第2話 出逢い
午前の仕事を終え、今は昼休み。オフィスにいた連中は各々昼食を摂るため散り散りに去っていく。ここら辺は飲食店やコンビニが多く立ち並んでいるため店には困らない。そんな中、俺たちが選んだ店はというと——
「なぁ有村。俺、人があんまりいないとこがいいって言ったよな?」
「あぁ。言ったな」
「じゃどうして俺たちは今、スマイルゼロ円ポテトが美味しいファーストフード店に来てんだ?」
「あのなぁ。乃木。秘密の会話をするなら人が多くいる雑多なとこが良いって知らないのか? 他人の会話で自分たちの声がうまく掻き消されるそうだ」
「そうなのか? 相変わらずお前は変な雑学が好きだな」
「うるせー、それよりお前。マジで当たったのか? 一千万」
「マジだよ。なんだ? 疑ってんのか?」
「いやだってな。額が額だし」
「はぁー。しゃーねぇな」
俺はスーツの胸ポケットから長方形の紙を取り出すと、すぐさまスマホを操作し朝方見ていた宝くじのサイトを開く。
「ほら。見てみろ。二等、一千万。当たってんだろ?」
「……マジじゃん。間違いなく番号一緒じゃん」
「あったりまえだろ? 朝、何回もそれこそスマホに穴が開くくらい見比べたんだから」
「はぇぇ〜〜、初めて見た。当選したやつと当たりクジ」
有村は深く息を吐くと、おもむろにコーラをズズッと飲み始めた。
「んで?」
「……? 『んで?』ってなんだよ?」
「いやいやとぼけんなよ。何に使うんだよ? その一千万」
「あぁ〜それな〜。いや、まだ考えてなかったわ。当たったことが嬉しすぎて」
「悠長なヤツだなぁ。普通そういうのってクジを買う前になんか決めとくもんだろ」
「いやただの気まぐれだったしなぁ。まさか当たるなんて微塵も思ってなかったし」
「無欲の勝利ってやつか?」
「かもな」
俺は残りのハンバーガーの切れ端を一口で頬張ると、アイスコーヒーでそれを流し込んだ。
「んじゃよ……」
「……?」
「俺、一度でいいから飲んでみたいワインがあるんだけ——」
「奢らねぇぞ?」
「いやなんでだよ! 金持ちになったんだから別に奢ってくれてもいいだろ?」
「あのなぁ。有村。『情けは人のためならず』ってことわざがあってだな」
「それ意味違ぇから。情けは巡り巡って自分に幸をもたらすって意味だから」
「あっそうなの? とにかくこの金は俺一人で使います」
「ケチ〜〜」
「『ケチ〜〜』じゃねぇよ。まぁ、高級焼肉の一軒くらいだったら奢ってやらんこともないけどな」
「マジかよ! 乃木大明神様! ありがとうございます!」
「現金なやつ。んじゃ俺先戻るわ。銀行に電話しときたいし」
「そういやお前明日非番だったな? 明日換金しに行くのか?」
「そういうこと」
「いいなぁ。換金したら写真送ってくれ。一千万見てみたい!」
「はいよ〜」
俺はファーストフード店を後にし、会社に戻る前に銀行に電話を入れた。よ〜し! これで明日念願の一千万を取りに行くぞぉぉ! ヤベェ今日寝れっかな?
俺のその心配は杞憂になった。なぜなら、その日の夜はこれまで生きてきた中で一番気持ちよく眠れたからだ。
そして次の日。
「百一番でお待ちの乃木様。お待たせいたしました。三番奥の部屋までお越しください」
案内されるがままに応接室のような部屋に通された俺は身分確認と変な書類にサインをし、机の上に置かれた自分の一千万に目を輝かせた。
「こちら本日お持ち帰りとのことですが入れ物などのご用意はお済みですか?」
「はい! もちろんです!」
昨日電話口で言われたもんな。ちゃんと買ってきたぜアタッシュケース。
「では失礼致します」
銀行員さんが丁寧に百万の束を俺のケースに入れていくたび、あのニヤケ面が俺の顔に刻まれていく。やがて、行員のお姉さんの『お待たせいたしました』の声に正気に戻った俺はケースを受け取り銀行を後にした。
「ムフフフ……こん中に一千万が……」
俺の頭の中では、昨日調べたBMWやロレックス、グッチにアルマーニなどの高級品たちが踊り狂っている。どれから買おう? やっぱ靴からかな? オシャレは足元からって有村も言ってたからなぁ。
そんな下卑た妄想をしていた俺は、自分のすぐ後ろから掛けられた声にしばらく気付けないでいた。
「ねぇ……」
「やっぱ、最初はスーツ行っちゃうか? 全身アルマーニとか一度やって——」
「ねぇってば!」
「へ……?」
俺が振り向いた先にいたのは一人の女子高生だった。栗色の髪を左の頭にサイドアップし、両耳には小さなピアス。大きな瞳と少し朱に染まった頬。見るからに美少女と言っても過言ではないJKがそこにいた。
「ん……? 俺に何か用?」
「うん。用。あのさぁお兄さん」
「……?」
俺はこの時の出会いを生涯忘れることはないだろう。彼女の放ったワードも彼女が浮かべていたその顔も。なにせ当時の俺にとってまあ、衝撃的だったからだ。
「お金なんかいらないからアタシとSEXしてくんない?」
「……は?」
俺は右手に携えたアタッシュケースの重みが感じられなくなるくらい呆然とした……。
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