第10話 ドリアーヌの襲来

「今日は貴女の義姉上が訪ねてこられるのだったな。」


 習慣となっているアリスとヴィクトルの昼食の時間に、これまた習慣となっているアリスのスケジュールの確認が行われた。


「はい。」


 初めての茶会から数日後、今日はドリアーヌがアリスの元を尋ねてくることになっていた。ドリアーヌが個人的に登城するのは、アリスが王城入りしてから初めてのことである。なので、ドリアーヌと遠慮なく話をするのは、約4ヶ月ぶりのことになる。


「出迎えは私も一緒にしよう。」

「えっ。」


 ヴィクトルからの意外な提案に、アリスはつい驚きの声を漏らしてしまった。


「私が一緒だとなにか不都合でも?」


 途端に、ヴィクトルの美しい眉間にしわが寄せられる。アリスは慌てて「そ、そうではございません。」と取り繕った。


「私の友人のために、お忙しい陛下にご足労いただくのは忍びなくて。」

「なんだ。貴女にとってはご友人かもしれないが、私にとっても義姉上になるのだ。どうせ、マクシミリアンが案内するのだろう?」

「そ、それはそうですが……。」


 ヴィクトルはさらっと義姉上と言ったが、アリスはそれを想像して面白いやら恐れ多いやら感情の行き場がなくなる。マクシミリアンとドリアーヌが国王陛下の義兄姉なのである。


 しかし、ドリアーヌが驚く姿も見てみたいと、アリスのいたずら心が芽生える。


「では、陛下のお時間が許すのであれば、一緒にドリアーヌを出迎えていただいてもよろしいでしょうか。」

「ああ。構わん。婚儀の時は、しっかりと挨拶できなかったからな。」


 アリスは「陛下は意外と律義な方なのね」と思った。これ以上好きになると自分が苦しいだけだと分かっているのに、さらに好意を募らせてしまったことに、心臓が重くなる。


「ありがとうございます。ドリアーヌもきっと喜ぶと思います。」

「そうか。」


 しかしアリスはすぐさま気持ちを切り替えて、ドリアーヌの目を丸くさせた顔を思い浮かべる。ドリアーヌはとても愛嬌のある女性で、背も小さくとても可愛らしい女性だ。きっと、面白い反応をみせてくれるだろうとアリスはより楽しみが増えた気分になった。






「バルゲリー子爵夫人。貴殿には早くゆっくりと挨拶申し上げたいと思っておりましたが、このように遅くなってしまいお詫び申し上げます。」


 ドリアーヌはまさか、国王陛下が自分を出迎えてくれるなどとは一縷も思っていなかったのだろう。マクシミリアンとセリアに案内されてアリスの自室の客間に入ってきたはよかったものの、ヴィクトルの姿が見えた瞬間にとびきり目を大きくさせた。


「と、とんでもございません。こちらこそ本日はお招きいただき、感謝申し上げます。ドリアーヌ=ブラシェールにございます。」


 さすがはドリアーヌである。一瞬狼狽えはしたものの、きっちりと淑女の礼をヴィクトルに行った。ドリアーヌの隣に居るマクシミリアンも、ドリアーヌを邸宅まで迎えに行っていたためにヴィクトルの同席を知らなかったらしく、アリスとヴィクトルに抗議の目を向けた。


「バルゲリー夫人は、妻とは幼馴染であるとか。」

「はい。王妃殿下は、幼い頃からそれはそれは見目麗しく、成績も人望も頗る高かったので、憧れている後輩たちもたくさんおられました。」


 ここでアリスへの反撃とばかりに、ドリアーヌが昔話を持ち出した。


「そうそう、王妃殿下は、そのたぐいまれなる人望を活かして、男子生徒が一目置く生徒会長もされておりました。」

「ほう。それは興味深い話ですね。」

「こ、ここでお話するのも野暮ですから、座りませんか。」


 話の腰を折ろうとアリスが介入してみるも。


「そうだな。さあ、夫人。お茶でも飲みながら続きをお話してくださいませんか。」

「へ、陛下。」


 しっかりと返り討ちに遭っている妹の様子が面白いのか、マクシミリアンは袖で口元を抑えて肩を震わせていた。アリスがドリアーヌを驚かせたかった理由は、まさしくこれである。愛嬌ある見た目とは裏腹に、口達者なドリアーヌに子供の頃から一度も勝てたことがないのだ。


「……こほん、陛下。一緒にお茶をする時間はないように思われます。」


 ドリアーヌをソファーに座らせると、マクシミリアンはヴィクトルの文官へと早変わりした。これ以上、妹が虐められるのを防ごうという兄の優しさである。


「少しくらいいいだろう。」

「いえ。侍従が待っております。」


 実際に、続きの間からこちらの様子を伺う侍従の顔が見え隠れするのが、アリスのところからも確認できた。アリスの昔話で彼を待たせるのも、可哀想な話であろう。


「陛下。お忙しい中でお時間をとっていただき、ありがとうございました。」


 アリスは、笑顔でヴィクトルの退室を促した。


「……中々時間をとれずに申し訳ない。バルゲリー夫人、またゆっくり話せる機会を楽しみにしております。では、ごゆるりと。」

「ありがとうございます。」


 ヴィクトルはすっと腰をあげると、振り向きもせずに客間から出て行った。マクシミリアンは、「今夜は遅くなるかもしれない」とドリアーヌに告げると、アリスに軽く会釈をしてヴィクトルの後を追って行った。


「……。」

「……。」


 あっという間の出来事に、アリスもドリアーヌもしばらく殿方たちの影を見つめる。そして、どちらからともなく、「ふっ。」と笑い声を零した。すると、堰き止められていたものが溢れ出したように、お腹を抱えて2人とも笑い転げる。


「も、もうっ!ドリアーヌったらやめてよ!笑いが止まらないじゃない……!」

「そ、それはこっちのセリフよ!アリスったら……!」


 一通り笑い転げた後に、2人はソファーにきちんと座り直してお茶をすする。


「まさかヴィクトル陛下にお出迎えされるなんて、思ってもみなかったわよ。」

「ごめんね。ドリアーヌのことを驚かせたくて。でも、陛下の方からご挨拶したいと仰ったのよ。それにしても、すぐさま仕返ししてくれたじゃない。」

「だってやられっぱなしは悔しいもの。」

「だからって褒めちぎることはないじゃない。」

「あら。事実でしょ。私はアリスのことだったらなんでも知ってますもの。」

「もう。私だってドリアーヌのことはなんでも知ってるわ。」


 今度は、「ふふっ。」と2人で上品な笑みをこぼした。幼い頃から2人でいるとこんな調子で、おしゃべりに尽きたことはない。


「それにしても、アリスとちゃんと会うのは久しぶりなのに、なんだかそんな感じがしないわ。」

「私もよ。こういうのを腹心の友って言うのかしらね。でも寂しかったわ。積もる話がたくさんあるもの。」

「あら。嬉しいことを言ってくれるわね。てっきり陛下にアリスをとられてしまったと思っていたのよ。先日のお茶会でも熱愛ぶりがすごかったですもの。」


「熱愛……ね。」とアリスは思った。しかし、ドリアーヌの前では繕うことはできない。


「ちょっとソフィとローズ。バルゲリー子爵夫人の侍女を連れて、庭園を案内してきてくれるかしら。」


 ドリアーヌ以外の者に席を外してほしかった。そのためアリスは、ドリアーヌが連れてきていた侍女を案内するという名目で、アリスの侍女にも席を外してもらおうとした。


「え……しかし……。」


 そこでローズが、戸惑いの顔をみせた。ソフィがきっとローズに対して指導係の顔をする。


「いいのよ。ドリアーヌも私も自分でお茶を淹れられるから。ゆっくり散策してきてちょうだい。」

「かしこまりました。」

「王妃殿下のお計らいに感謝申し上げます。」


 ソフィが御意を示し、ドリアーヌの侍女が感謝の意を示すと、ローズは不服そうではあったが、2人に倣って会釈をして退出をした。これでやっとドリアーヌと2人きりだ。


「……あれがオラール侯爵令嬢?」

「ええ。まだ見習い侍女なのよ。」

「蝶よ花よと育てられたと聞いていたけれど……。まあ、及第点ぎりぎりってところかしらね。」

「ドリアーヌは相変わらず厳しいわね。」

「そうかしら?正当な評価だと思うけれど。……それで?陛下と上手くいっていないの?」


 すぐに核心をついてくるドリアーヌに、アリスは苦笑を漏らした。


「上手くいっていないというか……。仮面夫婦といった感じね。」

「それを上手くいっていないと言うんじゃないの?」

「う~ん。というか、まだ始まってもないというか。」

「始まってない?」

「まだ同衾もしていないのよ。」

「ええっ?!?!」


 大きな声を出したドリアーヌははっとして、「失礼」と言って咳払いをする。


「……同衾していないって……。初夜もまだってことなのね。御子を産ませるためにアリスを後妻に迎え入れたんじゃないの?」

「私もそう思っているんだけど……。でもどうやら、側妃に御執心のようなの。」

「まあ。じゃあ、茶会でジケル夫人が仰っていたのは、本当のことだったのね。でもどうして彼女がそのことを知っていたのかしら。」

「オラール夫人から聞いたのだと思うわ。」

「まさか、オラール侯爵令嬢が?」

「きっと違うわ。オラール侯爵から漏れたと思うの。私も、オラール侯爵から聞いたから。」

「まあ。宰相閣下ともあろう方が。それって確信犯じゃない。」

「そうね。普通なら、王家に都合の悪いことを宰相が漏らすなんてありえないものね。」


 宰相は国家を守るために居る。それなのに、王家に都合の悪いことを社交界に漏らすということは、アリスの立場を悪くしようとしているということだ。


「でも、陛下が茶会のときやさっきみたいに、アリスと熱愛中のように振る舞うということは、アリスに王妃で居てもらわないと困ることは分かってらっしゃるということね。」

「おそらくね。」

「アリスはそれでいいの?」

「……そうね。そうするしかできないもの。」

「……辛いわね。」


 ドリアーヌは、アリスがヴィクトルを慕っていることを知っている数少ない一人だ。


「やっぱり、アリスのために何が何でもこの結婚を私が邪魔するべきだったわ。」

「まあ。ドリアーヌのその気持ちだけで、十分心強いわ。」

「あら。でも今の発言は不敬罪になってしまうのかしら。」

「私しか聞いていないから大丈夫よ。」


 くすくすとアリスは笑った。そして、こんなに楽しく笑えたのは、一体何カ月ぶりだろうかと思った。


「なにかあったらすぐに言ってね。陛下を誘惑すると心に決めたら、そのための贈り物をしてあげるから。」

「誘惑?!」

「そうよ。だってアリスは正妻なんだから、指を咥えて待つ必要もないじゃない。使えるものは使って陛下を手籠めにしたっていいんだから。」

「手籠め?!」


 可愛い顔をして不穏な言葉を発するドリアーヌの頭の中は、一体どうなっているのだろうかとアリスはいつも思う。守ってあげたい小動物のような見た目とは違って、刺激的な中身なのがドリアーヌの良いところでもあるのだ。


「でもとにかく。陛下とは意思の疎通ができてた方がいいと思うのよね。」

「……なにかあったの?」


 先ほどまでとは打って変わって、ドリアーヌの声色が真面目な面持ちになる。それでアリスも、訝しい声を出した。


「早速、動き始めたわよ。“王妃殿下は身分を御座なりにされる方だ”とか“ハチミツでお世継ぎを亡き者にしようとした”だとか。改革派を中心にもう触れ回っているわ。お茶会で爵位が下の夫人の話までアリスが聞いて回っていたのが気に入らなかったみたいね。あとハチミツは完全にご夫人の不注意だけど、まだつかまり立ちもしていない赤ん坊に、ハチミツを与えたご夫人がいらっしゃったみたいよ。」

「え……?!」


 まさか、ハチミツが火種になろうとはアリスも考えていなかったために、顔を青くする。


「それで、その赤ん坊はどうだったのかしら?!」

「なんとか一命はとりとめたみたいよ。」

「そう……そうだったの……。悪いことをしたわ。」

「どうして。そんなの、与えた人物が悪いに決まっているじゃない。」


 ハチミツは栄養価も高く、ほとんどの人にとっては体に良い高級品だ。しかし、赤ん坊にとっては毒になる。それは、ハチミツを手に入れられる環境にある人ならば知っていることだが、そうでない人にとってはどうだろうか。


 「これは体に良い」と聞けば、「赤ちゃんが健康に育ちますように」との親心から、食べさせてしまうのではないかとアリスは思い至った。


「違うわ。きちんと注意事項を明記しなかった私が悪いわ。みんなに喜んでもらえたらと思ってしたことだったけれど……。」


 物事は、良いも悪いも表裏一体だ。普段ハチミツに手が届かない貴族にも喜んでもらいたいと思ってしたことだったが、なぜリスクをもっと考えられなかったのかと、アリスには悔やまれて仕方なかった。


「……悪いと思うなら、謝りに行けばいいんじゃない?まあアリスの立場だと謝罪なんてできないでしょうから……。お見舞いとでも称して。」

「そうね。そうするわ。」


 失敗をしてしまった後が大事だ。どれだけ誠実な振る舞いをできるかが、これからの人生を決めてしまう。


「でも、“身分を御座なりにされる方だ”の方も深刻よ。改革派だけじゃなくて穏健派にも良い印象を与えなかったみたいだもの。」

「それは……覚悟の上だったわ。穏健派でも納得してくださる方は半分くらいだろうと思っていたから。」

「初っ端からすごいわね、アリス。」

「陛下がなされたいことのためにやりたいことがあるのよ。」

「あら。陛下とは仮面夫婦だったのではなくて?」

「……仰っていたのよ。“身分は大事だが、皆が誇りをもって生き生きと暮らせる国をつくりたい”と。“身分を笠に着るのではなく、身分を民のために使う国づくりをしたい”と。」


 アリスは、10年前のヴィクトルを瞼の裏に思い出しながら言った。志はあの頃と1ミリも変わっていないことを、マクシミリアンから聞いている。でなければ、アリスはこの結婚に前向きになることはできなかった。


「ふふっ。」


 すると、ドリアーヌがおかしそうに笑みをもらす。


「なあに?」

「アリスって本当に、王妃そのものね。わたくし、きちんとお役目を果たせるか心配だわ。」

「ドリアーヌなら大丈夫よ。お母様から直々に教育いただいているところなのでしょう?」


 ドリアーヌは今、王妃教育の教育者になるための指導を、ベランジェールから受けている。王太子が誕生したら、その婚約者に教育を施すのは、ドリアーヌの役目となる。


「当たり前だけれど、お義母様のご指導は本当に厳しいのよ。こんな教育をバルバラ様もアリスも受けていたなんて思うと、尊敬してしまうもの。」

「そうね。もっと尊敬してくれてもいいのよ。」

「まあ。そうね。でもこれだけ厳しい教育を受け切ったアリスなら、社交界の荒波も大丈夫かもしれないわね。」

「それはドリアーヌの方でしょう。ブラシェール侯爵夫人として堂々と社交界を渡り歩く姿が簡単に想像できるもの。」

「まだまだお義母様には敵わないわ。」

「確かにそれは言えてるわね。」

「少しずつ、社交界を牛耳ってみせるわ。」

「それでこそパストゥール王国の王妃殿下だわ。私も協力は惜しまないわよ。」

「ありがとう。」

「なんだか、高等教育の頃みたいで楽しいわ。あのときも、男子をこてんぱにやるために、2人で色々と作戦会議をしたわね。」

「そうだったわ。今回は、相手は男子じゃないけど……。まあ、同じようなものかもしれないわね。1つ違うといえば、命を狙われていることくらいかしら。」


 アリスが取るに足りないようなことのように言ったため、ドリアーヌは「まあ」と驚きながらも笑ってみせた。


「アリスがいなくなっても、ただ王妃の座が開くだけなのにね。」

「そうなのよ。だから何もメリットはないのだけれど……。側妃も無駄な争いを産まないために、貴族の令嬢から迎える気はないそうなの。ただ、臣下たちから目に余る声が上がり出したらそうも言ってられないでしょうから……。それが狙いなのかもしれないわね。」


 それを考えると、やはりアリスが社交界を牛耳ることは、ヴィクトルの世に争いを起こさないためにも大切なことである。パストゥール王国内を平穏にすることは、他国につけ入る隙を与えないことにつながる。倒れる国というのは大抵、内揉めしている間に外から攻められて討たれるものだ。


「じゃあやっぱり、仮面夫婦であろうとなんだろうと、アリスが陛下と仲良くすることが大事ね。いっそのこと、言ってしまえばいいじゃないの。“お慕いしています”って。夫婦なんだから、何もおかしいことではないでしょう。」

「な……!そ、そんな簡単なことじゃないでしょう?」

「簡単なことかもしれないわよ。殿方って案外、好意を向けられるとその相手を好きになってしまうものだわ。」

「でも……。そんなの愛と呼べるのかしら。」

「いやだわ。王妃殿下は本当に純粋なお方なんだから。わたくしがマクシミリアン様を恋の穴に落とした方法を伝授いたしましょうか?」

「ドリアーヌはお兄様を物理的に落としただけじゃない。」

「好きならどんな手を使ってでも惚れさせてみせれば良いのよ。」

「でも、陛下のお心にはバルバラ様がいらっしゃるわ。」

「それでもいいじゃない。そういう陛下ごとアリスが好きになれば問題ないわよ。それとも、バルバラ様がお心にいらっしゃる陛下を、アリスは愛せないとでもいうの?」

「そんなことないわ!」

「だったらいいじゃない。誰に何と言われようと、アリスの心はアリスだけのものなんだから。」


 ドリアーヌのその言葉は、アリスの心にすとんと落ちた。非日常のような日常であったために、アリスらしさを忘れていたことに気付かされた。


「そう、そうね。私は私の思う通りにやればいいんだわ。」

「そうよ。その意気よ。今度、誘惑の贈り物をさせていただくわね。」

「その話に戻るの?!」

「大事なことよ。このまま側妃が御子を身籠るようなことがあれば、アリスの立場はもっと大変になるのですから。」

「それはそうだけれど……。あら。そうなったときは、私が子育てをしなければいけないのかしら。」

「そのときは乳母がいるでしょ。」

「乳母は教育までできないもの。王子か姫かにもよると思うけれど……。これは、陛下に確認しておかなくちゃいけないわ。」


 アリスに分からないように溜息をついたドリアーヌは、「なんてお人好しな王妃殿下なのかしら。そこがアリスの良いところだけれど。」と考えていた。






「王妃殿下よりお手紙にございます。」


 たくさんの書類に囲まれているヴィクトルの元に、花の便りがやってきた。想い人からの初めての手紙に、ヴィクトルは心が跳ねた。そんなヴィクトルを見透かしてか、マクシミリアンは笑顔を顔面に張り付けたまま、その手紙を渡そうとしない。


「な、なんだ。私への手紙だろう。」


 手を差し出して手紙を受取ろうとするものの、マクシミリアンが大事そうに抱えたままだ。何か言いたいことがあるらしい。


「……なんだ。何が不服なのだ。」

「いえ。陛下がラブレターを出す前に王妃殿下からお手紙が参りましたので、よかったですねと思っております。」

「それだけとは思えない顔だが?」

「ええ。ヘタレだなあと。」

「なっ……!」


 ヴィクトルと2人きりで居るときは、マクシミリアンは容赦ない言葉を浴びせる。それも、2人の信頼関係あってこそだ。


「……何が言いたいのだ。」

「さっさと口説いてしまったらよろしいでしょうに。こうして王妃殿下の方からお手紙をくださっているのですから。それとも陛下は、人前でしか妻を口説けない病気ですか?」

「なんだ、その病気は。聞いたこともないぞ。」

「ええ。わたくしも聞いたことございません。なので、陛下限定の心の病なのでしょう。病名は恋煩いと言ったところでしょうか。」

「なっ……!こ、恋とかそういうのに当てはめなくていい!」

「そうですか。でしたらこの手紙は読まなくて良いですね?」

「ばっ……!なんでそうなるのだ!すぐに読むから寄こせ!」


 奪うようにして手紙を受け取ると、ペーパーナイフでさっと封を開ける。マクシミリアンの前ということよりも、早く読みたくて仕方がないらしい。丁寧に便箋を広げると、マクシミリアンに見えないようにして読み始めた。


 最初は期待の眼差しで手紙を読んでいたヴィクトルだったが、段々と険しい顔になる。あまりにも難しい顔をしているため、マクシミリアンは「我が妹はまた何か突拍子もないことを言っているのではないか」と心配になる。


「なんと書いてあったのですか?」


 もし、それがラブレターであったならば、ヴィクトルは「誰がお前に教えるか!」と頬と耳を赤くさせながら言うだろう。


「……“陛下と側妃の間に御子が生まれた場合には、わたくしが御子の教育に携わっても良いものでしょうか?”だと。」

「…………ぶふっ。」

「……なにがおかしい。」

「……失礼しました。さすが我が妹にございます。王妃殿下の神経は、王城の隅から隅まで行き渡られているようです。」

「……。」

「ですから、陛下のお気持ちを最初からお伝えするべきと申しましたのに。」

「だって重すぎるだろ。」

「ええ。重すぎますね。」


 マクシミリアンの返答が気に入らなかったらしく、ヴィクトルはじろりと彼を睨む。しかし、マクシミリアンは意を得ずといった表情だ。「陛下の自業自得でしょうに」と思っているからだ。


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