それから僕は、何度もペンダントを握りしめて祈った。



 気がつくと空は明るくなっていて、朝を迎えてしまっていた。



 もはや今の気持ちを、言葉にすることを僕には出来ない。



 救えたと過信して、ヒーローにでもなかった気でいた僕はさぞかし滑稽だっただろう。



 学校に行く気にはならない。両親もそれについて、強く言って来ることはなかった。



 誰も居なくなった家の中で、僕はただただぼーっとしていた。



 不思議と涙とか、そして悲しいとかは思わなかった。ただぼーっと僕は、真っ暗なテレビの画面を見つめていた。



 しかし、気がつくと僕は家を出ていた。足は自然と二階堂さんがいる病院へと、向かっている。



 スマホを見ると恵比寿から大量の着信と、メッセージが届いていたが、それを確認せずポケットに押し込む。



 周りの景色が夜とは大違いだった。まるで同じ道とは思えない。



 昨晩は恐ろしかった木々は、静かにゆらゆらと揺れ、シーンと静まり返っていた道は、人と自動車でごった返し、排気ガスの匂いが漂っていた。



 自分の目で見ている景色のはずなのに、何故かそれが客観的に見えていて、自分すらも客観的に見えているようにすら感じる。



 時折、道行く笑顔の人とすれ違う時、その眩しさに思わず目を逸らしてしまう。



 昨日の夜、時は戻らなかった。



 それだけの事なのに、罪悪感のような感情が湧いて来る。



 ーー助けられなかった。



 その事実だけが重くのしかかって来る。



 何処かでまた時が戻るから。なんて思っていたから‥‥。



 そして昨日の夜と全く同じ道を、再び戻るように歩く



 その行動に感情や意味はない。



 今は事実だけでしかない。



 そして見えて来る建物。それは夜に見た時とは大きく異なり、人で溢れていた。



 受付で面会の許可をもらい、病室へと向かう。



 その途中、昨日の強盗犯の男がベンチに座っていた。



 チラッと僕のことを見て、何の反応も示さず、その男は再び力が抜けたように俯いた。



 何かを言う気にも、そして誰かと会話する気すら起きない僕は、その前を無言で通過する。



「死んだよ‥‥」



僕が前を通り過ぎようとした時、男が独り言のように呟いた。



 ーー僕はそのまま自然と足をその場で止めた。



「死んだ‥‥?」



「昨日の夜、あの後にさらに酷くなった‥‥。そのまま夜が開ける前にはな‥‥」



「そう‥‥、ですか‥‥」



 俯く男を僕はチラッと見たが、それは生きているのに死んでいるようだった。



 気力というものが無いような、言わば空っぽの人形のようだった。



「俺、警察行くよ‥‥」


 

 そう言った男に、僕が掛けれる言葉なんて一つもなかった。



 ーーそれ以上は何も交わさずに僕は歩き出した。



 鏡を見たわけでは無いし、ましてや自分がどう他人から見えているのかなんて、僕にはわからないが、まるで自分を見ているだった。



 階段を上がり、二階堂さんの病室の前まで来たところで、中から話し声が聞こえてきた。



「11時15分、お亡くなりになられました。」



「うっうっ‥‥」



 二階堂さんは今、このタイミングで亡くなった‥‥?



 この時、僕は勘違いをしていたことに気づいた。



 昔、何かの本で読んだことがあった。脳死と植物人間の違いについてだ。



 多くの人は同じだと、勘違いしている人がいるが、植物人間の場合は自発的に呼吸ができる状態、つまりまだ可能性が無いとは言えない状態なのだ。



 だけど脳死の状態はいずれ自発的に呼吸ができなくなり、呼吸器を繋いでも数日以内に死に至ると書いてあった気がする。



 だから二階堂さんは今、死んでしまったのだ。







 この時に僕は、不謹慎なのにも関わらず一番初めに、時が戻せるかもしれないと思ってしまった。



 目の前の人の死を悲しむよりも先に、そんなことを思ってしまった自分が、人間として最低なやつだと思った。



 二階堂さんの死に、慣れてしまっている自分がとても嫌で、感情なんて既に壊れかけているのかもしれない。



 走ってでも家に帰り、本当はすぐにタイムループを試したかった。



 ただこれでもし出来なかったとしたら、それこそもう二度とできることはない、という事になってしまうだろう。



 そしてもしタイムムープが出来たとしたら、二階堂さんの死が条件ということになる。



 さっきのベンチには、もう男は座ってはいなかった。



 強盗をするような男に同情はしない。犯罪をするような人の気持ちなんて、僕は分かりたくもない。



 ‥‥でも、妹が病気になってしまい、犯罪を犯してしまうくらいに助けたい気持ちは、分かってしまう。




 ーー出来るなら救ってあげたい。




 そして帰り道、自分がさっきよりも元気になってることに改めて気づいた。



 きっかけが二階堂さんの死。最悪だよね‥‥。



 僕は時々思う事があった。もしあの時に二階堂さんのことが好きになっていなければ、僕は彼女を救おうとしたか? 何度も時を戻してまで彼女を救おうとしたのかと。



 ‥‥どうだろうか。



 そして自宅が見えてきた。早く試したい気持ちと、それを先延ばしにしたい気持ちが、僕の中で葛藤している。



 静かに扉を開き、一歩を確かめるように、一段一段丁寧に階段を上がる。



 部屋のドアの取っ手に手を置き、その場で僕は深く深呼吸をした。



 ‥‥頼む。



 僕は部屋に入りペンダントを握る。



 ‥‥‥その瞬間、全身に引き裂かれるように衝撃が走る。



「うがぁぁっ!」



 ーーその痛みで薄れゆく意識の中で、僕は笑った。






 気がつくと僕は廊下に立っていた。という事は、時を戻す事に成功したのだ。



 この瞬間にタイムループの条件が、大体決まってしまったことを意味した。



 場所は恐らく自室。そして条件は、ペンダントと二階堂さんの死だろう。



 二階堂さんを救う事が目的なのに、命を落として喜んだ僕は一体‥‥。



 その思いを払拭するように、ブンブンと首を振り頬を叩く。



 恐らくこれは、二階堂さんがプリントを落とすところだ。



 そもそもここでどうしようが、二階堂さんの生死には関係がない気がする‥‥。



 それでも生きている二階堂さんの、顔が見たい、声が聞きたいから僕は彼女を探す。



 そして、すぐに彼女を見つけた。でも何か様子がおかしいことに気付いた。



 え‥‥?



 見たところプリントは散乱している。



 これはいつもと同じ、でも違うのは彼女の方だ。



 泣い‥‥てる‥‥?



 プリントを散乱させた二階堂さんは、その場にヘタリ込むように震え、そして泣いていた。



 ーー状況が僕には全く読めなかった。



 そういえば毎回、何故か未来は変わっていっている。僕がどうとかではなく、周りも変わっているのだ。



 とにかく泣いている彼女に、声をかけることにした。



「大丈夫‥‥?」



「むな‥‥かた、くん?」



 何かが悲しくて泣いてるのではなく、何かに怯えるように泣いているように、僕には見えた。



「どうしたの‥‥? 泣いてるよね‥‥?」



 話せる状況ではないと言うのは、見て分かった。



 僕はとりあえずプリントを集め、彼女が落ち着くまで待っている事にした。



 開いてる窓から風が入ってくる。



 気持ちいい。なんか生きてるって感じがする。



「ごめんね。もう大丈夫だよ‥‥」


 

 二階堂さんは赤く腫れた目を、控えめに擦りながら言った。



 とても大丈夫には見えないけど‥‥。



「なんかあったの‥‥?」



 僕の問いに彼女は、答えを悩んでるように見える。



 話せない事なら無理に聞こうとは思わないけど、それでも泣いていたなんて相当な事だと思うし、力になれるならなってあげたい。



「まぁ、話せたらでいいからさ」



 この言葉を彼女に伝えた時に僕は思った。



 この時点での僕らって、話したことが無いような関係じゃん‥‥。



 それを泣いているからって隣に居座り、そして偉そうに、「まぁ話せたらでいいからさ」なんて、気持ち悪いにもほどがあるだろう‥‥。



 チラッと二階堂さんの様子を伺うと、あんまり気にはしてない様子だった



 小さい頃に仲が良かったのを、二階堂さんは知ってるからなのかな?



 とにかく避けられたりしなくて、良かったと思う。これからは気をつけなきゃ‥‥。



「あの、宗方くん‥‥」



「‥‥何?」



「今から私、変な事言うけど大丈夫かな?」



「変な事‥‥?」



 ‥‥変な事? なんだろうか‥‥。



 全く話した事のないような奴が、隣に居座ってきて気持ち悪い事を言ってきた‥‥。なんて言われたら、僕は立ち直れる気がしない。



「‥‥私、実は三回死んでるんだよね」



「え?」



 思わず声が出てしまった。‥‥聞き間違いだろうか? 死んだとかなんとか‥‥。



 一瞬の沈黙が二人の間に流れた。



 その一瞬が、僕には途方もなく長い静寂に感じた。



 その静寂を破ったのは僕だった。



「ご、ごめん。もう一回言ってくれない? よく聞き取れなくて‥‥」



「まぁ‥‥当たり前だよね‥‥」



 二階堂さんは小さな声で、ボソッとそう言った。



「僕の聞き間違いかな‥‥? 三回死んだって‥‥?」


 

 意味がわからない。三回死んだ‥‥?



「‥‥私の事、変な奴だと思うよね‥‥」



「思わない! ちょっと驚いただけだから!」



「‥‥私の話、信じてくれるの?」



 信じるも何も、僕だって時を戻す。と言う信じてもらえないようなことをしてる訳なのだが。



「うん。だから詳しく聞かせて‥‥?」



 三回死んでると言うのが、どういう事なのか分からないが、二階堂さんを助ける事につながるかも知れない。



 そして二階堂さんは胸に手を当て、何度か深呼吸をした後、僕の目を見て話し始めた。



「私ね。‥‥明日、車に轢かれて死ぬんだ。」



「そうなんだ‥‥。は? ちょ‥‥え!?」



 僕は不意をつかれ、頭が一気に混乱し、訳がわからなくなった。



 前から来ると思い、身構えていたストレートパンチが、真後ろから飛んできたような衝撃だった。



「ご、ごめん。どう言う事?」



 二階堂さんは明日車に轢かれて死ぬ。それは事実である、僕はそれを何度も見てきた。



 問題はそこじゃない。どうして彼女がそれを知ってるのか。



 未来予知‥‥? 占いとか‥‥?



「‥‥嘘みたいなんだけどね、私が死んだら何故か時が戻るみたいなの‥‥」



 ‥‥時が戻る? え?



「ご、ごめんね。少し整理させて‥‥」



 僕は右の掌を二階堂さんの方に向け、ストップとジェスチャーを出した。



 時が戻る? 待って‥‥。どう言う事なの‥‥?


 

 ‥‥僕だけじゃなくて二階堂さんも?



 全然意味がわからない‥‥。



 考えれば考えるほどに絡まり、そしてどんどん深みにハマっていき、そして僕の思考は迷子になった。



「時が戻るってどうやって‥‥?」



 ぼくが必死に考え抜いて、出た質問がこれだった。



「‥‥分からないの。車に轢かれて気がつくと時が戻ってるみたいで‥‥」



車に轢かれて気がつくと‥‥? 僕はポケットの中のペンダントを軽く握る。



「‥‥つまり、二階堂さんは未来から来てるってこと‥‥?」



「未来って言ったら大袈裟だけど‥‥。でももう三回も戻ってるし‥‥」



 三回‥‥? 僕と同じ回数じゃないか。と言うか三回死んだと言うのは、そもそも僕のタイムループと同じ回数だ。



 もしかして‥‥、僕がタイムループするたびに、二階堂さんを巻き込んでたとか‥‥?



 いや、でもそしたら二階堂さんは全部の出来事を覚えてる事になる‥‥?‥‥いや、どうなのかな?



「‥‥宗方くん信じてくれるの?」



「僕は二階堂さんを信じるよ」



 彼女はまだ少し震えている。



 何故震えているのかは分からないけど、その彼女を少しでも元気付けたくて、僕は目一杯の笑顔を意識して言った。



「そんな簡単にこんなありえない事を信じてくれるなんて‥‥、優しいね。宗方くんは」



「ねぇ二階堂さん。その、今まで何があったか教えてくれないかな? ‥‥どうかな?」



「‥‥時が戻る前って事だよね?」



「‥‥うん」



 僕と二階堂さんの記憶は、同じ時間軸のものなのか、僕には気になった。



 そして彼女は強盗の話や、僕を助けて轢かれた事、家にトラックが突っ込んで来た事を話してくれた。



 全て僕が通って来た未来、そして時が戻った場所や時間も、僕と同じタイミングだと知った。



 ーーそして、僕も二階堂さんに打ち明ける事にした。



「なんで、宗方くんはこんな事を聞きたがるの?」



「‥‥‥‥僕も二階堂さんと同じで未来から来てる。多分、同じタイミングで」



「‥‥え?」



 今度は二階堂さんが驚いた声を出した。ポカーンと口を開け停止してしまっている。



 そんな彼女を見て、可愛いと思いつつも僕は続ける。



「多分‥‥、時を戻してるのは僕だと思う。二階堂さんを何故か巻き込んで‥‥」



 僕はそして、ポケットからペンダントを取り出す。



「‥‥宗方くん、励まそうとしてくれてるの? 私は大丈夫だよ‥‥。」



「いや、ホントだよ! このペンダントがのおかげで!」



「そのペンダントが‥‥?」



二階堂さんの表情はまだ半信半疑と言ったところだろうか、正直僕だって二階堂さんを巻き込んでた事に驚いているのに‥‥。



「こんな事言うのは、ちょっと僕はどうかと思うけど‥‥、時間を戻す条件が多分‥‥‥‥」



「‥‥多分?」



 言っていいものなのかどうか、僕はとても悩んだ。



 二階堂さんが死ぬ事で時が戻るなんて、二階堂さんからしたら色々とショックだろう。



「多分‥‥なに?」



「えっと‥‥多分‥‥、あの‥‥」



 二階堂さんはヌッと、僕の顔に自分の顔を近づけてくる。



「‥‥‥、二階堂さんが‥‥死ぬ事‥‥だと思う‥‥」



「私が‥‥死ぬ事‥‥?」



 僕の前から顔を離し、二階堂さんは再び横に座りなおす。



 僕は二階堂さんの顔を、見ることが出来ないでいた。



「私が死んだら時間を戻せるってこと‥‥?」



 意外と二階堂さんは冷静に見えたけど、それは僕の前だから平然と見せているだけかもしれない。



「今までが全部そうだったから‥‥多分そうだと思う‥‥」



 一度、過去に飛べなかった事でそれを証明した事になったことを僕は思い出す。



「そっか‥‥、宗方くんが時間を戻してたんだね‥‥。でも、どうして私も巻き込んでたのかな‥‥?」



「それは‥‥分からないよ‥‥」



 僕は、僕が馴れ馴れしくしても二階堂さんは特に気にしてなかった理由が、今ようやく分かった。



「宗方くん、‥‥一つ聞いていいかな?」



「うん。何?」



「何で時間を戻してるの? それはもしかして私の‥‥ため‥‥?」



 頬を赤く染め、照れ臭そうに僕を見ながら二階堂さんは言った。



 ーー何のために?



 そんなの決まってる。



「二階堂さんに‥‥死んでほしくないから、だから‥‥二階堂さんのためだ!」



 思わず大きな声をだしてしまった。



 近くに他の生徒がいないか、周りを確認したが、誰の姿も見当たらなかったので、僕はそれに安堵した。



「そっか‥‥ふふ、嬉しいな‥‥」



 嬉しそうな顔をしている、二階堂さんを見て僕は安心した。



 さっきまであんなにも震えていたし、泣いていたから。



「でも‥‥私は助かるのかな‥‥?」



 嬉しそうな表情から一変して、とても弱々しい笑顔で彼女はそう言った。



 その笑顔は不安を抱えていながらも、必死にそれを隠すかのような作り笑いに思えた。



「そんなの‥‥」



 助かる。その一言が、僕にはどうしても言えなかった。



 僕が時を戻した事を彼女はもう知っている。そして二階堂さんを助けるために、戻した事も知っている。



 なのに‥‥助けられなかった事も彼女は知っているから‥‥。



 ‥‥だから簡単に助かるなんて、言えるはずもなかった。



「‥‥時間が来ちゃうね。教室に戻ろうか?  ‥‥わたしはプリントを運んでくるから」



 二階堂さんは山積みのプリントを抱え、歩いて行ってしまった。



 虚勢でも助かると言えばよかったのか。いや、そんな嘘はきっと彼女には気づかれてしまう気がする。



 だから、どうしたらいいのか考えるしかなかった。



 ただ今度は一人じゃなくて、二階堂さんがいる。それだけで僕はとても心強かった。



 それとともに、一人では何もできなかった自分にとても腹が立った。



 そして昼休みは終わり、何度も聞き慣れた退屈な授業を受ける。



 先生の話してる言葉が何かの呪文のように聞こえ、全く頭に入ってくる気がしない。



 ‥‥この後は確か、男がコンビニに強盗に入るはずだと思う。。



 何故か前回は違ったけど‥‥。でも、それは二階堂さんがコンビニに行かなかったからなのかも知れない。



 だが、あの下見の段階なら説得もしやすい。



 二階堂さんには後で、コンビニには僕が一人で行くと伝えておき、この後の地方競馬の結果を男に伝えるだけで、あの妹は助かるし、男も強盗なんてしなくて済むはずなんだ。



 脳裏にあの時の、抜け殻のような男の姿が映し出される。



 悪いやつだけど、僕なら止められるんだ。



 ーーしかし、問題は二階堂さんの方なのだ



 今までは全て車に轢かれてることを考えると、今回もその可能性が高いだろう。



 だから単純に自動車がたどり着けないところに、避難をしておけば大丈夫な気もする。



 すぐに思い浮かぶのは高いところだ。



 高いところか‥‥。そんなんで助かるのだろうか。



 だけど思いつくのは今はこれだけだ。試すしかないと思う。



 後ろを振り向くと、珍しく二階堂さんは机にうつ伏せになっていた。



 同じ内容だしね。聞く必要なんてないもんね。



 僕もその後は、これまでの疲れを取るかのように暫く居眠りをした。



 少し寝たせいなのか頭がスッキリとしていた。



 よし! やる気が出てきた!



 放課後を迎え、あれから何も話してはいなかったが、二階堂さんは僕を待つかのように席に座っていた。



 僕はその二階堂さんに、あの強盗の男に話す事があると説明した。



 心配をされたけど、多分二階堂さんがいなければ今日は、強盗はしないと思う。



 と前回の話をしながら説得をすると、何か納得してくれたようで、「分かった。気をつけてね」と言ってくれた。



「で、でもね。一人で帰るのは怖いから‥‥学校で宗方くん待っててもいい‥‥?」



「うん、分かった! すぐ戻ってくるから!」



 そして僕はコンビニに急いで向かった。



 コンビニに到着したが、まだ男は居ない。



 なので、前回と同じようにお店の前で待っている事にした。



 ーーするとすぐに男はやってきた。男がお店に入る前に、僕は声をかける。



「すいません‥‥」



「なんだお前」



 男は前と同じように、胸の隙間に片手を突っ込んでいた。



 正直、怖くないといえばそれは嘘になる。ただ、男の表情をちゃんと見れば、何やら切羽詰まったように見えない事もないと思った。



 ‥‥きっと、やるしかない状況に追い込まれて居たのかもしれない。



「あの‥‥強盗をするんですよね?」



 男は驚いた顔で僕を見た。



「何言ってんだお前」



「今日はその下見ですか‥‥?」



 男が僕をみる目がとても怖い。でもここは入り口前で人目が多い事もあるため、少しの安心感はある。



 ーー僕はさらに続ける。



「妹さんの為にお金が必要なんですよね? 近くの地方競馬の結果が僕にはわかります。教えますので強盗なんてやめませんか‥‥?」



 男はさらに驚いた顔で僕をみる。



「なんだお前‥‥俺とどっかで会ったことでもあるっけ‥‥?」



「んーー、そうですね。何度かありますよ‥‥」



「俺は覚えてねえな‥‥。なんで結果が分かるんだよ。俺をからかってんのか?」



 男の口調が少しだけ、強くなった気がする。



 そりゃそうだ。いきなりこんなこと言われて信じるどころか、僕だったら逆に怪しいと疑うだろうし‥‥。



「信じてくれませんか‥‥? とにかく今日は下見ですよね? もしこれが嘘だったら明日、強盗をしてもらって構いませんから‥‥」



「なんだお前、気持ち悪りぃな‥‥」



「とにかく僕を信じてください!!」



「お、おう‥‥」



 僕の勢いに圧倒されたのか、元々話のわかる人だったのか、男は結果を聞き、そのまま帰って行った。



 これであの子は多分、助かるはずだ‥‥。



 そして僕は学校にすぐに戻る事にした。



 下校する生徒達とすれ違いながら、学校に向かって歩く。



 不思議な目で見られてるような気がするのを、どうにか見て見ぬ振りをしながら、やっと戻ってくる事ができた。



 教室のドアを開けると、そこに二階堂さんの姿はなかった。



 あれ、どこに行ったんだろう‥‥。



 カバンは机に置いてあるので、まだ校内にはいると思うけど‥‥。



 とりあえず図書室など、彼女が行きそうな所を探すことにした。



 窓の外からはサッカー部や野球部の掛け声が聞こえてくる。



 そして中庭のベンチの上では、カップルと思われる生徒が仲睦まじくラブラブとしていた。



 ‥‥僕が時を戻すことで、無かったことになってる事もあるのかな‥‥。



 ふとそんな事を思った。時を戻してるのは二階堂さんを救うためとはいえ、あくまで僕の勝手な行動だ。



 授業の内容はたしかに変わることはなかったけど、周りの人間の行動とかは毎回同じではなかった。



 そう考えると、もしかしたら生きる筈の人が死んでしまったり、死ぬ筈の人が生きたりと、未来が大きく変わってしまったりしてるのだろうか?



 僕の身の回り、いや、日本、もしくは世界規模で、何かが変わったりなんてしてしまう事もあるのだろうか?



 とてもスケールのデカい話ではあるけど、もしそれが僕の都合で変わってしまってるとしたら‥‥。



 スーッと全身から血が引いていくような感覚が訪れる。



 なんだかヤバいことをしているような気がしてきた。



 でも今更後に引くことは出来ないし、二階堂さんを助けるという事に変わりはない。



 それにしてもいないなぁ‥‥。



 図書室にも彼女の姿はなかった。



 もしかしたら教室に戻っているのかも知れないし、トイレにでも行っていて入れ違いの可能性もあるので、一旦教室に戻る事にした。



 再び教室へと足を運んで見ても、二階堂さんは見当たらなかった。相変わらずカバンは置いてあるし‥‥。



 疲れるから席に座ってよ‥‥。



 僕は彼女が帰ってくるのを教室で待つ事にした。



「うわぁ!」



 席に着いたその時、久しぶりに全身を電気が駆け抜けるかのような、衝撃が走った。



 その相変わらずの衝撃の強さに、思わず声が漏れてしまう。



 そしてその後、謎の衝動が訪れる。



 どうやら上の方に行かなければならないような、そんな衝動に僕は駆られる。



 久しびり過ぎて、こんな事が前に何度もあったのすら僕は忘れていた。



 この衝撃の後の、衝動の先には、必ず二階堂さんが居た。今回もそんな気がする。



 僕は小走りに近いような早歩きで、階段を一段飛ばしで登っていく。



 そして屋上へと通じる扉が、少し開いている事に気づいた。



 この先に二階堂さんがいるのかな‥‥?



 軽く扉を開け外の様子を伺うと、三人くらいの男子生徒が見えた。



 あれは三年生だ‥‥。



 その三人の生徒が、二階堂さんを取り囲むようにして何やら話しているように見える。



 友達なのかな‥‥?



 ーーと思ったが、その疑問はすぐに取り消された。



 二階堂さんはその中の一人に、手首を掴まれて引っ張られているだった。二階堂さんの表情は、それを嫌がっているように僕には見える。



 僕はすぐに二階堂さんと三人の先輩の間に割り込み、二階堂さんを掴むその手首を掴んだ。



「すいません! ‥‥彼女になんか用ですか?」



「あ? なんだお前?」



「宗方くん‥‥!」



 安心したような二階堂さんを見て、僕は確信した。完全にこの人達とは、友達のような関係ではないと。



「彼女の友達です」



 先輩三人は見た目がイカつく、耳にピアスも空いていたが、なぜだか僕は全くこの人達が怖いとかは思わなかった。



「友達? 俺たち今この子をナンパしてたんだけど? 邪魔すんなよ!」



 男を掴んでいた手を振りほどかれて、僕はそのまま後ろに押さた。その衝撃で、地面に尻餅をついてしまう。



「宗方くん!! 大丈夫!?」



「なんだこいつ! クソ弱えな! これ以上俺たちの邪魔すると殺すぞ?」



 殺す? その言葉を聞いた途端に、僕は怒りが湧いてきた。



「‥‥簡単に殺すなんて言葉を使ったらダメですよ‥‥」



「あ? 小さくて何言ってるか聞こえねーよ?」



 上から僕を見下ろしながら、先輩三人は笑っている。その三人の顔は僕を馬鹿にして、楽しそうにしている。



 ーー二階堂さんがどんな気持ちで。



 ーー僕が、どんな気持ちで。



 僕は怒りで握っている拳が、小刻みに震えていた。



「‥‥殺してやる」



「‥‥は!?」



 僕は勢いよく起き上がり、先輩のうちの一人の胸ぐらを掴み、フェンスに叩きつける。



 フェスの高さは腰より少し高いくらいで、アスファルトの地面からこの屋上までは、かなりの高さがある。



「ちょ!? おい! やめろって‥‥!!」



 僕の勢いに不意をつかれた先輩は、そのまま上半身がフェンスを乗り出す形になり、下に落ちる寸前になりながら、必死で抵抗してくる。



 他の二人は突然のことに、体が動かないようで、青ざめながら停止している。



「‥‥一回死んでみなよ」



 胸ぐらを掴んでいた手を離そうとした時、僕の手を柔らかく温かい手が止めた。



「ダメだよ宗方くん!! もうやめて!!」



 その声で僕は冷静に戻った。



 もはや落ちる寸前の先輩を引っ張り、僕は手を離す。



 先輩はとても怖い思いをしたのだろう、荒い息と共に目を大きく見開き、その場で呆然としていた。



「あ、アイツやべーって‥‥マジで殺そうとしただろ‥‥」



「お、おい! 行くぞ!」



 他の二人が金縛りから解き放たれたように動き出し、その先輩を連れて僕の前からいなくなっていく。



 ‥‥僕はもうすぐで人を殺す所だった。冷静になり、突然その実感が湧いてきた。



「宗方くん‥‥」



 今、二階堂さんは僕にどんな顔をしているだろう。今僕を呼んだ声は、とても弱々しい声だった。



 ‥‥あの先輩達のようにヤバいやつだと、僕に怯えているだろうか?


 

 ‥‥それとも今の行動に、心底軽蔑をしただろうか。



 目の前の現実を理解したくない僕は、彼女の方が見れなかった。



「‥‥ねぇ、宗方くん」



 その声と共に、僕の頬に強い衝撃が走った。



 頬がズキズキと痛む、僕は彼女にビンタをされた。



「‥‥宗方くん、顔を上げて」



彼女にそう言われ、僕は嫌われる覚悟で顔を上げると、彼女は涙を流していた。



「な、なんで二階堂さん泣いてるの‥‥?」



 二階堂さんはとても辛そうな表情だった。瞳からはドンドンと雫がこぼれ落ちていて、綺麗な顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。



 そんな二階堂さんを見ていたら、僕まで泣きそうになって、必死で堪えたのにそれでも、流れてくるものは止められそうもなかった。



 ‥‥何度か今まで挫折しそうな事があった。多分、挫折していたのかもしれない。



 それでも、どうしようかと先のことを考えたりして、頑張ってきたつもりだった。



 振り向かないように、前だけを向いていたつもりだったのに‥‥。



 溜め込んでいた感情が決壊するかのように、僕は涙を流した。



 気がつくと僕は、二階堂さんの両腕に包まれていた。



 とても温かくて、いい匂いがする。そして何より居心地が良かった。



 二階堂さんも涙を流しているのに、そんな彼女に僕は救われた。



 気がつくと太陽は、殆ど西の空に傾き掛けていた。



「もう、大丈夫だよ二階堂さん」



 名残惜しいけど、いつまでもこうしてる訳には行かないのだ。



 前にいる二階堂さんは、夕陽のせいなのか、頬が赤みがかってるように見える。



「‥‥いきなり抱きついてごめんね」



「‥‥僕こそ、みっともない姿を見せてごめん」



 ほぼ抱き合っていた状況を、お互いに思い出し、気まづいような、なんとも言えない雰囲気が流れる。



「そ、そう言えばなんで私が屋上にいるって分かったの?」



 その雰囲気を二階堂さんは変えようと、話題を出したように思える。



 しかし、僕はあの謎の衝動について説明するいい機会だと思った。



 それに、もしかしたら何か彼女が知ってるかもしれないとも思う。



「実は‥‥‥‥」



 そして僕はこれまでのタイムループのたびに起きた衝撃と、衝動について説明した。



 もちろんその先には、いつも二階堂さんがいた事も僕は話した。



「なにそれ‥‥、不思議‥‥」



 この様子だと何も知らなかったようだ‥‥。



「僕はてっきり、二階堂さんが関係してるのかと思ってたんだけど‥‥」



「私!? ‥‥何も知らないよ?」



「‥‥でもその衝動の後は、いつも二階堂さんが困ってる場面に出くわす気がするんだ」



「私が困ってる場面?」



「今もそうだったけど、プリントを落とした時、それにコンビニでの時もだし。あと‥‥二階堂さんが車に轢かれた時も‥‥」



「そうなんだ‥‥。ん、そう言えば‥‥」



「何か分かったの?」



「宗方くんが来てくれる前、私いつも宗方くんの事を考えてたかも‥‥。助けてとか‥‥会いたいとか‥‥」



 それを聞いて僕は顔が熱くなる。会いたいなんて思ってくれてたなんて‥‥。



「もしかしたらそれが僕に届いてるのかな?」



 馬鹿らしいと言えば馬鹿らしいと思う。そんなのは現実的にありえない事だし。



 でも現にタイムワープが出来てしまってる今、ありえない事なんてそれこそありえないように思えてしまう。



「私から宗方くんへの一方的な‥‥、テレパシーみたいな感じ‥‥?」



「多分‥‥」



 二階堂さんからのテレパシー。僕にとってはとてもいい響きで、なんだかいつもで繋がってるようで嬉しかった。



「暗くなって来たし今日はもう帰ろっか?」



「うん! 明日に向けて今日はゆっくり休んでおこうか」



 そして僕は二階堂さんを家まで送ってあげた。



 二階堂さんは少し元気がないようにも見えたけど、別れ際は笑顔で手を振っていた。



 まさか二階堂さんも巻き込んでいたなんて‥‥。



 思えば長い一日だった。でも、今日一日で二階堂さんと凄い近づけた気がした。



 まさに僕にとっては奇跡のようだ。



 薄暗い夜道の途中、暗闇の中で明日はなんとしても二階堂さんを守り抜く。と決心した。




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