第3話 四面楚歌
え〜っとちょっと待て。今この子なんて言った? 『SEXして』って聞こえたんだが俺の気のせいか? もしかしてこれが噂の逆ナンってやつなのか?
「えっ……セック……えぇ?」
突拍子もない出来事に思わず言葉を詰まらす俺だったが、そんな俺を見た彼女は痺れを切らした様子で再度声をかける。
「ダメなの? もしかして彼女持ち? だったらまぁ、諦めるけど……」
「いや、彼女は……いないんだが……」
おい! なに素直に答えてんだ俺! 相手は女子高生。十歳は年が離れてる子供だぞ。自分の言葉でようやく冷静さを取り戻した俺は咳払いをした後、この乱れに乱れたJKに説教をかましてやろうと彼女を見据えた。
「いやそうじゃない! あのなぁ、君、高校生だろ? だったらこんなことせずに真面目に学生生活を送りなさい。いいですか。人間、真面目に生きていればお天道様が必ずご褒美をくれるんだ。お兄さんもな、真面目に生きていたら宝くじに……」
俺はロン毛の某先生ばりに説教を垂れ流していたのだが、肝心の彼女は俺の言葉に目もくれず向かいの交差点に視線を固定し顔を強張らせていた。
「おーい聞いてるかー? さっきから一体何を見て——」
「——っ! やばっ! お兄さん! そんな話なんてどうでもいいからこっちに来て!!」
「へ……? そんな話⁉︎ お、おいっ!」
俺は彼女に強く腕を引かれ、その場から走り去っていく。俺を掴むその手はあまりに細く脆弱で男の俺なら簡単に振り払うことも出来たが、まるで何かに怯える小動物のように小刻みに震えるその手を見た俺は、抵抗という選択肢を捨て彼女の赴くままについていくことにした……。
「ハァ……ハァ、ハァ……」
「なぁ……」
「ハァ……ハァ……」
「なぁって!」
「なに……?」
「『なに?』じゃないだろ。強引に連れ出した挙句、こんなにも走らせやがって。説明する義務があるんじゃないのか?」
「ん……そうだね……でもちょっと待って。息が……」
肩で息をする彼女を見てため息をついた俺は、近くにあった自販機でジュースでも買ってやることにした。ここは森林公園の広場。ベンチや自販機が設置されたここは有数の休憩所として県民に利用されているが今は平日の午前。幸い利用者は皆無だ。制服姿の女子高生と二人でいるところを誰かに見られなくて済む。ホッと胸をなでおろした俺は、ガシャコンっと二回音を鳴らし、膝に手をつきながら地面と睨み合ってる彼女に缶を渡した。
「ほら。アクエリでよかったか?」
「え……? 良いの?」
「自分だけゴクゴク飲むわけにはいかんだろ?」
「……ありがと……」
小さな声でお礼の言葉を述べた彼女は缶を受け取ると、プルタブに指をかけながら近くのベンチに腰を下ろした。
「お兄さん以外と体力あるんだね。あんだけ走ったのに」
「ん? あぁ、まあな。それより……」
「分かってる。なんであんなこと言ったのかとなんで逃げたのかでしょ?」
「おう」
「…………」
彼女は開いた缶の口を見ながらうつむき、急にしおらしい表情を浮かべる。ついさっき声をかけてきた尻軽な態度とは全く違う子供らしい幼げな顔。
「『子供は親を選べない』ってよく言うじゃん? あれってホントなんだなぁってつくづく思うよ」
「……?」
突然何を言い出すのかと口を挟みそうになったが、真剣な様子の彼女を見て俺は黙ってその先の言葉を待った。
「私さぁ、売られたんだよね。両親に」
「売られた?」
「うん。私の両親って子供の私から見てもどうしようもないクズでさ。働くこともせずギャンブルとかお酒で毎日を無駄にしてどっかからお金を借りてきてはまた同じ行為を繰り返すだけでさ」
「…………」
「育児放棄なんて当たり前でさ。そんな私が施設に保護されるのに時間はかからなかったよ。ここまではさ、どこにでもありそうなダメ親じゃん? でもあの人たちのクズさはここで終わりじゃなかった。ある時施設に全身イカツイ格好をした見るからに裏の人って奴らが来てさ、言ったの『親のツケの返済取り立てに来たぞ』って。訳が分からない私はそいつらが持ってきた紙を見て絶望した。そこにはゼロがたくさんついた数字と《ごめんなさい。お前を売るしか方法がなかった》の一言があったの。私はすぐにピンときた。あぁ私売られたんだって」
「警察は? そんな違法な取り立て国が認めるはず……」
「無駄だよ。ねぇお兄さん知ってる? この世には警察も手が出せない組織があるって。私がそれを知ったのは奴らから必死に逃げて、最初に飛び込んだ交番の警官の顔を見た時だよ。私が奴らの組の名前を出した途端、『民事事件には警察は介入できない』って追い出されちゃったんだ」
「そ、そんなバカな……」
「ホントだよ? 次の交番もその次も。私を助けてくれる人なんて誰もいなかった。このままあいつらに捕まって変なオヤジたちの慰み者になるくらいなら、せめて初めては……ってお兄さんに声をかけたの」
「……なんで俺だったんだ?」
「んー? だってお兄さん私のタイプなんだもん。髪染めてなくて、ちょっとガタイ良くて、そして優しそうな所」
「優しいなんて外見じゃわからないだろ?」
「わかるよ。現にお兄さんは見ず知らずの私の話を今も真剣に聞いてくれてる。ジュースもおごってくれたし」
「そんなの……」
なんて言っていいか分からない。この子は二十歳にも満たないその年で壮絶な体験をし、今もその身を危険に晒している。そんな子に俺がしてやれることはなんだ? 警察も周りの大人も誰も彼もが見捨てたこの子に……。
ハッと何かに気がついた俺が、近くにあったアタッシュケースを視界に入れたその時だった。
「見つけたぞぉ!!
真っ赤なシャツとダークスーツに身を包んだ大男が遠くの方から駆け寄ってくるなり、俺たちに怒号を浴びせてきた。
「あーあ。見つかっちゃった。これで私も裏風俗の仲間入りかぁ。やだなぁ。オヤジたちに体触られるの」
そう口にする彼女は本当に諦めた様子で体に力が入っていなかった。彼女の中に存在した希望の糸が全て切れ、堪忍してしまったと俺の目には映った。
「おい……おま——」
「じゃあね。お兄さん。最後まで私の話を聞いてくれてありがとう。巻き込んじゃってごめんね。あーあ、生きてたって何にも良いことなかった! 死んだ方がマシだったな……」
そう言い残した彼女は、飲み終わった空き缶をゴミ箱に入れ、寂しそうな背中をこちらに向けながら男の方へ自ら歩んで行った。
「手間とらせやがって! 少し痛い目を見ねぇと分からねぇか? アァ?」
男は彼女の髪を乱暴に掴むと無造作に引き回した。
「おっおい——」
「ヤメろ。そいつは商品だぞ? 傷をつけたら指名されなくなるだろ」
「わっ……若。スイヤセン」
男の蛮行を止めたのは俺ではなく、男の後ろに立つオールバックのもう一人の組員のドスの効いた声だった。
「行くぞ」
「へい」
行ってしまう。このままじゃアイツが連れて行かれちまう。行った先でアイツを待っているのは地獄のような日々だろう。そんなの……そんなの放っておけるわけないだろ!! 俺の体は自分でも不思議なくらいに勝手に動いていた。
「待てよっ!」
俺のその大声は奴らの足を止めた。
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