紅の章第4節:ギルド『ユグドラシア』

「ARIA THE WORLD 〜鍵〜」


 構えたワンが力の解放条件を口にする。


「あぁーあ……」


「チッ馬鹿が……」


 止めようと思えた止めれたはずのこの事態を見逃したロクオニの二人はワンの選択に失望する。


 力の解放を口にしたその瞬間ポーズを組んだワンの前に一本の『鍵』が出現する。

 薄いピンク色の光を放つその『鍵』の形は歪で鍵と言われてもそうなのか疑わしいほど形状が安定していない。


 ──Open! 


『鍵』を掴み目の前の空間に差し込むように伸ばして捻るとどこからともなく「ガチャリッ」と鍵を開ける音が響く。


 目の前で起きた不思議な現象に挑戦者全員がなにが起こるのか警戒する中、ワンの目が真紅に光り、最初の攻撃よりも少し早い速さでまず一番近くにいた挑戦者へと距離を詰めると心臓めがけ──、


「はーいそこまでだよ」


「呑まれ過ぎだ」


 ワンの手刀が挑戦者の体に触れる直前にロクオニが観客席から結界を突き破りワンの体をステージの岩盤が割れるほどの威力でたたきつけ拘束する。

 オニは喉を踵で押しつぶすように全体重をかけ、ロクは腹部にあぐらをかいて座る。


「さてと、『鍵』を放してもらおうか」


「♪" *"・──"#"♪ #"#♬゙♮♪ "*♭*゙♪ ――♭"♬♪"・*"♬*゙#゙・ー♪"」


 まるで不協和音のようなその言語はイアやオネ、ARIA家の出身地で使われている言語。人間はもちろんモンスターや神ですらソレを解読することは出来ない。


「離すわけねーだろ、リタイアか死かとっとと選べ」


 生殺与奪を突きつけながら虫けらを見下ろすように静かに見つめるオニの目はロクワン同様真紅に染っており宝石のような輝きを放っている。


「一秒だけ待ってやる、その間に『鍵』を手放せ」


 淡々としていながらも恐怖を纏った言葉でオニが命令するとワンは苦しそうに歯ぎしりをしながら鋭い眼光でオニを睨みつける。


「イチッ」


 そんなワンに表情ひとつ変えずオニが一秒を数え終わると同時にワンの喉を押し付けていた踵を時計回りに九十度拗じる。


「ッ! ──、」


 直前何かを叫ぼうとしていたワンが息が喉元で止まったように言葉につっかえると、左手に握られた『鍵』が光の粒子となって消滅し、それと同時にワンは気を失ってしまう。

 するとワンは戦意喪失とみなされ体が医務室へと転移する。


「乱入して悪かったな、気にせず続けてくれ」


 突然起こった制裁展開にドン引きしている挑戦者たちに今度は優しい口調で話しかける。


「オニ、コテモルン語じゃ通じなんじゃ?」


 冷静すぎるロクのツッコミに「あっ、そっか」とこの国は言語が違うことを思い出し何語で話せばいいかを考える。


「あぁ……さっき子、大丈夫なのか?」


 ──あっ大丈夫そう


 相手がコテモルン語で答えてくれたことにより何とか会話は出来そうでひとまず安心する。


「大丈夫かどうかで言ったら大丈夫なんじゃね?」


 ワンの生死なんてどうでもいいと言わんばかりに適当に答えるオニに対し挑戦者たちが険しい顔になる。

 会場の空気もまるでオニが悪人のような感じになっているが、当の本人は全く関心を示そうとはせずその場を立ち去ろうとする。


「ちょっと待ってくれますか?」


 医務室に向かおうとするオニの前に挑戦者数人が立ちふさがる。

 立ちふさがった挑戦者は男女問わずなろう主人公のような風格。主人公特有の正義感でも働いたのかこちらの問題に勝手に足を踏み入れてくる。


「なに、まだなんかあんの?」


「ちょっとばかし無関心過ぎないか? あの様子じゃ他人ってわけじゃないだろ?」


「そうだ、それにあそこまでする必要はあったのか?」


「だって興味ねーし。確かにアレは一応家族だけど、どうなろうと俺の知ったこっちゃねーし。むしろ早く死ねって感じ」


 正直に答え過ぎてこの場にいる全員に無神経すぎる印象を与えてしまうオニ。

 とはいえ人間と反りが合わないのは今更だし、理解して欲しいとも思わないので周りの視線は一切気にせず堂々とした態度で感情の籠っていない目を道を塞ぐ挑戦者たちに向ける。


「こいつ感情ってものを持ってないのか……」


「まるで機械だな」


 会場中からオニを嫌悪する声が湧き上がる。

 これも今さら、いつもの事、むしろ必然。幾たびも経験してきた自分たちの理解できないことを嫌う集団で生きる生命たちが持つ本能、習性。イアとオネが嫌う不調和の素。

 そんな敵意の感情も幾千幾万と受け続ければ慣れてしまうもの。今となっては何も感じない、そう言う生き物という事で全て片付けられてしまう。会場の声は何一つとしてオニの心に響くことは無かった。


「仮にそう思っていたとしても仲間なんだろ、ならあれはやり過ぎだぜ」


「なんかめんどくさそうだから私はワンのとこ行ってくるね」


「おう」


 会場の雰囲気から逃げだすように光速立ちふさがる挑戦者の間をすり抜けワンの元へ向かうロク。

 動きを追えなかった者たちはロクがその場で消えたように錯覚しどよめく。


「さて、一個づつ答えてやる。まず俺とあの出来損ないだが結論から言うと仲間なんかじゃない、ただの姉弟だ。俺はこう見えて仲間思いなんでね、仲間にはあんなことは絶対にしない」


「姉弟? ならなおさら納得できないな。血の繋がった家族を足蹴にするとか何考えてんだ」


「姉弟喧嘩で掴み合って殴って蹴り合うなんて普通、なにも珍しくないだろ」


「だとしても限度ってものがあるだろ」


「人間の物差しで勝手に決められ手は困るな、そもそも殺す気でかかってるのはお互い承知の上。当事者同士が決めたルールに外野が首突っ込む権利は無いだろ」


「万が一死んだらどうするつもりだったんだ」


「別にどうもしないさ。殺したら死んだ、それ以上もそれ以下もねーよ」


「狂ってやがる」


 仮に暴走していたのが他の姉弟ならオニもあんな真似はしなかっただろうし、会場を敵に回すような発言もしなかっただろう。しかし今回の相手がワンである以上オニが彼女を庇うことも大事に思うことも絶対に無い。話したことはすべて事実で本心。むしろ無知で無能な奴らに俺たちはこういう関係だという事を認知して欲しいとまで思っている。

 しかしそんなオニの目論見とは裏腹に会場中の敵意はどんどん増大していく。

 やはりこの世界でも理解してもらえないのだろうか。


「はぁ……めんどくせーからやっぱ結論だけ言うわ。一つ、これは俺たちの問題だ、半端な正義感で首ツッコんだり気安く踏み入っていい領域じゃねー。二つ目、もし俺たちがあそこで止めてなかったら、観客係員含めたこの会場にいる全員…………死んでたぞ」


 これも事実。『鍵』は発動していた、つまりワンが攻撃に転じた瞬間一秒と経たずにこの場にいた全員が人生終了していた。


「そもそも前提が違うんだよ、お前らは俺が身内に暴行を加えたと思っているんだろうが、実際はここにいる全員を俺たちが守ってやったんだ」


 と言ってもどうせ信じてはもらえないだろうし、ただの言い訳としか思われないだろう。それならもうここで説得するのは時間の無駄、後ろから集中攻撃されないうちに退場するのが正解だろう。


「もういいだろ、あとはそっちで勝手にやってくれ」


 ロクが退場した時に挑戦者たちがだれ一人その動きを追えていないことは確認済み。ロク同様、光速で間をすり抜け闘技場から姿を消す。


 試合の様子を見ることが出来ていないであろう警備の人に医務室の場所を聞き、言われたところにあった突き当りのドアをくぐる。

 ドアの向こうには別次元の空間内にあり、白い空間の中に無数に置かれたベッドの上に死人や重傷者が横たわっていた。

 その敗北者たちと同じくらいの人数の魔導師が回復魔法や蘇生魔法で治療をしている。

 敗北者の中には関係者が面談にきているところもありいろんな感情が充満していた。

 あたりを見渡すように進んでいると先に来ていたロクがワンのベッド横からこちらに手を振っているのが見える。


「状態は?」


「気を失ってるだけでちゃんと生きてるよ」


「チッ」


 生きていたかと小さく舌打ちをして自分の腕が鈍りまくっていることにため息をつく。


「それでそっちは? うまく説得できたの?」


「いーや、やっぱ人間にはまだまだ理解できない領域らしい」


「ふーん、どうせ説明するのめんどくさがって端折ったんでしょ」


 オニの返答にジト目で確信をついてくるロク。

 こういう時はイオ並みに鋭いなと思い目を逸らすオニに「やっぱりね」とロクは呆れたポーズをとる。


「もしも止めに入らなかった時の結末は言ったぞ」


「なんで詳細をめんどくさがるかねー」


「どうせ理解できないだろうし説明するだけ無駄だって」


 自分の説明不足を会場にいた奴らの理解力の無さということにして逃げるオニ。

 間違ってはいないが理解してもらおうとする努力を怠ったことは事実、例えワン絡みだとしてももっとやり方があったでしょうにとオニの未熟さを嘲笑うロク。


「ほんとそう言うところだよオニ。あっすみません、この子こちらで預かりますね」


「うるせぇ」と小さく呟くオニと、近くを通りかかった医療班の魔導師にワンをこのまま連れて帰ることを伝えるロク。


「でしたら今すぐ治療しますね」


「結構です」


「えっ?」


「私たちは魔法や化学じゃ治らないのでそのまま帰してもらえれば大丈夫です」


 ロクの言葉に少し戸惑う魔導師だったが、自分たちでどうにかできるという事だろうと解釈しすぐに「分かりました、お気を付けて」と言う通りにしてくれる。

 ロクはワンをおぶると早々に空間から出て行き、オニも心配そうに見送る魔導師に一言謝ってから空間を出て行く。


「結局ロク姉もめんどくさがってるじゃん」


「だってどうせ人間には理解できないじゃん、それに向こうはちゃんと分かってくれたよ」


「いや、めっちゃ心配そうにしてたからな、全然安心できてなかったからな」


 お互い自分の方がもっとうまく説得できたと言い合いながら宿に戻り休息をとる。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 入団試験から一週間後、ワンは予選敗退だったがまだスカウトの可能性が残っているので結果が届くまで街に滞在していた三人。そんな三人の元にワン宛に合否通知が届く。

 しかし肝心のワンはあの日からまだ目覚めておらずずっと眠り続けている。


「ワン起きないし勝手に読んじゃお」


 そう言うとロクは封を開け内容を確認する。

 そこには合格の文字と入団式の日程がコテモルン語で書かれていた。


「わーお合格だって」


「マジかよ、あれ見て入隊させるとか絶対ここの団長バカだろ」


 結局ロクワンは決勝までは見ないで帰ったのでギルド団長の姿は見れなかったが、予選から試合を見ていたということはあの惨状も目の当たりにしていたはず。

 それでいてなお入団を許可したというのだからあのギルドのトップは相当な物好きか馬鹿かアホだろう。


「せっかく合格したんだし早く起こさないとね」


「はっ? なんで? どうせ入団しないんだから捨てていいだろ」


「オニはホントそう言うところクズだよね」


「クズにクズって言われた」


 ワンを起こそうとするロクをオニが制止する。

 ワンが眠りに入ってからせっかく優雅な異世界ライフを過ごせるようになったオニ、今起きられてせっかくの楽しい時間を壊されるわけにはいかない。

 それにもともとワンは入団する気で意見に参加したわけではなので確かに合否はどちらでもいいはずだ。

 しかし肝心の団長本人を見ていないのでどんな人物化はまだ知らない。ギルド本部の場所を知らない今、不合格ならまたの機会でいいやとなりそうだが今回は残念ながら合格、つまり合格を理由にギルド本部へ殴り込み直接団長が信用できるかを確かめに行くことができる。やる可能性は大、いや絶対にやる。

「それじゃあなおさら起こさないとね」と再びワンを起こそうとするロクにオニは無言のまま汚物を見るような目を向け反対する。


「なにそれ?」


「あっ、おはようワン」


「……チッ、最悪だ」


 ワンが自分にとっては絶妙、そしてオニにとっては最悪のタイミングで目を覚ます。

 しかしワンは寝起きでまだ半目でうとうとと体を揺らしている。


「この前の入団試験の結果だよ。良かったねワン、合格だって」


「おいロク姉」


「いいじゃんいいじゃん、こっちの方が楽しそうだし」


「楽しさを追求するなら一緒にリスクも考えて欲しいんだが」


 何でもかんでも思うがまま後先考えず自由に行動するのはいつもの事だが、揉め事を起こした時のしりぬぐいをする側の気持ちもいい加減考えて欲しい。


「本当にヤバかったら問答無用で止めればいいじゃーん」


 オニの生ぬるい抑制に煽りまくるロク、普段のぶれきー係であるイオにはこういった態度はとらないのでこれは完全にオニを舐めている証拠でもある。


「……全く誰に似たんだか」


「それで、僕はどこに行けばいいの?」


「今すぐ死ぬか俺に殺されr──、」


「オニはちょっと黙ってて」


 安定の返しをするオニを遮りロクがワンに合格通知を渡す。

 それを見たオニは全てを諦めクソだるそうな唸り声をあげベッドに突っ伏す。


「明日の昼にギルド本部で入団式があるみたい。集合場所はコロッセオだって」


「ふーん…………そういえば誰が優勝したの?」


「えーっと……誰だったけオニ」


「いや知らねー、てか俺ら途中で帰ったじゃん」


 うつ伏せから仰向けに転がってオニはそう答えると再びうつ伏せにゴロンと転がる。


「あぁーそう言えばそうだったね。私的には第七グループの人が優勝候補だと思うな顔覚えてないけど。オニーどんな顔だったっけ?」


「さぁー寝てたから知らねー」


「第七……あれか、なろう主人公みたいなやつ」


「あぁー思い出した。てかなろう主人公って……まぁわかるけど」


 確かに見た目はよくある異世界転生ラノベの主人公みたいな高身長イケボイケメンで百戦錬磨の貫録だった。

 ロクワンの第一印象は「絶対ハーレム作ってる」と二人とも同じことを思っていたらしい。


「それにしても明日か、暇だなー明日起きればよかった」


「暇だねー、オニーなんか暇つぶしない?」


「Zzz……」


 オニから返事が無い、どうやら寝てしまったようだ。

 会話が途切れたことにより部屋は静寂に包まれ、窓の外から活気あふれる国民の声が聞こえてくる。


「…………」


「…………」


「…………暇」


「暇だねー」


「姉さん久しぶりに遊ぼう」


 とにかく何でもいいから体を動かしたいのか珍しく甘えてくるワン。オニには絶対に見せない妹らしい可愛い一面なのでロクはかなり得した気分になる。


「病み上がりでしょ、大丈夫?」


「一年分くらい寝たから大丈夫。それに結構鈍ってたからガチで体動かさないとやばいかも」


 冗談っぽいホントの事を言いながら二人で遊ぶ(組み手)ためオニを部屋に残して人目に付かない近くの森の奥まで光速で飛んで行く。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 翌日昼、朝から暇を持て余していたワンは昨日と同じ場所で、ロクに組み手をしてもらいながら時間を潰した後シャワーで汗を流して、特に何か持ってくるようには言われていないので手ぶらで集合時間十分前に着くように合わせて部屋を出る。


「おい」


 部屋のドアを開けると背後から目を瞑って寝たままのオニに呼び止められる。


「次使ったら殺す」


「…………」


 足を止めただけで返事も無ければふり返ろうとしないワンにオニがガチトーンで警告する。

 ワンも『鍵』を使ってしまったこと自体は十分反省しているしロクにも組手中こっぴどく叱られたのでのでいつものようには強く言い返さず黙ったまま部屋を出て行く。


「…………」


「なに、心配してるの?」


 ワンが部屋を出たあとベッドから起きて窓の外からワンの背中を見送るオニにロクがニヤ付きながら弄ってくる。


「余計な揉め事起こさないかってことにな」


「とか言って、本当はワンの身が心配なんでしょー?」


「死ねッ」


 凍てつく視線をロクに飛ばしながら短く本音を吐き捨て、ベッドに横たわるとオニはすぐに眠りえと落ちていく。

 ロクもやれやれと呆れた溜め息をついて散歩に出かける。


 場面は変わってコロッセオへ向かうワン。

 現地に到着すると係の人が出迎えてくれてそのまま闘技場内へと案内される。

 闘技場内にはワンを含め十名が既に集まっており、思ってたよりもスカウト人数が多いことにほんの少し驚くワン。

 しかもそのメンツは入団試験のグループ戦において各グループで勝利した挑戦者ばかりが集まっていた。

 当時映像を見てても思ったがやはり『鍵』とかを使わないで戦って勝てる気は起きない。


「あっもしかして私が最後かな?」


 ワンが改めて品定めをしていると後方から懐かしい女性の声が聞こえる。

 声のした方に振り返ると、第六グループの勝者でワンもちょっとだけ気になっている黒髪ストレートロングの少女がこちらに向かって駆け足で向かってくるのが見えた。

 各グループの勝者の中でこの少女だけいなかったのでほんの少しだけがっかりしていたワンだったがどうやら早とちりだったらしい。


「あっ」


 少女と目が合うとワンの事を覚えているのかピタッと足を止め指をさしてくる。


「試合の映像見て気になってたんだよね」


 少女のクールな表情が少し砕け興味津々といった顔で話しかけてくる。


「奇遇だね、僕もキミの事少し興味あるんだよね──、」


「えー、皆様お集まりいただきありがとうございます」


 ワンと少女が言葉を交わすと、それに割って入るように試験日にルール説明などをしてくれた執事が挨拶をする。

 さっきまではいなかったはずだが転移魔法で飛んできたのだろうか? いずれにしろ少女と話すタイミングを失ってしまった。


「みなさんお集まりいただけたようですので、早速ギルド本部へと移動したいと思います」


 そう言ってパチンッと指を鳴らすと闘技場の床全体冷え緒がるほど巨大な青い魔法陣が現れその中にいた者は全員ギルド本部へと飛ばされる。


 飛ばされたのは超立派なお城の玉座の間。

 目の前にはレッドカーペットが敷かれた階段が高々と続いておりその最上段にある玉座に座る人物が一人。

 灰色の髪と髭がまるでたてがみの様に繋がり、二メートルはありそうなその巨体はごつい装備の上からでも分かるくらいガタイがよくまさに筋肉の塊と言うにふさわしい。おそらく彼が団長だろう。


 とそんな感想を抱いていると、その場にいた新団員十名が同時に片膝をついてその人物に頭を下げる。

 ギルドに入団したのなら団長に敬意を示すのはしごく当然の事。しかも相手は憧れの世界最強との呼び声も高い人物、失礼な態度なんてとるわけがない。


 ……ただ一人を除いて。


「あんたが団長?」


 あまりにも無礼なワンの態度にぎょっとした視線が一斉にワンの方へと集まる。

 何の前置きもなくいきなり爆弾発言を投下する度胸、しかもよりによって団長に対する第一声でこれ。新団員の十名は唖然とし、側近や護衛はすぐさま臨戦態勢に入る。


「はははっ今回は面白い新人がいるな。いかにも、私がギルド『ユグドラシア』の団長リヒト・ルーロだ」


「団長、なに普通に答えてるんですか!」


「まぁまぁ敵意は無いから安心しろ」


「敵意が無ければ無礼が許されるわけじゃないんですよ!」


 心が広いのかワンの無礼極まる行為を笑って見逃す団長をその側近、おそらく副団長である人物がキレ気味に注意する。


「あなたもあなたです! このギルドに入るなら団長への敬意くらい示したらどうですか」


「なんで僕が人間ごときにそんなことしないといけないのさ」


 平常運転のワンがそんな経緯を示すはずもなく、変わらず喧嘩腰で舐め腐った態度をとる。玉座の間にざわつきが生まれ徐々に騒がしくなっていく。


「なっ、あなた本当に入団する気あるんですか!?」


「まぁまぁ落ち着いて」


「団長は黙ってて下さい! そうやってゆるゆるしてるから敵からも舐めた態度をとられるんですよ!」


 火に油ではなく火に炎を追加するかのように見下し続けるワンと見た目からは想像できないほどゆるくのんびりとした性格の団長に副団長の怒りメーターは爆発寸前になっていた。


「ねえ、なんか僕が入団すること前提で話が進んでるけど入る気は無いから」


 予想外の展開に外野のざわつきが途切れ、その代わり一斉に「はっ?」「えっ?」「んっ?」などの二拍疑問が飛び出す。


「ならなぜ試験を受けたのですか?」


「このギルドが信用に値するか確かめようと思って」


 副団長のもっともらしい質問にワンも目的を正直に答える。


「私たちのギルドが信用出来ないと?」


「別にこのギルドがってわけじゃない、みんな……特に人間は全員信用出来ないってだけ」


「そうまでして信頼を得て何がしたいんだ?」


「答えてもいいけど、その場合、僕と団長の二人だけで話がしたい」


 本当はここにいる全員の信用を確かめたいが自分自身の事をあまり周りに話したくないワンは、最低限の信頼としてギルドの頂点である団長だけと話がしたいと提案する。


「そんなこと出来るわけが──、」


「いいよー」


「団長!」


「大丈夫大丈夫」


「何かあったらどうするんですか!」


「なにか起きると思うのか?」


「いや……それは……」


 あっさりとワンの要求を呑んだ団長に当然副団長は反対するも、団長の自信満々の一言に言葉を詰まらせる。

 似ている、イオやロクと何度も交わした相手の強さを知っているからこその信頼関係。一朝一夕で気づけるものではない、つまりこの断固符にはそれほどの力があるという事。

 結局団長に全部任せることにし、玉座の間をワンと団長の二人だけにしてあとは全員退室する。


「さっ、お望み通り二人だけにしたぞ。色々教えてもらおうか」


 部屋の中には誰かが隠れている気配もないし盗聴されている感じもしない。

 それを確認するとまずは本題に入る前にこの団長が信頼出来る人間か確かめる。


「その前にあんたが信頼できるか確かめさせてもらうよ」


「どうぞご自由に」


「ちなみに僕の能力は、あんたの魂がちょう……善人なら何も起こらない。けど、もし悪人寄りなら問答無用で死ぬから」


「ほぉー面白い能力だな。まぁ大丈夫大丈夫、問題ない」


 団長が許可するとワンの体が赤と黒の厨二病溢れる幻想的な光のオーラのような何かに包まれる。

 その光は外側から徐々にビー玉程度の小さい光の玉となって分裂しワンの周囲を浮上しながら不規則に漂う。

 やがてワンの体を覆っていた全ての光が光球となりさらにその光球同士が合わさることでクリスタル状に形を変化させる。

 全ての光球がクリスタルへと形を変えるとクリスタルが一斉に割れ中から赤と黒の半透明でクリスタルのように透き通った体を持つ光の蝶が生まれる。

 生まれた蝶は緋色の鱗粉を撒きながらひらひらと宙を舞い玉座の間を埋め尽くしていく。


 ──さて、こいつらが止まるかどうか


 蝶が宙を舞うこと十分、一向に団長に止まろうとしない蝶を見てワンは少し戸惑う。

 そして団長が不調和寄りでないことが証明されてしまった以上これ以上続ける必要はないので能力を解除し蝶は光の粒子となって消滅する。


「うん、今は信用できるみたいだね」


「それは良かった。じゃあ話を聞かせてもらおうか」


 ワンの意志を呼んだのか能力の蝶に敵意どころか一切の疑いを見せなかった団長。

 普通ならこんな怪しい能力を百パーセント信じるなんて人間にはできないはず、だがこの人間はそれをやって見せた。信じられないがそれが事実。

 今この瞬間は信頼できると分かったのでワンは本題に入る。


「僕たち、異世界転移についての情報を探してるんだけど何か知らない?」


「異世界転移……転生じゃなくてか?」


「転移の方。その異世界転移を使える存在を探してるんだけど、世界最強って呼ばれるくらいのギルドなら答えに近づけるんじゃないかって思ったんだよね」


「転移魔法か……」


「なんか知ってる?」


「残念ながら普通の転移魔法ならまだしも異世界へのゲートを開けるレベルの魔法を使える人間は見た事がないな。神なら転生神というのに会ったことがあるが」


 世界最強のギルドでも神以外では見たことがないとなるとやはり探し出すのは容易ではなさそうだ。

 一気に形勢が逆転し、また手掛かりゼロの振出しに戻される。


 ──今日で尻尾掴めると思ったんだけどな……


 完全に当てがハズれたワンは大きなため息をついてあからさまにがっかりする。


「さて、次はこちらの番だな」


「ん?」


 モチベーションが底辺まで転落したワンに今度は団長が質問をする。


「キミたちの目的は分かった。たしかに『ユグドラシア』程巨大なギルドならいろんな情報が集まるだろうし今後キミたちの望む異世界転移についても何か掴めるかもしれない。情報収集源としてこれほど頼もしい物はないだろう。しかし結論から言うと私たちはまだそれに協力することはできない」


「理由は?」


「相手を疑うということは自分も疑われるという事。キミは私たちを信用できないと言ったが、それはこちらも同じ。初対面で人間が信用できないなんて言われてはこちらも信用するに出来ないだろ」


 全くもってド正論、もはや反論の余地もない。

 だがワンは「信用できない」という言葉は人間にだけは言われたくないと思う、なんせ人間ほど他の生命を裏切っている存在はいない。裏切りを本質として生きている生命だって存在していた世界もある中で、ワンの経験上人間の裏切った回数や規模、裏切ったことで起こった結末を超える種族は存在しない。

 言うならば全種族の中で最も信用できないのは他でもない人間なのだ。


「僕を人間なんかと同じにしないでもらえるかな」


「同じさ、何故キミが人間を信用できないかは知らないが、私もキミをそうやすやすと信用するわけにはいかないからな」


「………………」


 団長からの予想外の一言にワンは言葉に詰まる。いったい何を根拠に行っているのかは分からないが、団長は今確かにワンの事を「人間ではない」と言った。


「よって私もキミと同じで、キミが私の信用に値するか確かめる権利はあると思うがね」


「…なんで僕が人間じゃないって思うの?」


 平常心を保ちつつ団長に質問する。

 このチート溢れる世界でなぜ能力ではなく種族が違うという結論に至ったのか、ワンはそれが知りたくてたまらなかった。


「光の体と神の言語にも当てはまらない未知の言葉、さらには人間を見下す態度。自分が人間ではないと言っているも同然だと思うが?」


「体が光になるのはそう言う能力だから、言語も僕が異世界出身だから、人間を見下すのは人間が嫌いだから。僕が人間じゃないって決めつけるには証拠不足だと思うけど?」


 団長の根拠をそれっぽい感じにすべて否定していく。

 どれもこの世界では普通にあり得ること、この程度の根拠では人間でないと決めつけるには情報不足過ぎる。


「たしかに自分の体を光に変える能力を持った人間は存在するし、私も元は異世界から転生してきた身、未知の異世界語があるのも納得できる。人間が嫌いな人間なんてそれこそ世界中に存在している。たしかにキミの言う通り証拠は不十分だ」


「でしょ」


 ワンの作り話にすべて納得し自分で証拠不十分と結論付ける団長。

 この質問にワンがどう答えるのか試していたのだろうか?そう思えるほどあっさりと自分の意見をいとも簡単に斬り捨ててしまう。


「ならなぜ、キミは?」


 とりあえず何とか誤魔化せそうと安堵していると団長が意味深な発言と同時にワンの足元を指さす。

 まさかと思い視線を下に向けると突如足元の赤いカーペットの上に赤色に光る魔法陣が姿を現す。

 反射的に後ろに飛びのくと魔法陣の光は徐々に弱まりやがて消滅する。


 ──いつ? どのタイミングで? 警戒はしてた、ここに来た時はこんなの書かれていなかったはず……なのに気づかなかった


 背後から不意打ちされようが、窓の外から狙撃されようが反応できるようにワンは常に周囲を警戒していた。なのに気づかなかった。視野外だったから? 魔力が感じられないから? いずれにせよ完全なる不意打ち、団長がその気なら攻撃されてたであろう致命的ミス。

 だが、団長は魔法を発動させたようなそぶりは見せていない。つまりこの人間は予備動作なし、さらには詠唱完全省略の域に達しているという事。


 ──コイツこそほんとに人間か?神の次元じゃん


 世界最強だからという一言で片づけようと思えば片づけられるが、呪文を唱えるときのルーティーンともいえる動作も無し、詠唱も省略ではなく完全省略、二つ同時にやってる奴なんて人間では初めて見る。

 一切魔法の使えないワンでもそれがどれほど高度な技術でどれほど体に大きな負担をもたらすかはよく知っている。


「安心しろ、さっきのは攻撃魔法ではない」


 先ほどまで余裕に満ち溢れていたワンが驚愕し恐怖しているのを見て団長が先ほどの魔法について詳しく説明してくれる。


「あれは相手を拘束、鎮圧するためのトラップ魔法。種族を指定して設置し、魔法陣内に対象の種族が踏み入った時に発動。その対象を地面へと押さえつける効果を持つトラップ魔法の中では下級の魔法だ」


「………………」


「今回私が指定した種族は人間。つまりもしキミが人間だった場合、今頃キミは地面にはいつくばっているはず。もちろん魔力に対しての抵抗があれば効果を打ち消すことは出来るが、キミには魔力が無い。私が強制発動させるまで魔法陣に気づかなかったのがその証拠。キミほどの実力者なら触れただけ…いや、触れる前に感知出来ていたはずだ。よって抵抗による相殺は不可能」


 ワンの知らない魔法だ。拘束系の魔法は今までたくさん見てきたが種族を指定するなんて条件が付いたものは聞いたこともない。

 異世界だからという一言では片づけられない未知の領域、これは覚悟を改める必要がありそうだ。


「…………わかった、僕の負け。あんたの言う通り僕は人間じゃない」


 ようやくワンは自分が人間でないことを認める。

 その顔に驚きや恐怖はもう無くいつもの自信に溢れた相手を見下す目に変わっていた。


「やはりそうか、ということはキミを止めたあの二人も同じく人間ではないという事だな」


「そうだね、それで? 人間じゃない僕はどうすれば信用してもらえるのかな?」


「簡単なテストをしよう。今ここで私と戦って欲しい」


「……はい?」


 団長からの予想外の提案にワンの思考が一瞬停止しかける。

 今確かに団長は自分と戦えと言った、見た目からそうではないかと思っていたがやはり予想通り、団長は頭まで筋肉のタイプだったらしい。


「長年戦闘ばかりしているとな、拳を交えるだけで相手の事がいろいろ分かるようになってくるんだよ」


「根拠が微塵も存在しない件について」


 確かに本気で拳を交えることで相手を理解したり、真に友情を深め合ったりできるといった話はよくあることだが、ワンにはこの団長がただ戦いたいだけの戦闘狂にしか見えない。だって目がそう言っているのだから。


「相手を信じる基準はそれぞれ、私の場合はコレで十分。さぁ本気でかかってきなさい」


「本気出したら殺しちゃうよ?」


「安心しなさい、キミの攻撃では私の体にかすり傷ひとつ付けられない。なんなら予選の時のアレを使ってもいいぞ」


 そう言うと団長はワンが『鍵』を使った時と同じポーズをして煽る。

 一瞬挑発に乗りかけるワンだが、その瞬間頭にオニの言葉がよぎる。


『次使ったら殺す』


 嫌でも感じてしまう自分の未熟さ。しかもよりによって一番言われたくないやつから言われてしまったこの屈辱。そのストレスがワンの自我をかろうじで繋ぎとめ、絶対に使わないという硬い意志へと変化する。


「……怒られるから遠慮しときます」


 丁寧に断るその声は少しだけトーンが低く、笑顔であるはずの顔には怒りと苛立ちがにじみ出る。


「まぁどっちにしろ私には勝てないからキミの好きにするといい。あとハンデとして防御魔法は使わないでおいてあげよう」


「舐められたものだねー……」


 ここまでなめられては全力を出さないわけにはいかない。団長の煽りに煽る挑発に乗ったワンは久しぶりに姉弟以外に本気を出す。

 カッと見開いた真紅の瞳が緋々と発光し、身にまとっていた服が光に戻り全てワンの体へと吸収されて行く。そして最終的にワンは布一枚身に着けていない裸となりガチの戦闘態勢となる。

 人間の女性の大事なところは一応謎の光を操り隠すことが出来るが、ワンにとって裸は見られたところでどうということは無いし、ただのエネルギーの無駄遣いなので堂々とさらけ出す。


「ほう……それが新の戦闘態勢か?」


 団長も変態なのか目を逸らそうとはせずガン見。仮に第三者がこの現場を目撃した場合即通報されるだろう。


「こと戦闘において衣類は空気抵抗を生む枷に過ぎない、と言うのは建前で、単に服にエネルギーを使わなくていい分ステータスが上がるってだけ」


「なるほど、私と同じタイプか」


「同じ?」


「ふんっ!!!!!」


 意味深な発言をしたあと団長はボディビルのモストマスキュラーポーズをとり一気に力を籠める。

 すると身に着けていた装備が内側から膨張する筋肉に押され、ついには四方八方に粉砕して飛び散る。

 鎧の中から現れたのは、こんがりと焼けた茶色い肉体はまるで人間とは思えない程鍛え上げられており宝石の様に美しく光沢が光っている。

 そして有ろう事か倍以上に膨れ上がった筋肉により、ブーメランパンツを含む装備の中に来ていたすべての衣服がビリビリに破れ散り団長も裸体になっていまう。

 しかしこちらは謎の光が操作できないため男の象徴を隠すものは何もない。


「私もちょっと本気を出しただけで装備が意味をなさなくてな」


 団長もワンと同じく見られることに対して何も思わないのか隠すどころかむしろさらけ出してくる。

 そしてそのワン自身も人間の裸体は全く興味のなしなのでノーリアクション。逆にリアクションがあったのは筋肉の膨張だけで装備を破壊したパフォーマンスに対してだけ。

 このおかしな状況を止める者はこの部屋には存在しない。


「防御魔法を使わないって言ったけど、生身の人間が光の速度で飛んでくる物質に触れたらどうなるか知らないわけじゃないでしょ」


「それを踏まえたうえで私には効かないと言っているんだ。余計な心配をするな、ただ全力で倒すことだけを考えなさい」


「あっそ」


 ワンの目が光を放ったままハイライトだけが消えると同時に煽るような笑顔が真顔へと変化する。

 瞬間、光速で団長の背後へと回り込み人間の背中の急所七ヶ所にほとんど同時に衝撃を与え豪快な破裂音が一発なる。


 ──手ごたえあり


 完璧に入った、ゴブリンキングや予選の時の連中みたいに無効化はされた様子はなく衝撃が完全に体の芯まで響いていることが触れた手に伝わってくる。

 攻撃の友好を確認できると続けざまに残りの人体の急所にもすべて衝撃を当て、光の線は最後に団長の金的を突き上げて元の一へと戻る。

 ワンが動き出してから元の一に戻るまでにかかった時間一秒未満。人間には反応どころか認識すらできない速さでの正確な急所への衝撃、いかに筋肉の鎧に包まれていようとそんな衝撃を喰らってしまえば人間なんてひとたまりも──、


「えっ?」


 完璧にすべての急所を打ち抜いた、何なら金的もお見舞いしたというのに団長は苦しむどころか表情ひとつ変えずに平然としている。まるで何事も無かったかの様に構えもせずただただ静かにそこに立っている。

 衝撃が無効、吸収された感じは無かった、肌の感触、筋肉の弾力、骨の硬さ、確かに手ごたえはあった、ダメージは与たはず……。普通なら悶絶どころか細胞一つ残らなず消滅していているはず。

 仮にそうならなかったとしても風穴か骨折をもおかしくないはずだ、なのに攻撃の成果を一切感じさせない。

 アレを生身で受けて死なない人間は過去にごまんといたが、ダメージを一切受けなかったのはこの人間が初めてだ。


「なるほど、その体ただの光というわけではなさそうだな。本来光に存在するはずのない質量が粒子ひとつひとつに感じられた」


「あんたこそ普通じゃないね、人体の急所全部殴ったのにダメージが無いなんて初めてだよ」


「その辺の人間なら見るも無残な姿になっていただろうな。あとこの世界に普通なんてものは存在しないぞ」


「……やめやめっ、やっぱ僕じゃ勝てないや」


 団長のやる気に満ちた顔を見たワンは突如集中を切らしけだるそうな声を上げる。

 目の発光は消えておりいつの間にか服も元通り身に纏っている。


「んっどうした? 降参か?」


「うん、降参。今の僕じゃ勝てないや」


「まだ勝機はあると思うが?」


 あっさりと負けを認めたワンに消化不良の団長はまだまだやる気満々、全然物足りないといったご様子。


「いや無いね。僕はあんたにダメージすら与えられない。倒せない以上僕に勝利は存在しない」


「本当にそうか?」


「………………」


「キミがやっていることはただ自身の体を光に変えだけ、もっといえば移動するキミの体の行き先に私の急所があっただけの事。とても攻撃とは呼べたものではない」


 ――やっぱ見えてるか


 うすうす勘付いてはいたがやはりこの人間は光を目で追うことが出来る。

 身体能力を強化した結果なのかもともとそう言う動体視力を持ち合わせているのかは不明だが、いずれにしろワンが攻撃ではなく移動をしていただけという事がバレてしまった。


「まさか見えていたとは……世界最強は伊達じゃないってことね。そっ僕はただ移動してるだけ」


「やはりな。だがそれではキミを認めることが出来ない、だから次はちゃんと攻撃してくれよ」


「うーん……それはちょっとできないかな」


「なぜだ」


「だって今の僕には出来ないから」


「い、言ってる意味が少し分からないな…光速の速さでパンチやキックを繰り出すだけでいいんだぞ? 簡単な事だろ?」


 仕切り直して今度こそ攻撃をしてくれることを期待していた団長だが、ワンのはなった衝撃の一言により慌て始める。

 その表情には焦りと落胆、そして期待が入り混じった感情が現れている。しかし今のワンではその期待には答えることが出来ない。


「それが出来ないから無理って言ってるの。あんたが不調和ならたぶんできただろうけど、あんたは調和寄りだから」


「不調?調和?すまない人間の頭でもわかるように言ってくれ」


「だから、今のこの身体ではそう言う契約になってるって──、」


「ワン、喋り過ぎだよ」


 めんどくさそうに詳細を説明しようとするワンを扉の方から発せられた声が遮る。


「キミは……」


「姉さん!?」


 声のした方を向くと扉の前にロクがパーカーのポケットに手を突っ込んで立っていた。

 扉が開く音が聞こえなかったため、おそらくワン同様体を光に変え隙間から入ってきたのだろうと団長は推測する。

 その顔からは感情が全く読めず、団長にまるで機械や人形のような印象を与える。


「ワンがこんなにお喋りになるなんてあなた面白い人間だね」


「キミは確か予選の時その子を止めに入った」


「ワンの姉、ロクだよ」


 軽く自己紹介しながら二人の元へとゆっくり歩み寄るロク。

 団長の裸にツッコまないのはロクもソレには全く興味が無いからだろう。


「喋り過ぎとはどういうことか教えてもらえるかな?」


「そのまんまの意味だけど、あなたたちがこれ以上私たちの事っを知る必要はないってこと」


 ワンと団長の間に入り、団長を見上げながらも見下す態度をとるロク。

 ワンとは比べ物にもならないほど巨大な威圧、この部屋だけ重力が数倍にもなったかのように体が重く感じるワン。

 一方団長は変わらず平然としており現時点での格の違いを思い知らされる。


「相手との信頼関係を築くのに必要な事だ」


「嘘だね、もう十分信用できてるはずだよ」


 ワンは全てを見透かしているかのように薄い笑みを浮かべる。


「なぜそう思う」


「…………勘、かな?」


「勘か、確かに直感は時に真実以上のものを見出す。しかし勘というものは膨大な経験によって生み出される奇跡のようなもの、キミら子供にそれだけの経験があるとは思えないが」


「……だいたい百三十八億年」


「何の話だ?」


 ロクの発した桁外れの数字に団長は大きく首をかしげる。対してワンはすぐに何の数字か分かったがわずかに眉を顰める。


「私たちが生まれてから今現在までに過ごした時間だよ」


「……はははっ、自分が神とでも言いたげだな?」


「そうだよ、だって私たち神様だし」


 立て続けに発せられるロクのぶっ飛んだ発言にワンと団長は思わず二人同時に「えっ?」と声が出る。

 同じ反応とはいえ意味は全く違うようで団長は頭のおかしい人を見るような若干引き気味の「えっ?」。

 一方ワンは何言ってるの?と目を見開いて驚いている「えっ?」。

 そんな二人に挟まれながらもなお余裕と自信に満ちた態度を示すロク。


「そんなことを信じるわけがないだろう、それならそっちの妹が話した『攻撃が出来ない』ことの方がまだ信用できる」


「でしょうね、人間はいつだってそう。自分たちの理解が及ばない領域は絶対に信じないし信じよともしない」


「当たり前だ、私たち人間は全知全能ではない。自分の目で確かめたもの、それだけが真実でありそれだけが現実、他はすべて幻存在しないも同然」


 なにがなんでもロクたちを神と信じたくないのか頑なにロクの言葉に耳を貸そうとしない団長。

 当たり前と言えば当たり前。たとえ人間でないと分かっていてもいきなり自分の事を神様だと言ってくる奴を信じろという方が無理な話。

 なのにこの姉と来たらなぜ信じてもらえないのか不思議だとでも言いたげに真顔で首をかしげている。


「じゃあ結論だけ聞かせてもらえる、あんたは私たちに協力してくれるの?」


「キミには協力しない……いや、協力できない」


「……そっ、残念」


「だが、そっちの妹になら協力しよう」


「えっ僕?」


 どちらか片方が信用できなかったらもう片方も自動で信用しないパターンだと思っていたワンは思わず自分を指さしてしまう。


「キミがいれば私の探し物も見つかるかもしれない、今後ともよろしく頼むよ」


「良かったねワン、とりあえず情報収集ははかどりそうだよ」


「ソウダネー」


 目的は達成したのだが、なんか納得のいかないワン。

 自分の事を神と言うロクとまだ自分の事を何一つ知ってもらえてないワン、どちらも十分に怪しいはずなのになぜかワンだけがクリアしてしまった。普通ならどっちも信用しないと思うのだがボーダーラインが全く分からない。


「これからよろしく頼む」


 差し出された手をまだ少し混乱しながらも無言で握り返し友好を誓う。

 欲しい情報を直接は入手できなかったが、何はともあれこれで少しは進展しやすくなったはず。


「さて、話も終わったし入隊式を再開しようか」


 執事の人と同様パチンッと指を鳴らすと部屋を出て行った新団員と副団長、護衛がもといた位置に転送される。


「やっと終わりましたか、いったい何を話して──、」


 戻ってきた者たちの目に最初に移ったのは団長の鍛え上げられた美しい肉体……もとい裸体姿。

 戻ってきて半強制的に団長の裸を見せられることとなった新団員たちは羞恥や驚き怒りなど各自それぞれの感情がこもった奇声を上げる。


「団長、なにがあったか詳しく聴かせてもらえますか?」


 そしてこの状況に一番ご乱心なのはもちろん副団長。修羅のような顔で説教モードへと突入する。


「いや違うんだ、私はただ彼女らが信用できるか試していただけで」


「つまりいつものように手合せをしたと?」


「そう、そうだ。彼女ら結構強くて私も少し本気を出さざる負えなかったんだ」


「仮にあなたが本気でやらないといけない状況だったとしても女の子の前で全裸になるのはどうかと思いますけどね!」


 全く持ってド正論。人間の裸体に全く興味のないロクワンだったからこそなにも怒らなかったが、これが普通の女の子なら即通報からの即裁判、言い訳の余地もなかっただろう。


「いやー彼女らそう言うの気にしないらしくてさ、そもそも最初に脱いだのは……あっ……」


 最初に服を脱いだのは誰か説明しようとワンの方に視線を向ける団長だったが、ワンがすでに服を纏っていることを思い出し固まる。

 つまり現状服を着ていないのは団長ただ一人でどこからどう見ても露出狂の変態にしか見えない。


「先ほどは大変失礼いたしました。どうやら無礼者はこっちの変態だったみたいです」


「ちょっと!? ねえ待って一度話を聞いてくれ、キミたちからも説明をっ」


 副団長が拘束魔法で団長の手首に手錠を二重に賭け始めると流石の団長も焦りだしロクワンたちに冤罪であることの証拠を話すよう求めてくる。


「なんか、私も本気を出そうとか言って急に裸になりました」


「私が駆けつけた時には手遅れでした」


 しかしロクワンがこんな面白い展開をすぐに収束させるはずがなく、言っていることは間違っていないが確実に誤解が生まれる言い方で何があったのかを簡潔に一言でまとめる。


「なるほど、ってあれ? キミはいったいいつから?」


「妹の助けを求める声が聞こえたので駆けつけました」


「ふむ、団長ちょっとお話いいですか」


 連行しようとする副団長に必死の抵抗を見せ大樹の如くその場から動かない団長。どうやらまだ冤罪を訴え続けるつもりらしい。


「待てー! 誤解だー! そもそも最初に裸になったのはキミの方だろう」


「そうなんですか?」


「まぁ……僕はそのつもりはなかったんだけど、本気出せって言われたから半強制的に? 脱ぐ羽目になった。僕は能力の関係上服を着て無い方が強いから」


 またしても誤解の生まれる言い方でこの状況を楽しむワン。

 確かに間違った子とは言っていない、間違ってはいないのだが、まるで仲間の信頼関係なんてこの程度とでもいうように伝え方ひとつでどんどん団長が追い詰められていく。


「団長、地下で話しましょうか」


「あああくそっ事実だからなんも言えねー」


「事実? つまりあなた様は可憐な少女の服を脱がし剰え自分も脱いで見せたと?」


「あっいや、その……えっと……」


 自ら見え見えの地雷を踏んでしまい身動きが完全に取れなくなってしまう団長、こうなってしまってはもう言い逃れはできない、潔く腹をくくった方がいいだろう。


「可憐だって」


「オネが超絶美少女なんだから当たり前だよね」


 一方ロクワンは団長の事などどうでもいい、眼中にないと言いたげなクソ茶番を開催していた。


「じゃあ僕たちの用はもう済んだからさっさと帰らせてもらうね」


「結局入団はしてくれないのですね」


 団長の巨体を護衛と協力し少しづつ引っ張りながら地下へと向かっていた副団長が何故か残念そうに答える。


「だってあんたは僕のこと信用してないでしょ」


「先ほどまではそうでした。しかし団長が認めた以上少なくともあなたは悪人ではない。信用はまだできませんが仲間としては認めますよ」


「遠慮しとくよ。そもそも僕は根っからのソロプレイヤーだからね」


 最初から入る気のなかったギルド、もちろんワンの答えは入団しないで即決。


「そうでしたか、もし入る気になられたらご連絡くださいいつでもお待ちしております」


「そんなこと絶対あり得ませんから期待しない方がいいですよ」


 そして結局最後の最後まで失礼な態度を改めることは無かった。


「そうですか。セバスチャン送って差し上げなさい」


「かしこまりました」


 どこからともなく表れた例の執事ことセバスチャンがロクワンの目の前に転移してくる。

 セバスチャンは自分の魔法でロクワンをコロッセオへと送り届けると一言挨拶をしてすぐにギルド本部へと戻っていく。

 それを見送ったロクワンは、ようやくめんどくさい人間たちから解放された解放感に少しの沈黙の後「はぁっ」と同時に短く息を吐く。


「百三十八億年生きてるとか自分が神様とか、姉さんは嘘ばっかり」


「だって私嘘つきだもーん。あと私の服で手拭かないで」


 ワンが団長と握った右手をまるで汚物を触った後の様にロクの服で入念に拭き取る。


「それはそれとして、ワンは何?あの人間のこと信用してるの?」


「はぃー?なんてどうなるの?バカなの?」


「いやだってさー。珍しくワンがお喋りになってるから、もしかして信用できる人間なのかなーって。」


「信用してたのはARIAを使ったあの一瞬だけで、今はもう一切信じてないよ」


「へぇー…」


「……なに?」


「べーつにー」


「…………」


 意味深にニヤニヤしてくるロクを睨みつけながら宿へ戻ると早々に荷物をまとめ、一向に起きないオニの足をロクが引っ張って引きずりながらその日のうちに出国する。

 けっこうこの国には期待していたが、一番情報が集まりそうなギルドが期待外れだったのでもうここでは有益な情報は得られないとして次の情報提供場所へと向かう。

 とはいえ、特に次の目的地が決まっているわけでもないしどこに行くか決めるのも面倒な二人は、とりあえず隣の国に行ってみることにする。

 オニを引きずっている以上光速での移動はできないので、今回はゆったりのんびり歩いて行く。






 ―――――――――――――――――――――――――――――――――






 ≪後書き≫


 はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。


 チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。

『紅の章』第4節お待たせいたしました。


 さてさて今回の後書きですが、特に書くことが思いつかなかったので宣伝でもします。


 唐突ですが今日から小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載がスタートしました。


 まぁ本音としては、チカ異世がなろうの方で投稿できないので代わりにオリキャラルートの物語を書いちゃおうという何とも安易な考えです。


 といっても主人公が変わっただけで世界観は全く同じなので相変わらず内容はカオスですが、多分こっちの方がなろう小説よりなので次話投稿までの暇つぶしとしてみていただけると嬉しいです。




 この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。


 それでは次回

【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】

 蒼の章第5節:おにごっこ

 紅の章第5節:ギルド結成

 それぞれの後書きでお会いしましょう。


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