三回目。
そして角を曲がる。
予想はしてた。本当は分かっていたんだ。でも、信じたくなかった。
そこにはたくさんのメディア、野次馬、そして壁を突き破り、その車体の8割以上を減り込ませたトラックが目に入った。
救急車などはすでにいなかったことから、二階堂さんはもう運ばれた後なんだと理解した。
戻せるのならすぐにでも時間を戻そうと思った。
意識不明の重体。まだ命を落としてるわけではないけど、命に関わる状態という事に間違いはない
‥‥なんだよこれ。なんなんだよ本当に。
「もしかして‥‥練馬くんか!?」
呆然と立ち尽くす僕の横に、白いプリウスが一台止まった。
その中にはスーツを着た、サラリーマンのような男が座っていた。
「‥‥そうですけど」
今は人と話す気分ではないし、そもそもこの人が誰なのか覚えがない。
「私のこと覚えてないか!? あきるの父だよ!」
「え?」
暗くてよく顔が見えなかったが、よく見て見ると知っている気がする。
「仕事で家に着く寸前、妻から電話が来て‥‥。‥‥これから病院に行くんだ。練馬くんもついてくるか‥‥?」
「え?僕が‥‥?」
「あぁ。早く乗るんだ」
そう言い、おじさんは運転席の横の助手席に置いてある荷物を後ろに移した。
そうして言われるがままに、僕は助手席に乗り込んだ
「ちょっと急ぐぞ」
おじさんはハンドルを強く握り、ただ前を見つめたまま、アクセルを乱暴に踏んだ。
窓の外に見える街灯が、次々と移り変わり、時々目に入る若者たちはワイワイと騒いでいた。
僕は今回、助けられたと確信していた。何かした訳ではないのだが、確かな達成感があった。
なのに‥‥。
さっきすぐにタイムワープをしなかったのは、次も助けられる自信がなかったからなのかも知れない‥‥。
こんなの‥‥どうしようもないじゃないか‥‥。
「あきるが高校に入ってからよく君の話を家でするんだ」
車内に小さく流れていた、ジャズのような音楽の音量をおじさんは下げた。
今の僕の気分とは裏腹に、それは陽気なリズムを刻んでいた。
「僕の話を‥‥?」
「あぁ。引っ越した後もよくしていたんだよ。私の仕事の都合で、あきるには悪いことをしたよ」
声だけ聞くと、おじさんは淡々と話しているように感じる。
しかし、助手席の窓に映るおじさんの横顔は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
ーーそして車内に静寂が流れ始め、おじさんはジャズの音量を上げた。
病院に着き、車を降りてすぐに中に入る。
この時、自分が裸足だという事に僕は気づいた。
スリッパを履き、おじさんと一緒に受付の方に、手術室まで案内をしてもらう。
手術中と書いてあるランプが、真っ赤に点灯をしていた。
つまり今、まさにこの中で手術が行われてるのだろう。
「あなた! あきるが‥‥! あきるが‥‥!」
おじさんに泣きながら、縋り付くように叫ぶ女性。
一目見てすぐに分かった。二階堂さんのお母さんだと。
「落ち着きなさい! 私たちがしっかりしなくてどうする!」
隣にいる僕に、気付く余裕すらないんだと思った。
それも当たり前だ。大切な1人娘が、生死の瀬戸際にいるのだ。
暫くして、おばさんと目があった僕は軽く会釈をした。
そして、僕は前に置いてある椅子に腰をかけた。
ーーそれからずっと、おじさんもおばさんも祈るように俯いている。
何人かの看護師が忙しそうに、手術室に入っては出てを繰り返している。
二時間くらいたっても、その赤いランプは消える事はなく、その間、二階堂さんの両親は一言も口を開いてない。
二階堂さん頑張って‥‥。僕はそう祈ることしか出来なかった。
それからさらに一時間が経ち、身体的にも精神的にも疲れて来た頃、突然にその赤いランプは消えた。
おじさんもおばさんも素早く立ち上がり、扉付近に駆け寄る。
中からはおそらく、手術を担当したと思われる男の人が出てきた。
ドラマや映画で見たまんまの光景に、なんとも言い難い気分に僕はなった。
「あきるは大丈夫なんですか!?」
「‥‥‥‥」
その男の先生は何も言わずに俯いていた。
しかし、何かを決心したように手のひらをグッと握り、強い瞳で両親を見つめた。
「娘さんの命は、繋ぐことができました」
「本当ですか!?」
「はい」
僕はとても嬉しかった。心の底から良かったと思った。
「‥‥ですが‥‥」
先生は少しの間を置いてから、喜ぶ両親を申し訳なさそうに見つめていた。
「な、何かあったんですか‥‥?」
「多分‥‥意識が戻る事はもうないかと‥‥」
「そ、それって‥‥脳死って事ですか‥‥?」
何も言わず、先生は頭を縦に一度振った。
おばさんは泣き崩れ、おじさんはただ呆然と何かを見つめるように、その場に立ち尽くしていた。
中から車輪のついたベッドに、丁寧に寝かされた二階堂さんが運ばれてきた。どうやら病室に運ばれるらしい。
その後、二階堂さんの両親は先生と話があるらしく、居なくなってしまった。
なんて残酷な結末なんだろうか。僕は一体どうしたらいいんだろう‥‥。
過去に戻る回数に、限りがあるかどうかも分からない。だから次の一回を無駄にする事なんて、絶対に出来ない。
ごめんね二階堂さん‥‥もう死なせないって誓ったのに。
ーーその時、看護師さんや外科の先生と思われる人達が、僕の前を慌ただしく走っていた。
そして一人の小さな女の子が、隣の手術室に運び込まれて行った。
あんなにまだ小さいのに‥‥。
しかし。僕にはどうすることも出来ない。それがとてももどかしかった。
隣の手術室の前には、一人の男が立っていた。その男を見て僕は驚いた。
「あの‥‥すみません」
「‥‥‥」
男はこっちを見る事もなく、ベンチに座り俯いている。
「あの‥‥!」
僕が少し声を張り上げたら、やっとこっちを向いた。
その男は、僕の顔を見て驚いているようだった。
「お前‥‥あの時の高校生のガキか?」
「はい‥‥まだ捕まってなかったんですね」
ーー男はコンビニに居た強盗の男だった。
「‥‥俺には歳の離れた妹がいるんだよ。手術には大金が必要なのに‥‥ウチには金がなくてさ」
いつもの僕だったら、別にそんな事は聞いてない。なんて思ってたかもしれない。
だが、外であった時の男とは別人のような男を見ていると、やはり前も思ったように根っこから悪い人じゃないんだと思った。
「‥‥じゃあ強盗もそのために?」
「‥‥‥‥」
男は肯定も否定もしなかった。
「そんなお金で助けられても妹さん。嬉しくないですよ‥‥」
ピクッと男が反応したと思った瞬間に、気づいたら僕は胸倉を掴まれていた。
「じゃあ‥‥!! じゃあ、どうすればいいって言うんだよ!? このまま見殺しにしろってか!? なぁ!?」
僕は何も言えなかった。何を言ったらいいのか、本当に分からなかった。
「あんな強盗くらいじゃ全然足んねえんだよ‥‥。くそぉ‥‥、それで今夜急に病状が悪化したって‥‥、金さえあれば直ぐにでも手術をしてくれるって言ってたのによ‥‥」
僕の胸ぐらを掴む手が解かれ、男は小さく、「悪い」と一言だけ言った。
これ以上僕はここには居ない方がいい気がして、再び二階堂さんを助ける為に家に帰ることにした。
流石に裸足で帰るのは気がひけるので、どうせ過去に戻るならと、スリッパを履いたまま帰ることにした。
まだ外は暗く、そして薄気味悪かった。
歩いて帰るには少しばかり遠いいのだが、色々と考える時間が欲しかったので、それも悪くないと思った。
夜風が木々を揺らし、ザワザワと音を立てる。頭上ではまだ満月が、綺麗にこちらを照らしていた。
このループに慣れてきている自分が、とても恐ろしく感じている。二階堂さんの死にだってそのうち‥‥。
僕はこの先を考える思考を、強制的に停止させた。
助けてあげたい人が、もう1人増えてしまった。
正直、二階堂さんを助ける事もままならないのに、何を思ってるんだと思う。でも可能性があるなら、僕はそれに賭けてみたい。
見てしまった。知ってしまったからには、あの男も、そして小さな女の子もほっとけなかった。
ーーその時、唐突にループが出来なくなる可能性が脳裏をよぎった。
今はそれが一番怖い。
あの時、二階堂さんを無事に家に送り届けるだけではダメだった‥‥。
じゃあ、どうしたらいいんだよ‥‥。
考え続けても、なんの答えも出ないまま長い家路も終わりを迎えた。
家に帰ると両親はまだ寝ていた。静かでくらいリビングにいるのが、無性に怖くなった。
僕は部屋に戻り、すぐにインターネットで大金を手に入れる方法について検索した。
過去に戻れるわけだが宝くじではダメだ。結果発表がすぐに行われる訳ではない。
大金を手に入れてすぐに手術をしなければ、あの女の子は間に合わない。今夜には病状が、悪化してしまうのだから。
色々と調べたが地方競馬というものを見つけた。これなら平日に行われてるし、僕は詳しくは分からないが、昨日行われている順位を暗記しておけばいい。
あとはあの男に出くわした時に、教えてあげれば良いはずだ。
それであの少女は救われるのではないか?
二階堂さんの事はやはり何が起こるのか、その時まで分からない。結果、僕が対処する他ないと思った。
ポケットからペンダントを取り出し、僕は胸元で祈るように目を瞑った。
これまでタイムリープした時には、この部屋でこのペンダントを握っていた。
それが条件なのだと、今のところ僕は結論づけている。
‥‥さあ! 飛べ!!
ーーしかし、何も起こらない。
なんで‥‥!?
すぐに使わなかったからか? いや、それとも他に条件があるのか‥‥?
返り血で赤く染まるとか‥‥? いや、普通に考えてそれは無理だ‥‥。
だが否定は出来ない‥‥。
他には‥‥、二階堂さんが死んでる事とか‥‥?
ダメだ。何を考えているんだ僕は‥‥。
嫌な汗が額から流れる。頭の中が真っ白になりかけるのを、必死に留める。
ーー心臓の鼓動が早くなってきた。
もしかして、もう戻れないのか‥‥?
ジョーダンじゃない。僕はペンダントの握り方を変えてみたり、向きを変えたりと、工夫に工夫を重ねたが、何も起こらなかった。
‥‥終わった。
僕は、大事に握っていたペンダントを壁に投げつけ、その場に崩れ落ちる。
二階堂さん‥‥。二階堂さん‥‥。助けられなくてごめんなさい‥‥。
チャンスはあったはずなのに、僕はそれを全て無下にしてしまった。
僕は二階堂さんを助けられなかった。
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