昨晩は家に着くなり、すぐにベッドに横になる。そうして、気がつくと朝になっていた。



 思い返してみても私はあの時に、ちゃんと轢かれていたはずだった。



 ちゃんと轢かれたというのはなんだかおかしいかもしれないが、そう思うくらいしっかりとその時の感覚が残っている。



 でも寝て、また起きた時に昨日からしっかりと今日になっていて、やっぱり時間がちゃんと戻っている。これは夢じゃないと、私は実感した。



 もしかしたらこっちが現実で、そもそも初めの方が、予知夢的なものなのかもしれない。



 お母さんが作ってくれた朝ごはんは、前も食べたものとまるっきり同じものだった。



 そこでも改めて私は、過去に戻っているという事を感じた。



 起きる出来事も、だいたい同じになってるのかな?



 ーーしかし、私はこの時に恐ろしい事に気がついてしまった。



 逆に気がついてなければ、と考えるとそっちの方が恐ろしいけど‥‥。



 それは、私はまた死ぬのか‥‥? という事だ。



 今までの事は変わっていたこともあったけど、結末は前回とほとんど同じだった。



 考えたくないけど結末が同じって事は、どう足掻いても無駄って事なのかな‥‥?



 そう考えだすと居ても立っても居られなくなって、自然と家を飛び出し、学校に向かっていた。



 時間的にいつもよりとても早いけど、家にいると色々と考え込んでしまうから、これでいいと思う。



 履き慣れたローファーの音がコツコツと鳴り、歩き慣れたいつもの通学路をなんとなく通り過ぎる。



 背後から車の音が聞こえると、体が一瞬強張ってしまうのは仕方ないことだけど‥‥。ちょっと心臓に悪い気はする。



 そして遠目からでもその大きさが分かる建物が、道の向こうに見えてきた。



 外から見る感じ、全く中に人が居そうな気配を感じる事は出来ない。



 下駄箱で靴を履き替えている時には、シーンとあたりは静まり返っていた。



 うん。なんか良いなぁこういうのも。



 全く人気がないのも、朝練の時間よりも随分と早いからだ。



 とりあえず自分の教室へと足を運ぶと、教室の中に誰かいる事に気づいた。



 誰だろう‥‥。あれ‥‥そこって、私の席じゃないっけ‥‥?



 制服をみたところ男子生徒と思われる生徒が、私の席の上で何故かうつ伏せになっている光景が、目の前に広がっている。



 なんで私の席なんだろう‥‥。



 私の足音にも反応する事もなく、その生徒は動く様子もなかった。



 ーー私はとりあえず、顔を見てやる事にした。



 あれ? 宗方くん!?



 そう。宗方くんが私の席で眠っていた。



 すぐ前に自分の席あるのに。



 ただ敢えて私の席に座ってるのだとすると、そういう事もあり得たりするのかな‥‥?



 まぁそんな事考えても、分からないから意味ないけど‥‥。



 私は、前にある宗方くんの椅子に腰をかけ、宗方くんの寝顔を眺める事にした。



 ふふっ。小さい頃に見た寝顔と変わらないなぁ。



 軽くほっぺたを突いてみるが、彼は何の反応も見せない。



 し、死んでる‥‥!?



 そんなバカな事を考えながら、スマホで寝顔を何枚か私は撮影してみた。



 ふふっ。こんな所で寝てるのが悪いんだからね。



 この時ふと我に返り、周りを見渡したがまだ人が来る気配は全くなかった。



 もうちょっといいよね‥‥?



 私は心の中で誰かに確認を取るように呟き、そして彼の頭を軽く撫でながら、夢中で寝顔を眺めていた。



 数分の間そうしていたけど、もし誰かにこの光景を見られたら恥ずかしいので、宗方くんを起こす事に決めた。



 もし起きたとしても、この教室の中で宗方くんと、二人っきりという事に変わりはないし。



「おーい。宗方くーん」



何度か呼びかけても、全く起きる様子がない。



 やっぱり昨日の件で結構疲れてるのかな‥‥?



「宗方くーん。ねぇ」



 本当に何の反応もないし‥‥。



 全く起きそうもない彼の耳に、私は唇を近づけて小さく囁いた。



「宗方くん‥‥。好きだよ‥‥」



 ‥‥やはり何の反応もなかった。



 むしろ反応がなくて良かった。反応があったらこんな事恥ずかしくて、どうにかなってしまう。



「‥‥宗方くん」



 そうして何度か呼んでいると、突然彼は起き上がった。



「あ。起きた!」



 勢いよく起きた彼は、不思議そうな顔で私の顔を見ていた。



「登校して来たら、私の席で寝てるんだもん。驚いたよ!」



 私の言葉を聞いた彼は、辺りをキョロキョロと見渡した後に、時計を見た。



 寝ぼけてるのかな‥‥?



「ご、ごめん」



 むしろ嬉しかったから大丈夫だよ。と言いたかったけど私にそんな勇気は勿論ない。



「ううん。全然大丈夫だよ。寝顔も見れたしね?」



 そして私は微笑む。これが今の私の、精一杯なのだ。



 これでも頑張った方なんだよ? 本当に。



「二階堂さん登校早いね。なんか用事でもあったの?」



「なんか‥‥居てもたってもいられなくてね」



「そっか‥‥。僕も一緒だ‥‥」



「宗方くんも? ふふ。奇遇だね」



「うん。なんだか嬉しいよ」



 こうして落ち着いてちゃんと話すのは久しぶりで、少し緊張している自分がいて、それが新鮮でなんかこそばゆい。



「目、まだ腫れてるね‥‥」



「腫れてるだけで痛くないし大丈夫だよ。本当に」



 私を守ろうとしてくれてたんだもんね‥‥。



 無意識に私は、宗方くんの目の傷を軽く撫でた。



「昨日はありがと。そして私のためにごめんね」



「何も二階堂さんは悪くないよ。僕が勝手にコケただけだし‥‥」



 宗方くんはコーヒー牛乳をゴクゴクと飲んでいる。



 喉が渇いていたのだろうか?



 ‥‥彼が覚えているか、ちゃんと聞くチャンスは今しかないよね‥‥。



「ねぇ、宗方くん? このペンダント見覚えない‥‥?」



 このお揃いのペンダントを、覚えててくれてたら嬉しいな‥‥。



 宗方くんは私の渡したペンダントを、不思議そうに見つめている。



「あの‥‥二階堂さん。多分僕も同じものを持ってるんだけど‥‥」



 この反応、覚えてはないみたいだけど‥‥、ちゃんと持ってくれてるんだ‥‥。



「今も持っててくれたんだ。嬉しい‥‥」



「あの‥‥僕と二階堂さんは、どこかで会ったことあるの‥‥?」



 ーー言うなら今しかない。私はそう思った。



「えーとね。実は‥‥」



 ーーガタン!!



「おはようっす練馬!!」



 突然扉が開き、一人の男子生徒が勢いよく教室に飛び込んで来た。



 この生徒は、たまに宗方くんと話しているのを見かける。



 確か‥‥恵比寿くんだっけ‥‥?



「ああ、おはよう」



「あれ。誰かと思えば二階堂さんじゃん。こんな奴と2人きりでどうしたの?」



 宗方くんはこんな奴ではない。そう訂正してやりたいと私は思ったが、それは喉の奥に閉じ込めて、いつも通りに猫を被る事にした。



「えーとね。最近、宗方くんと仲良くなってね‥‥。あれ、仲良いよね私たち‥‥?」



「うん。仲良いと思う!」



「そっか。良かった。私の片思いじゃなくて‥‥」



「片思い‥‥?」



「ああ! いや! そう言う事じゃなくてね! 友達と思ってるのがってこと!! ね!?」



 片思いについては、本当は当たっているのだけど、この流れではこのように否定せざるを得ないと思う。



「分かってるよ。ちょっと面白そうだから反応しただけだよ」



 宗方くんは、楽しそうにニヤニヤしていた。



「意地悪だなあ宗方くん」



「おいおい。いつの間にそんなに二階堂さんと仲良くなったんだよ‥‥」



 この時、私は恵比寿くんの存在を忘れていた。そしてたった今、彼の存在を思い出した。



「まぁ、色々あったんだよ僕たち。それよりこんなに早く来るのは珍しいね?」



「あ! 俺、職員室に行かなきゃなんだよ‥‥、じゃあまたね二階堂さん!」



 そう言い残し、恵比寿くんは慌ただしく走り去っていった。



 この2人の関係は、なんだか私には羨ましい。



 何の気遣いをすることもなく、そして対等であるこの感じが。



「2人は仲が良いんだね。羨ましいな」



「まぁ、あんな感じだけど良い奴だからね」



「私は友達って言う友達がいないから‥‥」



「僕も似たようなものだよ。それに二階堂さんには僕がいるから」



彼はさらっと、このような言葉を私に言ってのけた。



 僕がいるから。それは私にとっては様々な意味で衝撃的だった。



「うん! そうだね! ありがと宗方くん!」



 そして教室にぽつぽつと、他の生徒たちが登校し始めたので、お互いに席を座り直した。



 周りに人が居たりすると、宗方くんは全く話しかけては来ない



 宗方くんに限らず私もだけど‥‥。



 なんだか見られてるように、過剰に感じてしまいこそばゆいから‥‥。



 そして授業が始まった。この授業をするのは私は2回目だから聞く必要はない。けどノートには字を書かなければいけないのが、少々めんどくさい。



 考えてみると結果的に早くに家を出て正解だった。



 気晴らしにもなったし、今になるまでこの不安な気持ちを私は忘れていた。



 だけど、こうして静かな空間で冷静になると、嫌でも感覚がフラッシュバックしてくる。



 ーー轢かれた瞬間の記憶と痛みが、こうして何度でもぶり返して来る。



 ‥‥このまままた私は死ぬのかな。



 できれば死にたくはない。今日の帰りはあの車には注意しなくちゃいけない。



 宗方くんとこんなに仲良くなれた今の未来を、私はもっと見たいから。



 全く授業に集中は出来ない。でも一度聞いた訳だから、聞く必要も無かった訳で、私は予想される未来に怯えながら、1日を過ごした。



 ーーそして放課後を迎えた。



宗方くんと帰ろうか私は悩んでいた。前回は確か放課後になって、すぐに私は宗方くんを誘った。



外に出るのが私は怖くて、まだ席に座ったまま、何も書いていない黒板を見つめていた。



 前の席には、宗方くんも帰らずに座っていた。



 人もだいぶ減ってきたし、やっぱり宗方くんと帰りたいな‥‥。



「むーなかーたくん」



「な、なに?」



「一緒に帰らない‥‥?」



 前回誘うときもすごく緊張したけど、今回も負けないくらいドキドキする。



「ぜ、是非‥‥」



この時の宗方くんは、何やら落ち着かないように見えて、それでいて頼もしいような感じがした。



 廊下を歩いている時、宗方くんが言った。



「二階堂さん喉乾かない? 昇降口の前の自販機寄ってかない?」



「うーん。そうだね寄ってこうか」



別に私は喉が渇いていないけど、あんまり外に出たくないからちょうど良いと思った。



いつもはコーヒーは甘いの、と決めているけど、今日はブラックが飲みたいと思い、普段飲まないブラックコーヒーを喉に流し込んだ。



 苦いなぁ‥‥。



「じゃあ宗方くん。そろそろ行こうか?」



「うん! そうだね」



 そして靴を履き替え、下駄箱を出た時に、宗方に寄り道を提案することにした。



 ーーもうちょっと、彼と一緒にいたかったから。



宗方くんはすんなりオッケーをしてくれたけど、しきりに時計をチラチラと確認しているようだったのが、私はショックに感じた。



 何か用事があるのかな‥‥? ボディガードなんて思って、付き合わせたらダメだよね‥‥。



「じゃあ、私の家こっちだからここまででいいよ?」



私の勝手で、宗方くんに迷惑をかけたらいけない。一人で気をつけて帰ろうと思い、そう言い残し私は彼に背を向けた。



「あ、あの!」



 ガシッ



 後ろから宗方くんに私は手首を掴まれた。とっさに振り払えないほどに力強く。



「何‥‥?」



「い、家まで送って行きたいかも‥‥」



 ーー私はこの時に、彼には咄嗟に不思議そうな顔をして見せた。



 でも内心ではこのような展開を望んでて、期待していた。



 その上で素っ気なく帰る素ぶりを、今見せたのだ。



 恋は駆け引きとかなんとか聞いたことがあるけど、まさにそれに当てはまるのかもしれない。



 それとともに私はずるい女で、宗方くんが思ってるほどピュアではないと思う。



 でも本当の私。つまり、猫を被っていない自分を知られるのは怖いから、私は私を演じ続ける。



「なんだか分からないけど‥‥、送ってくれるなら嬉しい」



「ほんと!?」



 期待はしていたけど、まさか家まで送ってくれるなんて言ってくるとは、私は思ってもなかった。



 精々もうちょっと居たい。そう言われれば嬉しいな、くらいにしか思ってはなかったけど‥‥。



 送ると言った彼の方が、私より嬉しそうな顔をしてるように感じた。



「うん! じゃあお願いするね!」



二人で歩き出そうとした時、ここ数日の中でよく聞いた声が聞こえてきた。



「あれー! 練馬と二階堂さんじゃん!!」



「またお前か孝‥‥」



「またってなんだよ!! またって!」



「ごめん。こっちの話だよ」



 宗方くんと恵比寿くんが、仲良さそうに話しているのを私は見守る。



 本当仲良いよね‥‥。



 他の女子生徒達が、私の事をお堅いなんて話しているのを、たまたま聞いてしまったことがある。



 殆どの生徒が私に対して、そう言った印象を持ってるのだろうなぁと考えると、少し悲しいけど、でもそれだけ猫を被るのが上手いと言う事にして、いつも耳を塞いできた。



「それより二人って‥‥、もしかして付き合ってるの?」



 え!? 私たちそう見える‥‥!?



「ぼ! 僕たち!?」



「お前ら以外に誰がいるんだよ‥‥」



「ぼ、僕なんかが二階堂さんと付き合えるわけ無いじゃないか!?」



 そんなことない‥‥!



私はこの真っ赤な顔を、二人に気づかれないために俯き、話を聞いてないフリをするような幼稚な対応しか出来なかった。



「えーそうかあ? 仲よさそうに見えるし」



チラッと2人の方を覗くと、宗方くんが私の方を見ていた。



 恥ずかしいから見ないで‥‥。



「まぁ、俺忙しいから行くわ! じゃあね二人とも!」



 恵比寿くんは去っていった。あの慌ただしさにはとてもデジャブを感じた。



「じゃあ、行こっか‥‥?」



「う、うん」



まだ顔が赤い気がして、顔を上げることが私は出来ない。



 カップルと見られてると思うだけで、緊張する‥‥。



「ごめんね。孝が変なこと言って‥‥嫌な気分にさせたよね‥‥?」



「嫌じゃないよ!? あの‥‥他の人から見たら私達、付き合ってるように見えるのかなって‥‥?」



「そう見えるのかな‥‥? そんな風に見られて僕は嬉しいけど‥‥」



 そう言い、宗方くんは私より前を歩き出した。



 付き合ってるように見られて、宗方くんも嬉しい‥‥?



「私も‥‥嬉しいよ‥‥」



「あの! 二階堂さん! 僕!!」



 前を歩いてた宗方くんが振り返り、何かを言いかけた時、彼の表情が突然変わった。



 それは私ではなくその後方を見ていて、私が振り返ると同時に彼は走り出していた。



 彼が見ていた先、そこには大きな道路があり、少年がまさに轢かれそうになっていた。



 ーー私も宗方くんを追いかけ走り出す。



 何かを考えるよりも先に、私は彼を追いかけていた。



 宗方くんは少年を抱きしめるように覆い被さる。



 ーーそれじゃあ二人とも轢かれちゃう!?



 私は宗方くんと少年を、思いっきり道路から押し出した



 ーー次の瞬間、全身に衝撃が走る。目に見えている視界が目まぐるしく回り、私の体は宙を舞い、アスファルトの地面に何度も叩きつけられた



 体は動かなかった。真っ暗になりそうな視界には、こちらに駆け寄ってくる宗方くんが見えた。



 彼が私の元にたどり着く前に、私の視界は赤黒く染まった。



 ーー薄れゆく意識の中で、宗方くんが私を呼ぶ声だけが聞こえた。



 ‥‥これだけは伝えなきゃ‥‥。



 暗闇だった視界に、宗方くんの顔が一瞬だけ写り、私は最後の力を振り絞り、唇を動かした。



 ーーその後、私の意識は完全に失われた。






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