三回目。

 ーーその後、普通に登校し、普通に授業を受け、普通に放課後を迎えた。



 トントンと時間が経ったが、僕の戦いはこれからなのだ。



 とんでもなく未来が変わっていたが、やはり油断は出来るはずもない。



 あの時の、目の前で轢かれた二階堂さんの姿が脳裏をよぎる。



「オエェ‥‥‥」



 まったく二階堂さんの面影が無かった、残酷なまでのその姿を思い出し、胃液が上に上がってくる。


 堪らないくらいに、不快な感覚が喉の奥を刺激する



 ーー今度こそ助ける。絶対に。



 と、思っていた矢先‥‥二階堂さんに帰ろうと誘ったが、断られてしまった。



 あまりに断られたショックが大きく、そのショックでも僕は吐きそうだ‥‥。



 仕方ないか‥‥バレないように後をつけるしかないよね‥‥。



 もはやストーカーの行為なので、正直こんな事はしたくはないが、僕は二階堂さんの後をつける事にした。



 ‥‥勿論、僕の誘いを断って何をするのかなんて、興味がある訳じゃない。




 ストー‥‥、いや‥‥二階堂さんの身を守るのにおいて、今一番気をつけるべきは自動車になるだろう。




 過去二回中、二回とも自動車に二階堂さんは轢かれてしまっている。



 今回も何かあるとしたら、警戒に越した事はない。



 そして、二階堂さんはいつも通りにリュックに筆記用具などを詰め、教室を出て行った。



 ーーそして、ここから僕の極秘スパイ作戦が始まった。



 まず顔を見られた時点でゲームオーバーという、非常に難易度の高いクソゲー仕様となっている。



 しかもバレた暁には、嫌われる可能性もなきにしもあらず、非常に高難易度のミッションに、僕は挑もうとしているのだ。



 廊下はまだたくさんの生徒で賑わっているため、ここは少しだけ難易度が抑えめになっている。



 そのお陰か、難なく学校を抜け出すところまでは漕ぎつけた。



 一体、どこに行くんだろうか‥‥。



 ーーこのミッションの成功条件は、彼女を無事に家に送り届ける事。



 ーーそれ以外はすべて失敗だ。



 二階堂さんを、もうこれ以上死なせるわけにはいかない。



 ーー校門を出た彼女は、僕と前に帰った道を歩き出した。



 やたらと周りをキョロキョロと気にしてるような、不思議な素振りを見せながら、足を進めているように見える。



 僕は三、四十メートルくらい遠くから、その後をついて行く。



 もっと近くに寄っていたいが、流石にストーカーのレッテルを貼られるのは辛い。



 怪しい動きをした車がないか、僕は細心の注意を払う。



 だが、その注意の甲斐もなく、何も起こる事はないまま、二階堂さんは自宅と思われる建物に入って行ってしまった。



 え?これは、周りの出来事が変わったから二階堂さんは轢かれなくて済むのか‥‥?



 ‥‥別に、拍子抜けしたわけではない。



 ‥‥ただ何も起こらない事に驚いただけで、こんなに簡単に救うことが出来た事で、今までの頑張りは何だったのかという気分になっただけ。



 家の前で見てたらそれこそ本当のストーカーだよね。帰ろうかな‥‥。



 ーーこうして、二階堂さんを自宅に送り届けるというミッションは、いとも簡単に達成されたのである。



 そうして僕が来た道を戻っていると、背後からの聞き覚えのある声に呼び止められた。



「よお練馬!何してんだ!」



 ーー恵比寿である。



「お前はまったくブレないね‥‥」



「何の話しだ?」



 恵比寿は可愛いらしく首を傾げているが、その姿は全くをもって可愛らしくはない。



「いや、こっちの話だよ」



「ふーん、変な奴。じゃあ俺急いでるからさ、またな!」



 そう言ってブレない男、恵比寿孝は去って行った。



 もうこの恵比寿を見ることもなくなるのか、全然寂しく無いな‥‥。



 あいつだけは時が戻っても、本当にあいつのままで居続けていたな‥‥。



 そんなこんなでいつもより遠回りの道で、僕は帰宅した。



「ただいまーー!」



 帰って来た僕を見て、母はすぐに反応してきた。



「あんた、なんか機嫌いいわね」



 自分ではそんなつもりは無いのだけど、態度にでてしまっているのだろうか



「まぁね。」



 そして、ご飯を食べてお風呂に入りゆっくりと過ごす。



 止まっていた時計の針が、ようやく前に動き出した。思い返すと僕がどうこうしようとした事は、実はあんまり意味がなかったのかも知れない。



 少し気になるのは、僕が何もしてないのにも関わらず、過去も未来も大きく変わっていた事だ。



 ‥‥まぁ、解決したしいいか。



 ーーしかし。僕はこの時、全てが解決していたと勝手に思い込んでいただけだった。



 ーー何一つ変わってはいなかった事に、僕はまだ気づいていなかった。





 お風呂から上がり、リビングに戻ると、そこにはもう母親も父親も寝静まり、電気の灯りがついているだけの、殺風景な空間が広がっていた。



 長く浸かりすぎたせいか、身体中がぽかぽかと暖かい。



 それから洗面所に戻り、口笛を吹きながらドライヤーの冷風で、髪を乾かしていく。



 ふと、お風呂に入る際にポケットから取り出したペンダントが目に入る。



 このペンダントがあればいつでもタイムワープが可能なのかな‥‥。



 ものすごいものを手にした気がするが、実際タイミングすら定かでは無いものであって、実用的では無い。‥‥気がする。



 髪も乾き、喉が渇いたのでリビングに戻り、冷たい麦茶をコップに注ぐ。



 銭湯では風呂上がりにコーヒー牛乳! が定番だが、僕の中では風呂上がりは麦茶に限る。



 特に冷えた麦茶に、さらに氷を加えて飲む。これが最高に美味いのだ。



「ふう。」



 ソファーに座り、テレビのリモコンを手に取る。



 なんか面白い番組やってないかなー。



 順番にチャンネルを変えて見たが、特に興味を惹かれるものはなかった。



 ‥‥まぁ、ニュースでも見るか。



「ぷはぁ〜〜」



 麦茶が五臓六腑に染み渡る。大人たちのビールもこんな感じなのだろうか。



 目の前のニュースに映っている通り、様々な事故や殺人事件。そしてパワハラ問題が今、世間を賑わせている。



【速報です。大型のトラックが暴走し、民家に衝突したとのことです。】



 ニュースキャスターのお兄さんが、話してる内容がフワフワと聞こえてくる。



 トラックの暴走か‥‥、しかも民家に衝突ってやばそうだ‥‥。



【現場にいる山田さんに繋ぎますね。】



 空になったコップに、僕は再び麦茶を注ぎにいく。



【はい! こちら現場の様子ですが、トラックがこちらの民家の一階部分に減り込み、こちらに住んでいたの17歳の女性が1人、意識不明の重体との事です。】



 家にトラック突っ込んでくるなんてやばいだろ‥‥。ん?



 その時、テレビに映った風景に見覚えがあるような気がした。



「‥‥え?」



 記憶の奥にある風景が、頭の中でフラッシュバックする。



 目に入るのは、一軒家の一階部分にトラックが減り込んでいるという異様な風景。



 しかしその家は、昼間に二階堂さんが入って行った家に似ていた。



 ‥‥17歳の女性‥‥? そんな、まさかね‥‥。



 たまたま似ていただけ。そう思いつつも、僕のコップを持つ手は震えていた。



 ーーテレビの左上、LIVEと書いてあるその横。そこには、僕たちの住んでいる地域が示されていた。



 ーー僕は目を疑った。



 見間違いであって欲しかった。



 なんで‥‥そこまでして彼女は死ななければいけないのか‥‥?



 運命が彼女を殺したがっていると、そうとしか思えない。



 持っていたコップが、手からスルリと抜け落ち、鋭い衝撃音とともに足元に、砂のように散らばっていく。



 その上を踏みつけ、僕は気がつくと靴も履かずに走り出していた。



 ーー暗い夜道を必死に走る



 星が綺麗で、そして今日は満月だった。



 まだ信じてない。別の場所かもしれない。



 そう思わずにはいられなかった。家にトラックが突っ込む? そんなことそうそうあってたまるか。



 息が苦しい。肺に酸素が足りてない。掠れた吐息が、無限に繰り返されていく。



 あそこだ! あそこの角を曲がれば二階堂さんの家だ!



 その時、遠くから見てもわかるような明るさと、ざわざわとした人々の声が聞こえてきた。



 その不自然な光景を、僕は見つめながら走り続けた。



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