43.スキル【調合】

「オババ、いまなんて言った?」

「聞こえなかったのかい? 【調合】を教えてやるって言ったのさね」

「……聞き間違えじゃないよね、フィート?」

「ああ、俺もスキルを教えてくれるって聞こえてる」


 オババからの報酬はスキルか……。

 なんかこう、いま大騒ぎになっている元凶だからかあまり素直に喜べないな。


「なにを渋い顔しているのさね。勘違いしないでほしいが【調合】スキルは、元々あんたたちに教えるつもりだったんだよ」

「え、そうなの、オババ?」

「そうさね。もっとも、今日の騒動のせいでこんなかたちになっちまったけどね」


 オババがオジジにきつい視線を向ければ、オジジは気まずそうに視線をそらす。

 気持ちはわかるけど、オジジが元凶のひとりだからかばえないなぁ。


「ともかく、冒険者ギルドに行ってギルドランクの更新を済ませたら私のところにきな。そうしたら、スキルを教えてやるよ」

「それっていいのか?」


 なんとなく、疑問を口にしてしまう。

 だが、オババはその疑問さえ鼻で笑って吹き飛ばしてしまった。


「あんたたちはここ数日とはいえいろいろがんばってくれたからね。簡単な手ほどき程度ならしてやれるよ。どこぞのオジジみたいに誰彼かまわず教えるわけじゃないからね」

「ぐぬぬ……言い返せん」

「そりゃそうさ。……まあ、あんたのことがなくても調合ギルドは近いうちに冒険者にも開いてもらわないと困ってたんだけどね」

「へぇ、そうなの?」

「まあ、ねえ。調合ギルドとしても、薬草の不足や新しいギルド員の不足が目に見えていたからね。錬金術ギルドばかりいい目を見させているわけにもいかない、と言うところかね」


 その辺は、住人同士の事情ってやつか。

 あまり首を突っ込まないでおこう。


「さて、それじゃ、私は帰るよ。フィートにサイ、待ってるから用事を済ませたらさっさとおいで」

「私も帰りますね。お礼の品が準備できましたら、オババのところに連絡を入れますから少しお待ちくださいね」

「儂も帰ろう。今日は迷惑をかけたのう」


 オババとオジジ、それに姫様たちはそれぞれマントをかぶり帰っていった。

 調合ギルドのマスターもあれこれ指示を出しているし、アーベックさんもいつの間にかいなくなっている。

 つまり、この場に残っているのは俺とサイだけだった。


「はーい。……なんか大変なことになっちゃったね」

「だなぁ。生産スキルってどんな感じなんだ?」

「うーん、オババに習ってみた方が早いかも」

「……わかった。そうするよ」

「じゃあ、まずは冒険者ギルドで手続きを済ませよう。そしてオババのところに戻ろうか」

「だな。……マントも預かったままだしな」

「あ、ほんとだ。きちんと返さなくちゃね」


 俺たちがやることは決まった。

 まずは目の前にある冒険者ギルドでギルドランクの更新からだな。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「ごめんくださーい」

「ああ、いらっしゃい、サイさん、フィートさん」

「クシュリナさん、お邪魔します」


 オババの薬屋に戻ると店番をしていたのはクシュリナさんだった。

 今日はオババに用事があるので呼んでもらおうかと思うと……。


「母から話は聞いています。奥の調合室へどうぞ」

「あ、どうも。それじゃいこう、フィート」

「ああ、失礼します」


 オババから話が通っていたみたいだ。

 店の奥にある調合室へと通されたわけだが、そこには立派な機械が備え付けられていた。


「うっわー、すごい機械。これって調合で使うのかな?」

「当然じゃて。そうでなければ、この部屋に置く意味がなかろう」


 サイの疑問にオババから返事が返ってきた。

 どうやら、俺たちの死角になる位置にオババはいたようだ。


「よく来たね、ふたりとも。……さて、【調合】スキルを教えるんだが。【調合】とはどんなものかわかるかい?」

「えーと、【錬金術】スキルとは違うんだよね?」

「当然じゃ。あれの薬作りは【調合】を簡潔化してわかりやすくしたものじゃわい」

「となると、薬草をすりつぶしたり煮出したりするんですか?」


 どうにも、ファンタジーの調合というとそっちのイメージが強い。

 そんな疑問に対し、オババの答えは……。


「ほとんど正解じゃて。【調合】スキルは薬草をすりつぶすことや煮出すことをスキル化したものじゃよ」

「おお、フィートすごい」

「ほぼ勘だよ。それで、オババ。具体的にはどうすればいいんだ?」

「そうさね。まずは実際にやってもらうとするか。一回完成すればスキルも生えてくるだろうさ」

「生えてくるって……」

「神代の冒険者ってのはそんなもんだろう?」

「あー、そんなものですねー」

「……そうなのか、サイ?」

「そんなものだよ。と言うわけで、オババの指示に従おう」


 オババが取り出したのはすり鉢とすりこぎ棒、簡素な鍋とそれを温めるためのランプセットだ。

 あと、完成した薬を入れるであろう器と補助用の漏斗も付いている。


「さて、これが一番基本的な調合用の生産キットだよ。これはあんたたちにやるから便利にお使い」

「ありがとう、オババ。……でも、薬を入れる瓶って五本しかないよ?」

「魔力を注げば何本でも作れるさね」

「……あ、これ、魔導具なんだ」

「そういうわけだから、そんななりでもそこそこ高価だよ。さて、授業を始めようかね」


 そこから始まるオババの授業。

 それはオババが用意してくれた一番初歩的な薬草を使い、初心者ポーションを作るというものだった。

 言葉にするとそれだけだが、実践するとなると意外に難しい。

 薬草をどの程度すりつぶすのかや、どの程度煮詰めるのかが問題になるからな。


「……さて、とりあえず手作業でやってもらったわけだが、これじゃあ【調合】スキルは生えてこないのさ」

「そういえば覚えることができないね。フィートは?」

「俺もだ。こういうものだ、と思ったんだけど違うんですか?」

「【調合】スキルを覚えるにはあるアーツを使う必要がある。それが『粉砕』と『煮沸』さね」

「えーっと、『粉砕』が薬草をすりつぶす、『煮沸』が薬草を煮詰める、であってる?」

「それで正解だ。アーツが使えるようになっているはずだから試してごらん」

「……アーツを使うのにすりこぎ棒が必要なんですか?」

「使ってみればわかるさね」


 とりあえず、『粉砕』アーツを使ってみることに。

 すると、すりこぎ棒がひとりでに動き出し薬草をすりつぶしてしまった。


「……うん、初めて使ったにしては上出来じゃないかね? 『粉砕』も『煮沸』もイメージしたとおりの結果になるからね」

「それでいったん手作業をさせたんですね」

「一度手作りしていればイメージもわきやすいだろうからね」

「……よし、『煮沸』っと。ねえ、オババ、煮沸って煮詰めると意味が違うよね?」


 確かに、煮沸って煮立たせることであって煮詰めることじゃないよな?


「私に聞かれても困るよ。昔からアーツとして存在しているんだからね」

「そっか。それなら置いておこう」

「俺も『煮沸』っと……これで成功かな?」

「まあまあじゃないかね、ふたりとも。あとは瓶詰めして完了さ」

「はーい。漏斗を使って瓶に注いでっと、できた!」

「こっちも完成だ。……ふむ、初心者ポーションのDランク品か……」


 完成したはいいが、ランクが低い。

 回復効果も低いし失敗作かな、これは。


「スキルを覚えていないんだからランクが低いのは当然だよ。ランクを上げたいんだったら、スキルを覚えて精進するんだね」

「だってさ。……あ、取得可能スキルに【調合】が増えてる」

「……本当だ。これでスキル取得が可能なのか」


 あとはポイントを割り当てればスキル取得可能だが……SP10消費はでっかいな。

 いまの俺だときついぞ。


「とりあえず今日の講義は以上さ。【調合】スキルを覚えるかどうかはふたりに任せるよ」

「……んー、私は覚えてみようかな、一応。フィートは?」

「俺も覚えるか。SPがきついけど」

「ああ、幽玄の森でSP使い切ったものね」

「そういうことだ。……よし、取得したぞ」

「私も取得完了っと。オババ、薬草ってもうないの?」

「あるぞい。練習用のやつでよければ安値で売ってやろう」

「わかった。それじゃあ、買うね」

「毎度じゃ。フィートもかまわぬか?」

「ああ、買わせてもらおう」


 さて、新しく【調合】スキルを覚えてしまったわけだが……勢いで動きすぎか?

 もう少し考えて行動しないとSPがいくらあっても足りなくなりそうだ。

 反省反省っと。


 いまはポーション作りに集中するけどな。

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