第9話 アリスのお茶会

 この日、アリスはいつもよりもどっしりとした面持ちで、ヴィクトルとの昼食をとっていた。セリアはその理由を知っていたが、ヴィクトルは昨日と雰囲気の違うアリスに、「なにかあったのだろうか?」と声をかけられずにいた。


 アリスは今日の午後、貴夫人方を招いてお茶会を開くことになっている。緊張しいのアリスは前日までソワソワと過ごすのだが、本番の日になるともう手を尽くせることはないため、どんと構える質なのである。そのため、昨日の昼食のときにはどこかソワソワしていたのだが、今日は打って変わって肝が据わっているのだ。


「……貴女は今日、夫人たちを招いての茶会だったか。」


 ヴィクトルの口からやっとのことで出た言葉はそれだった。


「ええ。段々と日差しも強くなってきましたから、庭園に天幕を張るようお願いしておりますわ。お茶会自体はサロンで行いますが、今の時期は見頃のお花もたくさんありますので。」

「そうか。」


 素っ気なさそうに返事をするヴィクトルを見て、アリスは溜息をつきたいのを我慢した。それよりも、王妃になって初めての茶会である。ここで1つ、ヴィクトルにも力添えをもらいたいとアリスは考えていた。


「それでこれは、可能ならばのお願いなのですが。」


 アリスが伺うようにヴィクトルに話しかけると、驚いたような眸が向けられた。綺麗な琥珀色の双眸は、吸い込まれてしまいそうなほど綺麗だ。それがいつもより小さく丸くなっている。初めて見るヴィクトルの表情に、アリスも目を丸めた。


「な、なんだ?」

「え、あ、あの……。陛下がお忙しくなければ、本日の茶会に少しだけ顔を出してはもらえないでしょうか。何分、結婚してから初めての茶会ですので、陛下のお姿が少しでもあると、ご夫人たちにも喜んでもらえるのではないかと思いまして。」

「なんだ、そんなことか。私も挨拶しておきたいからな。少しだけでも顔を出そうと思っていたところだ。」

「そうでしたか。お気遣い感謝いたします。お忙しいでしょうから、ほんの少しで結構ですからね。」

「ああ。」


 ヴィクトルが一応は夫の務めを果たそうとしてくれていることに、アリスは少し嬉しかった。しかしそれと同時に、やはり仮面夫婦なのであると気づかされる。同衾はまだ一度もないどころか、この昼食以外の接触はない。


 アリスの父母たちは、父の仕事が忙しく中々会えないときも、手紙のやりとりをしたり、会う時間をなんとか捻出したりしていたように思う。さらに言うと、デートだって頻繁に出かけていた。アリスは、自分の父母が通常の夫婦よりも仲が良いことは分かっていたが、それでも一般的な夫婦でもアリスとヴィクトル以上に会話があり、一緒に居る時間を作っていることを知っている。


 「お茶会で夫婦の話を聞かれたときには、扇を活用して恥ずかしそうにしなければいけないわね」とアリスは心の中で苦笑した。






「このたびはお招きいただき、光栄にございます。」


 次々とサロンへと入場してくるご夫人たちを、アリスが一人一人の名前を呼んで出迎えると、淑女の礼をとって挨拶を返してくれる。そして、口々に冒頭の挨拶の言葉を並べるのだ。


 ご夫人を出迎えるだけでも、一苦労だなとアリスは思う。アリスが今日のお茶会に招待を送ったのは、爵位夫人すべてだ。そうなると、人数も大規模なものになる。


「それではみなさん、どうかごゆるりとお楽しみください。」


 アリスの開会の合図で、王妃殿下のお茶会が始まる。庭園いっぱいに響き渡る楽団の音色が、優雅なひとときに花を添える。テーブルの上には、アリスが厳選した軽食やお菓子が並んでいる。


 アリスも自分の席へと着いて、紅茶へと口をつける。視線の集中砲火を浴びているが、これも王妃たる宿命であると受け入れる。


 このお茶会の席次を考えるのも一苦労だった。アリスの身内を脇に固めれば楽かもしれないが、これからのことを考えるとそういうわけにもいかない。かといって、身分を全く優先させないわけにもいかない。


 そういうわけで、今まであまり交流のなかった侯爵夫人や伯爵夫人をアリスの近くの席に振り分けた。この機会に、できるだけ多くの夫人とも会話をしておきたい。アリスの親友・ドリアーヌもバルゲリー子爵夫人として参加しているが、遠くの席次となっているので今度改めて個別に会おうと決めている。それは、母・ベランジェールも同じだ。


「お茶のお味はどうでしょうか?」


 アリスの隣に座っているジケル侯爵夫人に話しかけた。


 現在の社交界の派閥は、オラール侯爵夫人派とベランジェールのブラシェール侯爵夫人派である。オラール侯爵夫人派は商売優先の資産家が多く、ブラシェール侯爵夫人派は昔からの由緒ある家柄が多い。そのため、オラール侯爵夫人派は改革派、ブラシェール侯爵夫人派は穏健派と呼ばれることもある。


 このジケル侯爵夫人は、オラール侯爵夫人派である。しかし、夫のジケル侯爵はイヴォンの元で働いている。夫婦で所属している派閥が異なるのだ。このパストゥール王国の貴族では珍しい。そのため、アリスはジケル侯爵夫人と実際に話してみて、どのような人物であるのかを知りたかったのだ。


「とても美味しゅうございますわ、王妃殿下。」

「それは良かったですわ。」


 なんとも食えない笑顔で応じるジケル侯爵夫人。アリスの思惑はすべて分かっているとでもいうような顔をしている。さすがはオラール侯爵夫人派の中でも最もオラール侯爵夫人に近しい人物だ。


「今日の茶葉は、コラリー殿下の贈り物ですの。存分に楽しんでいただきたいですわ。」

「まあ。コラリー殿下の。……それにしても、王妃殿下は大変にございますね。一般的な嫁姑の関係だけでも大変ですのに、後妻なんですもの。さらに言えば、結婚と同時に王妃への即位でしょう。わたくしなら到底お受けすることはできませんわ。」


 ジケル侯爵夫人の言葉の意を解釈すれば、「アリス様は図太い方なのね」である。ここで苦笑でもすれば、ジケル侯爵夫人の思惑通りになるため、アリスはにこやかに笑顔を返した。


「そんなに褒めていただいて光栄ですわ。コラリー殿下のように王妃の義務を果たせるように頑張りませんと。」

「でも、陛下は側妃に御執心なのでしょう?王妃殿下のお心を慮るにつけ、わたくしも心が痛みますわ。」


 ひらりと交わしたアリスが気に入らなかったのか、はたまた最初からそういう打ち合わせだったのか。ジケル侯爵夫人はのっけから爆弾を投下してくる。


 ジケル侯爵夫人の投下した爆弾に、華やかな茶会が騒がしくなる。他人の不幸は蜜の味。それが国王夫妻のスキャンダルとなれば、蟻のように群がってくる。


「陛下が側妃を持たれることは、王を絶やさないための正当な手段ですわ。わたくしの負担にならないように陛下は配慮してくださったのですわ。」

「でも、シャルル殿下は側妃をお持ちにならなかったのに……。」

「シャルル殿下が即位されたときにはすでに、陛下もクロード殿下もいらっしゃいましたもの。」

「そういえばそうでしたわね。それでしたら、陛下は前妻のときにお体の強い方を娶られたらよろしかったのに。もしくは、そのときにこそ側妃を、ねえ。それほどまでにバルバラ妃を愛されていたということなんでしょうね。」


 ジケル侯爵夫人の言葉は、アリスの胸を地味に抉った。そんなことは、アリスが一番よく分かっている。しかし、自分で思っているのと他人から言われるのとでは、抉られ方が違うのだ。


「陛下とバルバラ様はお似合いでしたもの。わたくしもそうなれるように精進いたしますわ。」

「まあ。アリス王妃殿下でしたら、きっとなれますわよ。」


 表面上は微笑みあっている2人だが、不穏な空気が漂う。どこからか、「アリス様はただ椅子に座って居るだけかしら」とか「ヴィクトル陛下とアリス王妃殿下の仲があまりよろしくないのでは?」という噂話も飛び交い始める。この茶会で、どちらの派閥につくか決めようと思っている夫人方も居るのだ。


 そんな中で、入り口の方から「わっ」と黄色い歓声があがる。その声を聞いて、アリスはすっと椅子から立ち上がった。


 ヴィクトルがやってきたのだ。


 彼は、アリスの目の前で跪くと、手をとってその甲に口づけを落とした。流れるような所作に、アリスは思わず釘付けになる。――これが彼の心からの行動であれば、どれほど嬉しいことだろう。


 ヴィクトルのアリスへの愛の礼に、夫人方々は桃色の声をあげる。見目麗しい2人の求愛の礼は、羨望の眼差しに値するらしい。


「やあ、我が愛する奥様。ご機嫌いかがかな?」

「陛下、皆様の前にございますよ。」

「ああそうだった。皆様ようこそお越しくださいまして、ありがとうございます。お楽しみいただけるように万全な準備はしておりますが、行き届かない点があれば遠慮なく申し付けてください。」


 ヴィクトルは夫人方の方を向いてアリスの隣に立つと、彼女の腰に手を回してぐっと自分の方へと引き寄せた。それはまるで、本当に仲睦まじい新婚の夫婦であるかのように。彼にこのようなことをされたのは初めて、いや、そもそも殿方にダンス以外で腰に手を回されたのは、アリスにとって初めてである。そのため、アリスはつい頬を染めてしまった。


 そんな国王夫妻の様子を見て、さっきまでの空気はどこへやら。「初々しくて素敵ね」という声があがっている。笑顔の下でぎりぎりと歯ぎしりさせているのは、オラール侯爵夫人派だけだ。


「陛下もお茶を1杯どうですか?」

「ああ。そうしたいのは山々なのだが、まだ仕事が終わっていなくてね。部屋で侍従が書類を抱えて待っているよ。それに、女性だけの方が楽しい話もたくさんだろうし。私は挨拶だけで失礼するよ。」


 ヴィクトルはそう言うとまた、アリスの手の甲に唇を寄せた。その姿を見るにつけ、どこからか「きゃーっ。」と悲鳴のような奇声のような声があがる。


「それではみなさん。私はこれにて失礼しますが、どうか心行くまでお楽しみください。妻のこと、宜しくお願いします。」


 さっと騎士の礼をとったヴィクトルは、アリスの頭を優しく撫でると、颯爽と外套を翻してサロンから出て行った。あっという間の出来事であったが、ヴィクトルの残り香があるかのように、興奮冷めやらぬ状態となる。


「陛下と王妃殿下は御仲がよろしいんですね。」


 ジケル侯爵夫人とは反対側のアリスの隣に座るブノワ侯爵夫人がそう言った。彼女はオラール侯爵夫人派にもブラシェール侯爵夫人派にも属していない。日和見というのが正しいだろうか。


「皆様の前でお恥ずかしいですわ。」


 アリスは否定も肯定もしなかった。肯定するのは嘘をつくようで心苦しかったし、否定なんてできようはずもない。しかしその態度が、仲の良さの信憑性を増した。先ほどまで不穏な噂が流れていたはずなのに「側妃よりも先に王妃殿下の御子ができるかもしれないわね」と誰かが話している。


「アリス王妃殿下は美しいですもの。きっと陛下も目に入れても痛くないほど、王妃殿下のことを愛してらっしゃるのですわ。」

「光栄ですわ。」


 何も知らない人から見たら、そのように見えるだろう。「私たちは立派な仮面夫婦ね」とアリスは心の中で嘲笑した。それにしても、陛下の態度である。アリスからしたら、「あんな演技ができるなんて存じ上げなかったわ」でしかない。まさにそれは、「これから皆の前では仲の良いをする」と、烙印を押されたようなものである。


 その後、色めきだったサロン内のテーブル席を、アリスは順に回った。席次を決める時点で夫人方の人間関係は頭に入っていたため、何か要望はないかと聞いて回った。すべてを叶えられるわけではないが、よりよい国づくりをするためには、女性の声が重要である。


 特に、準男爵夫人や士爵夫人の話を熱心に聞いた。準男爵や士爵は、世襲制ではなくいわば平民から成りあがった者たちである。そのため、根本的な部分は貴族というよりも平民の方に近い。


 アリスは、そういう者の声を聞きたかったのだ。今、民が何を求めているのか、どんな政策を進言したら民のためになるのか。机上の空論ではなく、現場の声を陛下に届けられる王妃になろうと固く決意していたのだ。


 あまりにも熱心に、アリスが準男爵夫人や士爵夫人の話を聞くため、彼女たちは驚きながらも一生懸命に話をした。山のこと、農地のこと、河川のこと、街のこと。そこで働く民たちの様子を、ありのままに語った。


 そんなアリスの様子に、男爵夫人や子爵夫人は期待を寄せた。「自分たちより下の者の意見を聞いてくれる王妃ならば、自分たちの意見も聞いてくれるのではないか」と。普段、侯爵夫人や伯爵夫人の影に隠れているため、男爵夫人や子爵夫人が意見を言えることなどない。


 そのため彼女たちも、アリスがテーブルに回ってきて意見を聞いてくれたときには、熱心に話をした。普段は飲みこまなければいけないような考えも、「こんなこと聞いてもいいのかしらと思うようなことでも言ってくださいまし。決して不敬罪で咎めることはありません」とアリスが前置きをしたおかげで、するりと話をした。


 当たり前だが、それを面白くない顔で見ているのが、オラール侯爵夫人である。アリスはそのことも分かってはいたが、決して悪いことをしているわけではないと堂々としていた。


「オラール侯爵夫人ごきげんよう。」

「王妃殿下、ごきげんよう。」


 ようやくアリスがオラール侯爵夫人のテーブルに着いたときには、彼女のこめかみに青い筋が立っていた。「敬意は忘れてこられたのかしら」とアリスは思った。


「お茶はお口に合いまして?」

「ええ。とても美味しゅうございますわ。」

「それはよかったですわ。ところで、オラール侯爵領のご様子はいかがですか?」

「王都に次いで第二の都市を誇る我がオラール侯爵領は、順調に発展しておりますのよ。」


 オラール侯爵夫人の言う通り、パストゥール王国で一番栄えているのは王都であるが、その次に発展しているのがオラール侯爵領の市街地である。交通の要所であるため、宿がたくさんあり、人も多く行き交う。そこに目をつけたアランは、貿易がメインの商会を立ち上げて、それで大儲けをしているのだ。宿屋の経営も、この商会が主体となって経営を行っている。


「先日は、農地を1つつぶして、新しい宿屋街も誕生させましたのよ。」

「農地をつぶした?」

「ええ。我が領地には、各領地だけではなく各国からの農産物が輸入されておりますもの。それに宿屋が足りなくなっておりましたもの。それで、新しく土地を開いて宿屋をオープンしましたのよ。」


 アリスは絶句した。まさか、儲けるために農地をつぶすことまでやるとは、思ってもいなかったのだ。


「もしその宿屋が成功すれば、他の領地でもモデルケースになりますわね。だって、領地を繁栄させることが、わたくしたち貴族の使命ですもの。」

「……そのつぶした農地の小作人たちはどうなったのですか?」

「ああ。どうなったのかしら。立ち退いてもらったことだけは報告を受けておりますが。まあでも、新しい働き口でも見つけたのではないでしょうか。なにしろ、我が領地は農業以外のたくさんの働き口がありますもの。」

「……そうだと良いですわね。」


 まさか、ただ追い出しただけとは夢にも思わなかった。小作人のおかげで食糧を確保できていたはずなのに、と思うと、アリスはやりきれない気持ちになった。このような領地運営しかできないオラール侯爵に、国の運営を好きにさせるわけにはいかないとアリスは固く心に決めた。


 噂話の宝庫となったアリスのお茶会は、滞りなく終了した。帰り際に、ハチミツやクッキーを御持たせすると、多くの夫人が喜んだ。特にハチミツは高級品であるため、爵位があったとしてもそんなに手に入れられるものではない。準男爵夫人や子爵夫人は浮き足立ったようにして帰って行った。その様子を、オラール侯爵夫人派の面々が嫌悪を隠さずに見ている。


「またお招きさせてくださいね。」


アリスがオラール侯爵夫人に声をかけると、彼女は肩眉だけぐっと吊り上げ、そして満面の笑みを浮かべた。


「ぜひ。今度はわたくしのお茶会にもお越しください。」

「喜んで。では、お気をつけて。ごきげんよう。」


挨拶をすると、オラール侯爵夫人は淑女の礼をとってからサロンを退室して行った。オラール侯爵夫人の背中を見送った後、最後まで笑顔でいられた自分自身を、アリスは心の中で褒めたたえる。これから針の筵である社交界で戦わなければならない。今日のようなことは序の口だ。


「それにしても、課題はたくさんね。クロエ、ご夫人たちの要望はまとめられているかしら。」


 今日の茶会には、アリスの後ろにクロエを控えさせていた。夫人方々の要望を後で忘れないようにするために、クロエにメモをとってもらっていたのだ。


「はい。ご夫人ごとに取り纏めております。」

「ありがとう。苦労かけたわね。後で目を通したいから、私の執務机に置いててもらえるかしら。」

「承知いたしました。」


 そんな話をしながら王宮の中を移動していると、さっと脇に整列した騎士の中に見知った顔を見つけた。彼にも王城のどこかで会えるかもしれないと思っていたが、ようやく会えたことにアリスの口端は緩む。


 アリスはそんな彼に少し意地悪がしたくなり、彼の前にどんと立つとにっこりと笑顔を向けた。騎士の彼はだらだらと汗をかき始める。他の騎士から注目を浴びていることも、アリスは分かっていた。


「久しぶりに顔を合わせるというのに、我が弟君は随分と薄情なものですわ。」

「……に、任務中にございます、姉上。」

「まあ。ここは王宮よ。騎士の礼をとってくれるかしら。」


 彼はさっと彼の上司らしい者に視線を向けると、アリスと会話をする承諾がえられたらしく、咳払いをしてから騎士の礼をとった。


「失礼しました、王妃殿下。」

「ニコラったら、全然顔を見せてくれないんですもの。結婚式のときですら、顔を見せてくれなかったでしょう。わたくし、地味に怒っておりましたのよ。」

「陛下と王妃殿下の成婚の儀に際し、騎士として任務を遂行できたことを、わたくしは誇りに思っております。」


 アリスの3つ下の実弟であるニコラ=ブラシェールは、今年騎士団に入隊したばかりの下っ端だ。とはいえ、王妃殿下の実弟ということで、アリスたちの結婚式当日は親族として婚儀に参列して良いことになっていたが、ニコラはそれを蹴ったのである。


「どうせあれでしょ。私の結婚式に参列したくなかったんでしょ。」

「そ、そんなことはございません。王妃殿下、ここでその話をするのは、わたくしにとって不利になりますので、どうか勘弁してください……。」


 アリスの自室での面会ならまだしも、ここは誰が通るか分からない王宮の廊下の一画だ。ニコラが白旗をあげるのは当たり前だ。アリスもそれを分かっていながら、仕返しをしている。


「そうね。これからはきちんと、手紙の返事をしてくれたら許すわ。」

「……王妃殿下のお心のままに。」


 王妃殿下であるアリスの手紙を無視できるなど、この国では実弟のニコラくらいのものだ。


「それに今度、騎士団の鍛錬にも顔を出しますからね。ニコラが頑張っているのか、早く見たかったのよ。」

「そ、それは……。」

「あら。ニコラには拒否権はありませんわ。我が騎士団はパストゥール王国の盾と矛ですもの。わたくしもきちんと視察をさせてもらいませんと。では、体に気を付けるのですよ。」

「ありがたき幸せ。」


 ニコラの肩をぽんぽんと叩くと、アリスは踵を返して自室の方向へと向かった。その口元は緩みっぱなしだ。愛する弟に会えて嬉しいのだ。なにより、タイミングがよかった。茶会の後に会えたというのが、頑張った自分へのご褒美がもらえたのだとアリスには思えてならなかった。


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