27.解呪薬作成
ライドを飛ばし、サーディスクまで到着した。
あとは全速力でダッシュしてセレナの元に向かう……とはならなかった。
「フィート、私を抱えてハイジャンプからの滑空!」
「わかった!」
現実と比べれば大分小柄なサイを抱えるくらい造作もない。
しっかりと抱きかかえてハイジャンプ、さらに二段ジャンプで高度を上げて滑空に入る。
こういうときに【飛行】があるとまた違うんだろうな……。
{サイちゃんを抱きかかえて飛ぶ彼氏さん裏山}
{サイちゃんじゃないけど俺も空を飛んでみたい}
{鳥人になってどうぞ}
{ソフトをもう一本買ってサブアカを作るんだ!}
{あれ、この間の公式生放送でサブアカ作れるようにするって言ってなかったっけ?}
{ああ、そんな話もあったな}
{サブアカで鳥人流行りそうw}
サイがコメントの方で盛り上がっていると教えてくれたが……今日はガン無視だ。
時間制限的にはまだ余裕があるとは言え、どんな障害があるかわかったものじゃない。
サーディスクの街並みを見下ろしながら飛行して、セレナの屋敷の前まで到着する。
今度は急降下を使い一気に地面まで降り立った。
「お待ちしておりました! フィート様、サイ様!」
「セレナ、話はあと! 頼んであった薬草は?」
「はい、こちらに準備ができております!」
「オッケー! それじゃ、預かっていくわよ!」
「はい、よろしくお願いします!」
サイがセレナから薬草の束を受け取り、再度俺に抱きついてくる。
それをしっかりと抱きしめて、今度はホームポータルまで一気に飛んでいった。
おそらく、幽玄の森のボスを倒してから一時間ほどが経過しているはず。
時間的にはまだ大丈夫だろうが……急がなくちゃ。
「さあ、ファストグロウに移動するわよ!」
「おう!」
ポータルを使ってファストグロウに移動。
移動したら、三度サイを伴って空に舞い上がる。
「さて、配信に集まってくれた皆さん、ちょっとここから先のNPCは秘密なのでいったん放送を切りますね」
{えー}
{まあ、秘密のNPCと言うことなら仕方ねーな}
{このまま放送を続けても住人のところに行った時点で『放送できません』なる可能性}
{サイちゃんまたねー}
{乙カリー}
{ばいばー}
「……よし、配信終了っと」
「配信を考慮して街の東側に向けて飛んでたが、もうオババのところに向かっていいよな?」
「オッケー。さっきのうちに配信切っておけばよかったわ」
「セレナのところにリスナーが押し寄せないか心配だな」
「それはないんじゃない? 多分、条件を満たさないと会えないタイプのNPCよ、きっと」
「だといいが。……ついたぞ」
「了解。行っちゃって」
オババの店の正面玄関前めがけて急降下を行う。
そんなことをすれば目立ちそうなものだが、周りの誰にも気がつかれていない模様。
やはり、この店の周囲だけ特別ななにかがあるようだ。
「オババ、素材を集めてきたよ!」
「おお、本当に集めてきよったか! お主たちならもしやと思っておったが、本当にできるとはねぇ」
「オババ、これが幽玄の森で集めてきた分です」
「どれどれ……うん、これなら十分使えるね。残りの材料は?」
「それはこっちだよ!」
「……よし、全部の材料が揃っているよ。これで解呪薬が作成できるさね。奥で解呪薬を作ってきてやるから、しばらく待ってな」
「しばらくってどれくらい?」
「そうさね……三十分くらいだよ」
「わかった。おとなしくお店で待ってるね」
「ああ、そうしておくれ。……クシュリナ、お茶でも用意してあげな!」
材料を抱えて奥に行ったオババと入れ替わりに出てきたのはクシュリナさん。
オババの言っていたとおり、手にはお茶を乗せたトレイがある。
「お疲れ様でした、おふたりとも。聞けば幽玄の森まで行ってきたとか」
「ええ、まあ。でも、オババからもらった薬のおかげでなんとかなりましたよ」
「薬……ですか?」
「ええ、『悪霊の涙』というアイテムですが」
「ああ、あれですね。あの薬を渡すなんて、母も相当気に入っているようですね」
「そうなんですか?」
「あの薬は作るのが難しい……と言いますか、材料の入手が難しいんですよ。ですからそれを渡したと言うことは、緊急事態だったとはいえ珍しいことだなと」
「うーん、全部で六本もらいましたよ?」
「一回の作成で作れる分量ですね、六本というのは。普通ならもっと小出しにするのに、本当に気に入られているようです」
気に入られているか。
自覚はないけど、気に入られているならいいか。
「にーちゃん、また来てたんだな!」
「お、ジットか」
「うん? フィート、その子は?」
「あれ、ねーちゃんは誰だ?」
「これ、ジット。この人はフィートさんと同じ冒険者でサイさんよ」
「サイよ、よろしくね。えーと、ジットかしら」
「ああ、ジットだ。よろしくな!」
「それよりもジット。店舗の方まで出てきちゃいけないっていつも言っているでしょう!」
「だって暇だったんだもの。フィートにーちゃんの声も聞こえたしさ」
「本当にこの子は……。すみません、フィートさん、サイさん」
「いえ、気にしてませんから大丈夫ですよ」
「そうね。ただ、勝手に走り回ったりしちゃダメよ? このお店のポーションって高いだけじゃなくて、危険なポーションも混じっているようだから」
「わかってるって。それよりも、フィートにーちゃんはなにしに来たんだ?」
そのあとは、ジットに今日来た理由などを説明することとなった。
ジットのお気に入りはやはり幽玄の森のボス戦で、俺よりもサイの方が白熱した語り口調で話している。
俺は戦闘だけで精一杯だったけど、サイは配信しながら俺の戦闘を見ていたわけで。
そりゃ、白熱した語りができるだろうな。
そんなジットへの説明もひととおり終わった頃、オババが店の奥からやってきた。
「……なんだいジット、店の方には来るなといつも言っているはずだろう?」
「やっべ!? じゃあ、またな!」
飛ぶように逃げていくジット。
それを見送り、オババが俺たちの前にやってくる。
「ほれ、これが解呪薬だ。この袋に入っている間は大丈夫だが、袋を開けたらすぐに使わないとダメだよ。薬の成分が抜けちまうからねぇ」
「わかりました。……ちなみに、お代は?」
「そうさね。手間賃で二十万リルほどほしいけど、支払うことはできるかい?」
二十万リルか……。
俺の手持ちじゃ足りないな。
「二十万ですね。……はい、どうぞ」
「お、こっちの嬢ちゃんは金持ちだね。ひょっとしたら、薬草代も含めて払えたかもしれないねぇ」
「……全部の金額だとどれくらいになるの?」
「全部ひっくるめてだと、幽玄の森素材を抜いて三百万ほど。幽玄の森素材を込みで考えれば八百万か九百万はするだろうね」
「……そんなに高かったんですね」
「幽玄の森素材を持ってくるのが最大の問題だからね。さて、あたしゃ疲れたよ。今日はこれで休ませてもらうとしよう」
「ええ、お薬ありがとうございました」
「なーに、私の仕事は調薬師だ。依頼があって材料があって自分が作れる薬だったのなら作るだけだよ」
「それでもオババはすごいよ。ありがとう、オババ」
「……なんだか、むずがゆいねぇ。ほら、早く依頼人のところにお行き」
ジャスチャーで俺たちを追い払うようにしているオババは……なんだか照れているようだ。
確かに依頼人のこともあるし、急いで薬を届けよう。
「……そうだ、あんたたちふたり、明日は時間を作れるかい?」
出て行こうとしたところに、オババが声をかけてきた。
「え? まあ、俺は大丈夫ですが」
「私も大丈夫だよ」
「それじゃあ、私のところにきな。精霊の森の薬草はあると嬉しいが、なくてもかまわないからね」
どうにも気になる発言だが、それだけ言い残すと今度こそオババは店の奥へと引っ込んでしまった。
俺とサイは顔を見合わせるが、答えが出るはずもない。
明日の予定がひとつ増えた、とだけ記憶しておいていまは依頼人の元へ急ごう。
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