retry。

 昨日の夜はあまり寝られなかった。



 体が痛かったわけではなく、どちらかと言うとドキドキのような状態に近い気がした。



 正直の所、助けられない気は全くしないのだ。



 そんな事を、白い部屋の天井を見上げながら僕は考えていた。



 この日、僕はいつもよりも早く登校する事にした。



 なんとなく居ても立っても居られなかったし、早く彼女に会いたかった。



 朝登校中に命を落とす。なんて事はないとは思うけど、それでもゼロじゃない限り完全に信じることができなかった。



 眠い‥‥。



この尋常じゃない眠気を覚ますために、朝からコーヒーや栄養ドリンク、思いつくものを全て試した。



 この1日を乗り切ればいい。なんとなくそう思う。



 歩き慣れた住宅街、そして商店街。そこを抜ければ小さな雑木林が立ち並んでいる



 その木々の間から陽の光が漏れて、軽く僕を照らした。



 眩しい‥‥でも少しだけ目が覚める。



 そしてもう一度気合いを入れ直し、校門を通り抜けた。



 流石に早かったせいか、生徒はおろか先生さえも目にする事はなく、その静かな校舎はまるで、鎌倉の大仏を思わせる佇まいのようであった。



 昼間のお墓のように、神聖な場所に感じた。



 本当に誰も居ないな。ちょっと早すぎたかもしれない‥‥。



自動販売機でコーヒー牛乳を買い、静かな廊下に響く僕の足音を聞きながら教室を目指す。



 静かなのは好きだ。なんだか心地がいい。



 そして、教室の扉を開ける。その教室には誰かがいる事は当然なくて、静かにその時を待っているかのようだった。



 なんとなく。本当になんとなく僕の真後ろの席に腰を下ろす。



 もし誰かにこの光景を見られたら、大変なことになるな。なんて少しの罪悪感と胸のはやる鼓動を感じながら、コーヒー牛乳を口に運ぶ。



 待てよ。これって変態じゃないのか‥‥?



 よく好きな子のリコーダーを舐めたりとか、掃除中にその子の机を運ぶとかよく聞いたりはする。



 リコーダーを舐めるに比べたらこれくらい‥‥ね?



 誰かに伝えるわけではないが、これは僕の名誉の為に改めて確認する。リコーダーを舐めたことなんてない。本当です。



「あはは」



 アホなことを考えていたら緊張感が少し取れた。



 そしてなんだか眠くなってきたな‥‥。まだ時間はたっぷりあるし、少しくらい‥‥。



 その睡魔の誘惑に乗せられるがままに、僕は机にうつ伏せになり目を閉じた。








「‥‥‥‥‥‥‥ねぇ」



「宗方くん‥‥‥‥‥」



 遠くの方で声が聞こえる気がする。



 あれ? 今何してたんだっけ?



 あ!?



「あ。起きた!」



 目を覚ますと目の前の席に、二階堂さんが座っていた。



「登校して来たら私の席で寝てるんだもん。驚いたよ!」



 慌てて周りを確認するが、二階堂さん以外に人の姿は無かった。時間にしても寝てから僅か15分くらいしか経ってない。



「ご、ごめん」



 やばい‥‥。これは変態だと思われたんじゃないだろうか‥‥。



「ううん。全然大丈夫だよ。寝顔も見れたしね?」



 そして彼女は笑っていた。



 本当に。本当に僕はこの笑顔が好きだ。彼女のこの笑顔を守りたいんだ。



「二階堂さん登校早いね。なんか用事でもあったの?」



「なんか‥‥居てもたってもいられなくてね」



 2人きりでいる時の彼女は、学校でいる時の彼女とは違いなんだか柔らかく、そして儚い。



「そっか‥‥。僕も一緒だ‥‥」



「宗方くんも? ふふ。奇遇だね」



「うん。なんだか嬉しいよ」



 この広い教室にたった2人だけで、しかも二階堂さんと居られるなんて夢のようだった。



 心臓がバクバクなのを、気づかれなければいいけど‥‥。



「目、まだ腫れてるね‥‥」



「腫れてるだけで痛くないし大丈夫だよ。本当に」



 彼女の手がスーッと僕の目元に伸びて来た。軽く触れそして離れていく。



「昨日はありがと。そして私のためにごめんね」



「何も二階堂さんは悪くないよ。僕が勝手にコケただけだし‥‥」



 手がコーヒー牛乳に自然と伸びる。あれだけ仲良くなりたいと願っていたのに、いざ2人きりになると何を話していいのか全くわからない。



 何か、何か話題はないだろうか!?



「ねえ、宗方くん?このペンダント見覚えない‥‥?」



 二階堂さんはワイシャツのボタンを外し、首元にぶら下がっていたペンダントを僕に渡した。



 改めてちゃんと見たが、これは僕のと同じものだ。



「あの‥‥二階堂さん。僕も同じものを持ってるんだけど‥‥」



 僕のペンダントには血がこべりついているため、見せる事はやめた方がいいと思った。



「ちゃんと持っててくれたんだ‥‥。嬉しい‥‥」



 え? まるで前に僕がもらったかのような言い方をするな‥‥。たまたまお揃いだっただけじゃないのか‥‥?



「あの‥‥僕と二階堂さんはどこかで会ったことある‥‥?」



「えーとね。実は‥‥」



 ガン!!



「おはようっす練馬!!」



 突然扉が開き、1人の男子生徒が勢いよく教室に飛び込んで来た。



 ーーそう、恵比寿孝である。



 本当、お前はいつも邪魔なタイミングで来るよなあ‥‥。



 まぁ時間にしても、ぼちぼち朝練の生徒なども来る時間になっていた。



「ああ、おはよう」



「あれ。誰かと思えば二階堂さんじゃん。こんな奴と2人きりでどうしたの?」



 こんな奴って‥‥お前に言われるのは心外だよ‥‥。



「えーとね。最近、宗方くんと仲良くなってね‥‥仲良いよね私たち‥‥?」



二階堂さんは言葉を詰まらせ僕に尋ねた。この言葉は僕にとっては最高に嬉しかった。



「うん。仲良いと思う!」



「そっか。良かった。私の片思いじゃなくて‥‥」



「片思い‥‥?」



「ああ! いや! そういう事じゃなくてね! 友達と思ってるのがってこと!? ね?」



 慌てている二階堂さんも本当に可愛い。



「分かってるよ。ちょっと面白そうだから反応しただけだよ。」



「意地悪だなあ宗方くん」



恵比寿の存在忘れるかのように、2人で盛り上がっていると、恵比寿が楽しい会話に割り込んで来た。



「おいおい。いつの間にそんなに二階堂さんと仲良くなったんだよ‥‥」



「まぁ、色々あったんだよ僕たち。それよりこんなに早く来るのは珍しいね?」



「あ! 俺、職員室に行かなきゃなんだよ‥‥じゃあまたね二階堂さん!」



 恵比寿は慌ただしく教室を出て行ってしまった。



「2人は仲が良いんだね。羨ましいな」



 仲が良いのだろうか? まぁ仲は良いのかな?



「まぁ、あんな感じだけど良い奴だからね」



「私は友達って言う友達がいないから‥‥」



 確かに今まで二階堂さんが誰かと一緒にいるのを、あまり見たことがない。



「僕も似たようなものだよ。それに二階堂さんには僕がいるから」



 言って思った。



 あーー! またやってしまったあ!! これはイケメンが使うセリフだろおおお。



「うん! そうだね! ありがと宗方くん!」



 なんて‥‥なんて、純粋な心を持った子なんだ‥‥。二階堂さんの親御さんに、最大の敬意を払います。



 ぼちぼちとクラスの生徒たちが登校して来たので、それぞれの座席に座りなおした。



 2人きりだとペラペラと話すことができるのに、みんなが周りにいたりすると、どうも恥ずかしくて話しかけられない。



 根性ないなあ、僕‥‥。



 そのまま時は流れ、放課後を迎えた。



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