retry。


 僕は今この状況に戸惑っている。そもそもさっきまで自分の部屋に僕は居た。



 だが、どうやらここは……、教室のようだ。



 前では先生が黒板に文字を書き授業をしている。



 制服にも、手にも、血はついてない。



 夢……なのかな……? 僕は自分のほっぺたをつねる。



「痛っ!」



 思わず声が出てしまった。



「どうした宗方?」



 先生が授業を中断し、僕に尋ねてくる。



「いえ、何でもないです……」



 ーーその時、前の方に座っていた恵比寿が僕の方を向き馬鹿。と言う目線を送ってくる。



 何だこの既視感……。おかしい。夢じゃないのか……。今までが寧ろ夢だったとか……?



 その時、ズボンのポケットに何かが入ってるのに気づき、僕はそれを掴む。



 これは……ペンダント……!?



 それは真っ赤に染まったペンダントだった。



 ーー夢じゃない‥‥のか?



 そして大きな黒板の、右上の小さな文字。そこに自然と目が行く。



 ーー日付は1日前になっていた。



 あの時の授業中に戻ってるのか……?



 そして僕は気づいた。自然と顔はそちらを向いていた。



 そしてそこにはビックリしたような。そして何故か嬉しそうな彼女が座っていた



「あ、あ……二階堂さん……」



 生きてる。本当に……巻き戻ってる。



「ど、どうしたの?宗方くん……?」



僕は崩れそうになる表情を堪え、シャープペンシルの芯を渡し、前を向く。



 震える身体を必死で抑える。涙が出そうな両目を必死で瞑る。きっとここで泣いていたら変な奴と思われる。



 それでも、なんでか分からないけど、また会えたんだ。



 授業の内容などは、一度経験したそのままの内容だった。



 でも周りの様子などは、違っていたように感じた。僕の行動が少し違うことで、周りも少しばかり変わっているという風に、無理矢理に僕は結論付けた。



 そういえば、前感じた衝撃と衝動は感じなかった事に気付いた。



 まぁいいか。あの衝撃が二階堂さんと僕に関係があるのかは分からないが、考えて分かるものでもないし。



 この後、廊下で二階堂さんがプリントを落とすはずだ。



 僕は目的がある。せっかく時間が戻ったのだ、二階堂さんを僕は救いたい。



 その為に僕は全く関わらない。ということも考えたが、それでも轢かれないとは言い切れない。



 よく見たりする映画とか小説とかだと、運命は決まっていたりするから。だから僕がそばにいて、二階堂さんを守る。そう心に誓った。




 そして向かえた昼休み。二階堂さんはここの廊下でプリントの山を落とす。



 僕が目指す所は、二階堂さんと親密になる事。



 二階堂さんの命は救いたいのは勿論、僕の個人的な感情で仲良くなりたいと思うし、できればその先も‥‥、なんて思ってもいる。



 なんせ二回目だからね。よし!



 僕は近くの空き教室に構え、軽く頬っぺたを叩き、気合いを入れる。



 この時点での僕と二階堂さんは、ほとんど話した事がない関係だから、ここは重要な所だと思う。



 ーー息を殺し耳を澄ませる。



 ‥‥まるで何か犯罪に近いことをしているような感覚だな。とてもじゃないが、人に見せられるような姿ではない。



 すると、遠くの方から足音が聞こえてくる。



 僕は少しだけ覗き込み、二階堂さんが近づいてきたことを確認する。



 よし! プリントを落としたら早速突撃だ。



 そして風が吹いた瞬間、二階堂さんの手に持っていたプリントの山が、辺りに散乱した。



 それと同時に、全身に衝撃とその後の衝動が駆け巡る。



「ぐうっ‥‥」



 一体これはなんだろうか。しかし考えても分からないので、僕は急いで彼女の方へ歩いていく。



 僕はなるべく偶然を装い彼女に近づいて行く。



「二階堂さん大丈夫?僕も拾うよ」



 大丈夫だよね‥‥? 自然だったと思うけど‥‥。



「ありがとう。宗方くん」



 二階堂さんはにっこりと笑っていた。



 何故だろうか。前回の時はこんなに笑ってたっけ‥‥?



 それでも彼女の笑顔を見ていると、僕は胸が苦しくていっぱいになる。



 そう、明日彼女は死ぬ。でも今度は絶対に、僕がそんな事にはさせない。



 そしてプリントを拾い上げ、彼女に渡す。



「宗方くんって優しいね。ありがとね。」



 彼女はそう言った。



 前回とは全くもって、対応が違う気がするけど‥‥、かえって僕には好都合だ。



「そんな事ないよ。僕は二階堂さんと仲良くなれたらいいなって、思ってるんだ」



「え‥‥?」



二階堂さんは驚いたように声を上げ、プリントを抱えたままその場に硬直してしまった。



 ‥‥いきなりこんなこと言ってまずかったかな‥‥?



 それでも悠長に構える時間は無いんだ。出来るだけ親密になりたい。



「ご、ごめんね。いきなりびっくりしたよね? それじゃあ僕行くね」



心の中の感情とは裏腹に、僕は恥ずかしさとそして嫌われたく無いと思う感情が割り込み、逃げるようにその場を去った。



 うーん。正直嫌われたらやだからね。変な奴だと思われてなければいいけど‥‥。



 考えてみると授業の時も何も言わずに芯を渡したし、生きていた二階堂さんに感激してしまい、全く話した事のない彼女に馴れ馴れしかったかもしれない‥‥。



 そしてその後の授業は、さっきの出来事もあり後ろを全く向くことも出来ず、結局何の進展もないままに放課後を迎えた。




 この後、彼女はコンビニで強盗事件に巻き込まれる。



 正直のところ僕はまたあの出来事には、遭遇はしたくない。前も同じように事が進めばいいが、これまでも感じた通り全く同じではないのだ。



 もしかしたら‥‥最悪な事になる可能性だって完全に否定はできないのだ。



 それでも彼女を助けるためには、僕が行くしかない。



 もしあそこに僕がいなければ、ずっと人質に取られていたかも知れないし、何よりその先がどうなるのか予想もつかない。



「はぁ。怖いなあ‥‥」



 僕は溜息と共にコンビニへ向かう事にした。



 なるべく前回と同じ結末になるように行動するべく、前と同じコンビニの外の位置に構える。



 中では既に強盗が店員と揉めている所だった。



 店内にいる二階堂さんを僕は確認する。彼女は前と同じ位置に隠れるようにしゃがんでいた。



 よし。前の通りに行けそうだ!



 その時、彼女がこっちを向いていて僕と目があった。



 あれ? 前は僕に気づいてなかったよね?



 そして全身に衝撃、そして彼女を助けたいという衝動にかられた。



 やはりこれには彼女が関係している。絶対にそうだ。



 大きなサイレンが辺りに響く。警察署で話を聞いた時、この時警察を呼んだのは店員さんのようだ。



 そして店内に僕を巻き込みながら、警察達がなだれ込んで行く。



 二回目という事もあり僕は素早く身を隠す。

それもちゃんと警棒が届く位置にだ。



 そして全く同じように二階堂さんが人質に取られ、僕が警棒を拾う。



 これは‥‥順調と言えるのか?



 静かに犯人に近づく。隠れながら様子を伺っていると、犯人の横に座る二階堂さんとふと目が合った。



 ーー僕に気づいてる‥‥?



「あ? お前何見てんだ? そこになんかいんのか?」



 やばい!?



 僕は素早く身を小さくし、息を必死に殺す。



「いや、何も‥‥見てないです‥‥」



「本当かよ。まぁいいか。お前はおとなしくしてろよ。ったく‥‥こんなはずじゃなかったのに‥‥」



 はぁ‥‥危なかった‥‥。ここで僕か二階堂さんが、命を落とす可能性だってあるわけだもんな‥‥。



 でも今の状況はほとんど前と同じなんだ。慌てるな。



「大人しく出てこい!!もう完全に包囲されているぞ!!」



よし!これが合図だ!



強盗の男が一瞬外に気を取られたうちに、僕は特攻をかける。



「うわああああああ!!」



男は当然のことに驚いているように見え、動きも止まっている。



ガタッ



 ‥‥え?



何かにつまづき僕はその場に倒れこむ。男を前にして僕の体は、一瞬だけ宙を舞った。



「痛てて‥‥」



足元を見ると、お店に陳列されているはずのガムが転がっていた。



 なんでこんなところに!? 僕は焦ってこんな事にも気づかなかったのか‥‥。2回目なのに‥‥。



「おい!」



 僕は声の方を向こうとした瞬間、冷たい鉄のようなものが首元に当たる。



「お前何してんの?」



うつぶせに倒れている僕に、男は上から見下ろし、刃物を首元に突きつけてきた。



「あ、あの‥‥」



ガン!!



「うわあ!」



 頬に強い衝撃が走る。それと同時に鼻から出血をし、激痛が走る。



「おい、立てや」



 僕は腕を持たれ無理矢理その場に立たされる



 ガン。ガン。ガン。



 僕の持っていた警棒で、何度も顔や全身を叩かれる。



「お願い! やめてぇ! ねぇ! やめでぐだざい!!」



 痛みの中で涙を流しながら、二階堂さんが必死に犯人にしがみつき、僕を助けようとしてくれている。



「ちっ、分かったよ。だから離せ」



 助かった‥‥死ぬかと思った‥‥。



 鏡などがないから、僕が今どんな顔をしているのか分からないけど、恐らくとんでもなく酷い顔をしてると思う。



 口の中は切れ、目は腫れ、そして鼻から血が出ていて、足も凄く痛い。



 僕が今回特攻した結果、人質が二人に増えたという、何とも言えない結果になってしまった。



 二階堂さんは泣くのをこらえながら、僕に気遣ってくれている。



「大丈夫‥‥?宗方くんごめんね。私のために」



「ううん。心配しないで‥‥助けられなくてごめんね‥‥」



 ガン!



 男は近くにあったパイプ椅子を強く蹴りあげた。



「んだよ。お前ら知り合いか? 同じ高校っぽいもんな」



 その問いに二階堂さんは何も答えず、下を俯いていた。



 チクチクと身体中を指すような、静寂が流れ始めた。



 また、時間を戻すことは出来ないのだろうか?



 ポケットの中にはペンダントが入っているが、そこに手を入れた所を男に見られていたとしたら、酷い目にあわされるだろう。



 それを考えるだけで、傷がさらにジンジンと熱くなる。



 外の見えるところではいつでも突入できるぞ! と言わんばかりの形相で、このコンビニを沢山の警察が取り囲んでいる。



「はぁー。もう何しても無理だよなあ‥‥本当はこんなはずじゃなかったんだけどな‥‥」



強盗をする奴の気持ちなんて僕は分かりたくない。でも何かこの人にも事情があったんだろうと思う。



 外からメガホンで警察が呼びかけてくる。



「もうお前は何をしても逃げられない! これ以上無駄な罪を重ねる必要はないだろう。もう出てきなさい」



 チラッと犯人の顔を見ると、頭を抱えていた。僕はこんなにボロボロにされたが、不思議と哀れな気分になってきた。



 多分、無理矢理突入してくるのも時間の問題じゃないかな‥‥。



 僕は震えている二階堂さんの手を握り、声をかける



「大丈夫。何があっても僕が君を助ける。これから先も」



「宗方くん‥‥ありがと‥‥」



 これで少しでも元気になってくれたらいいけど。



 実際こんな事を言ったが、僕も実はかなり怖い。犯人は相変わらずに刃物をずっと握ってるし。



 そしてまた外から警察の人の声が聞こえてくる。



「お袋さんが悲しんでるぞ‥‥。いいからもう出てこい‥‥」



 入口の前に一人の女性が立っており、警察官はその人にメガホンを渡した。



「マモル! もうこんな事はやめて! 私は貴方を、人を傷つける子に育てた覚えはないわ‥‥!」



 声が震えている。親からしたら、とても悲しい出来事だと思う。



 男は頭を抱えたまま下を向き、微動だにしない。



「もう! もう!! これ以上、罪を重ねないで!! お願いぃ‥‥」



 男は立ち上がり言った。



「お前らもついてこい!!」



 僕と二階堂さんは二人で手を上げながら前を歩かされ、その後ろに男が刃物を持ちながらついてくる。



「お袋‥‥もう取り返しがつかねえんだよ‥‥こんなことしちゃった時点で‥‥」



「そんなことない!! 貴方は優しい子なの‥‥だから、もうやめて‥‥」



 このやり取りだけで僕は胸にくるものがある‥‥。この男は根っこから悪いやつではない。そう思う



「おい。殴ったりして悪かったな。お嬢ちゃんも怖い思いさせて悪かった」



 カラン。



 男は持っていた刃物を手放し、両手を挙げた。そして警察官達が、一斉に飛びかかっていった



 それを見ながら、その男の母親と思われる人は涙を流していた。



 そしてちゃんとは見えなかったけど、男の目元にも光るものが見えた気がした。



 僕は病院ですぐに手当てを受け、そのまま病院に同行してくれた警察官の方から話を聞かれた。



 被害者にも関わらず、長い間拘束されたなあと思う。正直疲れた。



 幸いというのかどうなのかは分からないが、ひどい怪我はなくて良かったと思う。



「宗方くん!!」



帰り際、二階堂さんが病院のロビーで待っててくれていた。



「二階堂さんは怪我とかなかった?」



「うん‥‥! 宗方くんは大丈夫‥‥?」



「大丈夫だよ。って言っても説得力ないかな‥‥?」



「全‥‥然‥‥ないよ‥‥」



 彼女はまた泣いていた。



 見た目はクールで、正直な印象は孤高なんて言葉が似合うって思っていた。失礼かもしれないけど、ちゃんと年頃の女の子なんだ。



 僕は泣いている彼女の頭に、手をポンと置こうとしたけどやめた。



「泣かないで。君は笑顔が一番だよ」



 言った後、冷静になりめちゃくちゃ恥ずかしくなった。



 何言ってんだ僕は‥‥! すげー気持ち悪い事いったよなあ‥‥。



「ふふっ。優しいね。宗方くんは」



 あれ? 意外と好印象?



 彼女は笑っていた。泣きながら笑っていた。



その後、お互いの親が迎えに来て、僕たちは家に帰ることになった。



 親の吸うタバコの匂い、そして使い古した座席シートの醸し出す独特の香り、僕はこの居心地の悪い空間で考えた。



 ‥‥これじゃあ前とあんまり変わらない気がする。



 実際に起きた出来事の行く末も、凡そ必然なのだろうか‥‥。



 それでも僕は暗い街を、鮮やかに照らす月を見ながら静かに誓った。



 明日が勝負だ‥‥。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る