蒼の章第5節:おにごっこ
「はぁ……はぁ……はぁ……」
乱れたい気を整え路地裏に身を隠すオネ。
その目には焦りが見られ、必要以上に辺りを見渡し警戒する。
ひょこっと路地裏の影から顔だけを出し追ってきてないことを確認するとたまたま目の前を通り掛かった三十人程の複数の集団に紛れて大通りを横断し隣の路地裏に移動する。
「もっと、もっと遠くに逃げないと……」
──時は1時間ほど前に遡る。
「さて、二人とも勉強の時間だぞ」
「は~い」
「…………」
イオの言葉に元気よく返事するイアと、眉を極限まで寄せて舌を出しながら最大級の嫌な顔をするオネ。
「どうしたオネ」
「なんでもない」
「その顔で何も無いわけないだろ」
「だって素直に言っても聞いてくれないじゃん」
「まぁとりあえず言ってみな」
「今日は勉強しないで遊びに行こう!」
「昨日と一昨日の二日、朝から晩まで遊んだだろ」
「足りない」
「はい?」
「たった二日で満足出来るわけないじゃん」
「じゃあ何日休みが欲しいんだ?」
「毎日!」
「今日も小テストから始めやるぞ~」
「待って嘘、冗談、嘘だから、調子に乗ってすみません」
「それで、週何日休みがあったらやる気出るんだ?」
「週六!」
「じゃあ勉強のある日は二十四時間休み無しでみっちりやろうか」
「週三でお願いします」
「いつもの水土日でいいか?」
「うん」
小テストが終了しイオの講義が始まる。
「イオ、ここもう一回教えて」
「いいぞ」
またまたいいが質問したことによりイオの意識がオネから外れる。
「あれ? イア、オネ知らないか?」
「えっ知らな~い」
イアの分からなかったところを説明し終え授業の続きを再会しようとしたイオだったがなんと部屋からオネの姿が消えていた。
「……逃げたな」
「逃げちゃったね」
「じゃあちょっと捕まえてくるからイアは自習しててくれ」
「うん、行ってらっしゃい……寝よう」
部屋を出てイアの視界から外れるとイオは自身の体を光に変え光速で一階へ降りてそのまま入口のドアの隙間を通り抜け、南門から伸びる大通りと中央の広場の接点にあるこの街の建造物で一番高い時計台のてっぺんに立ち街全体を見渡す。
「さて、あいつが逃げそうな場所は……」
──そして現在
オネは今までの経験からイオなら探す時に高所から見下ろす可能性が高いと考え、極力表には出ず高所から死角になっている建物同士の間や路地裏を伝って隠れるように移動する。
しかしイオの探索能力は尋常ではない、地上に居続ければ
見つかってしまうのも時間の問題。
「とりあえず外に出ないと……」
街の外に出れば逃げ道の可能性がぐんと広がる、四方角どこでもいいのでまずは街の外に出ることを目標にする。
しかしイオは頭がいい。オネが街の外に出ようとしていることはもう勘づいているはす。
オネの思考や癖からどの方角から外に出るかイオなら推測するのも容易のはず。
──なら裏をかいて地下に逃げるか?
地下ならイオもマップは頭に入っていないはず、それに地上と違って高所から特定される心配もない。
しかし地下で迷子になる条件はオネも同じ。どうせイオは地下内でもくまなく探して回るだろうから留まるのは自殺行為。かと言って迂闊に動いて鉢合わせでもしたらそれこそ詰み。
純粋な追いかけっこでイオから走って逃げ切れるのはワンくらいなので万が一鉢合わせてしまった場合確実に捕まってしまう。
イオが地下に入った時に地上に出てもんに向かうのが理想だが、イオの居所さえ分からないこの状況ではタイミングを合わせるのはほぼ不可能。
──それならさらに裏をかいてあえて街に居続けるか?
イオなら地下への逃亡くらい普通に見透かしてくる可能性は大。今地上で見つからないのもオネの隠れ方が上手いんじゃなくてもう既に地下へと先回りしているからなのかもしれない。
それならさっさと門へ行ってしまうのが正解だが陽動という線も有り得る。
「ダメだ、お兄ちゃんの裏をかける気がしない」
そもそも正解の門にたどり着く確率は四分の一、外れる可能性の方が高い。それならアレコレ考えて裏をかこうとするより、何も考えず適当に枝でも倒して倒れた方の門に向かう方がいいのではないだろうか?
そもそもイオはオネの思考や癖から行動を予測したり裏をかいたりしているのだから完全ランダムで決めてしまえば予測も裏もない。
しかしここで問題が。
その辺に倒すための枝が落ちていない。一応落ちてないこともないがそれがあるのは大通りの真ん中に並べて植えてある木の下、つまり枝を拾うには大通りの真ん中まで姿を表さないといけない。イオがまだ高所から探していた場合普通に詰む
地球でも日本語とかの勉強で何回も逃げ出したことがあるが、開けたところに出るとかなりの高確率で見つかっている。
さっきは大人数の中に紛れることが出来たからか、たまたま見つからなかったがイオの索敵範囲に入っていないことを確信できるまではあまり出て行きたくない。
そこでオネは枝の代用になるものがないか路地裏を探索する。
なんでもない時はすぐ見つかるのにいざ本気で探そうとすると全然見つからないのが捜し物。
木の枝は無かったのでゴミ捨て場に落ちていた骨で代用する。
マンガ肉のような太く大きな骨を地面に真っ直ぐに立て手を離す……が、偶然にも綺麗に真っ直ぐ立ててしまったらしく骨は倒れることなく直立する。
「わぉ……じゃなくて、倒れろ」
その場でジャンプして振動で倒そうとする。
骨はすぐにバランスを崩しカコンッと軽やかな音を立てて地面に倒れる。
「この角度だと……東かな?」
頭の中で現在地を上空から見下ろし方角を確認する。
正確には東南東に倒れたのだが四捨五入すれば東なので早速裏通りから東門へと向かう。
──オネが東門に向かう少し前
イオは時計台から北の大通りを見つめ考えていた。
恐らくオネはまともに鬼ごっこしても勝てないと踏んでどこかに隠れているはず。
地上にいようが地下にいようが光速で街中飛び回れば一秒も掛からずに見つけ出せるが、この世界は光を目で追える人間や異種族が当たり前のように存在している。
もしそいつらが不調和側だった場合、今後の事を考えると能力のことをあまり知られる訳にも対策される訳にもいかない。
使うのはあくまでオネが本気で逃げた時の最終手段としてだけそれ以外は予測と誘導で追い詰める。
──さて、オネならこの状況どうするかな
オネはまずイオなら高所から街を見渡すと踏んで高所から死角になっているところに隠れているはず。
候補としては路地裏か地下か建物内か、いずれにしろここからでは見つけることは出来ないのでとりあえず地上へと降りる。
──建物内はないな、万が一見つかった時に逃げ場がない。次は地下、俺が地下の地図が頭にないことは知ってるだろうから、隠れながら逃げるなら全体を見渡して探すことが出来ない地下を通るのが最適。けど地下で迷うという条件は向こうも同じ、運が悪ければ鉢合わせる可能性だって十分にある。絶対に安全とは言えない。逆に路地裏などの地上は視界を遮る場所さえ踊れば地下ほどではないがある程度隠れてやり過ごせるし、地下に比べて断然逃げ先の選択肢が多いので行き先を特定されずらい。しかし地上である以上常に周囲を警戒し相手の視界から外れ続けなければならないというところが難点か
以上のことからイオはオネが地上に隠れていると予想。
地下にいないと思った理由は脱走常習犯のオネが見つかった時のリスクを考えてないとは思えないし、何より隠れて逃げるのに地下のような音がよく響く場所を選ぶようなバカじゃない。
「どっちに行くかね」
地上での逃げ先はどうせ街の外、つまり東西南北それぞれにある門のうちのどれか。
イオはオネならどの方角に向かうか本人の思考で考えようとしたがすぐに考えを取り消す。
というのもオネが単純に方角を決めるわけが無い。どうせオネは向かう門をイオが予測して先回りしていると考えているから自分の考えで邦楽を決める可能性は低い。
となると決め方はシンプルにランダム。オネは迷った時に自分以外からの意見を求めるタイプだが、周りには迷ったらランダムで決めるタイプが多いので結局その方法で決めることが多かった。だから今回も恐らく向かう門の方角はランダムで決めている可能性が高い。
それならオネの思考を読んで先回りするのは不可能。
──ランダムか……めんどくせぇな……いやそうでも無いか
街の中心にある女神の像まで歩いてきていたイオはいい作戦を思いつきたまたま体が向いていた南門に向かって走り出す。
この街の外は北・西が比較的開けているエリアで東が商人たちの運搬ルート。なので真っ先に隣町に続く南側を警戒していればほかの方角は最悪街の外に逃げられても見つけられる可能性が高い。
オネがランダムで行き先を決めたのならどこに向かったのか考えるだけ時間の無駄、こちらもそうそうに行動に移すのが得策。
幸い向こうは周囲を警戒しながら移動しないといけないので自然と遠回りになり門への到着は遅くなる。
その間にさっさと先手を打っておく。
南門に着くとイオは能力を使いイアの生み出していた蝶よりもずっと透明な蝶を一羽生み出す。
蝶は門の周りをヒラヒラと飛び回り続けそれを確認したイオは東門へと向かう。
──同刻オネ
入り組んだ路地裏を慎重に進み東門へと急ぐ。
曲がり角がある所ではイオと鉢合わせないように一旦停止して少し待ってから一度チラッと覗き見てから進む徹底っぷり。
何とか東門付近まで来ると建物の影から門の様子を覗く。
「……っな、嘘でしょ」
小声でそう呟くオネの視線の先には門の前に立つイオの姿があった。真っ直ぐ前に伸ばした左人差し指の先には透明な蝶が一羽とまっており、その蝶を解き放つと北門へと走っていく。
「これはやばい……」
先手を打たれてしまった。
あの蝶は調和力が高い生命に集まる習性を持っていて今門を出てもあの蝶がついてきて東門から逃げたことがバレてしまう。
オネは東門からの逃走を諦め他の門に向かうことを決める。
ここからなら北か南のどちらかだが、北は草原で見つかりやすい上にイオが先回りしているので必然的に南へと向かうしかない。
イオが北へ向かったと見せかけている可能性もあるので引き続き隠れながら南門へと向かう。
──ダメだったか……
目の前には東門と同じ蝶が飛んでおり、こちらも既に対策されていたことが判明する。
この調子だと西ももう手遅れだろう。つまりオネはこの街から出ることが出来ない籠の中の鳥となってしまった。
こうなってしまっては残る方法は二つ。
ひとつはこの街内で捕まるまで鬼ごっこを続ける。この街中で続ければ時間とともに逃げ道がなくなっていくのは明確、捕まるのも時間の問題だろう。
もうひとつは門の前にいる蝶を全て回収しどこから逃げたか分からなくする方法。しかしこの方法はあまり乗り気になれない。というのもこの方法は最初の一羽を回収してから次の蝶を回収するまで時間をかけることが出来ない。イオは回収された左右の方角どちらも確認しないといけないが、オネもイオが作戦に気づいていた時のためにまた隠れて移動しなければならない。この場合……と言うよりあの移動速度ならこちらも最短距離で全力疾走しない限りイオの方が圧倒的有利。
見つかるリスクを上げてまで蝶を回収すべきか、無駄な抵抗を続け捕まるまでの時間を稼ぐか、どちらにしろオネの負けはほぼ確定したようなもの。
しかしどうしても諦めたくないオネは捕まる確率は高くなるが最短距離で蝶の回収をすることにする。
まずは目の前の南門の蝶を回収して次は東門、反時計回りに回収していく。
──同刻西イオ
「さて、獲物はかかったかな?」
西門に蝶を解き放ったイオは再び南門に帰ってくる。
イオが到着した時には蝶は居なくなっておりオネがここを通ったことが分かる。
これで二択。
素直に隣街へ逃げたか、逃げたと見せかけてほかの方角から逃げたか。
どちらか確認するにはほかのもんの町を見るのが早い。そこでイオは東門へと向かいオネがどっちを選択したか確認しに行く。
──こっちを選んだか
東門の蝶も居なくなっておりオネがイオを撹乱しようとしていることがほぼ確定する。それが分かるとイオは西門へと向かう。蝶を回収してると見せかけて東か北門から逃げている可能性があるが草原の北は西門を確認してからでも十分間に合うし、東門は商人から情報を聞き出せればアド、一本道から逸れて森に入ったなら光速が使えるのでほぼイオの勝ち確。と言うより南以外の方角は光速による探索ができるのでオネは実質南門しか逃げ道は無いのだ。
──あいつがここまで頭回ってるかどうか……まぁ、ここを回収している時点でお察しだけどな
自分の勝利を確信させたイオは歩行者を避けながら大通りを東から西へと横断する。
街の中央広場を抜ける際時計を確認すると時刻は十五時をちょっと過ぎたくらい、まだまだ授業の時間は残っている。
──西門
三羽の透明な蝶を周囲に引き連れオネが西門へと走ってくる。
「はぁ……はぁ……スゥ~~~……」
乱れた息を整えるため大きく息を吸い込みながらオネは門の前で優雅に飛んでいる蝶に近づく。
蝶の方もオネに気づいたのかヒラヒラと近づいて行くと他の蝶同様にオネの周りを飛び回る。
と、次の瞬間飛んでいた蝶の体がガラスが砕けるように弾けると光の粒子となって消えていく。
「!?」
「立ち止まったってことは鬼ごっこは終わりか?」
大通りの方から今一番会いたくない奴の声が聞こえ、その方へゆっくりと振り返る。
やはりそこに居たのはイオ。息も上がり正直慢心創始なオネとは打って変わって、こちらは息一つ乱れておらずまだまだ余裕と言いたげに薄く笑っている。
「まだまだ……ここから逃げ切って見せるから」
「無理すんな、疲れと焦りでまともに頭回ってないだろ」
ゆっくりこちらに近づいてくるイオに数歩後退ったあと、イオの両足が平行に揃ったタイミングで南門に全力疾走する。
後ろを確認したている暇はない、前を歩いている人たちを最小限の動きで躱し障害物をパルクールで駆け抜ける。
追い風を受け滑り込むように門をくぐった瞬間右足に何かが引っかかり勢いそのままに体が中を舞う。突然のことに受け身を忘れ顔から地面に転倒するかと思ったとき、誰かが身体を支えてくれたおかげでなんとか怪我をせずに済んだ。
助けてくれた人物がイオじゃなかったら良かったのだがそんなご都合展開が起こるはずもなくオネはイオに抱きかかえられたまま視線をそらす。
「逃げる方向に重心が寄る癖は相変わらずだな」
「…………」
イオの指摘にオネは無言で目をそらし続ける。
倒れかかっていた身体をイオに起こしてもらいありがとうと小さくお礼はするもまた直ぐ視線をそらしお互い無言が続く。
数秒の沈黙の後唐突にチラッとイオの後方を除きそむような仕草をするオネ、イオも釣られて後ろを振り向くが背後には何もなく視線を戻すと目の前からオネが消えていた。
なんてイオが思うはずも無く、直ぐにオネの逃走速度でこの場から完全に姿が見えなくなるまで遠くに逃げることはできないと結論付けもう一度後ろを振り返る。
すると大通りから路地裏へと逃げ込むオネの姿を捉える。
見つけてしまえばイオの勝ち確、あっという間に追いつき手を掴んで確保する。
「捕まえたぞこの問題児め」
「やああああ離せええぇぇ」
「離したら逃げるだろ」
「逃げない、逃げないから」
無駄な抵抗を繰り返しているくせに必死に逃げないと主張するオネ。本来なら絶対に信じないのだが、この状況なら仮に逃げてもすぐ捕まえられるので最後の慈悲として手を離すと学習しないのかオネはなんの躊躇もなく即逃げ出す。
が、当然イオの反射神経にかなうはずもなくオネは一歩逃げ出すと同時に捕まってしまう。
今度は抵抗して逃げないように手首を掴み壁に抑え込んでしっかりと拘束する。
「授業じゃなくてお仕置がいいか?」
「……お仕置でお願いします」
イオのセリフとシチュエーションに便乗するように何故か赤面して恥ずかしそうに呟くオネ。
姉弟でもこれは事案になりかねない状況だが、イアちゃんガチ勢のイオがそれに反応するはずもなく無視して話を続ける。
「お前どんだけ勉強したくねーんだよ」
「明日、明日頑張るから」
「明日頑張るのか?」
「頑張る、超頑張る」
「じゃあ今日やらなかった分合わせて二日分やってもらおうかな」
「あっ……やっぱりさっきのなし」
「おい!」
言質をとったイオが明日は一日中勉強できるといった瞬間発言の撤回を求めるオネ。
しかしイオがそんな緩いルールをオネに適用するはずも無くあっさり却下される。
「そんなことしたら明日も逃げるから!」
──それを俺に伝えた時点で詰んでることに気づかないのだろうか……
バカ丸出しで自ら作戦を口にするオネ朝イチで逃げ出さないように寝たら縄で縛っとくかと考えるイオ。
「なしにしてるんですか?」
突然大通りの方から声がしイオオネ二人して同時に振り返る。
そこには青年が一人怪しい人でも見るかのような不審な顔でこちらを見ていた。
そんな顔される覚えなんて……あるな、現在進行形だ。
「えっとな、これは──」
「助けてください!!!」
男が女を壁に追いやり身動きを取れないようにしている状況、事情を知らない側から見れば完全に黒! 通報案件だ。だから事がややこしくならないうちにイオがこの状況をイチから懇切丁寧に説明しようとした瞬間、裏切るようにオネが青年に助けを求める。
「おまっ、何言ってくれてんだ!」
「この人無理やり私を連れて行こうとするんです」
「おいやめろ、一回黙れ」
完全に後先考えずにイオを売りに来ているオネの演技に反射的にツッコミを入れる。
しかしもうオネが発言してしまったこの状況、手を離せはオネは確実逃げるだろうし、それを追いかけようとすればコイツラに足止めされるだろう。
とは言えこのまま捕まえていても全く説得力が無い上に誤解が深まるだけなので仕方なく掴んでいる手を放すとオネはダッシュで逃げ出しなぜか青年の背後に隠れる。
「オネ、どういうつもりだ?」
「帰ったらお仕置きされる」
「いやそれは……いや、わかった一旦戻って来い、そうしてると誤解が深まるから」
「いや!」
「おいやめろよ、嫌がってるだろ」
オネの演技力も相まって完全にイオがオネを連れ去ろうとしている悪役だと思い込んでいる青年が間に割って入ってくる。
「誤解ですよ、そいつうちの妹です。勉強しないで逃げ出したから捕まえてたところなんですよ」
これ以上怪しまれても損するだけなのでイオは世因縁の勘違いを正すため丁寧に状況を説明する。
「それ本当?」
イオの言い分に自分が勘違いしてただけかもと思った青年はオネに事実確認をする。
が、オネがこの状況で真実を話す訳もなく食い気味に勢いよく首を横に振る。
「いいえ違います。この人私が嫌がることを無理やりやらせようとするんです。私は絶対に戻りたくありません。逃げても逃げてもどこまでも追いかけてきて、逃げ出した罰としてお仕置きをするって抑え込まれました」
──あんにゃろぉ……
「やめろ、お前わざと誤解を招く言い方してるだろ」
「本当なんです。お願いです信じてください」
オネの微妙に合っている必至な訴えにより、話がややこしくなったうえにイオへの疑いが倍増することとなり結果青年は本気の警戒モードに入ってしまう。
被害者面してるオネの反応だけを信じこちらの意見を完全否定する青年に「ほんの一部始終をたまたま目撃しただけで何も理解してないくせに都合のいいように解釈して勘違いしてんじゃねーよ、なろう主人公が」と言いたいところだが、それを言ってしまうと疑いを晴らすどころか完全に悪役確定コースなので我慢する。
「あの、俺の言うことも少しは信じてもらっていいですか?」
「仮にあなたが善人だったとしても彼女が怯えている事実は変わらないでしょう」
──それが演技だって見抜けないお前が三流なんだよ
どこまでもご都合的な青年にどんな世界にもこういうバカはいるんだなと思うことで苛立ちを鎮めるイオ。
「話聞いてました? 俺は勉強しないで逃げ出した妹を連れ戻しに来ただけなんですけど」
イオの説得にまたしても首を横に振るオネ。こっちもこっちで自分勝手すぎるだろと、帰ったら本気のお仕置きをしないとなと思う。
そして青年は当たり前のようにオネに味方する。
「彼女は違うって言ってるが?」
「そいつが嘘をついてるって可能性をお前は考えないのか? それとも女の子の言葉なら何でも真に受けるバカなのか?」
「キミが真実を言っていたとしても彼女はそれを嫌がってるんだろ、なら無理やりっていうのは間違ってるだろ」
──マジでコイツの頭どうなってんだ? 無理やりも何も悪いのは全部お前が今かばっれいるそいつなんだよ、助けた後オネがお前のハーレムに入るとでも思ってるのか? 今そいつの顔見てみろ、勝ち誇ったかのようなドヤ顔で俺見てるから、ほら見てみろよ、ご都合主義で演技してる時しか顔見ないってか? マジふざけんな
主人公のご都合主義ってやられてる側はこんなにもムカつくのかと思いながらイオはオネに最後のチャンスを与える。
「オネ、今戻ってこないならこの先は冗談じゃすまされねーぞ」
「…………」
イオの最後の警告に一瞬観念しようとしたオネだったが、今捕まってもどのみちお仕置きされることに気づいたのか前に出ようとした体が止まる。しかし今出て行った方がお仕置きもほんの少しではあるがマシになるかも。
葛藤して小刻みに体が前後するオネをかばうようにまた勘違い青年が割って入ってくる。手をポケットに入れたまま余裕ぶった顔で薄く微笑んでいる。
「なんのつもりだ?」
「なにって見れば分かるだろ、この子を助けてるんだよ」
「はぁ?」
「そうして脅して連れ帰ろうとするなら俺も黙っちゃいられないんでね」
「こうなったのはあなたが原因なんですけどね」
「ん? キミがこの子を無理やり連れて行こうとしてたのが原因だろ? 勝手に俺のせいにしないでもらえるかな」
「……はぁ、もういいです」
コイツとは分かり合えないと確信したイオは説得を諦めオネに歩み寄る。
「ここは俺が食い止めるキミは逃げるんだ」
そう言うと青年は右手をポケットから出し手で銃の形を作るとその照準をイオに向ける。
「オネ目瞑って耳塞いでろ、絶対に開けるなよ」
イオはそう警告するとパーカーのポケットに手を突っ込んだままたんたんと青年との距離を詰めていく。
オネもイオの言う通りに従い目をぎゅっと瞑り両手で耳を塞ぐ。
と同時にイオから攻撃を仕掛ける。気絶させるために放った頭部への打撃は青年の視覚からの電気信号が脳に届くとほぼ同時に衝撃を与える。
しかし光速の打撃を無防備で受けたにもかかわらず青年はふらつくどころかすぐさまイオの腕を掴む。
青年はイオが逃げられないように腕を握りつぶす勢いで鷲掴みにすると転移魔法を発動させ二人は街から離れた山の麓まで飛ぶ。
「首が飛ばないのは想定内だけど、アレでフラ付きすらしないうえに光を掴むか……バケモノだな」
「褒め言葉として受け取っとくよ。ここならどんなに暴れても被害が出ない、さぁかかってきな」
そう言うと青年は指鉄砲をイオに向けバンッと撃ち抜く動作をする。
イオはこの挑発的な動作すらも警戒し避けるが避けたことで背後で何かが起こるわけではなかった。
──あれでビクともしないなら少しは本気出してもいいかな……
多少本気を出しても良さそうと思ったイオは今度は頭ではなく鳩尾に一撃を入れるため同じように高速で距離を詰めようとしたが、先ほどの青年の指鉄砲が万が一イオとの間にトラップを仕掛けるタイプだった時のために最短距離で前進しようとする体の進行を斜めに変更し一度青年の真横に回り込んでからターゲットを脇腹に変更し蹴りを入れる……と同時にイオと青年の間の空間に魔法陣が出現し、蹴りを喰らわせようと突っ込んできたイオの体が鏡に反射されたかのように後方へと吹き飛ぶ。
攻撃が反射されたことに気づいたイオはすぐさま体を人型に戻し数メートル後ろへ滑りながら着地する。
──おかしいな……トラップ魔法が仕掛けられている可能性があるのは正面のはず……
「やっぱり君の能力、自分の体を自在に光に変えることが出来るのか。それならほとんどの物理攻撃は効かないし攻撃を見てから反応するのは難しいだろう。けどそういう能力はこの世界では全然珍しくないんでね、事前に対処さえしてしまえばなんにも怖くない」
青年が得意げに説明すると青年を三百六十度覆うように青い魔法陣が視覚化される。見えてはいないがおそらく地面の下までしっかりガードされているだろう。
恐らくこれがイオの攻撃を反射した正体だろうがこのタイプの魔法陣が使える人間は初めて見る。
「この魔法は別に光を反射するわけじゃない、自分に向けられたありとあらゆる攻撃を反射することが出来る。つまりアンチ魔法でもない限りキミに勝機は無いってことだ」
「……ずっと透明化させてればいいものを、しかも技の説明にとどまらず弱点まで教えるとか……よほど負けたいらしいな」
「それはどうかな。言っとくが俺はまだ全然本気じゃない。そしてこの魔法は俺が覚えている中で最弱の魔法だ」
「あっそ、対戦相手が俺でよかったな。仮にもし俺の妹が相手だったら……お前もう死んでるぞ」
「妹? もしかしてあの子のこと言ってるのか?」
「いいや、そっちじゃない。俺が言ってるのは戦闘中に無防備でバカみたいにお喋りして実力を出し惜しみするお前みたいなバカが大っ嫌いな方だよ」
イオが青年の勘違いを指摘するも、ARIA家のワンを知らない青年にとっては当然イオが何を言っているのかさっぱり分からず首をかしげる。
「悪い、いらない情報だったな」
青年の反射魔法の欠点を見つけたイオはここにきてようやくポケットから手を出し少しやる気になる。そして今までイアと同じ蒼色だった眼が中心から広がるようにロクと同じ真紅に染まる。
「ARIA紅狂曲第3番24節……
イオが不意にひと振りだけエアギターをかき鳴らすような豪快なダウンピッキングをすると共にイオのいる位置から鳴るはずのないエレキギターの音が鳴り響く。
青年がギター音を認識しびっくりした時には既に手遅れで体の自由が利かなくなり膝から崩れ落ちるようにその場に倒れる。
「殺すつもりは無いから一小節しか引いてないしあえて半音外してある。しばらくすれば動けるようになるだろ」
「なにを……した……」
「能力を使っただけさ、お前は俺の能力が自分の体を光にすることが出来る能力と言ったが、これは能力とかじゃなくてどちらかと言えば体質みたいなものだ」
そう言うとイオは自分の左手だけを光に変え発光させる。
「……お前……人間じゃ……ないのか」
「あぁ、人間じゃない」
「何者……だ」
「ノーコメントで」
「他の種族か?」
「ノーコメント」
「悪魔か?」
「ノーコメント」
「神か?」
「ノーコメント」
イオの光化を能力ではなく体質だという事を知った青年はイオの正体を聞き出そうとするがイオは一切の質問に答えなかった。
「俺の正体は言えないが代わりにお前が負けた理由を教えてやるよ。あの魔法、会話できたってことは音は遮断できないってことだろ。仮に俺がお前みたいにお喋りで能力を使う前にのうのうと音が遮断できていないことを言っていたらすぐさま対策できたかもしれないな。あと、出し惜しみは負けフラグだから気を付けろよ。これで少しは戦場での戦い方が分かっただろ。生きてまた会ったら今度はちゃんとあいつが妹だって証明してやるよ」
強引に話を切り替えるとイオは一方的にダメ出しをしてその場を去る。
これだけ時間がかかっていればオネもすでに町の外に出て遠くまで逃げているだろう。普通に探すにはめんどくさいこの状況でイオは一端宿に戻る。
部屋に入るとちゃんと言った通りに復讐を済ませたイアがテーブルに突っ伏して爆睡していた。
イオは気持ちよさそうに寝るイアを揺すって起こす。
「んにゃ……? ごはん?」
「ご飯はまだです。それよりイア、オネ探すの手伝ってくれないか?」
そう言うとイオはバックパックから地図を取り出しイアの机の上に広げる。
「イオがまだ見つけられてないなんて珍しいね」
「見つけたけど邪魔が入って逃げられたんだよ」
「オネが今どこにいるか分かるか?」
「分かるけど……イオ、イアに頼るのは反則だと思う」
「オネが帰って来るまで飯は食えないからな」
「今ここの地下にいるよ」
オネが帰ってこない限り晩御飯が食べられないと言われたイアは一瞬のためらいもなく南にある隣街の右下を指さす。
イアからオネの現在地を聞き出したイオは部屋を飛びだしすぐさまそのポイント周辺を探し回りオネを見つける。
「げっ、なんでわかったの?」
「お姉ちゃん補正だ」
「なにお姉ちゃん補正って……あっ、イアお姉ちゃんか~!!!」
「Yeah,Yeah」
真実に辿り着き頭を抱えるオネにまるで自力で見つけ出したかのように勝ち誇ったドヤ顔で腕を組むイオ。
しかしイアの支援で居場所を特定したイオにオネが納得するはずもなくすぐさま地下中に響く口論へと発展する。
「それはズルでしょ! チートだよ!」
「いやいやこれこそ立派な策略でしょ。使えるものは使わないと」
「昔お兄ちゃんが勝ち確になるからって言って手助けはしないってオネと約束したんだよ。どうせイアお姉ちゃん脅したんでしょ」
「俺がそんなことする訳ないだろ。ただ単にオネが帰ってこないと晩飯食えないって言っただけだ」
「脅してるじゃん!」
「イアもオネに早く帰ってきて欲しいって思ってる証拠だろ」
「ただお腹が空いてるだけだよ!」
「いやでもほら、勝ちは勝ちだから」
「なんで捕まってもいないのにオネの負けが確定してるんですかね」
「この状況じゃ逃げきれないだろ、つまり俺の勝ちってことだ」
「いやでも今まで「イアの協力なんてなくても余裕で見つけられるし」とか言って全然イアお姉ちゃんに頼ってなかったじゃん。それはつまり今回は負けを認めたってことでしょ」
「そんなこと言った覚えないんだが?」
「ある! 絶対言った! オネが覚えてるんだから絶対言った!」
自分の記憶力の無さを棚に上げてまでイオに負けを認めさせようとするオネ。
そこにはもう勉強したくないから逃走するという本来の目的は無くただ単に兄に勝ったというARIA家では上位に来る称号を得たいとう目的に変わっていた。
「分かった分かった、今回は俺の負けでいいから帰るぞ、イアが腹すかせてる」
とりあえずイアの空腹を早く満たしてあげたいイオはオネを連れて帰ろうとする。
オネもイオが負けを認めたことと自分も空腹だという事もあり素直に二人して宿へ帰宅する。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おかえりご飯!」
よっぽどお腹が空いていたのかイオオネがドアを開け部屋に入ると同時にイアが立ち上がり金貨袋を押し付けながら早く行こうと二人を部屋から押し出す。
「お前が逃げなければイアがここまでお腹空かせることにはならなかったんだがな」
「……うるさい」
イアに押されるがままに宿を出ていつもの酒場で夕食をとる。
その後満腹になるまで存分に飲み食いし宿に戻ると歯磨きしてお風呂に入って各自寝る準備をする。
最初に寝たのはイアでパジャマに着替えた瞬間寝落ちする。オネも今日はイオとの鬼ごっこでかなり消耗しておりイアが寝てからほどなくしてベッドに横になろうとしたがイオに身体を支えられ阻止される。
「何お兄ちゃん……オネ今スーパーお眠タイムなんだけど」
「いやいや寝かさねーよ? 授業しない代わりにお仕置きだって言っただろ」
「…………」
「…………」
「…………」
「聞いてるか?」
「……すやぁ~」
「おい、狸寝入りしてんじゃねーよ」
支えた体を上下に揺らしわざとらしく寝息を立てているオネを強制的に起こす。
「お兄ちゃん、今日のオネ超疲れてるから寝かせて」
「無駄に疲れてるのは自業自得だろ。いいから起きとけよ」
支えていたオネをベッドに放り投げお仕置きの準備に入る。
「ダメだよお兄ちゃん、私たち兄妹なんだよ?」
「お前……それっぽく言うのやめろ」
赤面の演技をして逃れようとするオネに「その程度の演技で騙せると思ってるのか」と軽くデコピンをしてやめさせるイオ。
「じゃあ選んでいいよ、明日の課題を倍にするか今ここでお仕置きされるか」
「……お仕置きでお願いします」
「ったく、イアが起きるから大声は出すなよ」
「……あの……えっと……痛くない方でお願いします」
イアも寝て周りを気にしなくてよくなった真夜中、異世界に来て以降一番長いオネの夜が始まる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
≪後書き≫
皆様あけましておめでとうございます。
はじめましての方は初めまして、ご存じの方はおはARIA。IZです。
チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。通称「チカ異世」。
『蒼の章』第5節お待たせいたしました。
正月ダラダラしていたらなんか一か月以上たってました…すみません。
今回の後書き…の前に宣伝です。
小説家になろうにて【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】のオリキャラver.【チートしかいないカオスな異世界でもチーレムしたい!!!】の連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n1906gq/
こっちもこっちで色々ぶっ飛んでいるので合わせて読んでみてください。
という事で今回のアイテム図鑑はオネちゃんが購入した武器【ムラサメ】です。
正式名:幻白露ムラサメ
読み:ゲンビャクロ ムラサメ
属性:水・氷
レア度:★
入手方法:武器屋
値段:100ゴールド
≪特徴≫
その刀身は決して血で汚れることなく、鞘から抜くと刀身に露を帯び、周囲の大気を徐々に低下させていく。
使い手次第では振り下ろした時に流れ飛ぶ水気すらも刃と化すことが出来る。
この作品はあくまで二次創作ですのでこれを機に本家さんを好きになってくれる人がいたらうれしく思います。
それでは次回
【チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。】
蒼の章第6節:旅立ち
紅の章第6節:共闘クエスト
それぞれの後書きでお会いしましょう。
暇つぶし
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