無く、その場で待ってくれていた。


 一歩、一歩と君へと向かって進んでいく。

 徐々にはっきりと見えてくる君の顔が、君の目が少し涙に濡れている。

 ……きっと、俺の目も涙で溢れそうになっているんだろう。

 あと少し、後一歩で君に触れられる距離にまで近づいて、ついに君も俺も我慢出来なくなって互いに飛びついた。

 ずっと逢えなかった期間の分だけ力を込めているかのように、俺と君は抱きしめあった。


 しばらくの間、抱きしめ合っていたが、一度俺と君は身体を離した。

 そして、今出て来た高校へと、二度と離さないとでも言うように手をがっちりと繋いで歩き出した。




 道路を渡り、校門の前に到着したところで横から走ってきていた男が君にぶつかって来た。

 ドン、とぶつかった勢いで、何やら興奮した様子の男を目で追ってから君へと顔を向けると、力が抜けたかのように倒れようとしている君の姿があった。

 咄嗟に、倒れないよう抱きかかえると、君を抱きかかえた手に温かい感触が伝わって来た。

 嫌な予感がしつつ、震えながらその手を見ると、それは君の血液だった。

 男とぶつかった時に刺されたのだろうか、胸の辺りから血を勢いよく流している。


 ……何かを叫んだ気もするし、何も声になっていないような気もする。

 あれから、すぐに動かなくなってしまった君を抱えて、俺は君と初めて出会った教室で座り込んでいる。

 どうして、せめて最期の時を一緒に過ごさせてくれなかったのか、ぶつからないように見ておけばよかった、と、色々と後悔は溢れてくるが、もうどうしようもない。

 あの男を追いかけようかとも思ったけれど、残り少ない時間をそんなことのために使いたくなかった。

 もう君は動かないけれど、それでも君の傍に居たかった。


 もう、君には俺の声なんて聞こえないけれど、それでも俺は君に伝えたいことがあったんだ。




 ずっと、ずっと君のことが、好きだった

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