蒼紅の章第2節:異世界特有の問題点
異世界に来てからまだ一時間くらいしか経っていないが、ここが異世界だという事実に対し若干・・・・・いや、かなり後先不安になっている男性陣に対し女性陣はやたら楽しそうな雰囲気だ。
「異世界か~、魔法とかあるのかな~?」
「異世界グルメ食べたい!」
割と絶望的な状況下に置かれているにもかかわらずいつも通りぽわぽわとした口調でのんきに本物の魔法を期待するイアと、バンっと急にテーブルを叩いて立ち上がったかと思うとこちらもいつも通り食い意地を張るオネ。二人ともファンタジー系の作品が大好きなので、本物の異世界に来れたことが相当うれしいのだろう。今回に限ってはこの二人の緊張感のなさが羨ましく思えてくる。
「はいはい、話まだ終わってないから一旦落ち着こうな~」
「オネもだぞ」
このままだと二人で勝手にどこそこ動き回りそうな感じなので、イオオニが二人を後ろからハグするように拘束する。腕の中に納まってもまだ落ち着けないようでゆらゆらと左右に揺れながら「異世界っ魔法♪」「異世界っグルメ♪」と歌いだす。本当にこのまま何事も無く平和に事が進んでくれるといいのだが、どうせそう都合よくは行かないと思うので半分は諦め、もう半分は異世界に来たことにより主人公補正が身についているお約束展開の可能性に賭けてみる。
呑気な二人は一旦放置して、残りの四人で現状抱えている問題点について話し合う。と言っても正直問題しかないので今回は細かいことやなんとかなりそうなことは避けて今すぐに解決しなければやらないことだけを題材とする。
「じゃあこっからは異世界前提ということで。イオ次はなに?言語?」
「そうだな、言語も早々に理解しないと不便だし周りからの視線も気になるよな・・・・・」
そう言って周りに目を向けると思った通り店内の視線がすべてこちらに集中している。日本語を話しているだけでこれ程注目を集めるあたり主人公補正で異世界言語を話せるようにはなっていないのだろう。イアが異世界語を習得しなければならないと考えるだけで胃に穴が空く思いだ。それ程までにイアの語学能力は低い。
さらに未知の言語を話しているからなのか周りの連中はこちらを警戒して誰一人話しかけようとはして来ない。こちらから話しかけてもいいのだがどうせ言葉は通じない上にさらに警戒される可能性もある。なのでここはあえて周りを頼らず身内だけで話を続ける。
「似たような言語じゃなくて僕達ですら知らない完全未知の言語っていうのが厄介だよね」
「厄介と言うより普通に詰みゲーなんだよな」
「マジかよ・・・・・」
「終わった、ガメオベラ確定」
「これが絶望ってやつか・・・・・」
詰みゲーと口にした瞬間イアオネ以外の三人はそれぞれが大袈裟なリアクションをして頭を抱えながら声にならない唸り声をあげる。そうなるのも無理はないが周りから変な奴らだと思われるからリアクションは極力抑えるよう注意する。
「みんな大丈夫?」
「まぁ確かに異世界語は大変だよね」
絶望三人組ほどではないがオネもようやく危機感を感じ始めてきたのか言葉に少し緊張感が含まれてきた。しかしイアに関してはここまで言ってまだ事の重大さが分かっていないのか未だに緊張感が感じられない。
「分かってないなぁイアは、イオの口から詰みってワードが出たんだよ?生命の危機と言っても過言じゃないよ」
「いや過言だろ俺をなんだと思ってやがる」
「兄さんでもお手上げなら僕達誰も対処できないもんね」
「マジもんの詰み」
「「「「・・・・・・・・・。」」」」
この中で一番頼りになる存在がお手上げと言っているのだ、奇跡が起きるのを願う他この状況から抜け出せる未来はないと誰もがそう思っている。相手が人間や異種族である以上こちらの星の言語も話し方も通じないだろうし本当に打つ手が無い。
「イオ、ジェスチャーとかで何とかならないかな?」
「限界があるだろ、でも異世界語覚えるまでの間は本当にジェスチャーしか無さそうだな」
ロクの提案するジェスチャーは確かに1番コミュニケーションが取れる可能性を秘めている・・・・・が、お金が無いやお腹がすいたなどの問題はまだ何とかなるかもしれないが、ここが何所なのか自分たちが何者なのかなどの一番知りたいこと、伝えたいことがジェスチャーで表すにはあまりにも複雑すぎる。
「じゃあ言語習得は必須ってことね」
口には出さなかったが明らかに面倒臭いと言った顔でロクはその場に突っ伏して大きなため息を着く。
「それも簡単にはいかないでしょ。言葉を教えてくれる人も教材も宛がない、そうでしょ兄さん」
ワンの言う通り、仮に異世界語を勉強しようとした場合異世界語から日本語に翻訳する必要がある。通訳も翻訳アプリもないこの状況では言語習得は一筋縄では行かないだろう。
「先生とかがイラスト付きで教えてくらるならワンチャンある気がするんだがな・・・・・」
いろんな方法でコミュニケーションをとろうと試みるも、どれも最低限の働きしかでき無さそうで現実的ではない。一応相手の言っていること、考えていることをある程度読み取る手段はあるにはあるのだが結局こちらの考えは伝えられないのであまり意味は無い。例えるなら相手が英語で話しかけてきて何言ってるかは大体理解できるけどそれに対する返答が出来ないと言った感じだ。
「独学だと時間もかかるしその間の衣食住をどうするかってのもあるしな・・・・・兄貴、いっその事こっちの世界の住人との関わりを絶ってサバイバルで生きていくってのは?」
「それはもう最終手段だろ。見てみな、みんないろんな装備をしているだろ。モンスターが溢れてるであろうこの世界でイアオネにサバイバルは難しいだろ」
サバイバルは本当の本当に最終手段、サバイバルしないと死んでしまうみたいな状況になるまでは絶対にやるわけにはいかない。どんなモンスターがいるのか、どれくらいの強さなのか、そもそも野生のモンスターや植物は食べられるのか?食べられるかどうかの判断はどうする?モンスターに襲われない安全地帯はあるのか?この世界についての知識が皆無ないじょうイアとオネをわざわざ危険な目に合わせるような真似はしない、たとえサバイバルになったとしてもこれだけは必須事項の項目。
まさか異世界に来てまで言葉が通じない苦労を再び味わうことになるとは・・・・・いや、これが本来の異世界の姿なのだろう。最初から何でも理解できている異世界転生主人公が特別なのであって言葉が通じないのは当たり前の事、世界の理、やはり主人公補正は偉大だった。
「とりあえず言語は後回しにするとして、それよりも今一番必要なのは金だな。サバイバルは絶対したくないからこれも必須だ。金があればとりあえず宿と食事が何とかなるから少し余裕も出てくるだろ」
「お金・・・・・バトルで強奪」
「金持ってそうな人に掛け勝負を挑む」
「お前らちょっと黙ってろ」
悪い方向で稼ごうと提案するロクワンをすぐに制止する。ちょっと隙を見せればすぐにこれだ、昔からイアオネに悪影響が出る発言はやめろと言っているのに一向に言うことを聞いてくれない。ただ今だけはは平常運転の方が変に混乱してるより断然マシなので特別に一度だけ説教を免除してあげる。
「あっそうだ、イアとオネならエロ同人誌みたいな・・・」
「ロク、今度遊んであげようか?」
「俺も久しぶりにロク姉と遊びたいなぁ」
「冗談だって二人とも怖いなー、あとイオ痛い」
二度目はないぞとオニと一緒にロクを睨むとすぐに観念しお手上げだよと両手を小さくあげ苦笑いを浮かべる。どうせ今回も絶対に反省してないだろうから後で一緒にまとめてシバくとロクワンに『伝え』る。
「オネちゃん、エロ何とかってなに?」
「ええっっっとぉ・・・・・イアお姉ちゃんにはまだ早い、かな・・・・・」
エロ同人誌という存在を知らないイアはロクの言っている意味が分からず声のボリュームを下げずに隣のオネに意味を聞く。ここが日本語の通じる世界だったら変な空気になっていただろう。日本語が暗号として使える異世界は案外便利なのでは?と若干考えが傾きつつ、「イアは知らなくていい世界の言葉だから気にするな」と言いつつイアが瞬きを開始した瞬間オニにアイコンタクトを送りそれを受け取ったオニは両手でオネの目を覆い隠し一時的に視界を完全に遮断する。イアが瞬きで完全に目を閉じた瞬間とりあえずのお仕置きとしてロクのおでこにデコピン食らわす。
ズバシッ!!!と拳銃を発泡したかのような爆発音とバタンッ!と床にナニかが倒れる音が同時に店内に響き店内がざわつく。イアオネとイオの三人は突然の大きな音にビクンッと体をビクつかせた後「「えっ、えっ?・・・」」と何が起きたのか全く理解できずに周りで同じように混乱している異世界人たち同様店内をきょろきょろと見渡す。ロクも同じように何が起きたのか分からないと言った顔であたりを見渡すがよくよく見ると少し目に涙を浮かべている。
一方オニは店内を見渡すふりをした後頬杖をつきながら当然の結果だなと言った顔でロクに哀れみの目を向ける。ワンは「うわーあれは痛い」と地の底から響くような極小さな声で呟き両手で自分のおでこを抑えしかめっ面で縮こまる。
「っっっイオ・・・ちょっと来てっ・・・・・」
結局先ほどの爆音の正体は明らかにならず店内が?で溢れかえってていると、苦しさを噛み殺したかのような声になっているロクに手を引かれ店の外へと連れ出される。
「どうしたロク、苦しそうだな」
「どっかのバカが場所も考え無しに全力ぶっぱ(マジデコピン)するかあだだだだだだっ」
心配している感じを装いロクのおでこを撫でてあげるとロクはペシッと撫でている手を払い除け不満を爆発させてきたので元凶がだれか思い知らせるべく真顔で両頬を抓って雑巾を絞るように限界まで捻じる。
「っ゛っ゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛イダイイダイイダイ、千切れる千切れるごめんなさい助けて」
「反省したか?」
「してるめっちゃしてる、だからもうやめて」
涙を流しながら嘘偽りなく本心から反省しているようだったので今回はこれくらいで許してあげる。拷問から解放されたロクはムニムニと指先で抓られ捻じりまわされた頬をマッサージする。ロクは言い分や納得いかないことがあれば遠慮なく言ってくるタイプなので一向に反撃して来ないという事は完全に自分が悪いと思っているのだろう。
「学習しないのか学習する気が無いのか」
「悪いとは思っている反省はしない」
「よーし第二ラウンドと行こうか」
「ワーロクチャンスゴークハンセイシテルー」
満面の笑みで二回
「待ってイオ、どこ行くの?」
「どこって戻るんだよ」
「何言ってるの今度は私が説教する番でしょ」
扉を開けようとドアノブにかけた手をガシッと鷲掴んで無理やり引き剥がしてくるロク、力任せの荒々しい行動とは裏腹にその顔には笑顔を浮かべていた。それに対してこちらも笑みを返す。
「ロク放せよ、中入れないじゃん」
「説教受けたら入れるよ」
「俺説教される覚えないんだが?」
「あのデコピンを見逃すわけないでしょ」
お互い笑顔で向かい合っているだけに見えるこの状況に通行人の数名がその場に立ち止まり固唾を飲む。ロクとの久しぶりの姉弟喧嘩を立ち止まって見ているその数名を一人一人記憶しながら一言いい終えるたびに一撃喰らわせてくるロクの攻撃をすべて受け流し、全員記憶し終えたところで言い訳タイムに突入する。
「バレてないからギリギリセーフだろ」
「バレなかったのは誰のおかげかな?」
「ロクがちゃんと一瞬で戻れるように計算して吹き飛ばした俺の技術のおかげだな。イオくん天才、イオくん神」
「イオのそういうところ嫌いじゃないけど、なにもあの場所でやる必要はないよね、あとででいいよね」
ドヤ顔で自分の神がかった技術のおかげと自慢するとロクの攻撃がピタリと止み、代わりにピタッと左手で指さすようにおでこに触れてくる。その顔に今までの作り笑いは無く真紅の瞳が宝石の如く輝きながらこちらを凝視している。これは冗談の通じない目、下手なことを言えば約半分の確率で死ぬマジでやばい状態のロク。一言一句慎重に言葉を選び揚げ足すら取らせてはいけない、例えるなら爆弾の処理。一つのミスが死へと直結する恐怖と緊張の時間。
「違うんだロク、あのタイミングでやったのにはちゃんと訳があるんだ」
「イアの事で気が付いたら手が出てた・・・とかだったらデコピンがグーパンになるからね」
「さすがロク、半分正解」
「えっ本当やったー。じゃあグーでいいよね」
真剣な顔が再び笑顔に溢れたかと思うと左拳の中にある空気を限界まで握り潰し胸部めがけてノーモーションかつ光速で打ち抜きその後同速で拳を繰り出す前の態勢に戻る。その一連の動きを光速でかわし同じように元の態勢へと体を戻す。普通の異世界人なら今の一連、ただただ知らない言語で会話しているようにしか見えなかっただろう。今の「半分正解」は冗談ではなく本当の事、ロクも長い付き合いなのでそれくらいは当然分かっている。だから今の一撃は今までと同じ何の小細工も無い純粋なストレート一発、八つ当たりだけで済んだ。
「ちゃんともう半分聞けよ」
「チッ、で?残りの半分は?」
再び笑顔が消え大きな舌打ちと刺すような鋭い眼光、失敗が許されないのはここから、はたしてこちらの考えを理解してもらえるか・・・・・。
「この異世界のレベルを確認しようと思ってな」
「レベル?」
「そっ、この酒場にいる奴らって多分ほとんどが冒険者だろ、だからあの一連の出来事が見えたか見えないかで俺達との差がだいたい分かるんじゃね?って考えたわけだ、今こっちを見てる通行人みたいにな」
「・・・・・それで?何人くらいいたの?」
早くもこちらの考えを理解してくれたのか殺意マシマシだった顔がいつものイアに似た可愛らしい顔に戻る。それによりとりあえず処刑は免れ少し緊張が和らぐ、これで地雷さえ踏まなければ最悪吹っ飛ばされるだけで済むので一安心・・・・・と思いつつ大きなフラグを一本立てたことを自覚する。
「見た感じ全体の一割ってところかな」
「もしそれが本当ならこの世界かなりぶっ飛んでるね」
「だろ、だから一刻も早くイアとオネの安全を確保しないといけないんだよ」
そう言って再び酒場の扉を開けるべく手をかける。少し騒ぎにはなったがロクもちゃんと納得させることが出来た、結果としては上乗ではないだろうか。
――まぁすべての元凶は俺・・・じゃないなロクだな、俺は悪くない
「・・・・・イオ」
「ん?まだなんかあグホア"ァ"ッ」
名前を呼ばれロクの方に振り向くと同時に腹部に衝撃と激痛が走りその場に膝をついて崩れ落ちる。おかしい、話にはちゃんと納得していたし一撃貰う要素はもう何もなかったはず・・・・・あれか?変なフラグ建てたからか?しかも完全に油断していた挙句よりによってマジの一撃を打って来やがった。苦しさに悶えながらロクを見上げるとすべての元凶はスッキリ爽快大満足といった顔で実に楽しそうに笑っている。
「今回はこれでおあいこにしといてあげる」
「手加減ってものをよぉ・・・知らねーのか・・・・・おまえはよ・・・・・」
フラグ回収としての一撃と考えればまだ許容範囲だが、なにも本気で打ち込んで来る必要はないだろう、高密度のエネルギーが光速で腹部一点に激突するのだ仮にこれを人間が喰らっていたら風穴どころのレベルでは済まなかっただろう。
「パワーバランス的に私は手加減しない方がいいかなーって」
「そんな気遣いができるなら発言にも気を遣って欲しいんだが」
「善処します」
何とか動ける程度には回復し、あと引く痛みを表に出さないよう押し殺しながらロクに続いて酒場へ入る。
――さて、どう言い訳したものか
元の席へ戻ると雨で特にやることがない休日のような光景がそこにあった。よっぽど暇だったのか全身を脱力させその場で顔を横にしてテーブルに突っ伏し無機力状態になっているイアオネと倒れるどころか少しも揺れずに座ったまま寝ているオニ、周りを警戒しつつ頬杖をつきながらオニを見つめるワン。
「んにゃ?二人ともおかえり」
「おそかったね~何してたの?」
イオロクが帰ってきたことに気づいたイアオネはやっと帰ってきたと口を揃え二人同時に気だるそうにゆっくりと体を起こすとそろって大きな伸びをする。それと同時にオニも目を覚ましワンもオニから視線を逸らす。再度全員揃ったところで話し合いの続きに入る。お題は収入をどうするか。
「ファンタジー異世界での収入って言ったらやっぱりモンスター討伐とかか?」
「冒険者!!!」
オニが異世界ファンタジーらしい最も理にかなった方法を提案すると、暇人モードでせっかくおとなしくなっていた自称プロゲーマーのオネが周りの目を一切気にせず反射的にバンッとテーブルを大きく叩き立ち上がると興奮した様子で大声を出すも「はいはい落ち着け~」と即オニの膝の上に拘束される。
「オネ、ちゃんと理解しろよ。ここは現実だ。モンスターもこの世界では生命なんだからな」
「・・・・・うん、そう・・・だよね」
オニの注意にあれだけ興奮していたオネが一瞬にしておとなしくなる。ファンタジー世界で本物のモンスターと戦えるとなればゲーマーとして腕が鳴るのは本能かもしれないが、それ以前に自分が何者であるかを見失ってはいけない。特にイアとオネ、この二人には強く自覚してもらわないといけない。
「モンスター討伐がダメとなると相当ヤバいね、言葉通じないんじゃ接客業もできないわけだし」
「ロク、悲しくなってくるからそういうのやめて」
まだデコピンの事を根に持っているのかこちらの気も知らずにロクがモチベーションの下がる追い打ちを仕掛けてくる、いや、こちらの気を知っているからこそなのかもしれない。しかも滅多に見れないイオの困り顔が見れて楽しいのか数分置きに核心をついた追い打ちでメンタルを削ってきてはそれを見て楽しんでくる。質が悪いように見えるが、最終的にはこっちが慣れるか向こうが飽きるかの二択なので好きに言わせておき、真面目に収入源について話し合う。
「・・・・・・やっぱり、日本語だ」
「「「「「「!?!?!?!?!?!?」」」」」」
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