蒼紅の章第5節:異世界でも変わらない日常
三十分くらいして通訳を終えたジルが帰ってくる。どうせロクとワンが無理難題のわがままでも言ったのだろう結構精神的に疲れているのが見て分かる。
「お疲れ様。あの二人の相手は疲れたでしょ」
「一応モンスターについて説明はしたけど・・・・・・初心者クエストでも結構難易度高いやつにせざる負えなかった」
ふらふらとした足取りで目の前の椅子に座った後ロクワンの圧に押され初戦闘には向かない難易度のクエストに挑ませてしまったことを伝えられる。あの二人が初心者クエストで妥協するなんて珍しい、しかも相手は全く信用していない人間、なにをどうやって説得したのかもの凄く気になる。二人をどう説得したのか聞くと同時になぜそこまでして低レベルクエストに行かせたがるのか聞いてみる。
「えっとそうですね、一言で言うならこの世界のモンスターはみんなチート級の強さなんです」
「へぇ~」
「真面目に聞いてください!」
他人事のように気の抜けた反応をするとバンッとテーブルを叩き一喝される。思わずごめんと謝り話を続けてもらう。
ジルの話を要約するとこの世界の人以外の種族は『聖獣』と『魔獣』の大きな二つのグループに分かれており他種族との共存を主張するのが聖獣、一方的な支配や虐殺を目的に他種族を襲うのが魔獣というように区別されているらしい。つまりこの街で見かけるような異種族は聖獣側でクエストやダンジョンなどで討伐の対象になるモンスターが魔獣側に分類されるとのこと。そして魔獣はそれぞれ種族特有のチート特性や能力を持っているということ。
ジルの様に異世界に転生したらチート能力を与えられたという展開はよくあるが、転生先の世界のモンスターも同様にチート能力を持っているパターンは珍しい、どんなチート能力にかもよるが並のラノベ主人公レベルなら今のロクワンでも大丈夫のはずだ。
「今回のクエストの魔獣のチート能力ってそんなに強いんですか?」
「確かボスの名前はケルベロス。蘇生無効の能力で一度でも殺された肉体はあらゆる蘇生手段を受け付けなくなる。一度死んだ者が死の世界から出ることを許さないまさに冥界の番犬にふさわしい能力だね、道中の魔獣もケルベロスの分身体みたいなものだから同じ能力を持っている」
クエストの詳細を聞いても普通の奴なら緊張感溢れるバトルになるなと思うだけでやはりロクワンの身を心配するまでには至らなかった。能力の効果だけ見ればまぁそれなりに強い方だがいかんせん発動条件が厳しすぎる、そこはやはり初心者クエストということなのだろう。これはもっと高難易度に上位互換がいるパターンだなと思うイオ。
「異世界のケルベロスか・・・あの二人には息抜きにもならないかもな」
「なんでそんなに余裕なんですか?死んだら生き返れないんですよ」
「なんでって、そりゃさっきのクエストの詳細に二人が死ぬ要素が見つからないからですよ」
「そう言い切れる根拠は?」
「それはもちろん――――」
「言ってもどうせ理解できないですよ」
情報として余裕でいられる根拠をどうしても知りたいのかしつこく詮索してくる質問に濁した返答をしようとするとまるでジルの頭をバカにするような返答が横から割り込んでくる。声のした方に振り向くとそこにはまだ少し眠そうに眼をこするオニが立っていた。
「なんだ起きたのか」
「やっとあのクソカスがいなくなったからな」
「・・・えっ?クソ!?」
「あぁワンの事ですよ。お互い全然名前で呼ばないんですよね」
上機嫌な口調でしれっと悪口を言うオニに驚き戸惑うジルに補足説明を加える。昼間の無口でマイペースなオニからは想像もできない口の悪さだ初見で驚くのも無理はない。
「仲が悪いってことですか?」
「そんな生ぬるいもんじゃねーよ」
「早く死ねって感じ」
オニの返答の直後バタンッと扉が開きワンが続けるように罵倒しながら入ってくる。帰宅早々機嫌の悪いワンの後ろからロクが「ただいまー」と小声であいさつしながらひょっこり顔を出す。その手には今回のクエストの報酬であろう金貨袋が握られている。
「・・・・・・えっ・・・はっ・・・えぇ、はや?・・・え?」
ロクワンのあまりにも早い帰宅にジルは驚きを隠せないようで開いた口がふさがらず思考回路が混雑している様子だ。そんなジルを置いて日常の一コマの様に淡々と話を進めていく。
「もう終わらせてきちゃったのか?」
「うん、ワンが飽きたって」
「チッ、くたばればよかったのに」
相手に聞こえるように大げさに打った舌打ちからのマジトーンでの「くたばれ」。見え見えの挑発だがこれにワンが乗らないはずも無くズカズカと小走りでオニの目の前まで行くと両手を腰に添えて少し背伸びしながら顎を突きだし見下すようにオニを睨みつける。
「はぁ?あの程度で死ぬのはあんたみたいな弱虫だけだから」
煽りを煽りで返されてオニが黙っているはずも無くこちらもまんまと挑発に乗ると腕を組みワン同様背伸びしながら顎を突き出して見下す。
「あ"ぁ"?」
「なんだよ」
結論から言ってしまうと、二人ともまったく同じ身長なのでどんなに頑張って背伸びしても結局は同じ目線になってしまってお互い上から見下ろすことはできないのだが、分かっててやっているのかムキになってるのかどっちにしろ見てて面白いので何も言わず日常の風景として眺める。
「えっと・・・イオさん、止めなくていいんですか?」
ようやく我に戻ると今度は目の前で姉弟の殺伐とした現場を目撃するジル、自分が引き起こしたわけでもないのに一人あわあわと緊迫した顔で慌てる様子を見てこの人も感情が忙しいなぁと思うイオ。変な誤解をされめんどくさい展開にならないうちに状況を説明する。
「ん?あれはいつもの事だからほっといていいですよ」
「えっ・・・あぁ、そう・・・ですか」
殺し合いが始めるんじゃないかと思うほどの殺気を放っているのにいつもの事と伝えられても納得しきれないといった様子のジルに対し、異世界でも仲いいなぁといった目で椅子に並んで腰かけながら姉弟喧嘩を眺めるイオロク。
「あっジルさん、やっぱりあのクエスト簡単すぎたよ」
オニワンの事はほったらかしで唐突にロクがクエストの感想を話し始める。
「えっあ、そ、そんなに簡単だった?」
「マジで止めないのかよ」とでも言いたそうな顔でこちらに振り向きながらも二人から意識を逸らしたいのかゆっくりこちらに向かってくると目の前の席に座る。
「敵の強さもダンジョンの構造も何もかもが初心者向けって感じのダンジョンだった」
ロクの態度から今回のダンジョンは息抜きにもならなかったことがひしひしと伝わってくる、帰ってきたときにワンがやけに不機嫌だったのも消化不良だったからだろうか。
「まぁ一応初心者向けだからね。だとしてもずいぶん早い攻略だったね、ダンジョンの大きさ的に普通はもっとかかるんだけど」
「初ダンジョンだったからちょっと張り切り過ぎちゃって」
「それ分かります、僕も初めて挑むダンジョンは大体そんな感じです」
時計の針は草木も眠る丑三つ時をさす、宿泊に必要なお金は手に入ったので今日はこれ以上ジルと一緒にいる理由は無い、イアとロクの安全を確保するという本来の目的へと戻る。面倒事が起きる前にさっさと別れなければと思い話が発展する前に解散の口実を作る。
「ジルさん、二人とも戻ってきたことですしそろそろ解散しましょうか」
「・・・あっ、そうですね。今夜停まる宿とか決まってますか?よかったら僕と同じ宿に泊まりませんか、そうすれば気軽に語学学習の質問とかも出来ますし」
「いえ、宿はもうロクが予約してくれてるので大丈夫です(xxx,xxxHz)」
「いつの間に」
「(xxx,xxxHz)クエストから戻ったついでに、この世界に来た時から目星は付けていたので」
しごくまともな理由で同じ宿を勧められたがそれを承認するほど馬鹿ではない、即興の嘘をついて誘いを断る。ジルも今回はしつこく誘おうとはせずすんなりと引き下がる。
「オニ、ワン帰るぞ」
「「はーい(ほーい)」」
「「あ"ぁ"?被ってくんな!」」
「「真似してんじゃねーよ!!!」」
未だにわいわいガヤガヤ口喧嘩をしているオニワンに一応声をかけると全く同じタイミングで返事をして、これまた一言一句違わず、同じタイミング、同じ音量、同じ速さ、同じ迫力で激怒し合う。そんなイチャついている二人を存在していないかのようにスルーしてイアを抱きかかえるとオネをロクに任せ部屋を出る。
「・・・・・・仲がいいのかな?」
「「仲良くないっ!!!」」
部屋を得る直前もしかしてと思ったことが口に出てしまっていたらしく直後オニワンがまたしても同じタイミングでジルの方を振り返り、同じタイミング、同じ音量、同じ速さ、同じ迫力で否定する。
ジルも見事なまでのシンクロだなと感心しながら「は、はい・・・すみません」っとあっけにとられその場から逃げるように部屋を出る。酒場の外で明日以降の語学学習の時間と場所を決めて分かれる。
月明かりが照らす夜道を歩き到着したのは異世界に来た時に最初にいた広場、そこにある一番最初に見つけた宿舎へと入る。覚えたての言語で男女二部屋借りイアオネをロクワンに任せて自分たちの部屋に向かう。部屋に入るとオニと一緒に有無を言わさず即ベッドへと倒れ込む、今日は誤算も収穫も盛りだくさん、正直久しぶりに常時警戒モードだったのでかなり精神的に披露している。明日の為にも今日一日でごっそり削れた神経を十分に回復させなければ、こういう生活が一ヶ月も続くと思うとメンタルが崩壊しそうだが一番辛いであろうイアが頑張っている以上こちらが値を上げるわけにはいかない。改めて一ヶ月の覚悟を決めゆっくりと目を閉じる。
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