蒼紅の章第1節:未知の世界
――あ”ぁ”ったまいてぇ・・・・・
意識が戻ると同時に襲ってきた頭痛により一瞬で目が覚める。頭を抱えながらゆっくり目を開けるとそこは地面の石畳が綺麗な輪の形に並べられ、その中央に噴水のあるどこにでもありそうな広場だった。隣にはプルプルと首を振って頭痛を紛らわそうとしているオネの姿もある。広場の左右には大通りらしき道が広場を貫通するように一本通っていて、背後にはゲームやファンタジー系の作品でよく見るような宿舎らしき三階建ての建物がある。宿舎にはソシャゲなら間違いなく最高レアだろと思うような立派な装備を身にまとったプレイヤーらしき人達が出入りしており、他にも獣人やエルフといった異種族もちらほら目にする。
――中世ヨーロッパにありそうな建物にコスプレのような現実離れした服装、さらには異種族までいる・・・・・これはファンタジーの世界確定だろう。
とりあえず今目にした情報からここが現実ではないことを確信する。とはいえファンタジーのゲームをプレイしているので異世界のような世界観菜緒はごく普通の事なのだが、何故かゲームだと割り切れない謎のモヤモヤが頭の中に発生する。それもそのはず、本来ならこの時点で『ゲームの中なのに頭痛がする』という矛盾に気づくべきなのだが、なにを思ったのか脳波読み取りの際の一時的な負荷として結論付けてしまう。
「イオーこっちこっち」
頭痛もキレイさっぱり治まり、改めてファンタジーな世界観を見渡しているとやや離れた場所から聞き慣れた声が聞こえてくる。声のした方へと振り向くと視線の先、広場の中心にある噴水の縁に見慣れた顔の少年少女二人が並んで座っている。少年は寝ているのか下を向いたままピクリとも動かない、一方少女は少年とは正反対でこっちに向かってものすごい速さで手招きしている。イオと呼ばれた少年とオネは手招きに吸い寄せられるように二人の待つ噴水へ歩みを進める。
少年少女の正体はやはりロクとオニ。噴水のところまで行くとオニはこちらの気配に気づいたのか「んっ」と顔を持ち上げ軽く体を伸ばした後噴水から降りる。一方ロクは座って足を組んだまま腕も組みちょっと不満そうな顔をしてこちらを見上げている。
「イオ遅いよ、一時間も待ったじゃん」
「悪い、ちょっと行かない間にいろいろ面白そうなところが増えてたからつい」
一応待たせてしまった自覚はあるのでちょっと申し訳なさそうな表情で答えると、だろうと思ったとでも言いたそうなわざとらしい大きな溜め息をつき呆れた様子で斜めに視線を逸らされる。
「兄貴も来たし俺達も行くか」
「ん"ん"ーっ、やっっっと動けるやっっっと」
ロクは立ち上がってこれまた大げさに動きの伸びをしながら「やっと」を強調してこちらに不敵な笑みを向けてくる。本気で根に持っているのかただただ弄って遊びたいだけなのか、ロクの性格で考えると十中八九後者だろう。むこうが気の済むまで付き合ってあげるとして、こちらも聞きたいことが一つ。
「悪かったってまさか先にやってるとは思わなかったんだよ・・・・・そんなことよりロク、なんで止めなかった」
遅れたことに言い訳を追加して謝罪した後、少し沈黙を置いてから今度はこちらが呆れ返った顔をしロクに問詰める。
「まさか遅れたこと弄り続けとけば言われないとでも思ってたか?」
「あぁ・・・うん・・・はははっ・・・」
ついさっきまで楽しく攻めていたはずのロクが言葉に詰まったことにより完全に形勢逆転が逆転する。急に曖昧な返事をしだしこちらと目が合わないように首までひねって全力で分かりやすく目を逸らしている。
「こういう止め時が分からないゲームは何もかも済ませた後にしろって毎回言ってるだろ、なあ~っオネ」
長男でありみんなのお母さん的立ち位置にいるイオはロクに注意すると同時に、抜き足・差し足・忍び足でこの場からこっそり離れようとしているオネにグルンっと首だけ向けて呼び止める。急に呼び止められて驚いたオネは体をギクッと震わせ抜き足・差し足・忍び足の体制でその場にフリーズする。
「そうは言うけどさ兄貴、兄貴もイア姉に迫られたら断れないだろ、というか断らないだろ」
「・・・・・・・・・・。」
オニに核心を突かれ今度はこちらが目を逸らす番。そう、基本的にイオはイアに、オニはオネに対しどちゃくそに甘いので言い寄られたりお願いされるとほとんど断らない。今回オニだけ怒らなかったのもオネが元凶ならオニはどうせ断れないと分かっているから、そしてその気持ちが痛いほどよく分かるから。
「い、いいから早く行こう、イアとワンは先行ってるから」
このままじゃいつまでたっても話が先に進まないと判断したロクがとりあえず全員をと合流するため、三階建ての宿舎を背にして右側の大通りに向かって歩いていく。本音は説教から一刻も早く逃れたいだろう。続きは後でたっぷりするとして、姿が見えない残りの二人の元へと向かう。
「先ってどこだ?」
「イオが来るまでこの辺りになにがあるか見て回ったんだけど、あっちに大きな酒場みたいな建物があったからそこで待ってもらってる。迷子になったら困るしね」
「ワンもか?イアと二人とか珍しい組み合わせだな」
「ワンに関してはアレ、オニとは一緒にいたくないからってイアについて行った」
「あぁ、なるほど」
イアワンの現在地とイオが来るまで何をしていたかを簡単に説明してもらいながらロクの後をついて行く。
大通りはそれなりに長く、左右には現実にもあるようなお店から、ファンタジー世界特有のお店までジャンルを問わずいろんな店が建ち並んでいて結構おしゃれな街だ。
「「・・・・・・・・・。」」
酒場に向かって歩いているなかイオとオネは街行く人たちの声や店の文字に疑問を抱く。
「おっさすがに気づいた?」
「どういうことだロク」
「さぁどういうことだろうね」
ロクの不確定な返答に自分なりに様々な可能性を考察する。
ここはゲームの世界のはずなのに文字や言葉が全く分からない。別にすべての国の言語を理解しているわけではないが、明らかに『地球の言葉ではない未知の言語』だ。いや、もしかしたらどこかの少数民族の間でしか使われていない言語という可能性もわずかではあるが存在している。それにゲーム内でオリジナル言語を使っている作品は珍しくない、ファンタジー系ならなおさらだ。だがここはゲームの中でこのゲームは日本語版、さらには過去九作品でオリジナル言語を使ったものは一つもない。そもそもプレイヤーは現実にいる人間その人だ、キャラクターを操作するタイプならテキストでちゃんと和訳してくれるからいいものの、地球人がゲーム内のオリジナル言語なんて分かるはずがない。今流行りの異世界転生ですら神様からちゃんと異世界語を習得している脳に作り替えてもらえるというのに。
ここまで考察したところで一つの仮説が浮上する。とても現実的ではないがもしこの仮説が合っているなら世界観や言語すべてにおいて納得がいく。
「・・・・・ここってゲームの中だよね?」
オネも未知の言語が不安なのかオニの袖をぎゅっと掴んだまま常に周りをきょろきょろしており落ち着かないといった様子だ。
「そのはずなんだけどな・・・」
オニもオネの質問に対し曖昧な返事をするだけではっきりとした結論は出さない。袖を掴んでいたオネの手を握り気持ち安心させることくらいしかしないあたりロクとオニも核心には至っていないのだろう。この未知の言語の正体が分からないとなるとワンがいるとはいえイアの事が心配になってくる。その気持ちと連動するように自然と歩く速度が上がっていく。
大通りをひたすらまっすぐに進むと、先ほどの噴水があった広場よりも断然大きな、中央に女神のような巨大な石像がある街の中心らしき広場に出る。通ってきた大通りの他に、左右に一本ずつ、石像の奥に一本同じような大通りがあることから恐らくここが街の中心であると予想できる。
歩いてきた大通りから広場に出てすぐ、左斜めの方向、広場方面を入り口に巨大な酒場らしき建物が建っている。素材はほとんどが木材で窓にはガラス、仕舞っている扉を貫し中から楽しげな声が響いている。その入口の左隅に体育座りで座りで下を向いているイアとそんなイアを守るように周りを警戒しているワンの姿があった。
「二人ともどうした?入らないのか?」
「!?イオ〜〜〜」
俯いて縮こまっていたイアだったがこちらの姿を見るやバッと飛びつきて胸に顔を押し付ける。抱きしめる強さからどれほど心細かったのかが伝わってくる。
「そっか、全然言葉通じなかったのか?」
「・・・・・うん」
心情を察しながらイアの頭を撫でて一旦落ち着かせる。撫でていくうちに抱きしめる力はどんどん緩んでいき、イアが完全に落ち着いたところで現状を確信していることだけで一旦整理する。
1.ここにいる六人全員は新作のゲームをプレイしようとしていた。
2.五感などの感覚は正常に働いている。
3.異種族が存在するファンタジーな世界だということ。
4.言語が分からないこと。
「謎だな」
「謎だね」
「謎か」
「謎すぎる」
「謎っ」
「なぞなぞ〜」
イオ→オネ→オニ→ロク→ワン→イアの順で全員が『謎』という結論を出し満場一致すると沈黙が始まる。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「とりあえず・・・中入ってから色々考えるか」
ここで屯っていても意味無いと判断し一旦酒場の中に入ってから座って今後について話し合うことを提案し、みんなもそれに賛同するとぞろぞろと一同店内に入る。
建物の中はとても広く、真ん中の通路を境に右側には四角いデーブルと長椅子がある酒場で昼下がりでもそれなりの賑わいを見みせている。
一方左側にはテーブルはなく、壁一面に文字は読めないものの見た感じおそらくクエストらしき張り紙がずらっと張り出されているだけのスペースとなっており、奥の方には受付のカウンターがある。壁の前に集まっている人数から机一つない理由は容易に想像できる。
中央の通路の先には二階へと続く階段があり受付カウンターと厨房を隔てていた。二階に会議室でもあるのか重装備をした大人数の団体が時折出入りしている。
一見ファンタジー世界でよく見る酒場だが、なぜひとつの建物に詰め込んでしまったのか・・・・・そこだけは永遠の謎だ。
とりあえず酒場の真ん中らへんにあるテーブルに兄姉と妹弟に別れて着席すると今後どうするかを話し始める。
相変わらず周りが話している言葉は微塵も分からない、当然メニューも何が書かれているかさっぱりだが、嬉し事にメニューひとつひとつに写真がついてるのでどんな料理かは大体わかる・・・・・が、所持金が無いので結局何も頼めない。
そんな感想をだべっていると、またひとつ新たな発見をする。どうやらこの酒場にいつ者は全員もれなくイアたちの話している日本語が理解できていないらしい。その証拠にやたらこちらに視線が集まっているうえに店内が少し・・・というよりけっこうザワつき始めている。
「これで確信だな、どうやら日本語は通じないらしい」
「そうなると結構厄介だな」
「イオオニ。言語もそうだけど、ここがいったい何処なのかも調べないと」
言語にばかり気を取られていたが、ロクの言う通りここが何所なのか、本当にゲームの世界なのかが今知るべき最も重要な事になってくる。うすうす気づいてはいたがワン曰くログアウトはできないらしい。
「オネ、自称プロゲーマー的にはどう思う?僕たちのいるここは現実なのか、ゲームなのか」
「自称は余計。そうだね五感、特に味覚や嗅覚が働いてることからゲームの中とは考えにくいかな。今の地球の技術じゃまだその再現は無理だと思うし」
ワンのログアウトできないという事実とオネの考察によりここがゲームの世界である可能性がくんっと下がった・・・いや、ゼロになったと言っても過言ではない。だがこれで大分可能性が絞られてきた。
「これでここがゲームの世界じゃないことはほぼ確定だな」
「でもよ兄貴、ここがゲームの世界じゃないとしたら俺たちは今現実の世界にいるってことになるんだぞ」
そう、この六人は家にいて新作をプレイしようとゲームを起動した。それが気が付くとゲームの世界ではなく、まったく別の現実世界にいたとなるとここがどこなのかはもう確定する。
「兄さん、地球にこんなファンタジーな場所があるって可能性は?」
「あるわけ無いだろ、あったらとっくにゲーマーの聖地になってる。だから今は確定している事だけでこの世界を再認識する」
「お兄ちゃんもっと分かりやすく」
話しが超次元過ぎたのかイアは既にぽけぇ~っと思考停止しており、オネも頭爆発寸前といった表情だ。
「まず大前提として、この世界は言語からも分かる通り俺たちがいた地球では無い。しかもログアウトが出来ないという点からゲームの世界でもない。つまりここは全く新しい未知の世界ということになる。ここまでオッケー?」
「うん」
「大丈夫」
超絶分かりやすい説明により思考停止していたイアが復活し、オネもなるほどといった感じに何度も頷く。
「そしてここで使われている言語は地球にはない未知の言語、さらには人間以外の異種族も多数・・・・・」
超絶分かりやすいように言葉を選び現状世界認識を説明すると、それを聞いた他五人全員が同時に口を開く。
「なんか異世界みたい」
「異世界だっ」
「異世界か~」
「異世界来ちゃったかー」
「異世界かよ」
ここまであからさまな世界だと全員の認識が一致するのも必然だろう。しかし今自分たちがどれだけヤバい状況にいるかという事が理解できていないのか、理解しているうえで興奮しているのか女性陣四人はどこか嬉しそうな表情をしている。
「アニメや漫画の世界だけだと思ってたんだけどな」
「諦めろ兄貴、もとより俺たちのいた地球じゃないことは確定してるんだ。ある意味異世界だろ」
「オニの言う通りだよ、それに異世界って認識の方が都合いいんじゃない?」
ここが異世界なんて本当は信じたくはないがたしかにロクの言う通り、ここが異世界だとすれば言語が通じないのも納得できるし、そう考えた方が異種族や世界観、すべての辻褄が合う上に今後の対応もやりやすくなる。ただ一つだけ、ここを異世界と認識した場合それこそどうやって一同はここに来たのかが気になるところ。
転生?転移(召喚)?仮にこの二つのどちらかでこの世界に来たというなら間違いなく後者、転移の方だろう。その理由としては異世界トラックに轢かれていなかったり転生神に合っていない、直前までゲームをしていたなど転生する時のお約束イベントが発生していなかったりそもそも転生する要素が少ないことがあげられるが、それ以前にもっと単純な理由がある。それはここにいる六人全員に限っては・・・・・
『転生は絶対にありえない』
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