7.VS.鹿

「よーし、ここが目的地、グロウステップだよ」

「……草原だなあ。見通しが悪いなぁ」

「ステップだからねー」

「なあ、もっと初心者向けのフィールドがあるんじゃないか?」

「そんなところ面白くないって」


{面白くないって言うのはわからんでもない}

{取れ高的にはこっちがおいしそう}

{だが、基本ができていないVR初心者を連れてきていいのだろうか}

{そこはサイちゃんクオリティだから}

{大抵のことが許される魔法の言葉、サイちゃんクオリティ}


 コメント。

 サイちゃんクオリティってなんだ?


「とりあえず戦ってみようよ。ここにいるモンスターはノンアクティブがほとんどだから行ってみようか」

「つまりアクティブもいるんだな」

「奥地まで行かなきゃ平気だよ。危なくなったら私も手伝うから行こう」


 サイに案内されるまま草原に足を踏み入れるとさまざまな動物たちが出迎えてくれた。

 わかりやすいところで言えば、カバや牛、犀。

 ほかにはライオンの姿も見えるけど……あれって雑魚じゃないよな?


「あっライオンには手を出さないでね。この辺の主みたいなモンスターで、レベルも200を超えてるから」

「わかった。……というか、そんなの倒せるのか?」

「最上位組なら累積レベル400越えのはずだから余裕だよ」

「累積レベル?」

「その説明はまた今度ね。いまはとりあえず……あの鹿を倒してみようか」


 指さした先にいた鹿はステップディアというそのまんまな名前のモンスターだった。

 レベルは8。

 レベル1の俺よりもはるかに上だ。


「……倒せるかどうか悩んでいても仕方がないか。とりあえず一発撃ってみよう」


 俺は肩にかけていた銃――この大きさでアサルトと呼ばれる武器種らしい――を構える。

 武器を構えると目の前にレティクル――要するに照準――が表示された。

 腰だめで撃つことになるようだが、これを見ながら撃てば当たるようだ。


「では最初はスキル……じゃないアーツを使わずに一発」


 銃の引き金を引くと小気味よい音とともに弾丸が発射。

 弾丸は狙いどおり鹿に命中し、HPの5%ほどを減らすことに成功した。


「おー、レベル1の攻撃でステップディアのHPを5%削るってなかなかの威力じゃない?」


{アサルトの攻撃力はほかの武器種に比べて高い}

{両手剣並みの攻撃力あるよな}

{でも腰だめでよく当てられるな}

{あれ、構えると照準が表示されるんやで}

{標的までの距離もわかるからそこは弓より親切設計}

{ただし二十メートルで曲がるから心折設計}


 俺の攻撃に対してコメントが流れていくが、それを読んでいる時間はない。

 いまの攻撃で俺に気づいた……と言うか、戦闘態勢になったステップディアが突進を仕掛けてきたのだ。

 距離があったため数発攻撃を加えることができたが、突進は止まらずギリギリのところで横っ飛び回避することになってしまった。

 なお、そのとき腕を少し引っかけてしまい、HPが8ポイントほど減った。


「かすっただけでもHP8も減るのかよ!?」


{レベル差あるもんな……}

{渡り鳥装備ってそこまで強い装備でもないからな}

{便利装備ではあるけどね}

{鳥さん、物理防御低いから……}


 ステップディアは折り返して次の突進を仕掛けてきているので、コメントを読んでる時間はない。

 さて、どうすればこの状況を乗り切れる?


「フィート、アーツを使おう!」

「ああ、アーツがあったか!」


 すっかり頭から抜け落ちてた。

 アーツの使い方は道すがら習っている。

 確か、使いたいアーツとスキルレベルを思い浮かべてアーツ名を言えばいいんだったな。

 いま使えるのは『インパクトショット』と『スリーショット』のふたつ。

 この状況で使えるのは……。


「インパクトショット!」

「ギギィ!?」


 俺の放った弾丸は狙いどおり突進してきていた鹿の頭に直撃した。

 そして、轟音をまき散らしながらその体を吹き飛ばしたのだ。


「狙いどおり動きは止めたが……ちょっと強すぎじゃないか?」


{インパクトショットLv5ならあり得る}

{突進の推進力+衝撃+クリティカルの惨状}

{彼氏さん、鹿のHPまだ残ってるよ}

{ほんとだ。まだ生きてる}

{あれでも死なないとか火力低いなw}

{レベル低いし仕方なしw}

{でも、早めに武器は買い換えたいな。金ないけど}


 流れるコメントの中で指摘されているとおり、まだステップディアを倒し切れていない。

 HPが10%弱残っている。

 さて、それならこのアーツも試させてもらおうか。


「スリーショット!」


 これまでの単発式ではなく、銃口から三連発で発射された弾丸がステップディアに吸い込まれる。

 これによってようやくHPを削りきることができ、ステップディアが粒子となって消え去った。

 ステータスを確認してみれば経験値もかなり手に入っており、インベントリにも『ステップディアの肉』がしまわれていた。


{モンスター初討伐おつかれさーん}

{いやー、見所のある戦いだった}

{って言うか、いきなり鹿を相手にさせるサイちゃんおにちく}

{普通はのらわんこあたりでしょう}

{のらわんこならスリーショット一発で沈むはずなのに}

{取れ高のためなら彼氏を谷に放り込む女サイ}


「ひっどーい! 私、そんなつもりでステップディアをターゲットにしたわけじゃないよ!?」


 コメントでいろいろ言われていることに対して、反論するサイ。

 のらわんこと言うのがどういうモンスターなのか気になるが、簡単に勝てるモンスターがいるなら、そっちにしてもらいたいんだが……。


「これもすべて計算のうちなんだから。さあ、フィート、次のステップディアを探しに行くよ!」


 ステップディアがターゲットなのは変わりないようだ。

 倒し方のコツはわかったから気にしないしなにか考えがあるようだから、いまはサイに従おう。

 このゲームにおいてははるかに先輩だし。


{(^-人-^)}

{南無( ̄人 ̄)}

{彼氏さん、強く生きろ}

{骨は拾ってやる……}

{やっぱりサイちゃんの彼氏ポジ、うらやましさより同情のほうが多いわ……}

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