28.解呪の結果
「ああ、お待ちしておりました、フィート様、サイ様!」
「お待たせ、セレナちゃん! お薬持ってきたよ!」
「ありがとうございます。それで、薬というのは」
「これだ。でも、この場で開封しちゃダメらしい。使う直前に開封しないと効果がなくなるそうだ」
「……そうなのですか?」
心底不思議そうな顔をするセレナ。
そんな彼女の後ろから礼服を着こなした紳士が声をかけた。
「いまの話は本当かと思われます。今回の薬は普通の薬ではなく解呪薬と伺いました。でしたら、封印をした箱なり袋なりから出して時間が経つとその効果が失われてしまうのです」
「そうなのですね……。わかりました。この袋はこのまま父の元に届けましょう」
「それがよろしいかと。お客様方は申し訳ありませんが、応接間でお待ちいただけますでしょうか」
「……そうね。私たちが持ってきた薬が効いたかは確認したいところだし」
「だな。ただ、効かなくても……」
「もちろん、効果がなくとも恨みはしませんとも。お嬢様が無理を言ってお願いしたことは百も承知です。……申し遅れました。私、この家の家宰を務めておりますバーンズと申します」
「ご丁寧にどうも。俺は……」
「フィート様にサイ様ですね。お嬢様から話は伺っております。……それで、薬の代金ですが、いかほどでしょうか?」
「それは薬が効いたかどうかのあとで話をしましょう。あなた方も相当な出費だったでしょうし」
「私どもの出費などたかがしれております。いままでにかかった医師の費用に比べれば、ほんの
おお、材料費込みで三百万以上と言っていた薬を端金で済ませるのか。
やっぱりこの家はお金持ちなんだな。
「……それにしても、お嬢様のご依頼、よくぞお受けくださいました」
「その様子だと、相当逼迫していたようね?」
「はい。いまの医師の見立てですとあと数日もつかどうかとのことでして……」
「それって、聞いていた症状より大分重いんだが……」
「いえ、症状としてはお嬢様が伝えたであろうとおりなのです。ただ、衰弱が激しく、医師にも手の打ちようがない有様でして」
うーん、この依頼、後回しにしなくてよかったようだな。
依頼が時間切れで失敗、なんてなったら目覚めが悪いことになっていたようだ。
「バーンズ! 父が目を覚ましました!」
「なんですと!? 本当ですか、お嬢様!?」
「はい。おふたりが届けてくださったお薬を飲ませるとすぐに効果が現れて……いまは身体を起こせる程度にはよくなっています!」
「そうですか! それはよかった!!」
「はい! それで、父がバーンズを呼んでこいと」
「かしこまりました。それでは、フィート様、サイ様、申し訳ありませんがこれにて失礼いたします」
「ああ、わかった」
「ええ、いってらっしゃいな」
足早に立ち去っていくバーンズさんと入れ替わりにセレナがこの部屋に留まって話し相手をしてくれた。
と言っても、まずは父親の症状を軽く伝えたことを謝るところから始め、なぜそんなことをしたのかなどを説明してくれたのだが。
「つまり、私たちが余計なプレッシャーを受けないようにってわけね」
「はい……隠すようなまねをして申し訳ありませんでした」
「それはかまわないけどさ。俺たちがほかの依頼を優先してたら、間に合わなかった可能性もあるんだぞ?」
「そのときはそのときだと考えていました。星の巡り合わせが悪かったのだろうと」
星の巡り合わせねぇ。
つまり、運が悪かった、ってことかな?
なんにせよ助かってよかったと言うことにしておこう。
お茶とお茶菓子も用意してもらい今回の依頼についての話をしていると、バーンズさんが応接間に戻ってきた。
「フィート様、サイ様。恐れ入りますが、旦那様の寝室までご足労願えませんでしょうか。旦那様が直接会ってお礼をしたいとのことでして……」
「まあ、父がですか? あんなに神代の冒険者を嫌っているのに?」
「はい。そのこともお伝えしたのですが、かまわないから連れてきてくれとのことでして……」
ふむ、お呼び出しか。
さて、どうしたものかね。
どうするべきか、ここは先達のサイに聞いてみよう。
「サイ、この場合どうするのが正しいんだ?」
「基本的に応じるのが正解でしょうね。私たちの場合、武器はインベントリにしまえるからいざとなったら強行突破も楽だし」
「なるほどな」
こっそりサイに聞いた結果、呼び出しに応じることに。
バーンズさんとセレナに案内されて通されたのは、屋敷の三階にある部屋。
なんとなくだけど、かなり大きな部屋のように感じられる。
「旦那様、フィート様とサイ様をお連れいたしました」
「わかった。入ってくれ」
「どうぞ。お入りください」
バーンズさんに促され部屋の中に入る。
そこには医師らしき男とメイド数名、それからベッドに腰掛けた男が待っていた。
「このような格好で失礼するよ。何分身だしなみを整えている時間がなかったものでな」
「いえ、こちらも無骨な格好ですしお互い様ということで」
「そうか。それもそうだな。申し遅れた。私はこの屋敷の主、マルドという」
「私はサイ。こっちはフィートね」
「ああ、娘から聞いているよ。なんでも貴重な解呪薬を用意してくれたんだとか」
「用意ですか……。確かに材料の一部は取りに行きましたが、半分以上はセレナがこの家の在庫から用意してくれたものです。それに調合は俺たちがやったわけじゃないですし」
「謙遜をするな。薬を封じていた袋を見たときに私でも気がついたんだ。これは半端な薬ではないとね」
「そうですか? ……いや、幽玄の森のボスも素材の一部ですし、半端な薬じゃないか」
「……やはりそうか。となると、私の毒……ではなく呪いか。それをかけたのは幽玄の森の主となるな」
森の主、って言うことはあのボスだよな。
ボスがそんな浅いところに出没するんだろうか?
そこが疑問だったので聞いてみると、答えはバーンズさんから返ってきた。
「幽玄の森の主は、時折外縁部まで狩りをしに出てくるのです。人間や魔獣に呪いをかけてその魂をむさぼり食うという狩りを」
「その症状がある種の病に似ているらしくてな。私の場合も病だと判別されてしまったようだ。……もっとも、呪いだとわかっていたとて解呪薬を用意できたかどうか」
「そう? この家はかなり大きいんだし、その伝手でなんとかならないの?」
「家の……商会の規模が大きいのは認めよう。だが、あのクラスの解呪薬が作れるとなると、隠遁している秘術師がほとんどなのだよ」
なるほど。
住人には住人の問題があるようだ。
そうなると、本当にこの依頼は奇跡の産物だったのだろうな。
「……さて、私の体力もあまりないことだし本題に入らせてもらいたい。まずは、君たちに支払う対価なのだが……とりあえず三百万リルずつでかまわないだろうか?」
三百万リル!?
ずいぶんと高額だな。
それもふたりそれぞにって……さすが大商会の主様だ。
「……まあ、私はお金に困ってないしかまわないわ。でも、あなたの命の値段としては安すぎるんじゃない?」
「はは……耳が痛いな。そのとおりなのだが、手元にある現金が心許ないのだよ。すまないが今回はこの金額で勘弁してほしい。この借りは必ず返すと約束しよう」
「……だって。どうする、フィート?」
「俺はそれでかまわないよ。お金が欲しくて人助けをしたわけじゃないし」
「……ふむ、それはそれで恐いものがあるぞ、少年。この世界はギブアンドテイクが基本だ。自分がした仕事には、相応の対価をもらわねばならない」
そうだなぁ。
今回はサブクエストってことで緊急に請け負ったけど、本来ならギルドとやらできちんと受けるような依頼だし。
……って、あれ?
俺って、いまだに冒険者ギルドでクエストを受けたことがないぞ?
モンスターを討伐したときの素材は買い取ってもらってたけど。
「わかりました。……そうだ、そういうことならサイの報酬に二十万リル上乗せしてもらえますか? 調合の手間賃として支払っていますので」
「お安いご用だ。それでなんだが、私の薬を調合してくれた調薬師はどなたなのかな? 差し障りなければ教えていただきたいのだが」
うーん、どうなんだろうか。
街で薬屋をやっているあたり、隠遁しているわけじゃなさそうだしいいか。
「ファストグロウ西で薬屋をやっている西のオババって人ですが……わかりますかね?」
俺の言葉を聞いたマルドさんやバーンズさんは、一気に表情を変えた。
そんなに驚くことだったのか?
「西のオババと言えばフューチャー女史ではないか! ならばあの腕前も納得だ! 薬を飲んだ途端、体が楽になっただけでなく活力も湧いてきたからな!」
「左様でございますね! しかし、フューチャー様は引退して娘に家督を譲ったと聞きますが、一体どういうことでしょう?」
「いや、これも星の巡り合わせというものだ。フィート殿には感謝してもしきれぬ!」
「早速、フューチャー様にお礼の手紙をしたためましょう。ああ、お礼の品はいかがなさいますか?」
「下手な金品を送るより、この周辺では採れない薬草類を送る方がよかろう。バーンズ、明日朝一番でファストグロウまで行ってもらえるか?」
「かしこまりました。それでは準備がありますのでこれにて失礼いたします」
なにやら怒濤のように話が進んだが……とりあえずオババがすごい人だというのはわかった。
「いや、助かりましたぞ。まさかあのフューチャー女史の知己に助けられるとは」
「本当にただの偶然ですから……」
「偶然であってもこの星の巡りは逃がせませんからな。もし何らかのアイテムがご入り用でしたらぜひ我が商会を利用してほしい。ほかの店にはない舶来の品々も数多くそろえているのでな!」
「ええと、わかりました。そのときはぜひ」
「もう、父様、そのくらいにしてくださいな。また倒れてしまいますわよ」
「おお、そうだったな。申し訳ないが今日はこれで終わりとしよう。君たちとは仲良くしていきたいものだ!」
「はいはい。……それでは、フィート様、サイ様。こちらへ」
「ああ。それではマルドさん、お大事に」
「無理をしてセレナを困らせちゃダメよ?」
「肝に銘じておこう。では、また」
マルドさんの寝室を出て、再び応接間へと戻ってくる。
「……父が神代の冒険者の方とあんなに楽しそうに話をするとは思ってもみませんでした」
「そうなのか?」
「ええ。なんでも、前に神代の冒険者の方に手痛い目に遭わされたんだとか」
「……それは申し訳ない」
俺がやったわけではないが、なんとなく謝ってしまう。
一体どんなことをやったんだ、そのプレイヤーは!
「いえ、フィート様に謝っていただくことでは……」
「……フィート、そろそろ行かないと」
「うん? なにかあったっけ?」
「元々防具の更新でこの街に来たんでしょうが。相手を待たせているから」
「そうでしたか。長々と引き留めてしまい申し訳ありません」
「いや、こちらこそ大金をもらって申し訳ない」
「いえ、父の命には代えられません。……ああ、そうだ、そのコールカフはそのままお持ちください。それも報酬の一環と言うことで」
「あら、いいの? 結構貴重なものじゃ?」
「いえいえ。五十万リルもあれば買える品物ですよ。神代の冒険者の方には不要ですので販売しておりませんが」
「なるほどねぇ。それじゃ、ありがたくもらっていくわ」
「はい、またお越しください。できればそのときは商会のお客様として」
ちゃっかりしているなぁ。
それでなきゃ、務まらないのかもだけど。
「落ち着いたらどんな品物を置いているか立ち寄らせてもらうわね。それじゃ、また」
「またな、セレナ」
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