蒼紅の章第9節:分かれ道【最終節】

 ――翌朝


 ジルが出発する一時間前。

 イオ・ロク・ワンの三人は見送りをするため街の東門に来ていた。イアオネはいつも通り爆睡中、オニはイアオネの護衛のために留守番。

 東門には荷馬車が数台停まっており他の冒険者や商人などいろんな人たちが出発の準備をしていた。そんな中、馬車が止まっている通路の横にいくつかあるベンチの一つに、見覚えのある人物が座って晴天を眺めているのを発見する。


「おはようジルさん」


 近づきながら声をかけるとジルは少しびっくりしてこちらを振り向き、声の主が分かると立ち上がってこちらに歩いてくる。


「イオくん、おはよう。あれ?ほかの三人は?」


「イアオネは爆睡中、オニは重力が邪魔して起き上がれないとか訳の分からないこと言ってぐでってたから留守番」


「あはは、三人とも相変わらずだね」


 いつも通りの朝の光景にジルは一笑する。積み込みはもう終わっているらしく、他が終わるまでの暇潰しにベンチに腰掛け少し話す。


「東に行くんですね」


「うん、今はひたすら東一直線に進むように旅してるから、一周したら今度は北方角に一直線って感じかな」


「方向決まってると不便な時ない?利点とかあるの?」


 意外にもジルの旅のルールに興味のあるのかロクが自分から質問する。

 さっきまでひとつ隣りのベンチに離れて座っていたはずが、いつの間にかジルイオの間に割って入ってきた。

 まさか自分たちもそのルールで旅に出るつもりなのか?と思いながらイオは少し横に移動してロクの座るスペースを開ける。


「進む方向は決まってるけど、その行き先に何があるか分からないワクワクが楽しいんだよ。それに次どこに行くかをいちいち考えないで済むのも利点かな」


 一直線旅特有の楽しさを話すとさらに興味を持ったのか、他にも「崖や海にたどり着いたらどうするのか?」「危険地帯と分かっていてもルールは曲げないのか」と質問攻めにするロク。


 ーーまさかな・・・


 ロクに限ってそんなことはないだろうと思いつつもいつもの癖で何かの間違いで嫌な予感が的中した時に備えてどうするか考えておく。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ジルさーん、出発しますよー」


 ロクが質問攻めしているうちに時間はあっという間に過ぎ、いつの間にか出発の準備が整っていた。ジルが御者に「分かりました」と返事すると、ロクはまだ質問あるのに・・・といった不満そうな顔をする。


「他は実際に自分たちで確かめてみてくれ」


「分かりました。ありがとうございました」


 ジルにお礼を言って少し上機嫌でイオワンの元へと戻るロク。よっぽどジルの旅の仕方に関心を持ったのか早く自分もやりたくてうずうず


「じゃあイオくんたちも頑張って。またどこかで会った時は旅の思い出話しながら宴でもしようか」


「いいですね」


 別れのあいさつを交わし荷馬車の列がゆっくりと出発する。

 手を振りながらジルを見送り、見えなくなったところで三人の雰囲気が一変する。


「んんーーーっ、やっっっと解放されたーーー」


 長年の呪縛から解放されたかのような解放感にイオは大きく伸びをして嬉しそうな大声を出す。ロクワンも「終わった終わったー」「自由だ―」とそれぞれ体を大きく伸ばし解放感に満たされる。


「イオー、どうだった私たちの演技」


「百点満点で何点くらい?」


「ギリ赤点回避」


「えぇーー厳しくない?」


「バレなかったんだからおまけしてよ」


 イオの辛口評価にブーイングと文句を浴びせ抗議する二人だがその顔はこの異世界に来てから見せた表情の中で一番幸せそうだ。


「なに言ってんだ、この一ヶ月ずっと棒読みクソ演技だったじゃねーか。『結果的にバレなかったボーナス』で赤点だけは回避してやったんだからむしろ感謝な」


「イオ基準とか無理に決まってんじゃん!」


「そうだそうだ!一般基準で評価しろー」


「じゃあ八十点」


 評価の採点基準がイオなのは余計に納得できないと騒ぐロクワンに適当に高評価を与えとりあえず満足させる。


「ていうかイオだって二回も威嚇してたじゃん」


「そーだそーだ」


「そうだな、あの程度で乱れてるようじゃ赤点以下ゼロ点・・・いや、マイナスだな。気をつけているつもりでも警戒心は平和ボケしてるな」


 こういった事には他人よりも圧倒的に自分に厳しいイオ。自分以外には赤点や八十点など具体的な点数を与えるが、自分に与える点数はゼロか百の二択しかない。しかも一度でも粗相をすれば絶対に百にはならないしようらしく、特に酷い時はどんどんマイナスになっていく。


「はいはい、そうだね」


「この世界では百点出るといいね」


 自分で自分に酷評をつけられてはロクワンもこれ以上責める気にはなれず雑に話を終わらせる。


「・・・・・・さてと、ワンそろそろ行こうか」


「そうだね」


「えっ?どこ行くんだ?」


「え?ジルを調和してくるに決まってるじゃん」


「危険に遭遇しない方法は危険に合う可能性をすべて潰すこと。兄さんの言葉だよ」


「昨日の夜今回だけ見逃すって話になっただろ、もう忘れたのか?」


「でもあんなの見逃したら絶対後々面倒になるから、僕予言しとく」


「一応異世界語教えてくれた恩人なんだしこれでプラマイゼロってことでいいだろ」


「圧倒的にマイナスなんだよねー」


「じゃあ次会った時は好きにしていいから今回は我慢してくれ」


 後で追い付いて調和するなんてことにならないようにしっかり言い聞かせ勝手な行動をしないよう抑制する。

 ロクワンは無茶苦茶納得いかないと言った様子だったが、イアオネの為と自分を押し殺し善処する道を選ぶ。

 ジルの行き先はある程度ルートが予測できるのでイアオネの方が再開することはもうないだろう。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ただいまー、起きた?」


「まだ」


 宿に戻り部屋のドアを開けると同時にイアオネの起床を確認するとバックパックを背負った状態でベットに寝転がって仮眠していたオニが体を起こしながら短く返答する。


「よし準備はできてるな。じゃあよろしく」


「兄貴もオネの事頼んだからな」


「おう、場所さえわかれば生存報告の手紙くらい送るぞ?」


「いいよ、兄貴なら余計な心配なんてしなくて済むし」


 オニは長年一緒に生活して得た信頼でイオの提案を断り部屋を出ていく。

 ロクワンも忘れ物が無いかの最終確認を済ませる。


「兄さん、お金は全部置いていくから好きに使ってね」


「本当に持って行かなくて大丈夫か?」


「大丈夫、すぐに稼げるし」


「ありがとな、でも流石に無一文は心配だから少しはもって行けよ」


 この一か月で稼いだ大金の中から片手で一回掴んだ分だけを自分たちの金貨袋に入れ、これだけあれば十分といった顔で閉じた袋の紐をもって回す。

 イオはホントに少しかよといった顔をするが、こういう場面でワンが余計な気遣いをしないことは知っているので素直に了解する。


「イオ、家建てたらちゃんと教えてね。見に行くから」


「急に何の話!?」


 楽しみにしてるとでも言いたそうな素晴らしい笑顔とグッと力強く立てられた親指。今まで話題にすら上がらなかった家の話をするワンに少々驚くイオ。しかも賃貸とかではなく一件建てること前提。


「えっ?なにって、イオが一軒家建てる話」


「ホントに何の話!?」


 最後の最後で訳の分からないことを話し出したロクに思わずツッコんでしまう。ロクはこういう意味不明なことを何の前触れもなく突然言い出すのでイオでも頭で状況を理解するまで少しかかる。しかも質が悪いことにその大半は「なんか急に頭に浮かんだから」と、特に理由はない凄くどうでもいい話だったりする。


「建てるんでしょ?森の中に」


「いや建てないから。何を期待してんだよ」


「えっ?建てないの?こう・・・大樹をそのまま使った幹の中に部屋とかがあるパターンのやつ」


「それファンタジー過ぎない?」


「だってファンタジーの世界じゃん」


「・・・あぁ・・・まぁ・・・・・・一応頭の片隅には置いとくよ」


 どうやら今回は真面目な話らしく、将来家を建てるならファンタジー世界らしい家にしてという要望だったらしい。イアオネが好きそうなタイプの話題なので一応候補に入れておく。


「姉さん行くよー」


「はいはい、じゃあイオいろいろ頑張ってね」


「お前らも目的忘れるなよ」


 ロクとワンは遊園地に遊びに行くときの子供のようなテンションでバイバイと手を振り部屋を出ていく。

 そのあとは窓から酒場方面に向かう三人を見送り、見えなくなったところで「ふぅ~~~」っと大きく息を吐きながらロクの使っていたベッドに背中から倒れ込む。

 まもなく昼だと言うのに寝ぼすけ二人は未だにぐっすりとしていて起きる気配は感じない。

 やっとまともな異世界ライフが遅れることにちょっとだけわくわくしながら時間になるのを待つ。


「・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・。」


 ――・・・くきゅ~~~


 12時ジャスト、いつも通りオネのお腹が可愛らしく空腹を伝える。

 しかし、お腹がすく=オネが起きるという事ではなく、空腹よりも睡魔が勝っていればいくらお腹が鳴ろうが起きることはない。とはいえこれ以上寝かせても生活習慣的に悪いのでまずはイアから起こしに行く。


「お~~~いっ、イア~~~起きろ~~~」


 いつも通りぺちぺちと左頬を軽く叩いて徐々に意識を現実に呼び戻していく。しかし軽く叩いた程度では少し寝言を建てるだけで全然起きようとしない。ならばとだんだん叩く強さと速さを上げてより強くたくさんの刺激を与える。一分くらい叩いたところでやっとこさ目をほんの少しだけ開けてくれる。


「・・・んん・・・ん?・・・・・・イオ?」


「おはようイア、そろそろ起きろよ」


「んん~・・・あと五分・・・Zzz」


「はいはい、五分だけな」


 基本的イアに超でろ甘なイオはある程度イアのわがままを許しており、この「あと五分」もその日がよっぽど時間厳守なスケジュールでもない限りは許している。五分の睡眠延長を承諾し、その間に今度はオネを起こしに行く。


「オネ?起きろ~、朝・・・っじゃねえ、昼だぞ~ご飯だぞ~」


「・・・・・・ご飯?」


 イア同様頬をぺちぺちと叩いて起こすとこっちは「ご飯」という単語に反応したのか、寝ぼけながらも素直に目を覚まして体まで起こしてくれる。


「おはよう、オネ」


「おはようお兄ちゃん・・・朝?」


「残念、昼だ」


「・・・そっか~」


 お昼という事実を知らされるとオネは寝ぼけた返事をしてゆっくりベッドから降りる。「んんんん~~~っ」と大きく伸びをして両肩を回したあと下の階に響かない程度に軽くジャンプジャンプする。

 オネはどんなに寝ぼけていても目を覚ましさえすればルーティーンとして必ずこの動きをする。

 地球にいたころ、このルーティーンに意味があるのか聞いてみたとがあったが、本人曰く「特に理由はない」「起きたら何となくやりたくなる」とのこと。


「顔洗ってくる」


「おう・・・あっ、オネ?」


「なに~?」


「ついでに風呂入ってきたら?昨日は入る前に寝ちゃったから」


「あ~・・・うんっ、分かった~」


 そう言ってオネは着替えを持たずトタトタと一階にあるお風呂に向かう。

 ちなみにこの宿のお風呂は銭湯のような一つの大浴場を薄い壁の仕切りで男湯、女湯と分けているシンプルなつくりで物理的に覗きはできないが声はお互い駄々洩れで聞こえる。


「・・・・・・・・。」


「Zzz」


「・・・・・・・・。」


「Zzz」


「・・・・・・3、2、1、イア~~起きろ~~~」


 イアの睡眠延長からちょうど五分が経過すると再びぺちぺちと頬を叩き起こす。五分しか経っていないということもあり今度は軽く叩いただけで起きてくれた。


「・・・・んんっ、ん~・・・まだ三分」


「残念きっちり五分です」


「じゃああと五分追加・・・Zzz」


 やはりイアの睡眠延長が五分で済むはずが無く、当然のように三度寝にはいる。


「イア~?お~~~い」


「・・・・・・Zzz」


「イア~?・・・」


「・・・・・・Zzz」


「はぁ~~~・・・」


 あっという間に夢の世界への門をくぐったイアに大きな溜め息を付きつつも、五分経つまで大人しく待つイオ。待ってる間特にやることもないので時間を一秒ずつしっかり正確に数えていく。


 ――さらに五分経過


「・・・・・・3、2、1、ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピッ、イアさ~んお昼ですよ~」


 次こそ起きてもらうため、今度は目覚まし風に手をパンパン叩きながら半強制的に起こす。


「・・・・・う~ん・・・・あと五ふ・・・」


「させねーよっ、はい、起きた起きた」


 四度寝しようとするイアの体を大きく揺すり寝かせる隙を与えない。流石のイアもこれには耐えられないようで、意識がはっきりしてくるのに比例してだんだん目も開いてくる。それでも念には念を込めて意識が完全に目覚めてもしばらくは揺らし続ける。


「あわわわわっ、起きた起きたから~」


 言っても一向にやめる気配がないイオの右腕をつかみイアがしっかり起きていることを伝えてくると揺らすのを止める。


「おはようイア」


「おはようイオ・・・・・・そしておやすm」


「はいはい、お風呂でさっぱりしてこよ~ね~」


 一瞬油断させてその隙に四度寝を決める作戦のイアだったが、当然イオがそれを見逃すはずもなく寝ようとベッドに倒れるイアの身体よりも先に布団を剥ぎ取る。


「あぁ~~返して~~」


「はいはい、さっさと起きな」


 ベッドに倒れ込んだままの態勢で何とか布団を取り返そうとするイアに対し手がぎりぎり届かないところに布団を抱え立ち、必死に手を伸ばす可愛いイアの姿を見て楽しむ。


「ん”ん”~~~・・・・・・そうだっ、オネちゃんの布t」


 はっと閃き口に出したときには時既に遅し、オネの布団はイオが満面の笑みで回収を終えていた。


「イ~~オ~~」


「いいから早く着替えろ」


 布団を奪われ、むくれているイアは上から下まで何も着ておらず素っ裸だった。本人曰く服は着ていない方が布団が気持ち良くてよく寝れるらしい。

 きめ細かい純白の肌はまだ布団のぬくもりが残っているのか薄いピンク色に火照り、乱れたシーツの上にちょこんと座る身体は少しの事で折れてしまいそうなほど細く華奢だ。

 普通の年頃の女の子ならこんな無防備な姿を異性に見られれば、たとえ姉弟とはいえ恥じらいの一つでも持つのだろうが・・・この長女にそう言ったものはないのだろう、気にする様子は全くなく胸や下半身を隠そうとする素振りすらない。

 イオも服を着ろとは言ったがそれはあくまでイアを風呂に行かせるためであって、見ていて恥ずかしいとかそういった感情は微塵も無い。むしろこの光景はいつもの日常そのもの、ゆえにガン見したまま超平然と会話を続ける。


「・・・・・んん?ん~・・・んん・・・・・・ん~~・・・」


「はいはい、さっさとオネと一緒に風呂入って来い」


「ふわぁ~~い」


 もの凄く寝ぼけながらも服をまとったイアは欠伸と返事を同時に行いふらふらと揺れながら壁を伝いお風呂に向かおうとする。さすがにこのままでは階段から滑り落ちそうなのでイオが手を引きながらお風呂場まで連れていく。

 イアをお風呂まで連れて行ったあと、受付で借りていた部屋を二部屋からイア達の使っていた四人部屋一つに変更する。

 その後部屋に戻ってワンが朝一で弁償・運搬・設置した新しベッドに横たわり今日の予定を考える。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――浴場


「はぅ~~~」


 アニメのように不自然に濃ゆい湯煙が存在しない銭湯でオネが湯船に浸かって全身緩んでいるところにガラガラと戸を開けイアが入ってくる。


「オネちゃん、おはよ~」


「あれ~?起きるの早かったね~」


「イオが寝かせてくれなかった」


「もうお昼だからね~、ふわぁ~・・・オネもちょっと寝すぎたかな・・・」


 オネの隣に入浴してもっと寝たかったと愚痴るイアにオネが緩みに緩んだ気の抜けるようなゆる口調でゆる~く答える。


「今日はどこに行くのかな?」


「せっかくの異世界なんだから異世界らしいことしたいな~、ダンジョンとか」


「オネちゃん本当にそういうの好きだよね」


「だって異世界だよ?ファンタジーだよ?ダンジョン行くしかないでしょ」


 さっきまでゆるゆるだったオネが一変、ザバァっと湯船から勢いよく立ち上がり自分が考える異世界ライフを激しく主張する。


「イオがダメって言いそう」


 大興奮のオネとは逆に冷静なツッコミをするイア。幼少期から危険を伴う可能性のあることは一切やらせてもらえなかったイアオネ、イオオニのそういった判断により結果的に大きな事件事故に巻き込まれることはなかったがヤンチャしたくなる年ごろでもあるためなかなかこういった欲望は絶えない。


「あぁ言いそう、超言いそう、絶対言ってくる」


「却下です!」


「あははっ似てる似てるwww」


「ふふっ、どや~」


 今度はイアが湯船から立ち上がり謎のドヤ顔を決める。

 元々イオとイアは声が似ているので自然と声真似は上手くなる。オネも相当ツボったらしく、お腹を押さえて笑い転げた挙句お風呂で溺れそうになる。


「オネちゃん!?」


「だ、大丈夫大丈夫」


 突然の出来事に慌ててオネを引き上げるイア。苦笑いを浮かべながらオネが無事を伝えると安心して全身の力が抜けたように再び湯船に身体を沈める。


「オネちゃん!」


「本当にごめん、つい」


 何はともあれオネが無事だったことに安堵し、姉としてしっかり説教してから肩まで浸かって全身の力をゆっくりと抜いていく。


「・・・・・・・はふぅ~」


「・・・ふわぁ~」


 気の抜けるようなゆるゆるな声を出しながら二人してとろける。

 さっきオネが溺れそうになった衝撃で一度は完全に目が覚めてしまったはずのイアだったが、それをかき消すように湯船が眠気を誘ってくる。

 オネは疲れてさえいなければそうでもないのだが、一日中眠そうにしているオニよりも睡魔に弱いイアでは当然あらがうことができず湯船につかりながらうとうとし始める。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ふぅ~気持ちよかった~」


「あぁ~気持ち良かった~」


 お風呂から上がりさっぱりした体を常備してあるバスタオルでキレイに拭く。


「イアお姉ちゃん途中から寝てたよね。溺れそうだったよ」


「お風呂ってすごく眠くなるんだよね~」


「すっごく分かるけど、もし一人で入る時はちゃんと我慢してね、怖いから」


「うん、オネちゃんもはしゃがないでね」


「それは・・・本当にごめん」


 お風呂での件を深く反省しつつ一瞬で普段着に着替え、イアの髪がある程度乾くのを待ってから部屋に戻る。


 ――ガチャッ


 イアオネが部屋に戻ると珍しくイオが両腕を広げて規則正しい寝息を立てながら寝ていた。


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・おやすみぃ~」


「ん?あがった?」


 イオの腕枕で四度寝しようとベッドに横たわった瞬間イオが目を覚ます。まるで狙っていたかのようなタイミングで目を覚ましたイオに少しムスッっとしたイアだったが、ハッと頭にひらめいた妙案を実行する。


「おはようイオ、ここは夢の中だよ」


「夢の・・・中?・・・あぁそうか寝ちゃったか、早く起きないとな」


「夢から覚めるためには夢の中で寝るといいって言われてるよ」


「そうか、それじゃあおやすみ」


 これこそイアの作戦:ここは夢の中作戦

『ここは夢の中作戦』とは、寝起きで頭が回らないことを利用してここが夢の中だと思わせた後、「夢から覚めるには夢の中で寝る」という噂を用いて「夢の中で寝る=現実で寝る」を実現させる、ただただイアが寝たいがために閃いたバカが考えるような作戦である。

 しかし当然イオにそんなクソ雑魚作戦が効くはずもなくイアは両頬を軽くつねられてびよぉ~~~んと引っ張られてしまう。


「いひゃいいひゃい(いたいいたい)」


「目は覚めたか?」


「しゃへたしゃへた(覚めた覚めた)」


「ならよし」


 イオが引っ張る手を離すと「むぅ~っ」と抓られた頬を手で押さえながらイアがほっぺを膨らます。

 しかしイオはそんなイアには目もくれずバックパクからペンとノートを取り出してイアオネに手渡す。


「イアも起きたことだし、授業始めるぞ」


「授業?イオがやるの?ジルさんは?」


 なぜかいつもの酒場ではなくここで、しかもジルではなくイオが授業をするということに、オネは無言で左右交互に首を傾げさっきまで超絶不満そうな顔をしていたイアも首をかしげる。


「ジルは旅に戻ったよ。今朝出発した」


「えっ?それホント?」


「ホント。俺が言語全部覚えたから今日からは俺が教えることになった」


「はへ~・・・」


「えぇなんで起こしてくれなかったの?見送り行きたかったのに」


「ちゃんと起こしたぞ、二人とも起きなかったけど」


 息を吐くように嘘をつく。なぜわざわざ嘘をつく必要があるのか・・・理由はイオのみが知っている。二人がなぜ少しも疑わないのかは、ただイオの「起こしても起きなかった」という言葉に自分自身がなっとくしてしまっているから。

 イアは学校や仕事が無いときは、今日のように無理やりにでも起こさない限り昼までは確実に寝ているし、日頃早起きのオネでもかなり疲労がたまっている時はいくら起こしてもイア並みに起きない。二人ともそれを自覚しているからこそ、こんな単純な嘘でも疑うという選択を一番に捨ててしまう。ましてや寝坊しそうな時は必ず起こしに来てくれるイオの言葉だ、日頃の行いも合わさり、のにという虚構に気づかないのも無理はない、後ろそれが必然。


「最後にお礼言いたかったな・・・」


 自分たちが寝てい間にジルが旅立ってしまったという事実に驚きつつも少し寂しそうにする二人。たった一か月の付き合いとはいえ親切にしてくれた恩人、ジルの内面を知っているイアですら感謝の言葉くらい言いたかったと残念そうに落ち込む。


「なんかひたすら東に進む縛り旅してるみたいだから、また会う機会はあると思うぞ」


 しかしイオはイアに甘い、しょんぼりしているイアにジルの行先だけは伝えてあげる。それを聞いて再開の可能性がゼロでない事にイアは「そっか・・・」と小さく微笑む。


「なにその変な縛り、先が海とかでもまっすぐ進むの?」


 一方オネはジルの一方通行縛りの方が気になるらしく、さっきまでイア同様寂しそうにしていたのにもう切り替えている。イオが「そうらしい」と答えると今度はメリットデメリットについてぶつぶつ呟きだす。ロクの時のデジャブを感じながらイオは本人に築かれない程度にフッと小さく鼻で笑う。


「イオ~イオ~」


「はいはいっ、なんだ?」


「ロクちゃんたちは?一緒に勉強しなくていいの?」


「あっそういえば、オニがいない」


 流石のイアオネでもいつものメンツがいない事には気づいたらしい、あたりを見渡し残りの三人がどこに行ったかイオに聞く。


「あの三人ならクエスト行ってるよ」


 今回はある意味本当の事。ただイオとイアオネの間にはクエストの内容に関しての認識にズレが生じている。


「また採掘クエスト?」


「ロクお姉ちゃんたちばかりズルくない?ロクお姉ちゃんたちばかりズルくない!」


「何で二回言った」


「大事なことだから」


 イアオネはイオの付いた嘘によりお金稼ぐための採掘クエストに行っているといまだに思い込んでいる、オネに関してはそれに加え自分たちが連れて行ってもらえてない事に対する不満が爆発寸前まで溜まっている。


「朝に行くの初めてじゃない?どんなクエストに行ったの?」


「遠征クエスト」


「・・・・・・。」


「・・・・・・。」


「遠征クエスト」


「「なんで二回言ったの?」」


「聞こえてないのかと思って」


 これもある意味本当の事。モンスターを倒しているということさえバレなければどんなクエストに行ってようが問題はない。今回はロクワンが動きやすいように遠征という選択をとったが、これにより気を付けないといけないことが一つある。


「お兄ちゃん遠征ってどういうこと!?どこに行ったの!!??いつ帰ってくるの!!!???」


 そう、溜まりに溜まったオネの不満の爆発である。


「落ち着けって」


「 い つ 帰 っ て く る の ! ? 」


 場所もいつ帰って来るかもわからない遠征クエスト、一緒に行きたかったのかオニに会えないのが寂しいのかそれとも両方か、いつにもましてぐいぐい攻めよってくると仕舞いにはイオをベットに押し倒し馬乗りになって拘束した後、両手でボフッと壁ドンならぬベッドドン?(いや、床ドンか?)で押さえつけると超絶不満そうな顔を近づけて睨みつける。

 そんな感情の激しいオネとは対極に普段と変わらない落ち着いた口調でいつ帰って来るかはわからないとイオが伝えるとオネはじっとイオの目をのぞき込むように見つめる。

 十秒ほど経っただろうか、オネは大きな溜め息をついてイオから離れると隣のベッドへ移動し大きく息を吸ってからうつ伏せで倒れ込む。そして顔を枕に埋めると「あ”あ”あ”あ”あ”!!!」っと不満を吐き出し足をバタつかせ始める。

 よっぽど付いて行きたかったのだろう、この様子だとしばらくは収まりそうにない。

 こうなると思ったんだよなぁと思いつつイオが体を起こした瞬間何故か再び押し倒される。

 犯人はイア。オネと同じように馬乗りになり無表情のままただただイオを見つめている。


「・・・どうしたイアまで」


「 く わ し く 」


「・・・あぁ~はいはい、説明が足りなかったな」


 イアがこうも積極的にぐいぐい来るのは珍しいく、いったい何を言われるのだろうと身構えた結果・・・要求は遠征の詳細。

 大好きな家族が危険な場所とかに行ってないかが心配なのだろう。しかも今回は行先を本人たちが決めるクエストと言う名の遠征、旅立ってからまだ数時間しか経っていないが既にどこにいるかも分からないし安否確認の方法もない。

 だから今回に関してはイオも正しい情報を伝える。もちろんモンスター討伐に関しては例外だが、それ以外は嘘偽りなく答える。というのも今回のクエストの内容はイアとオネに一番関係しているのだから。

 今度はイオが真剣になって話す番。イアに退いてもらい体を起こす。


「遠征クエストの依頼主は俺だ。地球へ戻る方法を探すためにあの三人にはいろんな場所に行って情報を集めてもらうことにした」


「地球に?」


「戻る?」


 流石はイアオネ、イオが作った真剣な空気をいとも簡単にぶち壊すアホ顔をさらけ出す。

 異世界生活の弊害かイアはもちろん、ついさっきまで発狂していたオネまでぽけ~っと首をかしげている。これも一種の才能なのか張り詰めた空気の中に黼織り込むだけで無意識に緩和してくれる。しかもその返答はたいてい天然発言なのでイオでも予想外な回答をされることが多い。


「おいおい、異世界に馴染み過ぎて自分たちの使命忘れたか?」


 ちょっと焦り気味に問いただすと二人はぽけ~っとしたまましばらく黙り込む。


「・・・・・・はっ!忘れてないよ!大丈夫」


「・・・うん、大丈夫だよ大丈夫だから」


 本来なら即答でなければいけない内容の質問なのだが、五秒ほどフリーズしてからようやくイオの質問の意味を理解するイアオネ。どう見ても大丈夫じゃなそうに焦りながら大丈夫と答える。


 ――こいつら忘れかけてたな・・・というか絶対忘れてたな


 異世界関連とは別に新しく心配ごとが増えてしまったイオはいっきに不安になり、大きく息を吸って一気に溜め息として吐き出す。

 そしてこの異世界に長居するわけにはいかないと一刻も早く地球に戻ることを決意する。


「とまぁそういうことだから、三人には旅に出てもらったんだ」


「どういうことイオ?」


「全然分からないんだけど?」


「今さっき言っただろ!ロクたち三人には情報収集のために俺達とは別行動してもらってるって」


「「・・・あ~~~っ」」


 ――・・・大丈夫かこの二人


 旅に出た三人とイアオネの心配度の比率が半々だったのがたった今この瞬間からイオの中で一対九に更新された。

 三人のことは未知の世界ということもあり一応それなりに心配はしていたのだが、今ではそんなことどうでもいいと思えるくらいの不安が頭を埋め尽くす。

 今後次第ではロクたちの心配すらしている暇が無くなりそうで頭が痛くなってくる。


「お兄ちゃん質問」


「はいはい、どうぞ」


「三人はどこに行ったの?」


「知らない」


「いつ帰ってくるの?」


「分からない」


「遠征に行ったこと以外に何か知ってる?」


「なにも知らない」


 淡々とした口調で即答するイオにオネが疑いのジト目で睨んでくる。イオもいったい誰のせいでこんなに疲れてると思っているんだ。と思いつつもちゃんと納得してもらえるよう一から説明してあげる。


「事前に決めたのは情報収集が目的ってだけで、それ以外は全部むこうに任せてるんだよ」


「ふ~~~~~ん」


 珍しく事実を話してあげたにも関わらず全く疑いの目を緩めようとしない、それどころか余計疑いの目が強くなる。

 イオ自身そうなるのも無理はないと思っており、けだるい反応や感情の籠っていない淡々とした返事をするのは、基本めんどくさがって適当にあしらおうとする時でイアオネもそれは知っている。

 ちゃんと反応してあげないとは分かっているのだが、先ほどのイアオネの反応があまりにも衝撃過ぎてどうしても立ち直るのに時間がかかってしまう。


 ――あぁ・・・これはめんどくさいパターン入ったか?


 目を閉じて一呼吸置いたオネに対し嫌な予感を感じ取る。


「クエスト」


「クエスト?」


「クエスト一回で信じてあげる」


 なぜ上から目線なのかは分からないが、どうやらクエストに一回連れて行けば今の話を信じてくれるらしい。

 この事実はイオ的にも信じてくれていた方が都合がいいので一回だけという条件であっさりクエストを許可する。

 当然イアだけお留守番というわけにもいかないのでクエストには三人で行くことに決まった。


「それで、どんなクエストがいいんだ?」


「当然異世界でファンタジーと言えばモンスター討b」


「却下」


 オネの平常運転。この子の中ではクエスト=モンスター討伐という概念しか存在しないなのだろうか?他にも採掘クエストや宅配クエストなどいろんな種類のクエストがあると言っているのに日本のゲームに影響され過ぎたせいか、未だに討伐一択を貫いている。もちろんこの二人に討伐をさせるわけにはいかないので言い終わる前に割り込んで拒否する。


「WHY!なぜ!なんで!お兄ちゃん」


「それは自分が良く分かってるだろ」


 大げさに抗議するオネだが、オネ自身自分がモンスターを討伐できないことは十分に理解している。だからこそこっそりクエストに行ったりせず毎回あえてイオに相談し拒否してもらうことで自分の欲求を無理やり抑えてきた。


「討伐以外行きたくないならこの件は無しってことで」


「ダメッ!ダメッ!じゃあモンスター出ないやつでいいからっ!」


 討伐は無理だとしてもせっかくクエストに行けるのだ、内心不満を持ちつつもこの機会を逃さないためにモンスターと遭遇しないクエストに連れて行って貰うよう必死になるオネ。


「お願い?」


「ダーリン♪・・・なに言わせるの!」


「すまん、流れでつい」


 イオの合いの手につい条件反射で反応してしまうオネ。イオも一応謝ってはいるが顔を見る限り絶対反省はしていない、むしろ楽しんでいる。その様子を見ていたイアも「ふふっ」と小さく笑う。

 その様子を見てオネはようやく異変に気付き始めたのか、推理でもするように右手を顎に当ててぶつぶつと呟きながらなにやら考え始める。


「あれ?なんかおかしくない?なんでこうなったんだっけ?なにかが違う気が・・・」


 チラッとイオの方を見てくるがイオは無言で不思議そうに少し首を傾けるだけ。オネは眉を歪ませたままジッとイオを見つめ続ける。そして朝起きてからの出来事を振り返る。


「たしか・・・起きて、お風呂入って、溺れかk・・・あぁ多分ここら辺は関係ない・・・えっと・・・そう、勉強するってなって、オニたちがいないことに気づいて、オニたちがいつの間にか旅に出てて・・・お兄ちゃんに聞いたら何も知らないって言うから・・・それで嘘ついてると思って・・・確か・・・クエスト一回で・・・ってなって・・・・・・」


「・・・あっ!なんでオネが頼んでるの!?」


「おっ、やっと気づいたか」


 オネ、ようやく矛盾に気づく。イアは左右交互に首を傾けながら「?」を浮かべているが、イオはパチパチと煽るように拍手しながら嘲笑している。


「・・・・・いつから」


「さぁ~~~」


 

 いったい何時から弄ばれていたのか、イオが仕組んでいたことは確定したがいつから計画が実行されていたのかは教えてくれなかった。さすがのオネもこれにはイラァ~っとし、仕返しをすべく妹特権を使う。


「・・・うぅっ・・お兄ちゃんなんて・・・お兄ちゃんなんて大ッッッキライ」


 妹特権No.01:お兄ちゃんなんてキライ

 この特権は兄妹の仲が良いほど効果が上がり、さらに追加オブジェクトとして涙を付けると威力が倍増する。


 泣きじゃくり溢れ出る涙を両手で拭いながら鼻をすする。本当のことを言うとこれは演技なのだが、感情移入により本物の涙を流しているのでより一層破壊力が増している。

 が!肝心のイオは少しの沈黙を挟んだあと「あぁ・・・うん、そう」とだけ返事し、慰める様子は微塵も無くどうでもいいといった態度をとる。


「うわぁ~~~んイアお姉ちゃ~~~ん」


 作戦が失敗するとすぐさまイアに飛びつき助けを求める。こうなると分かっているはずなのに自分からダメージを受けに来るオネに学習しないなと嘲笑う。

 前々妹にやさしくないイオの代わりにイアが号泣するオネを抱きしめながらよしよしと頭を撫でて慰める。


「イオ、メッ!」


「ごめんオネ。俺も調子に乗り過ぎた」


 イアに注意されると今度は素直に謝る。姉妹でこの差・・・オネ含め他の四人は基本平等なのに対しイアだけは圧倒的特別扱い。無駄に甘やかすし、危険な事じゃない限りは何でも言うことを聞く。なんでそこまでしてイアに尽くすのかはイアオネ以外の全員が知っているがそれはイアオネには知られてはいけないことの一つとして厳重に隠し通されている。


「・・・・・・扱いの差」


「俺はの味方だからな」


 膨れて不満をぶつけるとお決まりの意味不明な返答をする。これも昔からそう、なんでイアだけ特別扱いするのか聞かれたときは決まって「イアの味方だから」としか答えないイオ。正確には意味自体はあるのだがそんなことをオネが知るはずも無くただただ扱いの差に不満が募っていく。


「イアお姉ちゃんばっかりズルい」


「オネにはオニがいるだろ」


「そのオニがいないからこうして困ってるんじゃん」


 イオがイアに甘いように、オニはオネに甘い。そのオニさえいれば今回のイオのおちょくりも途中で助けてくれてただろう。

 しかし当の本人は情報収集のため不在、一応イアという助け船はあるが、毎回助けてくれるというわけではない。仲が良いなぁと言った顔で見守り続ける時もあれば、イオに言いくるめられてしまう時もある、よくある。どんな時もオネの味方でいてくれるのはオニだけなのだ。


「だから・・・」


「それはない」


「早くない?否定するの早くない?」


「どうせ、オニが戻ってくるまでは中立で対応しろとかそんな感じだろ」


「ハッズレ~、正解はオニが戻ってくるまではイアお姉ちゃんと同じように特別扱いするでした~」


 いつも通り先に思考を見透かしたドヤ顔のイオを右手で指さしながら勝ち誇ったかのようなドヤ顔返しで不正解を言い渡す。


「あってるじゃん」


「模範解答じゃないから間違いです」


「鬼畜採点のクズ教師かよ」


「だってだってこうしないと後で揚げ足取って論破するじゃん」


「流石良く分かってるじゃん」


 オネが揚げ足取り封じをしてくるのも計算のうちなのかイオは全く動じる様子がない、むしろドヤ顔が際立ったようにも見える。

 全然イオを出し抜けないことにオネも「ぐぬぬぬ~」と悔しそうに歯ぎしりをして言いては無いかと思考を駆け巡らることしかない。


「イオ~、勉強」


 オネの傷口をこれ以上広げないためか、特に深い理由はなくただ単にそろそろ勉強したいだけなのか、イアがイオの袖を引っ張りながら話を戻す。


「そうだった、はいこの話は終了~勉強勉強」


 イオも強引に話を打ち切るとイアに勉強を教え始める。


「お兄ちゃん!勝手に終わらせないで!」


 勝利のビジョンが思いついていないにもかかわらず感情的になり自然な流れで勝ち逃げするイオを呼び戻すオネ。


「分かった分かった。さっきのクエストの件、モンスター討伐のクエスト受けさせてあげるから、それでチャラ、オーケー?」


「いいの!?」


「その代わり初回は俺が指定したモンスターを討伐してもらう。それが達成出来たら二回目以降はいつでも好きなクエストに連れて行ってやるよ」


 あれだけダメといっていた討伐クエストをいとも簡単に解禁するイオ。こんなあからさまな手のひら返し、普通なら何か裏があると疑わなければいけない場面だが、ただでさえ感情的になっているうえに待ちに待ったこの瞬間に大興奮のオネの頭が冷静に働くはずもなく、一切疑うことなく話に乗っかってくる。


「言ったね!二言はないね!」


「おう、言った言った」


「じゃあ今から行こう!すぐ行こう!!!」


 ようやく異世界ファンタジーらしいことが出来るようになると、演技とはいえついさっきまでマジ泣きしていたのがウソのようにparty partyするオネ。


「ばーか、今日はこれからずっと勉強だ。明日朝一で連れて行ってやるから今日は我慢しろ」


 まだちょっと不満そうだが、討伐クエストに連れて行ってくれる事が確定したので今回は何でもおとなしく従うオネ。

 イオ最初の授業はまず今まで習ったことの復習もかねて昨晩イオが二人のノートに作成したテストを解いてもらうことに。

 オネはよほど明日が楽しみなのかジルが教えていた時の二倍以上のペースでどんどん解答欄を埋めていく。逆にイアはかなりペースが落ちておりあまり進んでいない、というより集中できていないようだった。


「どうしたイア?」


「・・・・・。」


「大丈夫安心しろ、俺もそこまで馬鹿じゃない」


「・・・・・・イオがそういうなら」


 イアの心境を読み取り優しく大丈夫と伝える。

 イアはイオの矛盾した行動に気づいているらしく、今回の初回クエストの件をかなり心配しているようだった。普通に考えればこれが正しい反応だ。

 今までモンスターを倒すことが出来ないという理由で禁止していた討伐クエストをいきなり解禁してきたのだから本来なら不安や恐怖でこういう反応にならなければいけないはずなのだ。なのにオネと来たら・・・・・・。

 イオ自身、当然無計画でこんなことを許すはずがなくちゃんと色々考えてはいる。心配なあまりイアが根拠を聞いてくるが「明日のお楽しみ」と内容をごまかす。イアには悪いが今ここで詳細を話してしまうとせっかくの作戦が台無しになるので何も教えることはできない。どんなに聞いても頑なに教えようとしないイオについにイアも諦め不安そうにしながらも仕方なく勉強の方に集中する。

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