改めて同じ日を何日も繰り返すのは、不思議な気分だなぁと思う。



「おかえりなさい。遅かったわね」



 私の母親は今ハマっている、韓国のドラマを見ながら言った。



「うん。友達と遊んでたからねー」



「もしかして‥‥宗方くん?」



「ち、違うよ! 急になに!?」



 お母さんは見ていた韓国ドラマの再生を止め、ニヤニヤと私の方を見ている。



「もう! 違うってば! ご飯食べてきたからお風呂はいるね!!」



 私はお母さんから逃げるように、お風呂場へと向かった。


 

 なんで分かったんだろう‥‥。



 母親というのは凄いものだと思った。確かに私は家で、宗方くんの話をよくするとは思うけど‥‥。



 もしかして私って分かりやすい‥‥?



 脱衣所にある大きな鏡に映る自分の顔を見つめる。



 少し嬉しそうな顔してるかもしれない‥‥。この顔を見られたから、宗方くんだと思ったのかもしれない。



 そして私は温かいお湯に浸かり、溜まりに溜まった疲労を洗い流す。



 この湯気がモワモワァっと、浴室にいっぱいになるのが最高に堪らない。



 そして湯船の熱さのせいかのぼせていき、頭がうまく回らずにぼーっとしていく時の感じが、私はとても好き。



「あぁ〜〜生き返る〜〜」



 言った後に、少々おじさん臭かったかも、と思ったけど誰かが聞いてる訳じゃないし、いいよね?



 それに家にいる時の私は、いつもこんな感じだし‥‥。



 いつもより長く浸かり過ぎたせいで、お風呂から出た後はドッと疲れが押し寄せてくるような、気怠い重さが全身にのしかかってきた。



 私は髪も乾かさずに、ソファーの上にうつ伏せにダイブした



「あきる! 髪くらい乾かしなさいよ」



 韓国ドラマを見終えたのか、テレビのチャンネルは世界の様々な国を回るような、旅番組に変わっていた。



「あーとーで乾かすもん!」



「はいはい」



 やれやれと言わんばかりの呆れた表情で、お母さんは言った。



「ねぇ、お母さん?」



「何?」



「私が死んだら悲しい?」



「アンタ、急に何を言い出すの?」



 私は仰向けに向きを変える。上を見上げると、明るい電気が私の目を眩ませる。



「別にー。悲しいのかなって思っただけだよ」



「悲しいに決まってるでしょ? 突然訳の分からないことを‥‥。変なこと言ってないで、ちゃんと髪の毛乾かしなさいよ」



 お母さんはそう言ってテレビを消し、部屋に戻ってしまった。



 昔何かで、人の価値は死んだ後に涙を流してくれる人の数で決まる。と見たことがある気がする。



 私が死んでも、涙を流してくれる人はそんなにいないのでは? なんて、要らぬ不安が込み上げてきた。



 また明日が来る‥‥。



 テレビが消え、部屋には時計の針のカチカチという音だけが響く。



 私は腕で電気の眩しさを遮るようにして、ゆっくりと目を閉じる。



 眠い‥‥。



 そして私はこの後、母親に叩き起こされたのであった。









 翌日の朝はしっかりと、自分の部屋のベッドで目が覚めた。



 お母さんに起こされた後、眠い目をこすりながら髪を乾かし、死ぬように眠りについたからだ。



 本当に死んだ事あるんだけどね‥‥。なんて思いながら自嘲気味に笑ってみる。



 宗方くんと沢山話したい事があるから、私は宗方くんの家の前で彼を待つ事にした。



ここだけ見るとストーカーそのもので、彼に引かれないか不安だけど、どうせ死ぬかもしれない。どうせまた時間が戻るかもしれない、なんて思うとなんでも出来るような気がした。



 宗方くんの家はずっと変わらない。まぁ当たり前の事なんだけど‥‥。



 少し待ったところで、私は一つだけ気になった事があった



 それは宗方くんが既に家を出ていたら、どうしようという事だ。



 それは前回のループの時、彼は早くに家を出ていて、偶然私も少し早く学校に向かうことがあったから。



 そう考え出すと今回も、もう既に登校している気がしてならない。



 あと5分だけ‥‥。



 ーーその時、玄関の扉が開いた。



 良かった。今回は早くなかった。



「おはよう。宗方くん」



彼はとても驚いているようだった。まるで幽霊でも見たような顔をしていた。



「ごめんね。驚いた?」



「いや、そんなことはないけど‥‥」



 宗方くんは否定したが私には分かる。



 ーー絶対に驚いてたよね‥‥。



「一緒に行ってもいいよね?」



「むしろ僕なんかでいいの‥‥?」



宗方くんは大人しい。故の今の立ち位置なんだと私は思う。顔だって悪くないし、とても優しいのに‥‥。もう少し自分に自信を持った方がいいのに‥‥。



「僕なんかとか言わないで‥‥宗方くんは凄いかっこいいよ」



いつまでも家の前で話してるわけには行かないので、学校へ向かう事にした。



「ねえ、宗方くんは過去に戻ったりするなんてことある得ると思う?」



私の唐突な意味のわからない質問に、宗方くんは戸惑っているのか、目が泳ぎながらタジタジとしている。



「‥‥‥‥と、突然どうしたのさ!?」



 ーー結果、何故か面白いくらいに慌てていた。



「宗方くん。ふふ、焦りすぎだよ」



 思わずその仕草に、私は笑うのを堪えきれなかった。



「突然どうしたの‥‥そんな事を聞いてきて‥‥」



 気になるのは当然だと思う。私だって、なんの前触れもなく、いきなり過去がどうたらって聞かれたら、びっくりする自信がある。



「んー。いや、なんとなくだよ。‥‥気にしないで」



 彼に何度か未来から来ているとか、今を繰り返しるとか、言おうかと悩んだけど結局やめた。



 私は宗方くんよりも少し前に出て歩いていると、前にコンビニが見えてきた。



「ねぇ、宗方くん! ちょっとコンビニ寄ってかない?」



 私は彼の応答を待たずに、コンビニへと向かった。



 今この瞬間が楽しい、本当に楽しくて私はとても幸せだ。



「ふんふーん」



 もはやいつもの人前での私とは、結構かけ離れている気がするけど、そんな事なんかどうでもいい気がしてきた。



 その時、突然店内に男の人の大きな声が響いた。



「オラァ!! おい、金を出せ!!」



 なにこの既視感‥‥。



 突然の大声に戸惑いながらも、声の方を覗いてみると、見たことのある覆面をつけた男が、店員にナイフを突きつけていた。



 昨日じゃなくて今日!? しかもこの時間!?



 もはや未来が変わってるどころの話ではない‥‥。



 この時に店内にいたお客さんは、店の外に逃げていく。



「宗方くん‥‥私たちも‥‥!」



 私はそう言い、宗方くんの手を引いた。



 蘇るあの時の光景、宗方くんがこの男に何度も殴られるのを‥‥。



 ーー今度は私が守る番!!



 もう一歩で店を出れる! と言うところで男に声をかけられた、宗方くんの足が止まってしまった。



 宗方くんがまるで知り合いであるかのように、男と話している。。



 しかも、昨日がどうたらと言っている気がする。


 

 昨日? 下見? どう言う事?



男は最後に宗方くんに殺すぞ? と釘を刺し、受け取ったお金を持って逃げるように、素早く走り去って行った。



 前とは違い、お金を受け取るとすぐにいなくなった。



 前はあっという間に警察が来ていたし、店員さんもお金を詰めようとしなかったがために、あんな事になってしまったのだと思った。



 ただそれよりも、今回は私の知らない事がどうやら起きているようだった。



 昨日宗方くんに何があったんだろう‥‥。



 とにかく警察が来てしまうと事情を聞かれたりと、色々とめんどくさい事になるのは分かっている。



 だから私は早くこの場から立ち去りたかった。



 宗方くんも似たような事を考えていたようで、私たちはすぐに学校はと足を向ける。



 私はさっきの男と宗方くんの話しが気になっていた。



 直接聞いてみようかな‥‥。



「ねぇ宗方くん。さっきの強盗の人と話してた、昨日って何の話‥‥?」



 宗方くんは、少し難しい顔をして私を見た。



「いや、僕にも何の事だかよく分からないんだよ‥‥誰かと人違いしてるんじゃないかな‥‥?」



「ふーん。分かった‥‥」



 ーー私はすぐに分かった。



これは嘘だと。あんなに話していたのに人違いしている訳がない。嘘をつくのが宗方くんは絶望的に下手すぎる‥‥。



 ただ、これ以上は追求出来ないよ‥‥。



 ーー私は諦めて、それ以上は何も聞かなかった。



恐ろしいアクシデントに巻き込まれたけど、無事に遅刻せずに学校に辿りつく事ができた。



 学校にいる間は、特に変わることはなかった。



 ただ外にいる時には、私のいつもと違う些細な行動で、簡単に未来は変わってしまう事がわかった。



 色々と難しいなぁ‥‥。



 ここまで簡単に変わるとなると、行動も考えなければならないという事だった。



 何故に死んだら戻るのか私には分からないし、また戻るのかさえも分からないけど‥‥。



ただ私が死ぬと言う未来も、些細な事で変わっている可能性があると言う事だと思う。



 なら、私はいつもと違う事をする事に決めていた。



 そして私はこの日、全く同じ日の三度目のの放課後を迎えた。



 この時にも、今までとは違う変化があった。



 私は今回、宗方くんと帰るつもりは全くなかった。



 それなのに過去二回は私から誘っていたが、今回は宗方くんから帰ろうと私に言ってきた。



 正直嬉しかったけど、それでは今までと変わらない。



 帰りたい気持ちを堪えながら私はそれを断り、一人で帰る事にした。



 私は帰り支度を整え、リュックを背負い教室を出た。



 よしっ!!



 ーー今度こそ私は生きる。そう胸に強く誓った



 廊下は生徒たちでごった返していたが、それをスルスルとかいくぐり、私は下駄箱で靴を履き替える。



 帰り道、どうしようかな‥‥。



 最短のいつもと同じ道で帰るか、それか遠回りだけど違う道を使うか。



 うーん。



 汗ばんだ右の手のひらを見ながら、私は最短の方の道で帰る事に決めた。



 私は今、冷静な表情をしているが、内心ではとても怯えている。



 これまでは隣に宗方くんがいたと言う、安心感があったけど今は一人。正直心細い。



 ブオオオン



「ひゃあっ!!」



 これまでよりもさらに、自動車が近づいてくると過剰に反応を示してしまう。



 キョロキョロと辺りに警戒しながら、だんだんと家に近づいていく。



 もうすぐ‥‥。



 ーーそして角を曲がる



 つ、ついた!!



 私はすぐに鍵を使い扉を開け、中に入る。



 中に入ると、慌ただしい心臓を抑えながら、水を一杯喉に流し込む。



「ケホッ、ケホッ」



 い、生きてるよね‥‥?



 死ななかった! もう大丈夫?



 ーー私は未来を変えられた‥‥?



 念のため、私はもう家から今日は出ない。



 1人でいると恐怖感がどうしても拭えなかったけど、それはお母さんが家に帰ってきた事で、私に安心感を与えてくれた。



「お帰りお母さん!」



「な、何? なんかあったの?」



「なんでー?」



「いや、いつもアンタこんな風にお母さんを出迎えないじゃん」



 まぁ、確かにその通りだ。



 こんなにもお母さんが、家に帰ってきて嬉しかったことは、過去を遡っても思い出せない。



「ま、まぁ! なんとなくだから! 別に意味なんてないから!」



 そしてお母さんの作ってくれた夕飯を一緒に食べた後、お母さんはお風呂に入って行った。



 ソファーに座り直し、テレビに流れる映像を私はなんとなく見つめる。



 本当に未来を変えられたんだ私‥‥。



 生きている事に実感が湧く。まだ見ぬ未来に私は突き進んでいく。



 ‥‥そして宗方くんにまた会える。


 

 嬉しくて、嬉しくて、すごい嬉しかった。



 明日が来る事がこんなにも嬉しい事なんて、今まで考えることすらしなかった。



 当然のように生きていられる事自体、恵まれていたのだと私は思った。



 それにしても、なんで時間は戻ったのかな‥‥?



 まるで夢のような数日間だったな‥‥。



「あきるー! アンタも入っちゃいなさいよ。私はもう上に行くから」



「はーい」



 お母さんが二階に上がって行った。お父さんは、今日は遅くなると言っていたし。



 私も今日は、お風呂に入って寝ちゃおうっと‥‥。



 お風呂に入ろうとソファーから立ち上がった時、家の壁が軋む音が聞こえた。


 

 その違和感を確認した瞬間に、何かがドアを突き破った。



 ガン!!!!!



 ーー家が大きく揺れる。



 え、何!?



 ーー状況が全く理解できなかった。理解する時間もなかったと、言うべきなんだろうか。



 壁を破壊したのはトラックだった。



 そう思った瞬間に、そのトラックは私に勢いよく突っ込んで来ていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る