第11話 初喧嘩?
「ハァッ……ハァ……ハァ……!」
俺は焦っていた。商店街の中心から自宅のマンションがある住宅街までその足を一切止めることなく必死に回しながら今俺は高校の体育祭以来の全力走りを発揮していた。
御影たちとの食事会を終え、二次会に行きたいとダダをこねる有村を皆で説得しなんとか駅まで到着した俺たち一行はそこで解散、明日の仕事のために帰路に着くはずだったのだが俺の脳裏に雷が落ちたのはまさにその瞬間のことであった。
「やっ……ヤベェェ! ハルに連絡するの忘れてたっ!」
そこからはてんやわんや。ハルの連絡先というか携帯番号すら知らない俺は頭を抱えながら『チクショォォ!』と夜の駅前で奇怪な雄叫びを上げ、怪訝な目を向ける有村に適当な理由を話し解散。今、この状況というわけなのである。
「ヤバイ! ヤバイ! ヤバイ! あいつのことだから今日も絶対夕飯作って待ってる。ごめんっ! ハル! 今帰るからな」
やっとの思いでマンションに到着し階段を一段飛ばしで登りながら鍵をポケットから
「ハルッ!! ごめん遅くなった! 実は今日——」
近所迷惑も何のその。大声を出しながら入室した俺を待っていたのは明かりのついたリビングと、しんと静まり返った廊下の光景だった。
「……ハル……?」
俺が靴を脱いで居間へと上がると折りたたみ式のテーブルの上にラップに包まれたハンバーグと逆さに置かれた茶碗があり、ラップの表面には結露ができていた。
「ハル……どこだ……ハル!」
いない。トイレ、風呂場とどこを探してもハルの姿が見当たらない。居ても立っても居られなくなった俺は、再び靴を履き直すと外へと飛び出した。
「どこ行ったんだハル? もしかしてなんか事故にでも……くそッ! とにかくこの近くを探さないと!」
脳内に映る最悪の事態を想像してしまった俺が首を左右に激しく振りながらマンション外に出ようとドアを閉めたその直後、背中の方から聞き馴染みのある声が聞こえた。
「……杏太郎?」
振り向いた俺の目にパーカーにショートパンツ姿のハルが映り込む。そして俺が彼女の名前を呼ぼうとしたその瞬間、有無を言わさず駆け寄ってきたハルが俺の胸に飛び込んできた。
「おっおい、どうし——」
「良かった!! 杏太郎、良かった! 帰りが遅いからどこかで事故にでもあったのかと思って私……私——」
彼女もまた俺のことを心配し、俺を探しに家を飛び出していたのだ。そしてまたしてもハルの優しさに触れた俺は、ホッと胸を撫で下ろしたのと同時に目の前で小さく震える彼女を本当に愛おしく思ってしまった。
「ハル……連絡できなくてごめん。実は今日な——」
俺は今までの
「スンスン……へぇ……そう。そういうこと」
「……ハル?」
ハルはゆっくりと俺の体から離れるとプクリと頬を膨らませ、俺にジト目を向けてきた。
「そうだよね。杏太郎は私なんかのご飯より焼肉の方が良いよねぇえ?」
「えっ……あっ、違う! いや違わないけど……」
「良いよ良いよ。そんなに必死に否定しなくても。あーあ、今日は腕に
「おい、ハル聞けって!」
「……杏太郎のばか……知らない! フン!」
ドンっと俺を強く押しのけたハルは怒り肩を震わせ、ドアを開けると俺の顔を見ながら二度目の『フンッ』をした後、乱暴にドアを閉めた。
「まっ、待ってくれってハル〜〜」
まるで浮気のバレた甲斐性無しの男みたいな情けのない声を出しながら、俺はハルの後を追ってようやく帰宅した。
****
****
翌朝。チュンチュンと雀が鳴く晴れ晴れしい早朝。だが、俺はその空気に似つかわしくないどんよりとした空気が満ちたリビングで、机とにらめっこをしていた。
「あの……ハルさん? “コレ”はなんでしょうか?」
「見てわかんない? 朝ごはん」
俺は机の上に置かれたご飯、レトルトの味噌汁そしてツナ缶とマヨネーズの容器をガン見した。
「あの……ハル? 昨日のこと怒ってるのか?」
「んー? なんでー? 別に杏太郎がどこで何を食べようが私には関係ないよー? 怒るわけないじゃん」
「いや怒ってるだろお前! だって目が笑ってないもん! こめかみに青筋立ってるもん!」
「立ってないし、怒ってない。あと今日の夕飯はメザシとたくわんだから」
「めっちゃ怒ってんじゃん!」
俺はプリプリと不機嫌なオーラを出しながら鼻息荒くするハルを見て、どうしたもんかとツナ缶をパカっと開けた。
「……そうだ。ハルッ!」
「……なに?」
「明日、二人でどっか出掛けねぇか? 俺明日休みだし。休日に出かけるなんて今まで無かったろ?」
その言葉を聞いた瞬間、ピアスの光るハルの耳がピクリと反応した。よし! これはイケるか?
「ハルの好きなところでいいぞ? どこがいい? なんだったらそこで何か買ってやろうか?」
ピクピクっと魚が跳ねるように動く耳。もう少しか?
「なぁハル? ダメか?」
俺が恐る恐るハルに問いかけると彼女はゆっくりと振り向きながら、パァーッと顔面に笑顔の花を咲かせた。
「ほんとっ!? 本当の本当? 明日杏太郎と一日デートできるの? 嘘じゃない?」
「デ——いや、ここは余計な言葉はいらない……。おう! 嘘じゃねぇって」
「いぃぃやったぁあぁ!! じゃあじゃあ、えっとねぇ、私ねぇ……」
そこまでの不機嫌はどこへ行ったのやら。ハルはその場で小さく飛び跳ねると、俺の元へまるで子犬のように駆け寄ってくると見えないはずの尻尾を振った。
「ハァー……女って本当分かんねぇ……」
ヤレヤレといった気持ちで短く呟いた俺と、ルンルン気分のハルの二人を穏やかな朝日が優しく照らし始めた。
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