29.裁縫士ブリュレ
「いやー、それにしても儲かったね、このサブクエスト」
「あんなことを言い出したときはヒヤヒヤしたぞ?」
「あんなこと?」
「命の値段がどうのって話だよ」
「ああ、あれね。だって、そうじゃない。こんな大きな商会の主なのに三百万リルずつで済ませるなんてさ。三百万リルなんて私の所持金からすれば倍にもならないんだよ? フィートにはものすごい大金だろうけど」
「そりゃあな。……で、あの場合の対応って問題なかったのか?」
「本人も自覚してたみたいだし、いいんじゃない? 貸しひとつと考えれば儲けものだよ」
「そんなものか」
「そんなものだよ」
あっけらかんと言うサイと一緒にサーディスクの街を歩く。
サイは目的地がわかっているようで、のんびりだがまっすぐと進んでいた。
「それで、このあとは裁縫士に会いに行くんだったか」
「うん。フィートって銃だから重い鎧とかはいやでしょ?」
「確かに。動きにくい装備はごめんだな」
「そもそも鳥人が重い装備はできないって制限があるけどね」
「……いまの質問の意味は?」
「念のための確認。さて、それじゃ私は配信を始めるね」
「はいはい、どうぞ」
そう言うとすぐに配信を始めたサイ。
リスナーの方もまるで待ってたかのごとく、すぐに配信に参加してきたようだ。
「……そういうわけで、今日はフィートの防具を更新します!」
{やっとかー}
{やっとだな}
{やっとって感じだがまだ開始三日目}
{ゲーム開始三日目でボス二匹討伐してるのおかしいよな}
{大丈夫だ。十分におかしい}
{俺たちのレイメントと違う}
{それで、更新の予算はおいくら万円?}
「ふっふっふ。聞いて驚け、三百万リルだ!」
{……は?}
{草すら生えない}
{わけがわからないよう?}
{なんでこの短期間にそんな金持ちに}
{三百万ったら上級者でもなかなか持ってる人がいない資産だぞ?}
{一体なにがあったw}
「んー、詳しく説明するとあれだから省くけど、サブクエやったらその報酬が三百万リルだったとしか」
{めっちゃおいしいやん}
{ああ、さっきやってたやつか}
{なにそのおいしいクエストはw}
{サブクエも馬鹿にならんな}
{俺、これからはサブクエも受けてみようと思った}
{奇遇だな俺もだ}
「私たちが受けたクエストがたまたまだって言うのはあると思うよ?」
{それでもこの情報だけで十分だ}
{サブクエの報酬なんて馬鹿にされてきたからな}
{サイちゃんが嘘をつくとは思えんしそういうサブクエもあるんだろう}
{そもそもサブクエってときどき異様にいい報酬あるぞ}
{マ?}
{マ。普通に覚えられないスキルが覚えられたりすることがある}
{……そんな情報どこにものってねーぞ!}
{誰かが独占してたんだろうなぁ……}
今回もリスナーの皆様はノリがいいねぇ。
さて、この三百万リルだが、本当にすべて防具につぎ込むんだろうか?
「私も三百万リルもらったので、装備の更新を考えたいと思います!」
{サイちゃんの装備ってこの前変えたのいつだっけ?}
{確か二ヶ月くらい前}
{そのあとは強化強化で使ってきてたはず}
{そろそろ強化回数も打ち止め}
「強化回数は使い切ってます! と言うわけで、この機会に新調だよ! 私の予算は五百万リル!」
サイに強化回数とやらについて聞いてみたが、どうやら装備の強化には回数制限があるらしい。
サイの装備はその限界まで強化されているってことだな。
{おー、豪気だ}
{むしろいまの鎧だって三百万リルくらいだったよな}
{三百万リルじゃ大してグレードアップしないのか}
{五百万出してもいい素材があるかどうかだな}
「素材ならあるよ! この間狩ってきたワイバーンの翼膜とか!」
{へー、悪くないじゃん}
{あとはマギスパイダーシルクとかがほしい}
{マギスパイダーシルク、超品薄よ}
{バトルドレス一着分だと五百万じゃきかないかも}
「マジで!?」
{マジマジ}
{むしろ、金を出しても品物が手に入らないのが問題}
{どんな高値でも出た瞬間に買い取られてくからな、マギスパイダーシルク}
「……今回のメイン素材にしてもらおうと思ってたのに……」
{ご愁傷様}
{気を強く持って!}
ふむ、ほしい素材は手に入らなさそう、と。
この様子じゃ俺の手に負えるものでもなさそうだし、どう慰めるべきか。
「……とりあえず装備の更新はお願いしてみる! あまりいい装備が作れそうにないなら今回は諦める!」
{それがよい}
{というか彼氏さんと旅するのにいい装備いる?}
{彼氏さんの旅にあわせるといまの装備でもオーバースペック}
「いいのよ! アッシュとかからヘルプ要請かかるかもだし」
{彼氏さんとアッシュどっちが大事?}
「フィートだけど?」
{アッシュ涙目}
{当然の結果}
{そろそろ着くんじゃね}
{ああ、ブリュレの仕立屋か}
ブリュレ?
それが今回仕事をお願いするプレイヤーの名前かな?
「……まあ、そういうわけで、ここが今回依頼をするブリュレの仕立屋だよ」
「ブリュレってプレイヤー名であってるよな?」
「そうそう。ちなみに、グロウの奥さんだから」
「夫婦でゲームをやってたんだな」
「そういうことだね。じゃあ入ろうか」
仕立屋というよりブティックと言うべきお店の中に入ると、ひとりの女性プレイヤーが待っていた。
彼女がブリュレなのだろう。
「ようこそブリュレの仕立屋へ。久しぶりね、サイちゃん。それから、フィート君でよかったかしら。よろしくね」
「よろしくお願いします、ブリュレさん」
「ええ。それで、予算なんだけど、三百万リルって本当? ゲーム開始三日目なのよね?」
「まあ、本当は十万リルちょっとのはずだったんだけどね。臨時収入があって」
「……まあ、臨時収入の内容は聞かないわ。とりあえず、本当に三百万リルがあるか見せて」
「信じられませんよね。……はい、これでいいですか?」
「……ええ、結構よ。疑ってごめんなさい」
「いえ、信じる方が難しいので気にしないでください」
俺だったとしても信じないからな。
初心者が三百万持ってると言っても信じないだろう。
「でも、そうなると困ったわね。三百万リルも使うのにちょうどいい素材がないわ」
「えー、ブリュレさん、そんなに素材がないの?」
「最近は新規で始めたプレイヤーも多いでしょ? そういうプレイヤー向けに装備を作ってプレイヤーズマーケットに流してたのよ。……まさか、こんなところで裏目に出るなんてね。まあ、三百万の装備ってなると素材が元々怪しかったけど」
「……って言うことは、私の装備更新も無理?」
「サイちゃんも装備を更新したいの?」
「うん。いい加減、もう一段階上の装備を目指したいなって」
「……もう一段階上ねぇ。そうなると素材持ち込みじゃないと無理ね」
「がーん」
こいつ、口でがーんって言ったぞ。
「でも、どうしましょうか。どこかで素材を仕入れないとふたりとも装備を作れないわ」
「プレイヤーズマーケットは?」
「さっき確認したけどいい素材はなかったわね」
「うーん、そうなると、どこがいいんだろう」
ふたりが頭を悩ませている。
配信コメントも自力採取の方面しかない、という流れだ。
あ、そういえばあそこならなにかあるかも。
「サイ、引き返すことになるがセレナの商会はどうだ?」
「セレナちゃんの? うーん、布とか鉄板とか扱ってるかな?」
「鉄板なのか」
「私のドレスに使うのは鉄板。……ダメ元で聞いてみるか」
コールカフを使ってセレナと連絡を取るサイ。
返ってきた答えは……。
「……その手のものなら一番街の支店で取り扱っているって。これからバーンズさんが迎えに来てくれるそうだよ」
「一番街ってどこだ?」
「この周囲のことよ、フィート君。でも、一番街にそんなお店あったかしら……?」
「住人のお店ですから特定の条件を満たさないと出現しないかもです」
「なるほどね。とりあえず、そこにいってなにかないか見てみましょう」
それから数分後、バーンズさんがこのお店にやってきた。
「お待たせいたしました。それでは参りましょう」
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