9.迷子

 さて、夜のログインとなった訳だが……サイは三十分ほど遅れるそうだ。

 そうなると先にログインしても特にやることがない。

 種族特性とか把握しておきたいし、ひとりで街歩きでもしてみようか。


「そうだな。そうしよう」


 そうと決まれば、早速、VRギアから『待合室』に移動、そしてゲーム起動だ。

 今日はどこに行ってみようかな?


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「ここは……最後にログアウトした公園か」


 どうやらログイン場所はログアウト時にいた場所のようだ。

 ここにいても仕方がないので移動を……いや、待てよ。


「街を歩く前に空から眺めてみるか。ハイジャンプ、からの二段ジャンプ!」


 ハイジャンプレベル5で十五メートル、さらに二段ジャンプで同じスキルを使い合計三十メートルまで上昇。

 この高さになると、大体十階建てのビルと同じ高さになるのかな?

 さて、ここから見た景色だが……。


「おお、なかなかの絶景だ……」


 眼下にはファストグロウの街並みが広がり、遠くには昼間お世話になったグロウステップや結局行くことのなかった始まりの平原が見える。

 街並みも一階建ての建物よりは二階建ての建物のほうが多く、街を守っている外壁には監視塔も設けられていた。

 いやはや、ファンタジー世界に来たって感じがするよ。


「……ここでこのまま眺めていてもいいけど、時間がもったいないな。まだ試せていない特性を試すか、滑空!」


 滑空を使用すると、高度が少しずつ降下しながら前方へ滑るように移動し始める。

 試しに身体を前に倒してみると、さらに速いスピードで動き出した。

 どうやら、前傾姿勢……と言うより、グライダーのように身体を前に倒すとスピード上昇、身体を起こすとスピード減少するようだ。

 それだけわかればあとは空中散歩を楽しむだけある。


「うーん、滑空でも十分に空の散歩ができて気持ちいいな。キャラメイクのときにあった説明のとおりだと、もうひとつ種族特性があるみたいだけど、それをとったらどうなるんだろうな?」


 そんなことを考えながら空を滑り降りると眼下に海が広がり始めた。

 どうやら、南方面に進み過ぎたらしい。

 さすがに水の上に降りるわけには行かないので引き返し、人がいないところに着地する。

 港まで来てしまったけど、これからどうしようかね。


「……そういえば、昼間からずっと明るいままだけどゲームの仕様なのかな? 夜でも明るいとか」


 暗視スキルなんてものがあるんだから、暗い場所もあるはずだ。

 だが、暗いはずの夜も空には太陽が昇っており、夜のはずなのに暗さとは全くの無縁だ。

 さて、どうなっているのやら。


「おう、兄ちゃん。太陽なんて見つめてどうしたんだい?」

「え、ああ。ちょっと考え事をな」


 俺に話しかけてきたのはどうやらNPCのようだ。

 最近のゲームはどれもこれもNPCが人間と同じような行動をとるのが当たり前……とサイは言っていた。

 だから、NPC相手でも普通の人間相手と同じように接するのがベターなのだとか。

 そういうことなら区別するつもりもないけどね。


「……ひょっとして兄ちゃん、最近この街に来た冒険者かい?」

「ああ、今日来たばっかりだよ」

「なるほどなぁ。冒険者の故郷には太陽がひとつしかないんだものなあ」

「……その言い方だと、この世界には太陽が複数あるのか?」

「おうよ。三つの太陽がぐるぐる回ってるぜ。おかげでずっと明るいままだ」

「なるほど。……それって寝るとき不便じゃないのか?」

「生まれたときからこの環境なんだぜ? 寝るときに困ることなんかありゃしねーよ」


 それもそうか。

 この話に納得した俺は、NPCにお礼を言ってから街の中心部へと向かった。


 街の中心部と言ってもいくつかの区画があり、今回向かったのは市場がある地域だ。

 常昼の世界だけあって、この時間でも市場は賑わいを見せている。

 さて、このゲームには満腹度のシステムがあるそうなので、そろそろなにか食べないとまずいはず。

 いろいろとマスクデータの多いゲームなのだが、満腹度も数値では表示されないため自分の腹具合で確認するしかないのだ。

 ……と言っても、お金があまりない以上、その辺の屋台で買い食いするしかないのだけど。


「お、この串焼き肉うまそうだ」

「うん? 兄ちゃん、渡り鳥装備なんて珍しいものつけてるな? 初心者なのか? いまどき鳥人の初心者なんてまずお目にかからないんだが」

「ああ、先輩プレイヤーだったのか。今日始めたばかりだよ」

渡り鳥装備そいつは初回ロットのおまけだったはずだが……まあ、嘘をつく理由もないか。腹が減ってるんだったらうちの串焼き肉食ってくか? 一本五十リルだ。満腹度の回復量は一本につき20%だな」

「満腹度がどれくらい減ってるかわからないのに、回復量はわかるのか?」

「おうよ。というか、料理アイテムを作ると回復量が明記されるんだよな。だから、慣れないプレイヤーは毎回80%程度回復させるのが一般的だ」


 減るのはわからないのに回復量はわかるとは。

 そして、常に80%回復しておけば大体100%になるってことか。


「へぇ……慣れてくると大体目安がわかるんだな」

「そういうこった。で、買ってくかい?」

「四本もらうよ」

「毎度。そういえば、兄ちゃん。その様子だとスタミナについても知らないよな?」

「スタミナなんてあるのか?」


 スタミナなんてステータス項目にないから存在しないと思ってた。


「あるぜ。武器を振り回したり走り続けたりしたら息が切れるだろ? それがスタミナ切れのサインだ」

「……全然知らなかった」

「ま、スタミナは数値化されてないから気付かない初心者は多いな。……ほれ、串焼き四本、お待たせ」

「ありがとう。それじゃあ、早速一本……本当においしいな」

「だろう? 魚醤を使って醤油だれに近い味を再現したんだよ」

「結構苦労したんじゃない?」

「わかってくれるか」

「ああ。さて、それじゃ……」


 これで、と言おうとしたとき、服の端を引っ張られる感触があった。


「……」

「……どうかしたのか、少年」

「……その串焼き、おいしそう」

「……すまないけど」

「ああ、一本くらいならおまけしてやるよ」

「助かるよ」


 もう一本焼けるのを待ち、少年に渡す。

 少年の名前はジットといい、この辺りにすんでいるそうだ。

 今日は母親と一緒に買い物に来ていたそうだが……。


「気づいたら母ちゃんとはぐれてたんだ」

「……つまり迷子かよ」

「あー、そのパターンか」

「兄ちゃん、母ちゃんを探すの手伝ってくれないか?」


 見た目四歳くらいの少年を突き放すというのも外聞が悪い。

 袖すり合うも多生の縁とか言うし、最後まで付き合うとしようか。


「それじゃ、俺はこの子の母親を探しに行くから」

「おう。苦労するかもだが、がんばってくれよ」


 不穏な言葉を告げてくる屋台の店主。

 さて、まずはジットが母親とはぐれた場所とやらに行ってみるが……。


「戻ってきてはいないみたいだな」

「母ちゃん、どこに行ったのかな……」


 その後も十分ほど市場を探し回ってみたが見つからない。

 ジットに服装などの特徴がないか聞いてみても、あまり覚えていないそうだ。

 うーん、これじゃ完全に手詰まりだな。


「……仕方がない。あまり使いたくなかったが、この方法で行くか」

「兄ちゃん?」


 俺はジットを抱き上げて人のいない場所まで移動する。

 人が多い市場といえど、壁際のような導線から外れた場所なら人はいないものなのだ。


「さて、ジット。少し高く飛び上がるから母親がいないか探してみてくれよ」

「え? わかった」


 ジットがうなずくのを確認してから、ハイジャンプをレベル1で実行。

 レベル1だと三メートルしか跳べないが、人捜しには十分だろう。

 通行人の注目も集めてしまっているが……諦めよう。


「あ、母ちゃん!」

「ジット!?」


 どうやら、ジットの母親は割と近くにいたようだ。

 母親がこちらに来たことを確認して、ゆっくりと地上に降り立つ。

 そして、ジットを地面に下ろせば親子の再会と言うやつだ。

 ……まあ、この場合のお約束というか、ジットがしっかり怒られているが。


「申し訳ありません。この子が迷惑をかけたみたいで……」

「いや、あまり気にしないでくれ。そこまで迷惑だなんて思ってないからさ」

「そうですか? できればお礼をしたいのですが、手持ちにこのようなものしかないので申し訳ありませんがどうぞ」


 そう言ってジットの母親から渡されたのは、高品質ポーション。

 いまの俺には過剰な回復アイテムだ。


「もらっていいんですか?」

「ええ、私にとっては簡単に作れるものですから」


 ……高品質ポーションって簡単に作れるんだろうか?


「ああ、ご挨拶がまだでしたね。ジットの母でクシュリナと申します」

「冒険者のフィートだ。ポーションはなにかと使うから助かるよ」

「それでしたらよかったのですが。もし薬がご入り用でしたら街の西にある私の店をおたずねください。普段はそこでポーションを販売しておりますので」

「わかった。今度立ち寄らせてもらうよ」

「はい。それでは失礼いたします」

「またな、兄ちゃん」


 こうして迷子のジットは無事母親の元へと引き取られていった。

 なお、市場の憲兵から市場内であまりスキルやアーツを使わないように注意を受けたのもお約束かな。

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