蒼紅の章第8節:表と裏
ジルと出会ってからちょうど一か月が経った。
異世界での生活にもようやく慣れ始めイアオネにいつもの緩さが戻ってくる。
ロクワンのおかげでお金には余裕があるしイオオニもこの世界についていろいろ分かってきたところだ。
そんな一か月の一日の流れは・・・、
イアオネーー朝:自由行動・昼:勉強・夜:爆睡の繰り返し。
何度かロクワンと一緒にクエストに行こうと試みるもいつも睡魔に負けて寝てしまう。
ロクワンーー朝:自由行動・昼:勉強・夜:クエストの毎日。
クエストに行くときはイアオネが完全に寝たのを確認してから行くので基本寝不足。
モチベーションがあれば一夜で複数のダンジョンに行く。
イオオニーー朝:それぞれイアオネに同行・昼:勉強・夜:睡眠
一日中イアオネと一緒に行動している。
学習進行度は・・・、
イアオネ:約五十パーセント習得
読み書き:OK。
聞き取り:まだ不安。
発音:普段よく使う言葉は大丈夫。
ロクワンオニ:約七十から八十パーセント習得
読み書き:OK。
聞き取り:まあ大丈夫・・・かな?
発音:ほぼ大丈夫。
イオ:100%・・・読み書き:OK。
聞き取り:完璧。
発音:完璧。
と、個人差はあるがお店で注文したりクエストの内容を理解したりなど普通に生活する分には問題ないくらいまで成長している。
最近では姉妹兄弟間の会話以外では日本語を使わないなどなるべくコテモルン語でコミュニケーションをとるようになった。
イアオネは実践で慣れるなら姉妹兄弟間でもコテモルン語で会話した方がいいのではないかと提案したが他四人全員にその必要はないと断られる。
そして今日の分の授業が終了する。
「疲れた~」
「お腹空いた~」
授業が終わると同時にイアオネが解放感全開の声を出しながら大きく伸びをして腕を伸ばしたまま脱力するようにゆっくりテーブルに突っ伏す。
「・・・まさかたった一か月で全部覚えるとは」
一か月でコテモルン語をマスターしたイオの成長ぶりにジルも思わず感心する。
宣言通り一ヶ月でコテモルン語をマスターしたイオは明日からはどの言語学ぼうかと既に他種族の言語学ぶ気満々だ。
「今後はイオくんにも先生になってもらって授業しようかな」
一方ジルはイオにも一緒に先生をしてもらうことで授業の効率化を図ろうとしているようだった。
「いや、勉強教えるためとはいえ一か月もジル先生の旅を止めてしまってるわけですから。明日からは俺が一人で教えますよ」
「いやいや、俺は全然大丈夫だから。急いで旅してるわけでもないし」
「そうかもしれませんけど足止めをしているのは事実ですから、さすがにこっちも罪悪感が・・・」
提案を少し強引な理由を付けて断るイオにジルは一か月前初めて会った日の夜に感じた時と同じ寒気を感じる。
――なんだ今のは・・・?
そう思った頃にはすでに時遅し、寒気はすっかり消えておりまたしても謎のもやもやだけが残る結果に終わった。当のイオ本人も苦笑いを浮かべるだけで特段変わったことは何もない。
その後結局綺麗に言いくるめられこれ以上引き留めることができなくなったジルは後の事をイオに任せる。
ということで、明日からジルは旅に戻り言語はイオが教えることとなった。
一方その頃ロクワンはイオの学習スピードの異常さについて日本語で話していた。
「やっぱり兄さんはすごいね」
「凄いというか・・・なんか気持ち悪いよね。後半とかほとんど『それいつ使うの?』って言葉ばっかり勉強してたし」
「分かるー、なんだっけ・・・?虚数式虚構空間とかイスゥ・エ・ヂファギアとか、もはやそんな言葉が存在するのかどうかも怪しいレベルだよね」
「教えてくれるってことは本当に存在するんだろうけど、あとヂファじゃなくてジファ、『チ』じゃなくて『シ』ね」
イオが覚えた無駄知識に呆れつつ結局ぶっ飛んだ世界だからそういうぶっ飛んだ言葉もあるんじゃない?という結論に至りこの話は終了する。
――くきゅ~~~
「ご飯~」
「飯か」
「晩飯だ」
「七時か」
「何食べよう」
「夕食ですね」
親の顔より聞いた空腹の合図に一斉に反応する。
最初は唖然としていたジルもこの一か月毎日聞き続けたおかげですっかり慣れてしまった。
「ジルさん、今晩は勉強教えてくれたお礼として俺たちが奢ります」
「いいんですか?どうせ今回もみんなでどんちゃん騒ぎになりますよ、支払い大丈夫ですか?」
「ロクとワンがこの一ヶ月でかなり稼いで来てくれましたから多分大丈夫ですよ。ジルさんも遠慮しないでドンドン頼んでください」
「そうですか・・・」
みんな揃ってぞろぞろと一階へ降り今晩はジルの好きなメニューフルコースで宴会を開く。
小さな宴会の輪は次第に周りを巻き込み仕舞いには酒場にいる全員を取り込んで大宴会に発展する。
言語を学んだことで酒場にいる人たちともコミュニケーションをとれるようになり常連客ともかなり仲良くなった。
大宴会は日付が変わってもまだ続き、その頃にはイアオネは爆睡、ロクワンは今回のクエストを何にするか掲示板を探っている。
「兄貴、とりえずオネたち運ぼうぜ」
今日こそは最後まで起きていると意気込んでいたイアオネは二十二時くらいまでは皆と楽しく飲んでいたが、そこからだんだん睡魔が襲ってきたらしく十分程でうとうとし始め、さらに十分後には瞼を開けることすら難しくなっていた。
そこからお互いの頬を抓り合うなどして一時間ほど粘ってはいたが、やはり睡魔には勝てなかったのか即撃沈する。
「ジルさーん、イア達寝ちゃったんで、ちょっと宿まで寝かせてきます」
「あぁそうですか、じゃあこの辺でお開きにしますか」
支払いを済ませそれぞれイアオネをお姫様抱っこで抱きかかえると、周りの酔っ払いどもから「ヒューヒュー」と冷やかしの声が上がり酒場を埋め尽くす。
しかし、イオオニはこういうのは全く気にしないタイプなので華麗にスルー、むしろこの一か月寝落ちしたイアオネを運ぶ度に冷やかしを浴びせてくるここの連中によく飽きないなと感心すら覚える。
「ジルさん、明日もう出発するんですよね、何時の予定ですか?」
酒場を出て解散する前に一応お世話になったジルの見送りをするため出発の時間を聞いておく。
「朝十時には出ようと思ってる」
時間を聞いたイオオニは、その時間に見送りに行くことを伝え宿へと向かう。
――帰り道
日付が変わったというのに街中はそれなりに人が行き来している。ロクワン同様深夜クエストが目当てなのかそのほとんどが冒険者らしき人たちだ。しかも全員、ゲームなら間違いなく最高レアの装備を当たり前のようにフル装備している。
「兄貴、今度はなに考えてるんだ?」
「なにって?」
「とぼけるなよ、ジルの見送りなんてふざけたこと言いやがって。あいつは俺たちの敵だぞ。そもそも接触を最小限にするために一ヶ月でコテモルン語マスターして延長も断ったんだろ」
「そうだな」
「じゃあなんで自分から過剰接触しようとしてんだ?」
「・・・・・・ジルが旅人だから」
「旅人・・・俺たちのこと言いふらす可能性があるってことか?」
「半分正解」
「・・・残り半分は?」
「旅人ってことは再開する可能性があるってことだ。イアとオネへの脅威がなくなったわけじゃない、むしろご都合展開で知り合ったから帳尻合わせで最悪のタイミングで再開しそうなんだよな・・・・・・対策考えとかないとな」
ほんの少しでも可能性があるなら起こる前提で行動する。イオが信頼される要因の一つであり、めんどくさい奴と思われる原因でもある。
「そんなに可能性潰したんだったら調和すればいい」
「地球全体の不調和を凝縮したようなやつだぞ、今の俺らじゃロクかワンじゃないと調和できない」
「紅のARIAか・・・紅の存在を知ったらイア姉もオネも許してはくれないだろうな」
「イアオネの思想に反する紅は極力使いたくないんだけど、二人の安全面を考えると野放しにはしたくない・・・・・・さてどうしたものか」
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・コインで決めるか」
「こんな大事な決断をコインで決めるのはどうかと思うけどな」
「どっちでも正解なら迷うだけ無駄だ、つまりシンプルかつ単純に決められるコインが最強」
「兄貴がそれでいいなら俺は止めねぇよ」
自分の意見は持たずイオの決め方に素直に従うオニ、これは長年の経験からイオの判断に間違いはないと信じており何の不満もない事を意味している。
イオはポケットからコイントス用に常備している金貨を取り出し親指ではじく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
部屋に着くとイアオネをベッドに寝かせ、ロクワンが帰ってくるまで二人のベッドを借りて寛ぐ。もちろんオニはワンではなくロクのベッドを使う。
「兄貴、これからどうするんだ?」
大の字で寝転がり、ぐでーっと無気力状態になっているオニが明日以降の予定を聞いてくる。
「特には・・・勉強教えるくらい?」
同じように大の字で寝転がるイオが目を閉じたまま答える。
今までの生活が勉強を教えるのがジルからイオに変わっただけで他はいつもと同じといった感じだ。
「いや、そうじゃなくて・・・ここ異世界だろ、地球に戻ろうとか思わないのか?」
「そっちか~」
「そっちだよ」
わざとらしくボケるイオに適当にツッコミを入れこの異世界で今一番にやるべきことについて話す。
「そうだな・・・なるべき早く戻らないとな」
「宛は?」
「俺たちをこっちに召喚した存在がいるはずだからそいつに帰してもらう」
何者かに何らかの方法で異世界に転移、または召喚されたことは確定しているので、イオはそいつを探し出して地球に帰してもらうプランでる。
「じゃあ俺たちも全員 で旅に出るのか~・・・なんてな、ぜってぇありえね~」
「そんなことないぞ、せっかくの異世界なんだし俺もいろんなところに連れて行ってやりたいとは思ってる」
とても気の抜けた声だがその言葉からは真剣なイオの本心が伝わってくる。こんなぶっ飛んだ異世界でも楽しい思い出をたくさん作らせてあげたいというイオの言葉にオニもうっすら微笑む。
「俺知ってるぞ、それ条件付きだろ」
しかしその微笑はあくまでイオの理想論の内容に対しての笑みであり、心に響いていたわけではなかった。微笑んだ表情のまま話の核心を言い当てる。
イオもそんなオニに対して「よくわかってんじゃねーか」と鼻で笑いながらも流石と褒める。
「まぁ、引っ越し程度なら無条件でいいかな」
「絶対森の奥とか空の上とかになりそう」
「いいじゃん、情報集まるまでそこでひっそりと暮らす、人目に付きにくいところは俺たちの正体がバレにくいから大歓迎だ」
「・・・・・・安全な森があるといいけどな」
「どうせ安全になるから大丈夫だろ」
今のイオにさっきまでの真剣さは感じられない、どこまで本気で言ってるのかオニでも分からなくなってきた。
「まぁ続きはロクたちが帰って来てからだな」
そう言うとイオは布団をかぶって仮眠に入る。
オニはイオが寝た後も少し起きていたが、あまりにもやることがなく退屈過ぎるので結局イオ同様布団にもぐって寝てしまう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
丑三つ時。ぐっすり眠るイアオネと仮眠をとってるイオオニの四人がいる部屋に二つの影がひっそり足音を消して近づく。
二つの影のうち片方は短剣を、もう片方は縄を手に持っている。
影はドアに耳を当て中の四人が起きて話していないことを確認したあと、ゆっくりと少しだけ開けて中の様子も確認する。
見たところ四人とも寝ているらしい。
そのまま起きないよう慎重に部屋へ侵入し、二つの影のうち片方は持っている短剣を抜きオニの喉元に狙いを済ませスーっと大きく息を吸う。
もう片方はイオを縛るためにそっと布団を剥がす。
影のやり口が手慣れ過ぎているからなのかイオオニ、二人揃って全然起きる気配がない。
準備が整うとアイコンタクトで合図して同時に襲い掛かる。
――グサッ!!!バシッ!ぎゅうううぅぅっ!!!ギチギチッ!!
短剣はオニの喉元を貫きベットまで深々と突き刺さる。
一方イオは手足を縛られベットに縛り付けられる。
・・・というのは幻覚で、短剣の突き刺さったベッドには貫いたはずのオニの首はなく、代わりに背後から鋭い殺気を突き付けられる。
「詰めが甘いんじゃないか?ゴミカス」
「あ”ぁ”?現在進行形で舐めプして隙晒してるバカに言われたくないね」
オニの寸止めに落胆する影の正体はワン。ベッドに突き刺していた短剣の刃先はいつの間にかオニの腹部へと向けられておりそのまま睨み合いが続く。
「そっちこそ、寸止めなんてらしくねーな」
「朝起きてマヌケの死体があったらオネが可哀想でしょ」
「ダウト」
「・・・・・・こっちにもいろいろあるんだよ、はぁー手加減しないといけないとかマジでつまんない」
ぐちぐちと文句を垂らしつつも短剣で威嚇はし続けるワン。
異世界に来てからの姉弟喧嘩も今の寸止めも全部理由があっての事とまるで言い訳のように言い放つ。
「なるほど、つまり今のこの状況は俺が一方的にブッ殺せる状況ってことだな」
「はぁ?僕がダメなのにテメェーが良いわけねーだろうが、頭湧いてんのか」
「あ”ぁ”?なんで俺が雑魚のルールに合わせないといけねーんだよ」
「知らないよ姉さんに聞け」
「二人とも静かにね、あとオニもしばらくは大人しくしてね」
もう一つの影はやっぱりロク、布団のふくらみに馬乗りになったままシッと鼻の前で人差し指を立てる。
「はいはい・・・あぁーあ、だるっ」
オニもこの状況でイアオネが起きるとまずいことは承知なので大人しくロクに従う。
「・・・!?」
ロクが隣のやり取りを注意するためターゲットから視線を逸らした刹那、自身の身体がストンと下に落ちる。
びっくりして視線を戻すと確かに縛りつけたはずのイオは縄ごと消えており、背後に気配を感じたころには見事な亀甲縛りで拘束されベッドに突き倒される。
「対象から目を離すとか油断しすぎだろ」
今夜は雲が多く月は隠れている。真夜中の今、部屋の中は普通の人間がそこに誰か居るとやっとこさ認識できるかどうか程度の暗さ。
しかしこの姉妹兄弟に限っては違う。自身の体質からこの暗闇でも昼間の様に明るく見えているのでそこにだれがどんな顔して立っているかも容易に分かる。
ロクの視線の先にいたのは容赦なく縛り上げたはずのイオ、見下すように見下ろすその顔はロクをもの凄くバカにした煽りを極めた顔。
見ていると無性に腹が立ってくる。
「・・・・・手足は絶対動かせないようにしたんだけどなぁ」
「ただの縄で俺たちが拘束できないことくらい分かってるだろ」
「レーザービームでも切れない縄みたいだからワンチャンいけるかなって思ったんだけど」
「抜け出すだけなら切る必要ないだろ、眠すぎて思考回路停止してんじゃないのか?」
ロクのとぼけた言い訳に呆れつつ容赦なく論破するイオ。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ねぇ解いて」
長い沈黙の後、一向に解く気配を見せずただただこちらを見下しているイオに助けを求めるロク。
「解かなくても抜けられるだろ甘えんな」
「はーい」
自分には残残優しくしてくれないイオに対しぶつぶつと文句を垂れながらロクが体を起こす。すると不思議なことに縄がロクの体を貫通し結び目すら弄ることなく脱出する。
「無駄な買い物しやがって」
「いやいや絶対どこかで役に立つから大丈夫」
「兄貴全員揃ったしさっさと始めようぜ」
いつまで待たせるんだ?と言いたげな口調でロクのベッドに腰掛けるオニ。
「そうだな、ワン、明日ちゃんとベッド弁償しとけよ」
ベッドに勢いよく腰を下ろしたイオはザックリとベッドを貫通している刺し傷を上に座って隠しているワンに「バレてるからな」とジト目で指摘するとワンはですよねーっといった苦笑いを浮かべる。
それと同時にワンは自分のベッドに移動し、オニと対角になる位置に座る。代わりにロクがオニの隣に移動。会議の席決めが整ったところで早速話を始める。
「明日からロクワン二人にはやってもらいたいことがある」
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