第9話

 手元の時計によれば、8月も297日になろうとしているところだった。


 ここはの潜窟だ。


「ハンチョの誕生日って、9月1日だっけ?」


「ああ。あと65日くらいだな」


「還暦おめでと~!」


「バカタレ。40だ」


『30代も残り130時間だね~』みたいに盛り上がっていられたのも、それからせいぜい4日くらいだった。


 この細く複雑に入り組んだ巣穴は、定期的に内部構造が変化するのだ。

 壁につけた印も消えたりする。


「もう帰ろうよ。最深部なんて無理だよ」


「ダメだ。ここを潰さずして人類に明日はない」


 もー、うんざり。


 私は班長に向かって、駄々っ子みたいにひたすら不満を表明しまくった。


 そんな努力の甲斐もあって、8日くらいで班長を帰らせる気にできたのだった。


 けれども、復路を進むのも困難を極めた。

 引力計を見ながら、数値の増える方向へとただ進む。

 延々と。


「見ろ。最初に俺が刻んだ目印だ」


「戻ってきた!?」


「いや、おかしい。向かって左は出入り口になる筈だが」


「見て! 壁のここ、繋ぎ目みたいになってるよ。ドアじゃね?」

 そう言って、こじ開けてみようとしてみた。

 ビクともしない。


「俺がやってみよう」


 班長が両手の指先を境目に差込んだ。


 石臼を回してるみたいな音がして、少しずつ壁が開いていく。


「おお〜! さすが北極生まれの北極育ち」


「ここいらとは万有引力が違ったんでね」


「よっ! 高重力地方産、高密度筋繊維男!」


「バカタレ。調子に乗るな」


 こじ開けられた先は、白く輝いていた。


 間違いない。

 あれこそが出口。


「うおー!」


 すっかりテンションの上がった私は、班長を置いて駆け出した。


「戻れ! 俺らが入ってきたのは、明らかにじゃない!」


 あの明かりが見えないのか、きみ。

 沙婆の光は白金である!


 カチッ。


 ん?


 なんか、地面の出っ張りを踏んでしまったらしい。


 足を上げてみる。


「うわァァアアアーーーーーッ!」

 

 落ちてきた吊り天井に潰され、私は死んだ。

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