偶然当たった一千万で女子高生助けてみた。〜次の日その子が恩返しにやってきました〜

七天八地

第1話 僥倖

「まっ……マジかよ……」


 俺、乃木杏太郎のぎきょうたろうは只今人生で一番の驚愕体験をしていた。左手にスマホ、右手に長方形の紙切れを握りしめながら。


「あっ、当たってる。当たってる!! えっちょっと待て! 8573……」


 口の端に白い泡を溜め、必死にスマホと紙を見比べる俺は画面に表示されている数字を血眼になって見つめる。途中、限界を迎えた歯ブラシがポロリと床に落下したがそんなことに気を取られている暇はない。


「間違いない。何度見ても同じだ。やった。やったぞぉぉ!! 二等、一千万ゲットだぁぁあ!!」


 俺のその声は六畳半間のこの部屋に大きく響いた。そして足から伝わる固い感触で歯ブラシを踏みしめていることを認識した俺は自分が歯磨きの途中で、今まさに出社の準備をしていたことをようやく思い出した。


「やっべ!! 会社に遅れる!」


 そこから慌ただしく準備を済ませ、バタン——と勢いよく玄関の扉を閉めた俺は、堪えきれない含み笑いを浮かべながら会社へと続く灰色のアスファルトの道を走り始めた。いつもの鬱屈感とは真逆の高揚感に包まれながら……。



「はよざいまーす!」


 俺はオフィスに入るや否や軽快な挨拶をかましながら自分の椅子まで駆け寄って行き、怪訝な目を向ける同僚たちを尻目に優雅に腰を下ろした。


「おいおい、今日はやけに上機嫌だな? どうした、何かあったのか乃木?」


 隣から声をかけてきたのは、俺の飲み仲間の同僚——有村清一ありむらせいいちだ。ワックスで綺麗にセットされた茶色味かかった髪に切れ長の瞳、世間一般でいうオシャレリーマンの代表格のような男だが気さくで誰とでも分け隔てなく接する性格のためか俺を含め、社内の好感度は高いらしい。


「ん〜〜? フフフ……わかる? わかっちゃう?」


 俺は有村の問いにニンマリと笑い、自分でも引くくらいの気色の悪い声を出してしまう。だってしょうがないだろ? 嬉しいんだから。


「なんだよ。気持ち悪ぃな。自販機でジュースでも当てたか?」

「アホか。そんなんでこんなに喜ぶかよ。子供か俺は! ふふん、実はな……当たっちまったんだよ……」

「……ジュースが?」

「違ぇつってんだろ! くじ! 宝くじだよ!」

「ふ〜ん。そうなんだ」

「おい! もっと驚けよ! なんだ『ふ〜ん』って」

「いや、だってどうせ千円とか多くて一万とかだろ? 居酒屋行ったら一発でパァーじゃん」

「ククク……そうだよな? 普通はそう捉えるよな?」


 やれやれと肩をすくませた俺を見て、有村の表情が段々と険しくなる。


「おいおい……まさか……上のヤツだったりする?」

「はい。その通りです」

「マジ……!? えっ……何等? 幾ら?」

「ちょいちょい……」


 俺は右手でコッチにこいアピールをする。有村はともかく他の奴らに聞かれたら色々面倒なことになるかもしれないからな。ここは小声にすべきだろう。


「……二等、一千万」


 それを聞いた瞬間、有村は目を見開き自分の椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、驚愕の声を轟かせた。


「えぇぇぇぇ!!?? にっ二等! いっせ——」

「ばか!! 声がデカイって!!」


 反射的に立ち上がった俺は、有村の口を塞ぎその先の言葉を遮らせた。幸い大声に振り向き、皆に注目はされたものの内容まで理解している人はいなさそうだ。ホッと一安心する俺に口を塞がれたままの有村が再び問いかけた。


「……マジなの? 乃木?」

「あぁ。マジだよ」


 その後、就業開始の時刻となりこの話の続きは昼休みということにし、俺たちはいつも通り仕事を始めた。もちろん仕事中、俺のイヤラシースマイルが治まることはなかったのだが。


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