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 ‥‥私、生きてたの?



 意識がある。長いような短いような、眠っていたような感覚から、目が醒める。



 ーー周りには見慣れた風景が広がっていた。



 なに‥‥? どういう事‥‥? 私、車に轢かれたよね‥‥?



 思い出した瞬間、ズキッと轢かれた時の衝撃が全身に強く残ってるのを感じた。



 どういう事‥‥?



 ーー教室の一番前では、先生が黒板を使い授業をしていた。



「痛っ!」



 その時突然、前に座っていた男の子が大声をあげた。




「どうした宗方?」




「いえ、何でもないです‥‥」




 ああ、宗方くんにまた会えた‥‥。



 その時、黒板の横の日付が目に入った。それを見て、私の中で有り得ない一つの結論にたどりついた。



 時間が‥‥戻ってる。夢じゃないよね?



 軽くほっぺたをつねってみても、目が醒める様子はない。



 現実だ‥‥!



 何故だか分からないけど、時間が戻っていた。



 その時、突然宗方くんがこちらを振り返ってきた。



 いきなりだからびっくりしたけど、またその顔を見れた事が、とても私には嬉しかった。



 ーーただ、彼の様子が少しおかしかった。



「あ、あ‥‥二階堂さん‥‥」



「急にど、どうしたの?宗方くん‥‥?」



 宗方くんは無言でシャーペンの芯を私に渡し、再び前を向いた。



 時間が戻ってるが、全く同じじゃなくて多少の誤差があるという事なのかな?



 それでも芯をくれたのは、前と同じだった。



 ーーそれからの授業の内容は前と同じ。私にとっては退屈だったけど、前に座る男の子の背中を見つめているだけで、今はとても幸せだった。



 今の状況が全く理解できないし、時間が戻るなんてあり得ない話だけど、また宗方くんに会えた、それだけでどうでもよくさえ思えた。



 神様が与えてくれたこの時間を、楽しむ事に専念する事に私は決めた。



 そして昼休み、係という事で先生にプリントを運んでくれと頼まれた。



 前と同じ‥‥。本当に時間が戻ってる‥‥。



 私は沢山のプリントを持ちながら廊下を歩く。



 ‥‥確か前はここでプリントを落として、宗方くんが拾うのを手伝ってくれたんだよね。



 宗方くん‥‥、今回もお願いね‥‥。



 こんな乙女と言っていいのか、分からないような感情のまま、廊下を歩いていると、開いていた窓から強い風が吹いてきた。



 持っていたプリントは、その風に乗ってあたりに散らばってしまった。



 私はそのプリントを拾う素ぶりをしながら、彼が来るのを待った。



 すぐに足音が聞こえてきて、ちゃんと彼は来てくれた。



「二階堂さん大丈夫? 僕も拾うよ」



「ありがとう。宗方くん」



 来ることは分かっていたも同然だったから、私は予め用意していた最高の笑顔を彼に向けた。



 彼は素早くプリントを集めてくれた。



「宗方くんって優しいね。ありがとね」



 折角の二回目なんだし、私は積極的に彼にアピールをしたいと思っている。



 鈍感そうで、あんまり恋愛とか興味がなさそうな彼に、私の事を思い出して欲しいし、それに少しでも私の事を‥‥。



「そんな事ないよ。それに僕は二階堂さんと、仲良くなれたらいいなって思ってるんだ」



「え‥‥?」



予想もしてなかった彼の返答に、私は思わず驚きの声が漏れてしまった。



「ご、ごめんね。いきなりびっくりしたよね? それじゃあ僕行くね」



 そう言った彼は、そそくさとこの場を去っていった。



 ‥‥宗方くん。可愛い‥‥。



 そして私はプリントを運び、教室に戻る。



 基本的に私は教室では、いや‥‥人前では猫をかぶっている。



 つまりは人前での私と、本当の私をはっきりと区別し、使い分けているわけだ。



 学校では周りの人が思ってるような、良い私を演じているだけの事。



 ーーそれは時間が戻っても、当然同じことなのだ。



 この後の授業もいつも通りの私で過ごし、放課後を迎えた。



 前と同じように行動をした方がいいのだろうか? でも、もうあんなに怖い思いをするのは嫌だ‥‥。



 コンビニに寄るか私は悩んで居たのだけど、宗方くんがコンビニの中にいたのを思い出した。


 

 前と同じようにすれば少なくとも二人とも助かると思うので、本当は行きたくないけどコンビニに向かう事にした。



 時間も前と同じくらい。強盗の男の人はまだ居なかったので、とりあえず前と同じデザート売り場にいることした。



 あ、あれ美味しそう‥‥。



こんな時なのに、小腹が空いてるのは前と同じ。



 それがちょっと可笑しくて、少しだけ緊張がほぐれた。



 最近のコンビニのデザートを侮ることは出来ない。値段の割に凄く美味しいものが多いと私は思う。



 そうして美味しそうな、モンブランに気を取られていると、レジの方が騒がしくなっていた。



 前と同じ覆面を被った男が、店員に刃物を突きつけている所だった



 それと同時にチラッと外に目線がいった時に、宗方くんがお店の外にいるのが見えてしまった。



 やばっ‥‥。目があったかも‥‥。



 私は急いで目を逸らし、自分のやらなくてはいけないことに、集中することにした。



 宗方くん、助けてくれた時カッコよかったな‥‥よし! 怖いけど、前と同じようにやればいいんだもんね‥‥。



 私は両手の手のひらにグッと力を入れ、ヨシ! と気合を小さく入れ、その場にしゃがみこんだ。



 男がサイレンの音に気を取られた瞬間、店員がお店を出たと同時に、お巡りさんがお店に沢山突入してきた。



 ここまでは前と同じ‥‥。



 追い込まれた男が私を見つけ、そして人質に取りお巡りさん達を外へと追いやる。



 予定通りだよね‥‥?



 同じ展開とはいえ、流石に刃物を持った男が目の前にいる。ってだけで生きた心地すらしない。



 確か宗方くんはあそこから飛び出してきたっけ‥‥。



 なんて、思いながらそちらを見ていると、チラッと顔を出していた宗方くんと、目があってしまった。



 良かった! ちゃんと居た‥‥!



 ーー私は慌てて顔を逸らし、平常心を保つ。



「あ? お前何見てんだ? そこになんかいんのか?」



 やばいっ‥‥。私のせいでバレたら最悪なことになる‥‥。



「いや、何も‥‥見てないです‥‥」



「本当かよ。まぁいいか。お前はおとなしくしてろよ。ったく‥‥こんなはずじゃなかったのに‥‥」



 気付かれなくて良かった‥‥。もう私は余計な事をしないようにしよう‥‥。



 今の状況は前と同じ。慌てちゃダメだよね。



 そして外からのメガホンの大声が、店内に響き渡った。



「大人しく出てこい!! もう完全に包囲されてるぞ!!」



 私の横にいる男はその声に一瞬、外に気をとられていた。



 この隙に宗方くんは飛び出してきたんだね。



 ーー私の思考とほぼ同時に、宗方くんの大声が店内に響く。



「うわああああああ!」



 私は終結の時を固唾を飲み見守ろうとしていると、予想だにしない出来事が起きてしまった



 ーーガタッ



 飛び出し、手に持っている棒で犯人を強打する筈の宗方くんは、私の目の前で何かにつまづき転倒をした。



「痛てて‥‥」



 嘘でしょ‥‥前と違うじゃん‥‥!?



 目の前に起きている出来事に、私は頭がついてきていなかった。



「おい!」



 低い声と共に、倒れている宗方くんの首元に、男は刃物を突きつけていた。



「あ、あの‥‥」



 ーーガン!!



「うわあ!」



 宗方くんが男を殴るはずだった棒で、逆に男が宗方くんの頬を強打する。



 宗方くんは鼻から血が出ていた。



「おい、立てや!」



男に腕を掴まれ無理矢理起き上がらされた宗方くんは、何度もその棒で顔や全身を叩かれている。



 とても見ていられない光景だった。私は恐怖で涙が止まらなかった。



「お願い! やめてぇ! ねぇ! やめでぐだざい!!」



 犯人にしがみつき、縋るように辞めてくれと頼むことしか、私にはできなかった。



「ちっ、分かったよ。だから離せ」



 一方的な暴力から解放された宗方くんは傷だらけで、顔なんてとても見ていられたものではなかった。



「大丈夫‥‥? 宗方くんごめんね。私のために」



「ううん。心配しないで‥‥助けられなくてごめんね‥‥」



 ガン!



 私たちの横に置いてあったパイプ椅子が、勢いよく飛んで行った。



「んだよ。お前ら知り合いか? 同じ高校っぽいもんな」



 男はこの時に何故か、覆面を外していた。



 たくさんのお巡りさんに囲まれていて、もう諦めたのだろうと思った。



 下手な事をして刺激をしないほうがいいと思い、私は俯いたまま黙っておくことにした。



 なんで宗方くんは転んだんだろう‥‥。前はあんなにカッコよかったのに‥‥。



 もちろん今回の宗方くんが、カッコ悪いというわけではない。



 どちらかというと、そっちよりも私は未来が変わっている事に驚いているのだ。



 ーーしばらくの間、店内は静寂に包まれていた。



「はぁー。もう何しても無理だよなあ‥‥本当はこんなはずじゃなかったんだけどな‥‥」



 ブツブツと男が何か言ってる。



 この人怖い‥‥。



 窓の外には、沢山のお巡りさんで埋め尽くされている。



「もうお前は何をしても逃げられない! これ以上無駄な罪を重ねる必要はないだろう。もう出てきなさい」



 再びメガホンの音声が響いてくる。男は頭を抱えていた



 誰でもいいから私と宗方くんを助けて‥‥、お願い‥‥。



 自暴自棄になった男が、暴れ出さないか私は不安だった。捕まるくらいなら、なんて考え出さない事を祈る事しか私には出来ない‥‥。



 恐怖からなのか、私は自然と手が震えていた。



 ーーその時、私の震えていた両手を優しく宗方くんの手が、包み込んでくれた。



「大丈夫。何があっても僕が君を助ける。これから先も」



 これから先も‥‥?



 多分私を慰めるために、深い意味は無いのだろう。でも、この言葉でさっきまでの恐怖が嘘のように小さくなり、私の全身は熱くなった。



「宗方くん‥‥ありがと‥‥」



 外にいるお巡りさんの声が、またも店内に響いてくる。



「お袋さんが悲しんでるぞ‥‥。いいからもう出てこい‥‥」



 声の方を見てみると、メガホンを持ったお巡りさんの横に、一人の女性が立っていた。



 もしかして‥‥。



 ーーその女性は私の予想通りの人物だった。



「マモル! もうこんな事はやめて! 私は貴方を人を傷つける子に育てた覚えはないわ‥‥!」



 もし自分の息子がこんな事をしていたら、きっと私は悲しくて、そしてとても苦しくなるだろう。



 この女性の今の心境を想うと、とても遣る瀬無い気持ちになってしまう。



「もう! もう!! これ以上、罪を重ねないで!! お願いぃ‥‥」



 この言葉を聞いた男は急に立ち上がり、私達に言った。



「お前らもついてこい!!」



 私達2人を先に歩かせ、後ろから刃物を持ちながら男がついてきていた。



 ーー背後から男の声が聞こえる



「お袋‥‥もう取り返しがつかねぇんだよ‥‥、こんなことしちゃった時点で‥‥」



「そんなことない!! 貴方は優しい子なの‥‥だから、もうやめて‥‥」



 目の前にいる女性は、とても苦しそうな表情をしていた。



「おい。殴ったりして悪かったな。お嬢ちゃんも怖い思いさせて悪かった」



 そう言った後、持っていた刃物を手放し両手を上に掲げた。



 そのまま男は、お巡りさん達に取り押さえられた。



 こうして前回とは全く違ったけど、結末だけでいえば、同じ結果になったと言えるのではないだろうか。



 その後、宗方くんは傷だらけでひどい事になっていたので、病院に連れてかれる事になった。私は警察署で話を聞かれた後に、病院まで送ってもらう事にした。



 私は受付前のロビーで、宗方くんを待つ事にした。



 少しの間、ロビーでぼーっとテレビを眺めていると、宗方くんが奥から戻ってきた。



「宗方くん!!」



「二階堂さんは怪我とかなかった?」



「うん‥‥! 宗方くんは大丈夫‥‥?」



「大丈夫だよ。って言っても説得力ないかな‥‥?」



 たくさんの傷を作りながらも、目の前の男の子は照れ臭そうに笑っていた。



 あんなに殴られていたのに、痛いのは宗方くんなのに‥‥。



 ーーそう思ったらもう止める事は出来なかった



「全‥‥然‥‥ないよ‥‥。」



 次々に溢れてくるものを止めようと頑張っても、さらに溢れてくる。



 今の私は、子供みたいに泣きじゃくってしまってるかもしれない。



「泣かないで。君は笑顔が一番だよ」



 宗方くんが、とてもらしくない事を言った事に私は驚き、そして可笑しくて愛おしかった。



「ふふっ。優しいね。宗方くんは」



 そしてこの後、両親が迎えに来たので宗方くんとは別れる事になった。



 ーー帰りの車内で私は思った。



 未来が変わるどころか、宗方くんが変わっている気がすると。



 もしかして、私の事を思い出してくれているのかな?



 怖い思いをしたはずなのに上機嫌に見える私を、両親が不思議がっていたが、私は気にしない。



 生き返り、そして時間を遡り、宗方くんとまたこんなに話せて、私は幸せでいっぱいだった。




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