次の日、ゆっくりと登校をしてダラダラと授業を受けた。



 警戒をしなければ行けないのは、放課後からだと思うから、今はそれまでの羽休めの時間と決めた。



 後ろにいる二階堂さんも同じような気分だと思う。



 同じ授業を何回も受けるのは、流石の二階堂さんでも、真面目に受けようなんて思わないだろう。



 そう言えば、あの男の妹さんは大丈夫だったのかな‥‥?



 多分、大丈夫だったと信じたい。僕にできる事はもうないだろうし。



 僕は昨日から、二階堂さんの助かる方法を考え続けていた。でも、これといった解決策は思いつかなかった。



 とにかく自動車から遠ざけるという、曖昧な方法しかないんじゃないだろうか。



 そして放課後を迎えた。二階堂さんには今日は友達の家に泊まると、親に連絡をしてもらった。



 ーー勿論、僕も既にしてある。



 これから今日が終わるまでが勝負。



 今は最終下校ギリギリまで教室の中で時間を潰すと二人で決めたので、放課後の教室に二人きりだ。



「この後どうしようか‥‥?」



「うん‥‥」



 二階堂さんは明らかに元気が無くなっていて、顔色も悪いように見える。



「このまま学校で隠れて、最終下校の見回りをやり過ごす?」



 学校の校舎はとても高いから、絶対に自動車が突っ込んでくる事なんてないだろうし、これが最善なんじゃないだろうか。



「宗方くんに‥‥任せるよ‥‥」



 どうにか僕は二階堂さんに少しでも元気になってもらおうと、色んな話をしたけど、どれも効果はなさそうだった。



 そして辺りは薄暗くなって来て、校内放送が響き渡る。



“最終下校の時間です。校内に残ってる生徒は速やかに下校してください”



 それを聞いた生徒たちが、校外へと出て行くのが窓から見える。



 見回りの先生もそろそろ来るはずなので、どこかに隠れなければならなくなる。



 色々考えたが、今から教室を出るのもリスクが高い。



 先生に鉢合わせたら、校外に出されるのが容易に想像できる。



 なら、教室の中でやり過ごすのが一番懸命だろうと思う。



 見回りといっても、軽く教室内を見渡す程度だろうし。



「うん、分かった」



 二階堂さんの許可ももらい、僕たちは息を潜め、耳を集中する。



 すると、遠くの方で足音と扉を開け閉めする音が聞こえる。



 その音はだんだんと、こちらに近づいて来ていた。



 ーーガララ。



 隣の隣の教室くらいまできたのだろう。すぐ近くから音がする。



 僕と二階堂さんはそれを聞き、静かに教卓の下に身を潜める。



 小学生の時とかにはよく入ったりして、あまり狭いとは感じなかったけど、流石に高校生二人が入ると狭い。



 二階堂さんに体が触れ、別の意味で僕は緊張をしている。



 隣の教室の扉を開く音がし、心臓が高鳴る。



 ーーそして、僕たちの教室の扉が開かれる。



 僕は思わず目を閉じた。



「誰もいないよなーー」



 先生の呼びかける声がした。



 ここで、いますよー! なんて言う生徒がいる訳がないだろうに‥‥。



 そして扉が閉じ、音がどんどん遠ざかって行く。



「ふぅー、いなくなったみたいだね」



 二階堂さんと僕は、とりあえず近くの席に腰をかける。



 空はもう薄暗い。はじめの頃は夕方に轢かれたが、家に突っ込んだときは夜だったから、おそらく時間は関係ない。



 でも、この高い校舎に居れば安心な気がするけど‥‥。



 夜の教室で二階堂さんと2人きり、僕の人生でこんな瞬間が訪れるとは、思っても見なかった。



 そもそも、この繰り返しの数日間が僕からしたら夢のようだった。



「ねぇ、宗方くん‥‥」



「どうしたの‥‥?」



「私、怖い‥‥」



 二階堂さんは、僕の制服の袖の裾を掴みながら言った。



 怖いに決まってる。今日、自分が死ぬかも知れないなんて僕には考えられない。



「僕が、守るから大丈夫だから」



 僕は恐る恐る二階堂さんの手を、両手で包み込んだ。



 彼女の手はとても冷たかった。



「ありがとう‥‥。でも、車も怖いんだけど‥‥夜の学校も怖いんだよね‥‥」



 僕はそれを聞き、少し笑ってしまった。



 夜の学校は怖いものだったのだ。そんな当然の事すら、僕は忘れていた。



 確かに僕たちが静かにしていたら、驚くくらいの無音だ。それは昼間からは、まるで想像できないくらいの状況になる。



 電気をつけるわけにはいかず、窓からの綺麗な満月の明かりだけが頼りだ。



 このシリアスでホラーな雰囲気の中、それに反比例し僕のお腹が鳴ってしまった。



「お腹、空いたね‥‥」



 このまま学校で一晩を明かすとなると、流石にお腹が空く。



 僕は食べ物の事なんて、考えて居なかった。



「‥‥私、おにぎり作って来てるよ」



 二階堂さんはバッグからお弁当箱箱とは別に、サランラップに包まれたおにぎりを5つ取り出した。



「二階堂さん‥‥そんなに食べるの‥‥?」



「え? ‥‥ち、違うから! もしかしたらこんな事になるかもって、弁当とは別に作って来たの!!」



 僕はてっきりお昼の残りかと‥‥。



 とにかく有り難すぎる。しかも、二階堂さんの手作りとなれば尚更の事。



「いただきます!」



 まずは一口、そのおにぎりを僕は頬張る。



 僕は梅干しや、鮭でも入ってるものだと思っていたらなんと、唐揚げが入っていた。



「美味しい!」



 僕の家のおにぎりには唐揚げなんて入ることがなく、驚きと新鮮さで思わずテンションが上がってしまった。



「そう?‥‥良かった」



 二階堂さんはそう言い、微笑んだ。その笑顔に僕はまた、彼女に惚れ直してしまった。



 ーー告白。頭をよぎったけど、それはやっぱり彼女を助けられたらしたい。



 ーー僕は二階堂さんの事が大好きだ。



 お腹も膨れ、二階堂さんもさっきよりは元気に見える。



 窓の外には、相変わらず綺麗な満月が顔をのぞかせている。満月の周りでは、キラキラと星たちが楽しそうに、輝いてるように見える。



 前に見た時の満月は、なんだか悪いことを連想させるような、僕に畏怖を覚えさせる佇まいだったのに、今はロマンチックで暖かい感じがする。



 教室の中も明かりなんていらないくらいに、月明かりで照らされていた。



 夜は少し肌寒いので、机の上に置いてあった他の生徒の膝掛けを貸してもらった。



 そうして今、一つの毛布を二階堂さんと掛けている。



 こんなに綺麗な人が、僕の隣に今いてくれている事が、どんなに嬉しいことなのか、まさに言葉に出来ない。



 コツンと僕の肩に、二階堂さんの頭が乗る。



「ちょ、に、二階堂さん!?」



 二階堂さんからの返答はなかった、代わりにスー、スー、と寝息のようなものが聞こえて来た。



 寝ちゃったのか‥‥。疲れてたんだね。



 僕も二階堂さんの髪のいい匂いと、温もりに瞼がだんだんと重くなってきた。



 しかし、この静かな空間にいると本当に平和で、まるで何かが起こるかもしれないとは到底思えない。



 あぁ、眠いや‥‥。



 寝てはいけないと思っているのに、僕は気がつくとそのまま目を閉じていた。







 ーー肩を叩く衝撃に僕は目を覚ました。



「ごめん、僕も寝ちゃってたんだね‥‥」



 黒板の上にある、時計の時間を僕は確認する。時刻は夜中の1時過ぎを示していた。



「ううん、大丈夫」



 二階堂さんも起きたばっかりなのだろうか? いつは綺麗に整えられている髪の毛が、少しだけ乱れている。



「どうしたの?」



「あのね‥‥ちょっとトイレに行きたくて‥‥」



 僕の方を見ず、恥ずかしそうに二階堂さんは言った。



「うん分かった。付いていけばいいんだよね?」



「‥‥お願い」



 教室の扉を開けると、月明かりが照らしてはいるものの、全身に鳥肌が立つような光景だった。



 廊下の一番奥は暗闇で凝視できず、ずっと見ていると、その暗闇から何かがやってくるような不気味さがある。



 流石に男の僕でも躊躇うような、恐怖感を植えつけられる。



「ちょ、ちょっと怖いねこれ‥‥」



「最初は一人で行こうとしたんだけど‥‥。起こしちゃってごめんね‥‥」



「いや、これは‥‥起こして正解だと思う‥‥」



 僕が前を歩き、二階堂さんが後ろからついてくる形で、廊下の端にあるトイレを目指す。



 だんだんと目が慣れてきて、今は恐怖よりも好奇心の方が強くなってきた。



 夜の学校なんてワクワクする。



 相変わらず二階堂さんは、小動物のように震えているようだけど‥‥。でも、それが可愛いと思える。



「ここで待ってるからね」



 トイレから少しだけ離れた廊下に、僕は寄りかかる。



「うん‥‥ちゃんと待っててね‥‥」



 二階堂さんはトイレに入って行った。



 ‥‥今んところはまだ大丈夫そうだ。



 特に異常は見られない。このまま何もなく、朝を迎えられる事を祈るばかりだ。



 水の流れる音が聞こえてきて、トイレから二階堂さんが出てくる。



「ごめんね、おまたせ!」



 よほど我慢をしていたのか、入る前よりも元気に見えるような気がする。



「大丈夫だよ。教室戻ろうか?」



「せっかくだからさ‥‥探検しない?」



「学校を?」



「うん! 夜の学校なんて滅多に入れないもん!」



気晴らしになるかも知れないし、案外いいかも知れない。



「折角だから色んなところ見てみようか」



「やった!」



 二階堂さんは嬉しそうだ。そんなに学校を探検したかったのだろうか?



 ーーと言いつつも、僕もなかなかに興味があるのでワクワクしてきた。



「こんな時間まで残ってる先生とかって、いるのかなー?」



 確かに、この学校内に誰か教員がいるならば、あまり大声で話したり、足音を立てたりしない方がいいかもしれない。



「なるべく音を立てないようにしようか?」



「うん。職員室行ってみようよ!」



 僕と二階堂さんは聞こえるか、聞こえないかくらいの小声で、会話をする事にした。



 暗闇の中、遠くから見てすぐに、職員室に明かりがついていることが分かった。



「電気がついてるね‥‥誰か先生残ってるのかなー?」



 警備員の人でもいるのだろうか?



 恐る恐る僕と二階堂さんは、その灯の漏れている職員室に近づいて行く。



 扉は少し開いていた。



 しかし、中を覗いてみると誰もいなかった。



「誰も‥‥いない?」



 二階堂は中に入りキョロキョロと周りを見渡している



「トイレとかかな?」



「なら早く離れた方がいいかも知れないよね? 行こっか宗方くん。」



 僕たちは職員室から離れ、今度は音楽室に行くことにした。



「‥‥鍵が開いてないね。」



 僕は頭の中ではこれを予想していたが、口には出さなかった。



 なぜなら二階堂さんが、想像以上に楽しそうにしてたからだ。



「ジャジャーン!」



 楽しそうな二階堂さんは、何やらジャラジャラとしたものを僕の前に出した。



「それは‥‥鍵?」



「うん。さっき職員室入った時に借りてきたの」



 あまりにあっさりとそう言うもんだから、当然のような事をしてるんだと、勘違いしそうになる。



 いろんな鍵がついてるところをみると、マスターキーのようだった。



「まぁ、後で返しとけば大丈夫だよね」



 ーーそして二階堂さんは、音楽室の鍵を開けた。



 夜の音楽室、そこは独特な雰囲気が漂っていた。



 有名音楽家の肖像画が、揃いも揃って此方を見ているようで、僕と二階堂さんしか居ないはずなのに、複数の視線が浴びせられてるようだった。



「‥‥私、ちょっと怖いかも」



 そう言いながらも二階堂さんは、モジャモジャの肖像画のおじさんたちと、にらめっこをしている。



 二階堂さんって結構無邪気らしい。彼女の意外な一面を沢山見れて、僕は幸せ者だ。



 その後も図書室、実験室、体育館などを周り、気づけば時刻は深夜2時を過ぎていた。



「疲れたからそろそろ教室に帰ろっか。私のワガママに付き合ってくれてありがとね」



「全然! 僕も楽しかったよ!」



 そして職員室に戻り、鍵を返した。



 相変わらず電気はついてるのに、誰もいなかったけど‥‥。



「探検、楽しかったぁー!」



 教室に帰る最中の廊下で、鼻歌を交えながら二階堂さんは言った。



 二階堂さんは元気が出たようで、本当に良かった。



 この廊下の窓からは校庭が見え、ちょうどここの真下あたりに朝礼台が置いてある。その周りには、大きな陸上のトラックが広がっている。



 だだっ広い大きな校庭、その反対側には一つ門がついている。



 その門は普段は使うことは無い。なのに何故か、門は開いているようだった。



「ねぇねぇ宗方くん! なんか落ちてるよ!」



 廊下の隅を指差しながら、二階堂さんはしゃがみこむ。



 暗くて何かは分からないが、そこには確かに何かが落ちていた。



「それなに?」



 僕も二階堂さんの横にしゃがみこむ。近くまで寄ると、すぐになんだか分かった。



「‥‥靴下だね」



 長いハイソックスのようなもので、この学校の指定のものでは無かった



「宗方くん、なんでここに靴下が落ちてるんだと思う?」



 二階堂さんは、不思議そうにその靴下を見つめている。



 ブオオオオン!



 ーーその時、校庭の方から何やら大きな音が聞こえてきた。



 車のエンジンの音のような、今の僕たちにとっては、警戒すべき恐ろしい音だった。



 反射的にすぐに立ち上がり、僕と二階堂さんは窓の外を見る。






 ーーここからは一瞬だった。






 此方めがけて1台のスポーツカーが、ものすごい速度で走っていた。



 本当に、本当に、一瞬の出来事で、何かをするという暇さえも無かった。



 そのスポーツカーは猛スピードのまま、朝礼台の階段を上がり、その勢いで僕たちのいる2階の廊下に突っ込んできた。



 気がついた時には、僕の隣にいたはずの二階堂さんは廊下の壁と、車に押しつぶされていた。



 僕のすぐ横を霞めるように、その車は二階堂さんだけを押しつぶしたのだ。



 その車と壁の間からは、大量の血が床をつたい、僕の方へと流れてきた。



「うわあああああ!!!」



 完全に油断していたと言えるのだろうか。高さがあれば大丈夫なんて思っていた、僕が馬鹿だったのだろうか。



 運転席では運転者と思われる男が、頭から血を流し気を失っている。



 助手席には、沢山のお酒の缶が転がっていた。



 すぐに! すぐに時間を戻さなきゃ‥‥!



 全てを拭い去るかのように、僕は校舎を飛び出した。



 正門の方からではなく、自動車の突っ込んできた門の方へと僕は走った。



 人が死ぬ瞬間を見ることに、慣れるなんてことは全くない。



 彼女が死ぬたびに僕は気が狂いそうになり、正気を保つ事だけで必死になる。



 校庭のちょうど真ん中辺りまできて、僕は振り返った。



 ーー校舎に車が突き刺さっている。



 今、目の前にありえない光景が広がっていた。



 二階堂さんは、僕たちがどう足掻こうと、結局は轢かれてしまう運命なのか。



 なにをしても意味がないのだろうか。



 そう心の隅に思いながら、僕は自室でペンダントを握り、衝撃と共に意識をなくした。




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僕の好きな君の笑顔 白石 佐草 @shirashii

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