チートしかいないカオスな異世界でも平和に暮らしたい。

IZ

蒼紅の章第0節:プロローグ

 ARIA家の日常


 キーンコーンカーンコーン


 終業のチャイムが鳴り鞄の持ち手に手を添えたまま帰りの挨拶をする。顔を上げると同時に机の間を縫うように駆け抜け教室を飛び出し、先生と鉢合わせないよう祈りながら廊下を駆け抜け階段を滑るように降り下駄箱へと向かう。上履きを脱ぎ、靴を取り出すと同時に最速で入れ替え軽く放り投げるように靴を地面に落とす。運良く左右どちらも倒れたりしなかったのでそのまま踵を踏みながら足を突っ込み人差し指で左右同時に折れた踵を元に戻す。トントンっと軽くつま先で地面を叩き最終調整を済ませると正門めがけで一直線、全力疾走で駆け抜ける。

 正門でスマホを弄りながら待っていた姉と合流し、二人で駅までさらに走る。日頃の行いがいいのか一度も赤信号に捕まることなく駅までたどり着いた二人、改札をくぐり目的地直通の電車に乗り込んだところでどっと疲れが襲ってくる。時間帯的に人も多く席は空いていなかったので目的地まで吊革に捕まり開いた方の手で携帯を弄る。

 目的地の駅に到着する。ドアが開くと同時に車両から降り改札へと急ぐ。改札を抜けエスカレーターを上っている間に鞄から財布を取り出しておく。地上へ出ると最短ルートでゲームショップへと向かい入ってすぐ新作コーナーにてそれぞれ目的のゲームソフトを必要分取り、流れるようにレジへと向かう。

 会計を済ませ店を出ると偶然にもお兄ちゃんと出くわす。近くで仕事があったらしく終わったついでに色々見て回っていたらしい。お兄ちゃんはまだ見たいものがあるらしいのでお姉ちゃんと一緒に先に家へ帰る。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ただい〜」


「ま〜、みんないる?」


 勢いよく玄関が開き制服を着た二人の少女が帰宅する。

 一人は長髪ゆるふわ系の少女。

 自分の背丈と同じくらいに伸びた髪は薄いピンク色で、光の反射によって赤、青、黄、緑、紫、オレンジと七色に輝きとてもきれいなグラデーションを奏でている。深く静かで、すべてを包み込んでくれそうなサファイアのような碧眼と透明なクリスタルのように透き通った美声が普通の人間とは思えない、どこか不思議なオーラを放っている。

 もう一人は元気な明るい少女。毛先が綺麗に切りそろえられたボブヘアーの薄い橙色の髪が毛先に行くほど濃いオレンジに染り、両サイドにぴょこんっと跳ねた髪がまるで感情を表すかのようにピコピコと動いている。快晴の空のように透き通った青い眼がキラキラと輝き、長髪ゆるふわ少女ほどではないがこちらも幻想的なオーラが感じ取れる。


 学校帰りに寄り道をして何か買ってきたらしく、二人とも右手に学校のカバンを持ちながら左肩にはトートバックを掛けている。


「おかえりイア、オネ。あれ?イオは?一緒に帰ってこなかったの?」


 脱いだ靴をしっかり踵を揃えて並べている二人の元に長髪ゆるふわ少女と瓜二つの少女が出迎えに来る。名前はロクで長髪ゆるふわ少女イアの三つ子の妹。外見は一部を除いて全く同じと言っていいほど似ている。ハッキリと違う点は眼の色が真紅に染まる紅眼で目元が少しキリッとしていることくらいだろうか。声も透明感は同じだがこっちは力強さが感じられるので一応聞き分けることは出来なくも無さそうだが慣れない人には難しそうだ。そして見た目は瓜二つだがイアがいつもぽわぽわしているせいで自然としっかり者に育ち性格や雰囲気は全然似ていない。


「えっとね、イオはまだ見たいものがあるって言ってたからイアたちだけで先に帰ってきた」


 力が抜けそうなほどふわふわのんびりとした口調でイアが答える。声質なのかそれとも纏っている雰囲気ちゃんオーラのせいなのか、この子の声は聞いているだけでとても和んでしまう。とこの様に基本イアはぽわぽわしているが一応、一応長女で姉弟の中では一番上である。


「ロクお姉ちゃん、ちゃんと全員いる?」


 ボブヘアーの少女オネが少し心配そうにちゃんと全員いるか尋ねる。オネはイアの実質的な双子の妹、イアに比べればとてもしっかり者だがごくまれに姉譲りの天然を見せることがある。


「オニは昼寝中、ワンは……ワンちゃんは死んでる」


「ワンちゃんって言うな!なんで言い直した!」


 イアと瓜二つの少女ロクが少しニヤついて質問に答えるとリビングからオネに似た声が響く。

 ロク同様、こちらもオネと比べ少し力強さを感じる。なので普段聞き慣れていない人にはイアロク同様判別が難しいのだが、今回は声に少し・・・・・いや、かなりイラつきが含まれていたので、今のなら初耳でもかなり聞き分けやすかったと思う。


 置いてきたイオを除き全員がちゃんと家にいることを把握するとイアオネは手を洗いに洗面所へ向かう。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ”ぁ”ぁ”ぁ”」


 リビングに戻るとオネと瓜二つの少女ワンがテーブルのそばでクッションに顔を埋めうつ伏せの状態で倒れながら地の底から響いてきそうな唸り声を上げていた。オネの三つ子の妹でイアロク同様オネの目が碧眼に対してこちらは紅眼、そして見た目はほぼ同じだが口調や雰囲気は全然違う。

 テーブルに放置されたゲーム機にはスコア画面とランキングが表示されており、一位にはイオ、二位がイア、三位がオネ、四位がロク、五位がオニ、そして最下位がワンとなっている。この画面一つだけでワンが唸っている理由はだいたい予想できる。とはいえスコアはパーフェクト自己ベストなうえ他とも大きな差はない。むしろみんな誤差数ポイントと実力自体はほとんど拮抗しているようなものだ。

 そんな悔しそうに唸っているワンのすぐ隣にあるソファの上には、どこかオネやワンと似た面影を持つ少年が安定した寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。この少年の名はオニ、ワンが悔しがっている原因を作り出した張本人でありオネの三つ子の弟だ。安定した寝息を立てるその顔はどこか勝ち誇っているようにも見えなくもない。


「ワンちゃんまた負けたの?」


「うるさい!ワンちゃんって言うな!」


 わざと煽るように聞いてみるとワンは顔だけバッと持ち上げて吐き捨てるように叫んだ後、再びクッションに顔を埋め「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と悔しそうな声を上げ足をジタバタさせる。


「自己ベストなんだからもう少し喜んだら?」


「コイツの記録抜けないんじゃ自己ベストなんてなんの意味もないの!」


 ゴロンと体を反転させ仰向けになると、ガバッと勢いよく起き上がり左人差し指でソファで寝ているオニをビシッっと指さしつつこちらを真紅の瞳で睨みながら右手でバンッバンッと床をたたき超絶不満そうに自分の中の拘りを訴えてくる。


「どうせ抜くならイアとかオネの記録越せばいいのに」


「あの二人はどうでもいい、僕はコイツの記録さえ抜ければそれで満足なんだから」


 オニに対して異常なまでの対抗心を見せるワンだが、こういう光景は日常茶飯事、いつもの事、むしろこれが正常なので「さいですか」と軽くながしてワンの隣に座ってイアオネを待つ。

 イアオネが手洗いうがいから戻ってくると早速トートバッグから買ってきたゲームソフトを取り出し机の上に並べる・・・六つも・・・しかも全部同じタイトル。

 ソフトは長年世界中で愛されているファンタジーMMORPGの記念すべきシリーズ十作品目で、今日発売の新作はフルダイブVRMMORPGに対応した期待の神作、シリーズファン歓喜の瞬間なのである。


「ほんとに六つ買ってきたよ・・・」


「店員さん困惑してただろうなぁ」


「してたよ、『マジか・・・』って目してた」


「そりゃそうでしょ。六人家族全員がそれぞれ自分用のVR持ってるなんて普通思わないでしょ」


「じゃあはい、早速やろう!みんな部屋行こう部屋。オニ~起きて~」


 早くプレイしたくて興奮度MAXの自称プロゲーマーオネはオニをゆっさゆっさ雑に揺すって起こしながら他の三人に先に自分たちの部屋に行っておくよう指示する。

 全員がリアルタイムで参加できるゲームを買ったときのオネはいつもこんな調子で、ご飯やお風呂などは後回し、買って帰ってきたら速攻始めたがって基本的言うこと聞かないので、全員反対はせずおとなしく自分の部屋に行ってVRを起動する。

 そして揺すられているオニもようやく目を覚ます。


「……ん?…あぁ帰ってたんだ」


 見た目はオネとワンを足して2で割ったものを性転換させました。みたいな感じで、眼の色はオネと同じ透き通った青。声もオネとワンを足して二で割ったものをイケボに調声した感じで面影を感じるくらいには似ている。


「うん、お兄ちゃんはまだだけど。それより買ってきたよ、早くやろう!」


「兄貴待たなくていいのか?」


「大丈夫、帰ってきたらすぐ連れてくるから」


「そっすか」


 そう言ってオニは手渡されたソフトを持って自分の部屋に向かう。

 一方あれだけ「早くやろう」と言っていたオネは自分の部屋には行かずソファーに腰を下ろしソフトの説明書などを読み始める。

 この時のオネは先にゲームを始めた四人に何が起こったのか知る由もなかった…………



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ――約一時間後


「ただいま」


 夕方六時過ぎ、一人の少年が帰ってくる。

 イアとロクを足して二で割ったものを性転換させた感じの見た目。

 イアとロク同様綺麗な七色に輝く髪。長髪のイアやロクが両サイドの髪をそれぞれ肩あたりでゆるい三つ編みしているのに対し、セミロングの少年は一部だけロングに伸ばした後ろ髪をイアロクと同じゆるい三つ編みにして垂らしている。

 目はイアと同じ深く静かな碧眼、声はイアとロクを足して二で割ったものをクリスタルのような透明感を損なわない程度にイケボに調声した感じでよく似ている。

 イアオネが制服だったのに対してこの少年は私服、Tシャツ・ジップパーカー・ジーンズと明らかに学校帰りではないことが見て分かる。


「お兄ちゃんおかえり、ゲームしよう」


 何分前から待っていたのか玄関を開けると同時にオネに手を引かれ少年が声を発する間もなく自分の部屋に連れていかれる。


「……オネ、今からやるのか?」


「そうだよ、お兄ちゃんが遅いからもうみんな先に始めちゃってるよ」


 それだけ言うとオネはゲームソフトを少年に渡し、ダッシュで自分の部屋に戻ってVRを起動する。

 こうなってしまっては説得するのは困難なうえに他が既にゲームを始めてしまっているので小さく溜め息をつきながらも仕方なくゲームの準備を始める。

 そうこれこそがオネが他の四人と一緒に始めなかった理由。それもこれも全部家事全般を担当しているこの少年に有無を言わさずゲームに参加してもらうため。もし仮に全員揃うまで待っていたら先にご飯やお風呂になってしまうのでそれを回避するために他の四人には先にプレイを開始してもらった。しかもよほどの緊急事態でない限り途中で切断なんて真似はしてこないので一度始めてしまえばこっちのものなのだ。

 注意することはこの少年にゲームを始めさせる係が一人残っていなければならないという事。仮にもしオネが他の四人同様先にゲームを始めていた場合・・・この少年は夕食の下拵えやその他家事が終わってからプレイしていただろう。いや、この少年の事だ。先に自分だけ夕食とお風呂を済ませてからプレイしていたかもしれない。

 せっかくみんなで一緒にプレイすると決めていたのに大遅刻されては困る。 そこで一番ゲームに対して熱狂的なオネこうして残っていたというわけだ。


 電源を入れ、ゲームディスクを傷つけないように慎重にセットし、ヘッドマウントディスプレイを被ったのち、そのままベットに仰向けで横たわれば準備は完了。ゲーム機がディスクを読み取りを開始し、しばらくすると目の前の画面に読み込んだゲームソフトアイコンが現れる。アイコンに視点を合わせるとその脳波をヘッドマウントディスプレイが読み取りアイコンの外枠が強調され下に【はじめる】のアイコンが出現する。今度はその【はじめる】に視点を合わせるとゲームが始まりそれと同時に脳裏に少しピリッとした痛みが走……ったかと思うと突然目の前が太陽を直に見ているような眩い光で真っ白になる。突然の事に思わずびっくりして反射的にヘッドマウントディスプレイを外そうとした瞬間プツンッと意識が途切れ目の前が真っ暗になる。

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